ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

夜の翼 (14) 輝くトラペゾヘドロン

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 リンとハルの姿を見たとき、私は選択肢がなくなったことを知り、ユアンの言う「涼しく快適な場所」へ同行することを承諾した。
 「この子たちは」私はムダと知りつつ言ってみた。「ここで帰してもいいか」
 「ダメです」ユアンはにべもなく拒絶した。「一緒に来てもらいます。降りてください」
 「この車で付いていくよ」
 「それもダメです。会談場所に着くまでは、あなたたちに乗り物のコントロール権限を持たせるのは怖いですから。どうぞ、車はここに置いていってください」
 「盗難が心配なんだがね」
 「こっちの何人かが残ります。ソード・フォースさんたちが来たら、とっとと逃げ出しますけどね」
 「わかった」私は譲歩した。「車は置いていくが、ロックはさせてもらう。それから、せめてタブレットやノートPC なんかのデバイス類は持って行かせてくれ。車は盗まれても、まあ、仕方ないが、デバイス類は困る。ここを離れた後、君らが盗んだり、変な虫を仕込んだりしない、という保証はないからな」
 ユアンは少し考えてから、仕方がない、というように頷いた。
 「まあいいでしょう。どうせ通信は遮断してあるし」
 「ありがとう」私はサチにエンジンを止めるよう合図した。「みんな降りるぞ。カズト、端末を頼む。マイカ、そっちのタブレットを持って行ってくれ」
 私たちが軽ハイトワゴンを降りたとき、リンとハルはすでにSUV の中に戻されていた。同時に、さっき通り過ぎていった三台目のSUV が姿を現す。私とカズトは一台目のSUV に、サチとマイカは三台目に乗るように指示された。3 列シート車で、私とユアンが中央に、インスマウス人は助手席に座り、カズトは後部を一人で占領した。
 「それで」車が走り出すと私は訊いた。「涼しくて快適な場所ってどこなんだ」
 「ここですよ」ユアンは広々とした車内を自慢そうに片手で示した。「涼しくて快適でしょう」
 その言葉は正しかった。車内の温度と湿度は快適な範囲に保たれていて、モーター車仕様らしく走行音も静かだ。
 「確かに。部下の状態が確認できないのが不安だが」
 「任せてください」
 ユアンが手にしていたスマートリモコンに触れると、24 インチぐらいのスリムベゼルモニタが天井から降りてきた。画面が二分割されていて、右半分にサチとマイカ、左半分にリン、ハルが映っている。他の車にも同様のリモート会議システムが搭載されているようだ。
 「うちの子会社で開発したモバイル会議システムです。大企業のCEO に人気の製品なんです。アーカムでもご用命があれば承りますよ」
 「話せるのか」
 「会議モードになっています」ユアンは説明した。「話したいことがあればどうぞ」
 「みんな、聞こえるか」
 試しに呼びかけてみると、モニタの中のリンとハルが、それぞれ頷いた。サチは守るようにマイカに腕を回していたが、私の声を聞くと答えた。
 『こっちは大丈夫です』
 「リン、ハル」私は気になっていたことを訊いた。「シュンはどうした?」
 『ごめん、チーフ』リンが元気のない声で答えた。『あたしも気になってるんだけど、シュンに追いつく前に、こいつらに捕まっちゃったからわからない』
 私はユアンを見た。ユアンは肩をすくめた。
 「大丈夫です。彼には手出ししません。というか、できない理由があります。それはすぐにわかります」
 「ねえ、ちょっとおっさん」ノートPC を手にしたカズトが、後ろから呼んだ。「車内が魚くさいんだけどさ」
 助手席のインスマウス人がゆっくりと振り向いた。幸い、カズトの言葉に気を悪くしたようではないが、余計に刺激してもいいことはない。私はカズトをたしなめた。
 「カズト、おとなしくしてろ」
 「そんなこと言ったってさ」カズトはスマートフォンを振った。「圏外になっててゲームもできやしないじゃんか」
 「端末で新しいライブラリのAPI を読んでいたらどうだ。ドキュメントフォルダに入ってるだろ」
 「昨日読んだよ、そんなの」
 「復習はいつでも必要だ。フリビライザーとグーゴル処理の部分だ」
 「何で、いまさらそんなとこ......」
 「いいから」
 カズトは肩をすくめてノートPC を開くと、「ソフトウェアキーボードじゃないとやりにくいんだよなあ」などとブツブツ言いながら、キーを叩いた。
 「すまんね。で、何を話すんだ?」
 私はユアンに訊いたが、インスマウス人が口を開いた。
 「もうすぐ」かすれた声だった。「お前たちがグールと呼んでいる生物が、この近くに解き放たれることになっている」
 「知ってるよ」私はユアンに親指を向けた。「こっちの会社が準備してるってこともな」
 「それは陽動だ」インスマウス人は意外な言葉を口にした。
 「は?」
 「陽動なんです」ユアンが言った。「うちのグローバル・インダストリーズが用意したグール686 体は捨て駒です。アーカムのプログラマさんたち――そっちではPO と呼ぶのでしたか――を手一杯にさせるためです」
 私はユアンとインスマウス人を交互に見たが、この手の人間は平気でウソをつくから、表情から真偽を判断することはできないし、そもそもインスマウス人の表情パターンに詳しいとはいえない。私が対面しているインスマウス人は、比較的人間に近い容貌を持っているが、まるで二つの種族の血が表情を打ち消し合っているかのように感情が読めない。
 「......それが囮だとしたら」私は判断は後回しにして、話を進めた。「主役は?」
 「我々の」インスマウス人が感情のない声で告げた。「先祖であり同胞だ」
 「つまり......インスマウス人?」
 インスマウス人は小さく首を横に振った。
 「我々が崇める神性の血をより濃く引く者たちだ。おそらくお前たちアーカムの人間は、ディープワンズ、つまり深きもの、と呼んでいるはずだ」
 「あんたは違うのか」
 「我々のように、お前たちの社会に溶け込んでいる者は、全て人間との混血だ」
 「なるほど」私は腕を組んだ。「それで、ディープワンズの目的は何だ」
 「加々見シュンだ」
 ATP に属する人間全員が、驚きの表情を浮かべた。
 「シュン? どういうことだ」
 「シャイニングT のことは知っているか?」インスマウス人は訊いた。
 「輝くトラペゾヘドロンのことか。宝石か何かだということぐらいは」
 「シャイニングT、つまり輝くトラペゾヘドロンは、我々が理解するところでは、一種の量子コンピュータセットだ」
 「量子コンピュータ?」
 「見た目は多面体の宝石だが、内部には高次元展開された量子情報が格納されている。我々も詳しいことを知っているわけではない。知っているのは、シャイニングT は、お前たちがSPU と呼ぶ旧支配者のユニバースと直接的なデータ交換を可能にするということだ」
 私は唾を飲み込もうとして、喉がカラカラになっていることに気付いた。
 「直接的なデータ交換って、具体的には何ができるんだ」
 「SPU から大軍を呼び込むことができる」インスマウス人は淡々と説明した。「旧支配者の従者を、あるいは、大いなる旧支配者そのものを」
 「......いや、待ってくれ」私はやっと唾を飲み込んだ。「通常の侵入とは別に、ということか」
 「量子もつれを利用するという原理は同じはずだが、それ以上のことはわからない」
 防壁で防げるものなのかどうかもわからない、ということだ。
 「輝くトラペゾヘドロンは、今、どこにあるんだ」
 「星の智慧派教会です」ユアンが答えた。「おそらく北米のどこか」
 「本当にSPU と直接データ交換できるのなら、どうして、まだ旧支配者がこっちの世界に出現していないんだ」
 「輝くトラペゾヘドロンは19 世紀にエジプトでの発掘調査の際に発見され、星の智慧派教会は、何度となく起動させる方法を試してきました。彼らが崇めるナイアルラト......いや、名前を口にするのはよくないですね、とにかく旧支配者の一人と交信したかったからですが、これまで一度も成功していません」
 「なぜ?」
 「星の位置が正しくないから、と聞いています。恒星間の微妙な配置が起動パラメータの一部になっているらしいんです。ただ、20 世紀中頃には、その条件が揃ったようですが」
 「それなら、どうして?」
 「起動パラメータの一部が欠損しているからだ」インスマウス人が言った。
 「起動パラメータ? それは何だ」
 「加々見シュンだ」
 「シュン?」私は混乱して唸った。「意味がよくわからんな」
 「星辰の位置が整う直前」インスマウス人は丸い目で私をじっと見つめた。「アーカムは星の智慧派教会に大規模な攻撃をかけた。シャイニングT の起動を防ぐためだ。多くの犠牲を出したようだが、作戦は成功し、輝くトラペゾヘドロンの破損に成功した。正確には、パラメータの一部を奪ったのだ。そのため、星辰が望んだ位置になってもシャイニングT の起動はできなかった。だが、パラメータを奪回されれば、星の智慧派教会は今度こそ、シャイニングT を起動し、この世界に大混乱をもたらすだろう。アーカムはパラメータを奪回されない場所に隠す必要があった。そこで彼らが選んだのは人間だった」
 「人間? つまり......」私は思いついた考えを口にした。「DNA 情報か」
 だがユアンとインスマウス人は、揃って首を横に振り、私の答えを否定した。
 「我々も最初はそう考えていました」ユアンが言った。「ですが、DNA 情報など髪の毛一本や血液一滴からでも容易に得られます。そんな簡単な場所ではないんですよ」
 「確かにそうだな」私は頷いた。「なら、どういう意味だ」
 「当時のアーカム、というよりミスカトニックの頭のいい人たちが選んだメディアは、人間の心だったんです」
 私はまじまじとユアンの顔を凝視した。よほど懐疑的な表情だったのか、ユアンは苦笑しながら手を振った。
 「ああ、わかります。人間の精神波とかサイコ何とかとか、そういうムーで特集してそうな、ヨタとしては面白いけど、真剣に信じている人には近寄りたくない類いの話だと思っているんですよね」
 「違うのか」
 「ぼくも詳しい理論を説明できるわけではないし」ユアンはため息をついた。「理解しているか、と言われるとノーと言わざるを得ないのですが、要約するとこういうことです。ひとつ、人間の心というのはつまるところ脳の電気信号である。ふたつ、電気信号であればデジタル化できる。みっつ、適切な技術を使えばデジタル化されたデータの一部を書き換えできる」
 しばらくの間、誰も口を開かなかった。SUV は金沢区に入り、海の公園近くを制限速度を少しだけオーバーした速度で走行しているようだ。交通量はそれほど多くない。
 『人の心なんて』サチが承服しかねる、といった顔で発言した。『デジタルで表現できるものではないと思いますが』
 「そうですか?」ユアンが応じた。「必ずしもそうとは言えないのではないでしょうかね」
 『どういう意味ですか』
 「現にアーカムさんでは、似たようなことが日常的に行われているじゃないですか。最近の例だと、苅田タケトくんとか」
 サチは沈黙した。ユアンが言っているのは記憶のオーバーライト処理のことだ。
 「あれは記憶の操作であって、心とは少し違うんじゃないか」
 反論した私の声も、自信に満ちあふれているとは言えなかった。
 「ぼくが言いたいのは」ユアンは見下すような態度も、教え諭す態度も見せなかった。「そのようなテクノロジーがあるなら、アーカムは使うことを躊躇しないだろう、ということです。その有無や可不可に関する議論をここでしても意味がありません。ぼくもあなたたちも、どちらも議論の前提となる知識を持っていないからです」
 「......いいだろう」私は言った。「心のデジタル化技術が存在すると仮定しよう。だが、シュンの心に、そのパラメータが埋め込まれていると言うなら矛盾があるだろう。20 世紀中頃にはシュンはまだ生まれていなかった。シュンの両親だってそうだ」
 「加々見シュンではない」インスマウス人が言った。「最初にパラメータが埋め込まれたのは、アメリカ人の女だ」
 「アメリカ人?」私の頭はまた混乱した。「誰のことだ」
 「アーカムの人間らしいが、詳しい身元は秘匿されていてわからない。わかっているのはウォードという名前だけだ」
 「それがシュンとどうつながるんだ」
 「またオカルトじみた話になりますが」ユアンが真剣な顔で言った。「アーカム・オーダーが、サンサーラ・テクノロジーという技術を所有していると信じるに足る根拠を、我々は持っています。サンサーラとは、インド哲学における輪廻転生、つまり生まれ変わりを意味する言葉です。アーカムには、人の生まれ変わりを制御する技術があるんです」
 アーカムと関わりを持つ前なら、即座に笑い飛ばしていたであろう話だ。今の私には、笑うことができない。
 「あんたが言っているのは、シュンがそのアメリカ人女性の生まれ変わりだということか」
 「いえ、違います。加々見シュンは5 代目のようです」
 「5 代目......」
 「アーカムはこれまで4 人のシャイニングT 起動パラメータを持つ人間を、厳重に保護してきました。生まれ変わりがどんな人間にも起こることなのか、アーカムが選んだ人間にだけ発生させられるのかは不明ですが、いつでもパラメータを持つ人間はいたようですね。その人間が死ぬと、別の人間にコピーされる。今現在は加々見シュンがパラメータの所有者なんです」
 「じゃあさ」カズトが言った。「そのうちシュンは、英語をペラペラしゃべり出すかもしれないってことかよ」
 『野球最高とか、ラグビーよりアメリカンフットボールだとか』リンが面白そうに言った。『距離や長さをマイルとフィートで言い出したり』
 『コメントを全部英語で書かれたりしたら困るな』ハルも会話に参加した。『完全英語表記にしろとか。みんなで英会話教室にでも通うか』
 「そういうことではなくて」ユアンはクスクス笑いながら言った。「受け継がれる知識や記憶を、ある程度選択することができるんだと思う。人格全部がそのまま移行するわけじゃない」
 「もちろんそれは」インスマウス人が言った。「人類が開発したテクノロジーではない。SPU から盗み出したものだ。ディープワンズは、先祖の記憶を生まれながらに共有している。我々も完全ではないが、その記憶を受け継いでいる」
 「にわかには信じがたい話だが」私は言った。「それはまあ置いておくとして、あんたらは何を要求しているんだ」
 「要求?」
 「そうだ。シュンを引き渡せ、ということなら、応じることはできないぞ」
 「そうではない。その逆だ」
 「というと?」
 「なんとしても加々見シュンを守ってもらいたい」
 私は画面の中のサチと顔を見合わせた。
 「守るとは、どういう意味だ」
 「言葉通りだ。奪われるな」
 「奪われるな、とは、つまりディープワンズにということか」
 「そうだ」
 「わからんな」私は疑問の視線を向けた。「あんた、仲間を裏切ろうとしてるのか」
 「我々は、つまり人間の血が入ったものは、現状維持を望んでいるのだ」
 「インスマウス人がか」
 「我々は」心なしか、インスマウス人の声に悲哀が混じった気がした。「何世代にもわたって、お前たちの社会に溶け込んで生きてきた。もはや、これ以外の生き方は考えられない。ここでは我々は、それなりの自由意志を持って生き、生活し、そして死んでいける。ディープワンズの作戦が成功し、加々見シュンが奪取され、シャイニングT が活性化すれば、遠からずこの社会は崩壊し、旧支配者によって作り替えられる。その世界では、我々は旧支配者の意志によって生きることを強制される。そこには自由な生どころか、自由な死すらもない」
 『でも』声をあげたのはマイカだった。『ディープワンズが指令を出してきたら、あなたたちは従わなければならないんですよね』
 「その通りだ」インスマウス人は認めた。「旧支配者や従者の指令から逃れることはできない。そこで取引をしたい」
 「どんな取引だ」
 インスマウス人は答えずに、ユアンを見た。
 「説明します」ユアンは咳払いした。「まず、インスマウス人コミュニティは、ディープワンズに対抗する手段を提供する。アーカムさんはそれによって、ディープワンズを撃退する」
 「対抗手段とはなんだ」
 「ディープワンズを......」インスマウス人は言いよどんだ。「......攻撃するための、各種生物学的パラメータだ。アーカムのプログラマに理解できる文字列に翻訳したものだ。ディープワンズの生体情報が高精度で得られるだろう」
 確かにそんな情報があれば、PO の目視による観測負荷がかなり軽減されるし、事前にロジックをある程度準備しておくこともできる。
 「条件は?」私は訊いた。「ロハでそんな情報を提供してくれるわけはないだろう」
 「いくつかある。まず加々見シュンを囮に使うような危険な作戦を中止してもらう。次にディープワンズを攻撃するのはいいが、殺すのは、やむを得ない場合を除いて避けてほしい。最後に、我々がお前たちの社会でひっそりと暮らしていけるように手を貸してもらいたい」
 「インスマウス人を攻撃するな、ということか」
 「人類と同格に扱え、とは言わない。我々が敵対行動に出ない限り、攻撃しないでもらえればそれでいい」
 私は大きく息を吐いた。
 「公平な条件だとは思うんだが、あいにく私には何の権限もない。私は一介のマネージャでしかないからな」
 「お前に権限がないことはわかっている。上司に伝えてくれればいい。判断はその男が行うだろう」
 「わかった。必ず伝えよう」私はユアンを見た。「それで、あんたは?」
 「ぼくが何か?」
 「移動会議システムを提供するためだけに、こんな手間をかけたわけじゃないだろう。ハウンドの条件は?」
 ユアンは感心したように頷いた。
 「エンジニア相手だと話が早くて助かります。我々の条件は一つです。686 体のグールを見逃してもらいたい。それだけです」
 「見逃せと言われてもな......」
 「もちろん横浜市内に解き放つようなことはしません。グール群は現在、凍結状態にありますが、そのまま国外に搬出します。あれを生み出すには多大な費用がかかっています。こんな下らない戦いで消耗させるわけにはいかないんですよね」
 「そして、生物兵器として使用するわけか」
 「強靱な兵士としてです」ユアンは訂正した。「もっとも今回のグールは知性が残っているので、今のままではコストパフォーマンスが悪い。もう少し知性を抑え、本能の割合を高めなければね。走るゾンビあたりが理想です」
 『ちょっとユアンさん』リンが剣呑な声で言った。『あんた、どうして人類を裏切って平然としていられるのよ。世界がSPU に征服されたらコストもクソもないじゃん』
 『リン』サチが咎めた。『女の子がクソなんて言っちゃいけません』
 「リンの言うとおりだ」私はユアンに言った。「旧支配者がこの世界を支配したとき、ハウンド・インターナショナルの社員だけは、会員ラウンジに残してもらえると思っているわけじゃないんだろう」
 「少し誤解があるようですが」ユアンは薄笑いを浮かべた。「我が社はSPU の旧支配者に忠誠を誓っているわけでも、崇拝しているわけでもないんですよ」
 「現にアーカムに敵対し」私は指摘した。「インスマウス人や星の智慧派教会と協力しているじゃないか」
 「これもビジネスですよ。我々は狂信者の集まりではないんです。世界の破滅を望んでいるわけでも、世界を征服したいわけでもない。それどころか、我々以上に平和を希求している集団はないと言ってもいいぐらいですよ」
 「ハウンド・グローバル・インダストリーは軍需産業だろう。軍需産業が平和を望むなんて自己否定の極みじゃないのか」
 「我々にとっては、基本的に平和な世界で、絶え間なく小さな紛争がどこかで起きている、というのが理想的な状態なんです。全面戦争では失うものの方が大きすぎますから。その紛争が人間ではない兵士を投入することによって解決するなら、さらに理想的だとは思いませんか」
 「お前たちが作ったグールは、半分が人間という話だが」
 「ええ、それも解決しなければならない問題の一つですね。いずれは、人間要素を完全に取り去った兵士を作りたい。それには、まだ研究を重ねなければ。その素材としても、今回のバージョンのグールは必要なんです」
 私は呆れて嘆息した。
 「ビジネスで奉仕種族と手を組んでいるのか」
 「互いに利用しあっているだけですよ」ユアンはにっこり笑った。「アーカムの勝ちが濃厚になってきたら、ぜひ、アーカムに協力させていただきますとも」
 「そんな日が来ないことを祈るね」
 「おたくの佐藤さんか山田さんには、また別の考えがあるでしょうから」
 「ところで、さっき言っていたディープワンズの詳細データとやらは、いつもらえるんだ」
 「おたくから条件受諾の連絡をもらえれば、すぐにでもお渡しできますよ。この会議は動画として保存しています。みなさんを解放するとき、USB メモリにコピーしてお渡ししますよ。連絡手段も入れておきます」
 「ああ、いや」私はかぶりを振った。「その必要はないと思う」
 「ええ? 今の内容を全部暗記したんですか? メモも取ってないでしょう」
 私はカズトを見た。カズトはサムアップで答えると、ノートPC に触れた。
 『どうも、ユアンさん』佐藤管理官の落ち着いた声が、ノートPC のスピーカーから流れた。『アーカム・テクノロジー・パートナーズ、横浜ディレクトレート防衛本部防衛管理部防衛管理室の佐藤です。非常に興味深い提案に感謝します』

(続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。本文中に登場する技術や製品は実在しないことがあります。

Comment(7)

コメント

yupika

佐藤管理官のいいとこどりよ

匿名

台場「こんなこともあろうかと(略)」

勝手に校正

ビジネスと平和に関するハウンドの思想は,さもありなんという感じですが,
すると今後訪れる(はずの)Z あふれる世界,ハウンド的には理想の世界なのかも.
人類共通の敵であるZ に対抗するという大義名分を得て,関連事業(?)を独占できている.
# 意図した結果か何らかの事故を奇貨としたのかだろうが,どっちにせよ責任は大きい

> 「ぼくが言いたいのは」ユアンは見下すような態度も、教え諭す態度も見せなかった。
>「そのようなテクノロジーがあるなら、
同一パラグラフ内の発言が偶然行頭に来たためか,「」前の字下げ抜けに見えています(私の環境では).
# 行頭・行末の禁則処理のしわざでしょうか?

mo

若きスーパーハッカ―のカズトくんがどうやって遮断された通信に潜り込んだのか…続きが気になる!!!

リーベルG

勝手に校正さん、どうも。
そこは、


~見せなかった。「そのような~


とつながっています。PCのブラウザで見ると、ちょうどカギ括弧の開始が行頭に来てますね。

名無し

最後にゾクっとした。面白い。

tbk

ユアンはツーブロックのユアンマクレガーとしか
想像できない(>

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