Act02 覚悟
会議室のホワイトボードに草薙さんが知っている情報が並べられていく。
- システムは建設機械の予約システム
- 私たちへの今回の依頼主である「安西システム」が元請
- プロジェクトを構成している人間の大多数が協力会社の要員で、しかも経験値の高くない若手がほとんど
- 安西システムの主力は、海外への進出に力を入れており、社長もつい最近まで海外に長期出張していた
- 安西システムの社長は協力会社からの問い合わせを聞いて、初めてこのプロジェクトが危ういことを知った
- このプロジェクトのPMは、安西システムの社長と創業以前からの友人でもある
「俺が仕入れている情報は、これだけだ。安西社長も、これ以上のことは知らないのか、話せないのか。どちらかだと思う」
1つ1つの要素(ファクター)がつながっていくには情報が足りな過ぎる。パズルというにはピースが足りな過ぎて、全体像をおぼろげにしか把握できない。気になる情報は【安西社長とPMは友人】と【安西社長は情報を得ていなかった】の2つ。ある程度の推論は一瞬で思い浮かべられるが、それは結局……推論でしかない。
「可能なら、会って話がしたい」と言おうとした瞬間、会議室の内線が会議室に鳴り響く。私より草薙さんは少し早く動き、その電話に出た。
「俺の方から出向こうと思っていたのに。ああ、入ってもらってくれ」
電話の先は事務の姉さんのようだ。
「行くまでもなく、安西社長がいらしたようだ。話、聞きたいだろ?」
ホワイトボードをひっくり返すこともなく、草薙さんは私に席に着くよう促した。草薙さんに完全に巻き込まれたな……と苦笑しつつ、自席にいったん戻って名刺を準備する。
数分後、かなり青ざめた顔をした男性が会議室のドアから入ってきた。恐らく、実年齢は30代後半~40代前半の年齢なのだろう。しかし、男性からはかなりくたびれた印象を受けたのが正直な第一印象だった。
「お忙しいなか、お越しいただいてありがとうございます。彼女がウチの主軸メンバーの早瀬です」
草薙さんが私を紹介する。にこやかな営業スマイルを顔全体に浮かべて、私は名刺を差し出した。名刺交換の相手の安西社長は、暑いのに汗1つかいていなかった。体調的にもあまり良くないのが見て取れる。相当、追い詰められているようだ。
「安西システムの安西です。早瀬さんのお話は草薙さんよりお伺いしました。あと、うちのメンバーもお世話になりました」
「ええ、後藤さんにはお世話になりました。お元気でしょうか?」
「後藤は……」
安西社長はその言葉の後、弱く苦笑してから黙る。どうやら、私は地雷を踏んでしまったらしい。訪れる沈黙。
少しして、事務の姉さんから差し入れられた冷たいお茶を一口飲み、ホワイトボードを見つつ安西社長は本題を切り出した。
「……助けていただきたい。正直、私もこれ以上の情報は持っていないのです。現場も混乱してますし、倒れた要員は全員弊社のプロパーなのです。早瀬さんと一緒に仕事をしていた後藤もそのうちの1人で、会社を現在も休んでおり……電話での連絡も留守電にしかつながりません」
後藤さんがどんな人だったか、自分の記憶から引っ張り出す。引込み思案な人だったが、きちんと問題点提起をしてくれ、モチベーションも高かった。一緒に仕事をしていてやりにくさを感じたことはない。彼と働いた現場は稼働時間もかなり上がってしまった覚えがあるが、彼は着実な仕事をしてくれた。
その彼が中途離脱(ドロップアウト)するということは、恐らく、現場の人間関係の状態は「最悪」なんだろう。
「安西さん。1つだけ、質問してもいいでしょうか?」
私は口を開く。いろいろ聞きたかったが、1つだけ大事なことを確認したかった。
「私たちはプロジェクトを良い形でランディングできるように全力を尽くします。でも、残念ながら今の納期で満了させるには、お聞きした進捗状況からして……絶望的だと考えています。
ですので、お客さまと御社の妥協点を作り出すことを目標として入ることになると思います。これまでの経緯を洗い出し、より正確な現状をつかみ……落としどころを探る。私たちがそういった振る舞いをすれば、こういう状況を生み出したPMにとって、必ずしも愉快な存在ではないと思います。PMは了解しているのでしょうか?」
草薙さんが片眉を動かす。「おうおう、いいねぇ」と、でもいわんばかりに少しだけ目が笑っている。私は確かめたかった。権限がなければ、私たちのやるべきことは果たせない。その権限は与えられるのか、と。
恐らく、私たちはPMのこれまでを否定せざるを得なくなるかもしれない。その人の計画……目論見が正しいのであれば、このようなことにはならなかっただろうし、そもそも私たちは呼ばれなかったであろう。
でも、何かが「間違ってしまった」ということは、問題点を洗い出して補正し、けじめをつけて謝罪し、再発防止策とともに、道筋を再定義しなければならない。それらを果たすためには、場合によってはPMと敵対する可能性もある。
私は安西さんがその覚悟を有しているか、認識しているかを確認したかった。そして、私達に権限が与えられるのか……も。
「正直申しますと……最初はPMの杉野はあなた方を入れることを渋っていました。その予算があるなら、プログラミングできる人間を入れろ、とも。でも、人を増やしてどうにかなるものではないと私は判断しました。やりにくい部分もあるでしょうが、私も会社の代表として……あなた方を全面的に支持します」
安西さんは相当の覚悟をして、私たちを送り込む決心をしていた。かつて、会社を立ち上げた仲間と対立しても。その後、会社を信じてくれた人たちを守るために、苦渋の選択をしようとしているのは認識できた。
「早瀬。細かい話は詰めておく。入場も明日か明後日には行われる予定だ」
「了解、ボス」
私は席を立つ。金勘定の話は草薙さんが話せばいい。彼が受けるというのならば、私はそれに従うまでだ。軽く挨拶をして会議室を抜けた後、廊下で後藤さんの携帯に電話を掛ける。すぐに留守電になってしまったため、メッセージも入れずに、そのまま電話を切る。
廊下の窓からブラインド越しに見える空は先ほどまでとは変わっていて。今にも泣きだしそうな雲がそこにいた。救世主なんて、どこにもいない。銀の弾丸なんて、この世界のどこにもない。恐らく今回の戦いは、たどり着く場所に幸せなんてなくて。いかにして、損害を小さくするかでしかない。すでに壊れてしまった人もいる以上、そこに勝ちなんてない。
いろいろ考えを巡らせている私の頭を、バケツをひっくり返したかのような激しい雨音が現実に引き戻す。
「休めるときに休むか」と思い直し、私は帰り支度を行うために、自分のデスクに戻った。
コメント
すぷらっしゅ
前回を読んで勝手に「主人公=男性」と思い込んでました。
すみません(汗)
な-R
すぷらっしゅ様
ありがとうございます。
あえて1回目は女性というのは決定的にせずに書いた覚えがあります。
IT屋さんは男性が多いですから、当然、男性だと思いますよね(笑
とりんどる
第2回執筆おつかれ様です。
「私」とか言葉がていねいとかで女性と決めつけるのもアレな気がしますが、女性ですか…これは大変な傭兵ですねぇ…。
元ITにいた人間としては、「私」と言う男性とか言葉使いが常に丁寧な男性を随分見ていたので、男性だと思ってました。
な-R
とりんどる様
ありがとうございます、な-Rです。
男性の傭兵は多いですが、女性の傭兵は確かに全体的に少ないですよね。
IT業界は女性にとって、中々結婚・出産後は続けにくいという現実もありますね(苦笑
そのあたり、なんとかしたいと思ってるんですけど、なかなか・・・。
組長
な-Rさん、いつもお世話になっております!
もうー!面白すぎて続きが気になりまくりです。
お忙しいと思いますが、今後も期待しております。
自分も書かないと。
通りすがり
いいですね~。デキる女性好きです。
な-R
組長様
く、組長。押忍!(嘘
わざわざ、ありがとうございます。
いえいえいえいえ。
組長程の文才はないですが、
ゆるゆる書いていきますので暖かく見守ってください。
(生暖かくではございません)
通りすがり様
ありがとうございます。
だんだん、崩れていきますのでお楽しみいただければと・・(笑