Act01 ソーダアイスと傭兵と
20XX年、夏。
外のアスファルトはうだるような暑さで熱を持ち、うっすらと陽炎が揺らめいている。冬から初夏にかけての案件を満了していた私は、休暇届を出すために、本社を訪れていた。
私の名前は早瀬。職業、IT屋。所属会社はCAシステムズという中小企業だ。うちの会社の人間は、別に煌めくような最新技術を持っているわけじゃない。私たちはいわゆる、傭兵。傭兵は傭兵でも「炎上案件の鎮圧屋」だ。
入る案件によっては誰かに恨まれるし、「傭兵風情が」と蔑まれるし、もちろん稼働も跳ね上がる。それでも、なぜか、私はこの会社にいる。
「あ、いいところにいた」
事務方に休暇届を提出し、旅行にでも出ようかなどと考えながら帰宅しようとしている私をバリトンが呼び止めた。振り返った私に向けて人懐っこい笑みを浮かべた声の主は、冷凍庫から出したばかりのソーダアイスを手渡し、ベランダの喫煙所に誘った。
開け放たれたベランダの向こう側は灼熱地獄だ。そのベランダで、彼は涼しい顔でタバコをくわえる。彼の名前は草薙。私の上司であり、会社の社長だ。茶髪のロン毛と無精髭がチャームポイントの40代独身。男に好かれるお星様の下に生まれてきた、自称ノンケ社長。私はボスと呼んでいる。
「早瀬ー。今から、俺と出ない?」
「ボス。たった今から、私、休暇の予定ですが」
社長相手にささやかな反抗をしつつ、もらったばかりのアイスを私は口に銜える。
「つれないねぇ。……安西システムって会社、覚えてる?」
「ええ、前の前の案件で一緒だったパートナー会社さんですよね」
「今、電話あってさ。……かなり、ヤバいらしい」
最後の一言だけ、低い声で草薙さんは口にする。普段、にこにこしている分だけ、威圧感がある。
「会議室に寝袋転がっている状態で、事実として、3人脱落。 契約自体も微妙に詰め切れていない、いわゆるグレー状態だ。 だから、後から後から、仕様追加や変更が来てる。……変更だという認識は、ユーザーさんにはないみたいだが。それでもこのまま、無事納品日を迎えられなければ、訴える勢いらしい。ちなみに納品日は今月末だから、あと土日含んでも28日しかない」
よく、そんな話を聞けたなと思いつつ、アイスを食べ進める。草薙さんの特殊能力は、「するりと人の懐に入り込んでしまう」こと。計算とかじゃない、多分、天性の才能なのだろう。なんというか、憎めない人だ。
「何をどう考えても、火中の栗、ですけど。というか、栗(金)、あるんですか?」
すでにこの猛暑の中、柔らかくなってしまったアイスを咀嚼しつつ。私は草薙さんの言葉を待つ。彼は煙草を細く長く唇から洩らしてから、話を続ける。
「もちろん、慈善事業じゃないからさ。金の話は、すでにつけててね。ま、俺たちがこのまま、ごめんなさいしたり。間違って、さらにこじれさせたりしたらー。先方、払いたくてもそれどころじゃない状況になるんだろうよ」
……その言葉の意味は、理解できる。それはまさに存亡のかかった重大局面ということなんだろう。
「俺1人じゃ無理だ。お前が現場で1.0。俺も援護で0.5入って、あと1名。これでまず緊急処置はいけると踏んでいる」
すでに計算に入れられてるのね……と思いつつ、私は唇の端に棒だけになったアイスを銜えながら、身を翻す。
「会議室、行きましょうか……。あそこの会社にはお世話になりましたから……」
「助け合ってこその中小企業~♪ いや~、俺、いい部下持ったわ」
私は事務方に顔だけ出して、苦笑しつつ首を左右に振ると。事務の姉さんはすべて分かっていたかのように、私の休暇届をシュレッダー行きの箱に無造作に放り入れた。
コメント
すぷらっしゅ
おっ、新しい物語が。
楽しみにさせてもらいます。
リョココ
エンジニアではなく企画や制作の仕事をしているのですが、
まさに火消し作業をこなしたところで、よくわかりました。
本当はつらい内容ですが、面白く読めました。
エンジニアの傭兵物語が今後どうなるか、気になります!
ほ
最近、小説形式の記事、、、増えましたね。
匿名
句読点の使い方が気になるが
リーベルGさんに続く人気小説になる予感
t1una
のっけから火が付いてる状態のプロジェクトを専門とする傭兵なんて。。。
かっこよすぎます。
な-R
はじめまして、こっそり傭兵のな-Rです。
生息地は東京23区です(ぺこり)
できれば毎週~隔週コラムを書いていけたらと思っておりますので、
お手柔らかによろしくお願いいたします。
すぷらっしゅ様
ありがとうございます。
基本的にゆっくりペースになりますが、お仕事の合間にご覧いただければうれしいです。
リョウココ様
ありがとうございます。
企画や制作の仕事も、爆発すると本当に大変ですよね…。
火消し作業をこなしたということは、今は小休止でしょうか(笑
ほ様
ありがとうございます。
そういえば、確かにそうですね。
少しの間、お邪魔させていただきます。
匿名様
ありがとうございます!
おおっ、読み直してみると確かに変ですねー。
気を付けることとします!
tluna様
ありがとうございます。
現実はこんなにかっこよくはないかもしれません。
大体、当社比80%増しです(笑
もり
火消しに失敗した苦い経験があるのですが、物語では大活躍を期待してます!w
な-R
もり様
ありがとうございます。
確かに、極めて難しい火災(謎)はありますよね。
今から思えば「ほかにやりようもあったろうに」と、
自分に対して思うこともあります。