言語の歴史は人類の歴史。そして人類はコンピュータを言語で動かすようになった。

戦えるスキルと好かれるスキル

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エンジニアが身に着けるスキルには二つコンセプトがあると考えています。一つは好かれるためのスキルです。マネージャやお客さんの言ったことを実現するような方向のスキルです。もう一つは戦えるスキルです。端的に言えば、自力で問題を解決していける方向のスキルです。この二つを同一のものと考えている人も多いようです。そういう人は、私の経験上では、好かれるためのスキルを重視しています。

マネージャが優秀だったり、良いお客さんに恵まれていれば、この二つのコンセプトを意識する必要はあまりありません。どちらのコンセプトを取るかで大きな違いが出るのは、マネージャやお客さんが、何かを間違えているときです。間違えていてもマネージャやお客さんの言う事に従っていくか、問題の根本を解決するアプローチに出るか、二者一択を迫られます。教科書通りの答を言えば、両方できるのが理想です。ただ、現実はそうはいきません。

まず、人に好かれるスキルを求めると、主眼が技術より人にいきます。そして、人の反応を見て判断をするようになります。どうしても技術がサブになるので、同じ能力の人が同じ量の努力をしたとすれば、問題解決を主眼に置いた人には敵いません。問題解決を求める人は、純粋な技術力の高さを求めます。常に技術に主眼が置かれているので、スキルは高くなります。半面、事実をズバズバ言うので、あまり人には優しくありません。

どちらが良い、悪いはありません。ただ、日本の会社組織には、人に好かれることをコンセプトにしている人が圧倒的に多く、バランスが崩れています。その結果、御用聞きのような仕事をする人が多くなり、根本解決がおろそかになりがちです。また、人と違うことをするのを嫌って、イノベーションが起きにくくなります。既存と新しい価値観を並べて勝利するのがイノベーションです。調和からイノベーションは生まれません。

「友達100人できるかな♪」なんてノリで仕事をしているから、日本ではイノベーションが起きないのです。なんで戦えるスキルが自力で問題を解決する方向なのかといえば、既存のものに挑んでいかないと問題解決ができないからです。そもそも、既存が正しければ問題は起きないはずです。ただ、勘違いしてはいけないのは、戦えるスキルといっても対象は人ではありません。戦う対象は困難とかそういった類のものです。そういう戦いなら、大いに戦ってもいいのではないでしょうか。

Comment(1)

コメント

すぎエモン

戦えるスキル系の方には時に「羅刹」のような方がいます。
そして、その羅刹は叫ぶのです
「ここは、仲良しクラブじゃねーんだぞ!!」
そうやって、強引に問題解決を進めていきます。
ああ、恐ろしい…
恐ろしいが、頼もしくもある。
ところで「仲良し倶楽部」ってこの世のドコかに存在するんでしょうか?
気になったまま、何十年も仕事しています。

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