言語の歴史は人類の歴史。そして人類はコンピュータを言語で動かすようになった。

厳しく評価することを正解と間違えている人達へ

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これは日本の教育の敗北だと思うのですが、多く×(バツ)を付けることが良いことだと思っていないでしょうか。これをITでやると簡単に破綻します。世の中には、百問中一つでも正解を出せば大丈夫なケースも多くあります。現実では、何回もトライ・アンド・エラーを繰り返して正解を増やしていき、100点ではなく及第点に到達すればOKというケースの方が多いです。特にITはトライ・アンド・エラーの回数がものをいいます。

闇雲に100点を目指ことは、正確さへの指針ではなくただの無知です。受験産業の人に聞いたことがあるのですが、受験では100点を目指すと志望校に落ちるそうです。受験問題には必ず高難易度な問題と普通の難易度の問題が混在していて、普通の難易度の問題を解ければ合格ラインの点数が取れるそうです。学校で教えている100点を目指す方針と、受験のテストのコンセプトに違いがあります。それを理解した人が受験で勝てるそうです。

これはITでも同じだと思います。「できること」と「できないこと」を的確に分別していくことが重要です。全部正解を目指すアプローチをしなくても、課題を取捨選択して解決していくことで問題は解決できます。学校のテストは、覚えた知識に対しての検証です。だから「テスト」なのです。問題解決という視点から見ると、これほど使えないやり方はありません。できることを着実にこなしていって、及第点に到達すれば問題は解決します。

問題解決においては、条件が変われば正解と不正解がひっくり返ります。学校のテストみたいに問題が変わらない状況で100点が取れるより、条件の違いを見極める眼力の方がものをいいます。学校のテストの感覚で○か×かを区別したがる人は、条件の変化に翻弄されてしまいます。×が多くついているだけで精神的な安定を崩して暴走します。大きなプロジェクトでは、こういう人をよく見かけます。

落ち着いて条件を見極めれば、必ずどこかに正解が潜んでいます。条件を見極める上で不正解は重要な要素です。不正解だから良くないと考えるのは、現代教育に毒されているからです。不正解が出たら条件の絞り込みが進むので、本来なら喜ぶべきことです。学生の頃の感覚を引きずっていると問題解決はできません。学校は卒業したのだから、感覚もそれに合わせて切り替えていきましょう。そうすれば、問題解決も進むようになることでしょう。

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