組み込み系システムに3年、オープン系システムに7年。徹夜がこたえるお年頃。独身貴族から平民へと降格したホリは、墓場へまっしぐらなのだろうか……。

さよならS君

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 春は出会いと別れの季節とよくいうが、社会人になると学生時代ほど劇的な変化はなくなるのだ。自分がどこかに異動しない限り、出会いといえば新入社員や他部署から異動になった人。別れといえば、これまた異動になる人。それほど出入りが激しい部署ではないので、ほとんど実感はなかった。

■突然の別れ■

 2年間、苦楽を共にした派遣社員であるS君が、この3月をもって契約満了となり、4月からは契約更新しないことが決定したのだ。うちのグループに開発として派遣されてきたS君。正確にいうと、僕の下で一緒に働いてきた仲間だった。

 S君は僕より1つ年下。開発者としてのスキルが高く、ヒューマンスキルも非常に高い人物だった。上司からの評判もよく、S君本人の希望もあり、もしかしたらうちの正社員になるかも、というような状況だったのだ。

 それが世界的な不況のあおりをモロに受け、風向きが変わってきたのだ。コスト削減を言い渡された開発部には、内製化を促進しろというお達しが出たのだ。どんなに能力があろうと、仕事ができようと、派遣社員から切られていく。この時ほど厳しい時代なのだと感じたことはなかった。

 もとをただせば、仕事さえあればS君は切られることはなかったのだ。少ない仕事をまずは社員に優先的に割り当て、社員では捌ききれなくなってはじめて派遣社員を使う。これは当然のことだろう。

 客観的にみれば、S君よりできない社員は多い。社員の代わりにS君を使った方が、よっぽど効率よくプロジェクトを進めることができるのだ。しかし、それが通じるはずもなく、S君はうちの会社を去っていく。

 正直に言うと、S君は4月からもうちの会社に残るものと思っていた。それが、上司の考えなのか、社員には内密に処理が進められていたようだった。そのことを知り、上司に抗議をしたが、受け入れられるはずもない。

 自分の力のなさをこの日ほど感じたことはなかった。一緒に仕事をしてきた仲間のために、何もすることができない。自分にもっと権力があれば助けることができたのだ。「何を甘ったれたことを言っているんだ」とか、「そんなこと日常茶飯事だ」というのは頭では分かっている。しかし、どうにかしたいと思うのだからしょうがないのだ。

■厳しい現実■

 S君の頑張りは一緒に仕事をしていた僕が一番よく分かっていた。奥さんと小さな子供を地元に残し、単身赴任で東京で2年間仕事をする。正社員になったら家族を呼ぶと楽しそうに話すS君の顔。客先のマシン室で監禁状態にありながら、明るく将来の夢を語るS君。火を吹く直前でなんど消化してもらったことか。

 思えばS君と僕はほんのわずかな運、不運の差でしかない。僕はギリギリ今の会社に滑り込み。1年違いのS君は就職氷河期で思うように就職できなかった。おそらく今年、就職活動中の学生たちも、自分たちの不運を呪っていることだろう。

 送別会の日、S君は最後の挨拶でこう言ったのだ。

 「やっと長い単身赴任を終えて地元に帰るので、これからは家族サービスに力を注ぎます」

 S君は最後まで場の雰囲気を考える男だった。

 そして、S君は僕にだけこっそり教えてくれたのだ。

 「地元に帰っても仕事がないから、当分、東京にいます。だから、飲みとかあればいつでも呼んでくださいよ」

 これが現実なのである。

 S君がこのコラムを読んでいるか分からない。そして、読んだとしても自分のことだと気付かないかもしれない。S君の境遇は珍しくもなんともない。同じような境遇の人は沢山いるだろうからだ。しかし、そんなS君にエールを送りたい。

 「君のスキルがあればどこにいっても十分やっていけると思う。だから、諦めずに頑張れよ! S君!」

 この業界は広いようで狭いのだ。優秀なS君のことだから、いつかどこかのプレゼンで、コンペチターとして登場してくるかもしれない。

 続く

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