四捨五入して30歳。酒と歌を愛します。飲み屋で社長と知り合ったのが人生の転機。事実は小説よりも奇なり。

僕を育ててくれた先輩はモンスターエンジニアだった(4)

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 エグチさんとのプロジェクトが終わってからの半年間を、簡単に説明しよう。

 僕は新人ということもあり、基本的には雑用という感じでいろいろなプロジェクトを渡り歩いた。ドキュメント整備がメインの仕事でスパンも1か月~2か月、短いものでは2週間というのもあった。

 いろいろな会社、システムを短期間で数多く見れたのは大きな収穫だった。DBのトランザクション周りの制御がいかに重要かを知ったのもこのときだったし、(その現場は2週間しかいなかったにもかかわらず)とても自分の中で大きな意味を持つプロジェクトになった。

 しかし、いつも都合よく仕事があるわけでもなく、本社待機の期間も合わせて3か月ほどあった。

 その時は、VBで社内向けの会計システムを1人で作っていた。レビューしてくれる予定の人が外部作業で社内におらず、とにかくさみしくディスプレイと向かい合う毎日。座席も、社内にいるみんなとかなり離れていたので、1日中人と話さないで終わることもしばしばあった。結構つらい時期が続いたものだ。

 とにかく何でもいいから仕事がしたい。現場に行って何かやりたい。そういう気持ちが日に日に増していく。

 新人のうちに仕事をなるべくこなしてとにかく土台を作りたい。そういう気持ちが自分をむやみにあせらせた。自分にはどうにもできないことはわかっていたので、その無力感と戦う毎日だった。

◇ ◇ ◇

 一方、エグチさんはというと、うちの会社が懇意にしている外資系の会社の仕事のPLをやることになった。

 しかし、その時の評判がはなはだ悪かったのだ。

 聞いたところによると、お客様の要望したものと違う形で機能を挙げてくる、とか。無断で出社してこないことがあり、連絡も取れない。あとで連絡がつくと、自社で作業を行っていたという。

 ところが、自社にいた人に確認すると、エグチさんは来ていないという事実がわかる……。など。

 3人で行っているプロジェクトだったのだが、リーダーがこの状態では、仕事がうまく回るはずがない。

 同期のアラガキという女の子が入っていたのだが、連日日付が変わる近くまで作業しているようで、昼休みはご飯も食べずに寝るだけ、とみているこっちがいたたまれない気持ちになるような状況だった。

 幸い、もう1人のメンバーがお客様と懇意で、直接仕様をグリップするようになり、何とか納期に間に合わせることができたのであった。

 この件もあって、エグチさんには次のような疑惑が出てきた。

 思い込んだら勝手に突っ走ってしまうタイプなのかな……?それと都合が悪くなると逃げるタイプなんだろうなぁ。

 思い込みは、人それぞれ程度の差はあれ、誰にでもあるものだ。今回はそれが悪い方向に行ってしまったんだろう、と思った。

 しかし、都合が悪くなったら逃げる、というのは責任感のなさの表れであると思う。あれほどわれわれ新人に高説宣ったのに、自らそれを否定するような行動をとっては意味がない。リーダーはいることに意義がある、といっていたのに現場にいない、連絡もつかないではどうしようもない。

 メッキがはがれる、という言葉が頭をよぎった。

 技術もあり、リーダーもでき、コンサルのようなこともできる。そういった初期評価で入ってきたエグチさんは、実はただ技術がある普通のSEだったのではないだろうか。それを背伸びして自分が苦手な領分までできるといった結果、こうなったのだろうか。

 さらにエグチさんは暴走を始める。次の現場では契約違反だといって、2週間で勝手に引き上げてきた。

 さらに社長などの経営陣を相手に、今の会社の経営方針ではこれ以上の成長は望めないと熱弁をふるったのである。課長、部長は現場への謝罪や人員の確保にてんやわんやになり、経営陣もうんざりといった様子だった。さらには、ブログにまで会社を批判する内容を書き起こしていた。

 この話を聞いたときは耳を疑った。やりそうだ、というイメージはすぐにわく。なにせエグチさんだ。

 しかし、会社に属しているのであれば、契約違反であるのならば会社の実際に契約を結んだ上司に確認するべきであるし、反故にするにしてもそれなりの手順が必要だ。そういったことをぐっと我慢することも必要なのではないだろうか。さらに、経営に口を出すのは論外である。

 経営を行うための経営陣なのだし、そこがうまく機能していないならば会社は当然成長しない。うちの社長は急激な成長を望んではおらず、地道に着実に今いる社員の暮らし向きをよくしていきたい、という方針で経営計画を立てている。

 それに対して急に文句を言われてもどうしようもない。

 ましてエグチさんは独立しようと思っている人だ。ここで文句をつけるくらいなら早く独立して自分自身で持論の実践を行うほうが手っ取り早いではないか。

 常軌を逸した行動に皆、開いた口がふさがらない状態になっていた。

 以前からの独立志向も周知の事実なので、そろそろやめるんじゃないか、といううわさが社内に流れ始めたころ、1つの案件でエグチさんを単身で送り込むことになった。

 そこは新規顧客で要求される技術も高く、また最新の技術をバンバン取り組んで開発を行っていく、というものだった。パッケージの開発でプロジェクトの形式も1機能ごとに2~3人程度のチームを作り、設計書は作らずひたすら開発ベースで進めていく方針であった。以前、エグチさんとプロジェクトやった時に、このような作業形式でやるのが一番生産性が高い、ただし今回は納品物に設計書が入っているからできないけどね、と言っていたのを思い出した。

 まさにエグチさんにぴったりの現場だ。しかも1人で作業しているということは振り回される人もいない。よくそんな案件見つけたなぁ、と営業を尊敬した。

 エグチさんはみるみる元気になっていき、生き生きとし始めた。

 連日部長に業務状況の報告電話がかかってくるようになり、さらに2名の増員ができる、という話も入ってきた。どうやら、聞くところによると現場のリーダーにかなり気に入られたらしく、増員の提案もすんなりとすすんだ。

 そして、その増員対象のうちの1人に、ぼくが選ばれることになった。

◇ ◇ ◇

 現場に入ることになるのが4月から。

 ちょうど僕が2年目になる。

 本格的な開発は前にエグチさんと一緒にやっていた時以来。さらにVB.NETしかやっていなかったのに今回はC#.NETと言語も違う。

 エグチさんは「ウエダなら大丈夫だよ!」と、なぜか太鼓判を押してくれた。それが逆に不安を誘う。

 聞いた話によるともう1人のメンバーはミズノさんに決まったらしい。

 ミズノさんは1つ上の代で、専門卒の人だ。そのため、僕よりも年は3つ下になる。しかし、技術は同期の中で並ぶ者がいないほど優れており、今いる現場では何人もができなかった開発をやってのけてしまったという。そのため、現場からの評価はものすごく高く、絶大な信頼を得ていた。

 結果、その現場を離れるタイミングが先延ばし、先延ばしになっていたのだがどうやら今回は正式に離れることになったらしい。

 高度な技術が求められる今回の案件にはまさにうってつけだ。そういうことなら、と少しほっとした。

 自分が足手まといになっても、エグチさんとミズノさんがいれば自分の遅れはたやすく吸収できるだろう。2人の技術を盗むことができれば、自分にとっても大きなプラスになるはずだ。

 しかし……。

 前回のことが頭から離れない。さすがに社内でないからいきなりソースが消される、ということはないと思うが、お客様の矢面に立たされてつるし上げられる可能性は上がった。

 無理をして心を壊したりはしたくない。週次報告で課長に現場が決まった旨を報告し、最後に一言付け加えた。

 「半年たっても他のメンバーに変わらなかったら、多分会社を辞めることになります」

 アラートは早めに。自分の身を守る手立てはこれくらいしか浮かばなかった。

◇ ◇ ◇

 4月1日になった。いよいよ新しい現場である。

 待ち合わせをしてエグチさんと合流した。今回のプロジェクトの概要をざっくりきいてみる。なんでも、今回はI社のコンポーネントを使って開発をするらしい。

 そのコンポーネントに関する情報が全然ないため、高い技術が要求される、ということだ。つまりサンプルソースから解析を行って、実際に目的の機能を実装していく、という作業が中心になる。インターネットはセキュリティの関係でほとんど見られず、また仮に見られたとしても大した情報はない。Googleに頼ってきた自分にとってはとても心細い環境だと思い知る。

 現場に入って最初の作業は開発環境の構築。今回はVM上で開発を行うらしく、開発環境自体はコピーすればおしまい、のはずだった。ところが自分たちの環境に合う元となるVMが用意できていなかったため、結局一から構築となった。

 慣れない部分がおおく、大変だったが楽しかった。

 次の日、会社の花見があった。エグチさん、ミズノさんとともに花見を楽しみ、いろいろな話を聞いた。そのときにエグチさんから小言を受けた。

 「もっとお客さんの前ではしっかりした態度を取らないと。粗相のないようにな!」

 頭に「はてな」がいっぱい浮かんだ。

 今このタイミングで言われるのもよくわからないが、こういったことを言ってくるということは自分が何かしたのだろうか。

 とりあえずその場ではわかりました、気を付けます、と返事をしたが、心当たりが全然思い浮かばなかった。

 次の日、休みだったのでなんとなくエグチさんのブログを見てみた。何かヒントがあるかも、と思ったのだ。

 そこに書かれていたのは衝撃の言葉だった。

 「お客様にクレームを受けました。始末書を書かなければいけません」

 「勉強会でこのことを話したら、子守りも大変だな、と言われました。とほほ」

 え……始末書?

 そこまでひどいことを自分でしてしまったのだろうか。

 得てしてマナー違反は自分では気づかない。今回はそうなのだろうか。そして、うちの会社がその程度で始末書を書かせるとは思えない。さらに子守りとまで思われている……。

 怒りと恥ずかしさで赤面しそうになったが、落ち着いて考えてみた。怒るところではない。仮に嘘だったとしても、こういうことを書かれる芽がある責任は間違いなく自分にあるのだ。

 学生気分が抜けていない、社会人として行動が未熟、というならばそれは改善しなければいけない。エグチさんにだけは言われたくない、と思う自分の気持ちもあるが、それはただの子供っぽい感情だ。

 ここはぐっとこらえて自分を改善しよう。

 そう思うと少し怒りが収まってきた。

 エグチさんに隙を見せないように、きっちり仕事をしていく。下手に馴れ合った態度をするからいけないのだ。

 仕事と割り切ろう。

 そのほうが巻き込まれなくて済むしいろいろ都合がよい。今後の作業方針を立てて休日を過ごした。

 いよいよ戦いが始まる。

Comment(2)

コメント

けいいちっくです。敗軍の兵~コラムへのコメントありがとうございます。

>そして実現されるならぜひ参加したい!
タイトルが全てを物語っている企画ですが面白いと思います。
5人くらいそろったら居酒屋あたりに集まっても良いかも?

>人の失敗、自分の失敗は見つめ直して踏み台にすることに意味があるんですよね。
踏み台でなくて糧です(笑)。意識して踏み台と書いているなら同じ性格の匂いがします。

>大変面白く読ませていただきました。
ありがとうございます。こちらもモンエコラム楽しく読ませていただいております。

けいいちっくさん、どうもありがとうございます。

>5人くらいそろったら居酒屋あたりに集まっても良いかも?
その時はぜひ参加させていただきます★

>踏み台でなくて糧です(笑)。意識して踏み台と書いているなら同じ性格の匂いがします。
糧ですね(笑)失礼しました。
あえて踏み台にした、とはいいませんよぐふげふん

>ありがとうございます。こちらもモンエコラム楽しく読ませていただいております。
ありがとうございます。
5月更新できなかったので6月にはなんとか更新できるように頑張ります。

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