我がエンジニアライフに悔いなし? -第1話(前編)
第1話 前編 かけがえのない人
■いつもと違う朝
おはようございます。 あれっ? 秋山君、返答がないぞ。聞こえなかったのかな? 忙しそうだからまあいいか。 おや、俺の机に誰か花を飾ってくれたのか。でもこの菊、地味だなあ。もっと明るい花のほうがよかったのに。
私は15年以上前からこのアイスティー・メディア(株)に勤めているエンジニアだ。この会社に転職してきてからずっと、通信監視システム ミハルンジャーの開発をやってきた。ミハルンジャーについては誰よりも詳しい。
さて、まずはPCを起動してメールのチェックだ。
「From 総務人事課 To:全社員 Subject:訃報連絡」
また、訃報か。 「開発第3部 主任 三春監士」 三春さんか、お気の毒に。 って、おいっ!俺じゃないか! なんだこの間違いは。失礼な!
「あれ、三春さんのPCがついている。千夏さんがつけたの?」
「いえ、私は秋山さんが使ったのかと思ってました。なんだか気味が悪いわ」
「三春さんの事故死は酷かったらしいねえ」
えっー!! 俺、死んだの? じゃあここにいる俺は誰? 幽霊になったのか! 死んだのに気付かずに出社するなんて、誰かさんのふざけたコラムじゃあるまいし。
■最後の記憶
えーっと、夕べは焼酎バーのロックウォールでたっぷり飲んだ。それからどうしたっけ? 帰り道で京急の踏み切りを渡ろうとしたら遮断機が降りてきて、無理矢理突破したら線路につまずいて。 そのあとは覚えてない。俺、電車に引かれたの?
まあ、過ぎたことを気にしてもしかたがない。過去にくよくよせずに、未来に向かって生きなきゃ。って、死んでるじゃんか! どうしよう? どうしようもないな。これが幽霊ってやつか。
しかし俺が死んだとなると、通信監視システム ミハルンジャー3 のことが気がかりだ。だから成仏できないのかな。いったいどうなるのかなあ?
■システム障害
「むむっ? バッチ処理がエラー終了している。いったいどういうことだ?」
おや、ミハルンジャー3でシステム障害か。早速秋山くんが困っているみたいだ。 ミハルンジャー3はたくさんの通信機器を登録して回線に接続し、どこか故障したときにその影響を調べて迂回ルートに切り替えるシステムだ。夜間バッチで新規に登録/削除した機器をシステム全体に反映させる。この手のエラーが出たときは、機器の削除処理にチェック漏れがあって使われている機器を消してしまった可能性が高い。データベースのフィールドの関連付けだけだけだとチェックしきれないからチェック処理を追加して完璧にしてあったのだけれど。誰か削除処理をいじったな。秋山くんは気づくだろうか? 彼にはいろいろ教えてはいたんだけど、いまいち理解できていなかったし。
「う~ん、全然分からない。このドキュメントはメンテナンスされていないから現行の動作と違うみたいだ。こんなときに三春さんがいてくれたらなあ」
■かけがえのない人
俺はミハルンジャーVer.1から関わってきたからミハルンジャーのことは誰よりも知っている。ミハルンジャーは機能追加を重ねてきて処理が複雑になっているんだ。特にデータベース周りを全て把握できているのは俺しかいない。その俺がこんなことになってしまうとは。これから大変なことになりそうだ。仕様変更の内容や打合せ事項をドキュメントに反映していなかったのがまずかったな。
コードの保守性を高めたりシステム仕様をキュメント化したり、作業を自動化したりして、属人性を排除すれば1人のエンジニアに頼らなくてもよくなる。「かけがえのない人」を作らないのが良いこととされている。でもそれは理想論だ。属人性を排除して誰にでもできる仕事にしようとしてもコストがかかるばかりで成果はなかなか出ない。誰かのコラムにも書いてあった。
■かけがえのない人であることの満足感
システム開発には「かけがえのない人」がいるものだ。かけがえのない人が亡くなったときのリスクを完全に回避するのは不可能だ。ある程度混乱してしまうのは仕方がないと思う。
そしてその「かけがえのない人」として長年システムを支えてきた、ということはエンジニアにとって誇れることだろう。俺のエンジニアライフは充実していたってことだな。「かけがえのない人であること」 がエンジニアとして目指すべき姿なのではないだろうか。
それにしても、ミハルンジャー3の今後が心配だ。これじゃあ成仏できないぞ。
(後編に続く)
■あとがき
この話はフィクションです。実在する人物や幽霊とは関係ありません。
こんな感じでしばらく書いてみます。話を暗くしないために、亡くなった人に対して不謹慎な表現もあるかもしれませんがご容赦ください。主題歌は、「オラハ死んじまっただー♪」ですかね(笑)。