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【小説 スーパー総務・桜子】第一話 健康診断に行け!

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 主な登場人物
  ・有馬雄一 (24) ......入社一年目のエンジニア
  ・安田桜子 (25) ......総務
  ・川崎由紀乃 (23) ......キャバクラ嬢

 ※『【小説 データベース道は一日にしてならずだよ!】 痛い目見ろ!編』の二年くらい前の話です。

「ボーカル希望の高松鈴鹿さん」

 リュウジが紹介した女はかなりの美女だった。
 スラリとした長い手足と黒いツヤのある長い髪。
 小顔で大きな瞳に白い肌。
 見た目だけなら十分フロントとしてやっていける。
 雄一はそう思った。

「よろしく」

 鈴鹿はぽつりと呟くように挨拶した。

「お、おう」

 売り言葉に買い言葉のつもりでもないが、初対面なのに相手がぶっきらぼうに挨拶してきたので、雄一もそんな感じで返してしまった。

「じゃ、鈴鹿ちゃんさ、デモテープ渡したじゃん。ちゃんと練習してきた? 音合わせできるよね」

 リュウジがそう言うと、鈴鹿は無言で頷いた。
 それを見たツヨシはベースをアンプにつないだ。
 雄一もドラムセットの前に座った。

(お手並み拝見と行くか)

 雄一は鈴鹿と音合わせすることが、後ろめたかった。
 そのせいか、何らかの粗が見つかれば断ろうと思っている。

「『凱旋』で」

 リュウジとツヨシが頷いた。
 鈴鹿は雄一に背を向けたまま特に反応も無かった。

(大丈夫か? こいつ?)

 そう訝しがりながら雄一はフォーカウントを取った。

「え!?」

 彼女の歌声は今このスタジオで鳴っているどの楽器よりも大きかった。
 粗削りだが芯のある声は雄一を感動させたし、鳥肌も立った。

(これは練習次第でモノになる)


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 練習終わりの休憩室にて。

「リュウジ、あの女はどこから連れて来たんだ?」
「ああ、ネットのメンバー募集で探したんだ」

 驚く雄一に、「そうだろ」と言わんばかりにリュウジは応えた。

「ネットだとあんな逸材が見つかるんだな」

 ツヨシがため息をついた。
 今までメンバー募集は楽器屋やスタジオにチラシを貼るか、直接声を掛ける方法しか取らなかった。
 話題の中心になっている当の鈴鹿は用事があると言って帰って行った。

「さて、どうするかな」

 雄一は頭を抱え込んだ。

「ハルカのことか? 気にするなよ、本人だって話せば分かってくれるって」

 リュウジはそう言うが、ヘタクソだが頑張って歌ってくれているハルカを切るのはためらわれた。
 ハルカは本名を大隅晴香という。
 雄一と同じ年、24だ。
 彼女はキングジョージの前のボーカルが辞める時に、自分の代わりにと連れて来た女だった。
 先程の鈴鹿とは正反対の容姿だ。
 背が小さく丸顔のおかっぱでコケシみたいな女だ。
 歌唱力は無いが頑張って練習してくれるし、何より愛嬌のある女でステージでのMCが面白い。
 だが、それだけじゃ物足りない。
 秘密裏のボーカルオーディションは、そんな矢先での話だった。

「なぁ、ユーイチ。お前、いい子になるんじゃねぇ。そんでハルカに情なんて感じてる場合じゃねぇぜ。俺たちは趣味の仲良しバンドで終わるつもりなんてないだろ? な、そう考えたらおのずと答えが出るはずだ」

 キングジョージはメンバー全員何らかの仕事を抱えている。
 そんな状況で練習時間を捻出し、メジャーデビューを目指していた。
 インディーズでCDを何枚か出し、ライブも定期的に行ってきたがなかなか芽が出ない。
 それはやはりハルカの歌唱力とフロントとしての存在だと思われた。
 やはりボーカルだけは努力だけではどうにもならない壁というか、もって生まれたベースが無ければ存在を認めてもらえないのだった。

「どうするかなぁ」

 どうやら鈴鹿には三日後に結果を連絡することになっているらしい。
 このままハルカを捨て、鈴鹿を選ぶということは、あいつらとやってることは同じじゃないか。


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 一カ月前。

「あ、すいません」

 雄一がプロジェクトルームの扉を開けると、外に出ようとする男と鉢合わせになった。
 その男は雄一の謝罪の言葉も耳に入っていないようで、ボーっと亡霊のように突っ立たままだ。

「佐々木さん......」

 思わずそう声を掛けると、佐々木は我に返ったのか一礼するとこう言った。

「はぁ~やっと自由になれた」

 彼はカバンを手にしていた。
 帰るにはまだ早い時間だが、もしやさっきの言葉と照らし合わせると......。

 雄一はエンジニアという仕事はバンドをやるうえで向いていないと思っていた。
 残業は多いし、休日出勤も多い。
 何より納期前になると無茶な深夜残業だって当たり前になる。

「はぁ、やってらんね」

 端末の前で溜息と共にそう呟いた。

「ですよね」

 そう応えたのは隣に座っている川崎由紀乃だった。
 周囲に聞こえないくらいの小さい声で呟いたつもりだが、彼女には聴こえたようだ。

「すいません、愚痴っちゃって」
「いいんですよ。私もちょうど愚痴りたかったし。ちょっと休憩行きましょ」

 二人はドリンクコーナーで一服することにした。


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「もう十二月ですね......」
「そっか、もうそんな季節なんですね。有馬さんが来てもう一カ月か......早いですね」

 由紀乃は珈琲が入ったカップを片手にそう言った。

「ほんと、年取ると時間が経つのが速いっすね。あとちょっとでクリスマスだし」

 入社一年目、今年で24歳になった雄一は約7カ月の社内作業を経て、一人ここ『サルノ・クリエイティブ』に派遣されていた。
 初めての客先常駐作業である。
 最初は慣れない現場な上に、頼りになる同僚や先輩もいなくて心細かった。
 だが持ち前の社交性で、同じ様に他社から派遣されて来た独り者と仲良くなることで徐々に環境にも慣れて行った。
 由紀乃とも会社は違うが、徐々にこうやって休憩がてら話すようになった。 

「しかし、テスト項目の多さは嫌になるぜ。やってもやっても終わらない」
「ほんとですよ。私なんて進捗がめちゃくちゃ遅れてて......」

 雄一の脳裏に先程の佐々木の生気の抜けた顔がちらついた。
 このプロジェクトでは人が物のように扱われている。
 役に立たないもの、出来ないものは、契約途中であろうが容赦なく切られていた。
 そしてどこからか補充され、常に人が循環していた。
 入って一カ月の雄一は、その光景を何度か目の当たりにしていた。
 由紀乃がそんな目に合うのは、雄一にとって避けたい。

「俺が手伝ってあげましょうか?」
「ホント? 嬉しい!」

 由紀乃の大きな瞳に雄一が映り込んでいる。
 自分より背の小さい彼女に見上げるように見つめられると、何かをせがまれているようでちょっとドキリとした。

「あ、それはそうと、有馬さん、無理してお店に来なくていいんですよ」
「い、いや無理なんかしてないっすよ」
「それならいいけど......」
「ここんとこ残業でお金貯まってるしバンド以外に使い道ないし......。安心してください自分の財布と常に相談してますから。それに飲みにでも行かないとストレスで潰れちゃいます」
「そう......。借金してまで来ないでね」

 『店』とは彼女が勤めるキャバクラのことだ。
 私大に通う弟と妹の学費のために、昼は派遣でエンジニアの仕事をし、夜はキャバクラの仕事をしているとのことだ。
 一体いつ寝ているのかと不思議になるような生活だが、そこは彼女なりに上手くやっているらしく睡眠時間は一日5時間は確保できているとのこと。
 少なめの睡眠時間ではあるが、若さのお陰で肌の綺麗さは大したものだ。

「川崎さん、今年はクリぼっち?」
「......さあ、どうかな?」

 二人は顔を見合わせて笑いあった。
 
「さ、そろそろ戻りましょ。あんまり席を外してると、石野課長が気にするから」

 彼女が踵を返した時、肩までの茶髪からいい匂いがした。
 雄一としては、クリスマスの話題に持ち込みたかったが何だか躱された感じだ。


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「まったく、どこに行ってたんだ? 君らは? あぁ?」

 雄一と由紀乃がプロジェクトルームに戻ると開口一番、石野課長が周囲に聞こえるような大声で二人を怒鳴りつけた。
 彼はサルノ・クリエイティブのプロパーであり、チームのリーダーでもあった。
 黙々とテストをしているメンバーの中にはその声に驚き、手を止め様子を窺って者もいる。

「いいじゃないですか休憩くらい。せいぜい十分かそこらでしょうが」

 雄一は思わずそう返してしまった。
 言った後で言い過ぎたかなと思ったが、由紀乃の前でいい格好も出来たので良しとした。

「君らにはいくら払ってると思うんだ? ちゃんと時間分働いてもらわないと困るんだよ」

 神経質そうに眼鏡をクイクイ上げながら反論してきた。
 雑居ビルのワンフロアを借り切ったプロジェクトルームに、硬い緊張した空気が漂い出した。

「そっちだってタバコ吸いに一時間に一回くらい席外してるじゃないっすか? タバコは休憩じゃないんですか? 仕事ですか?」
「くっ......」

 まさに売り言葉に買い言葉の挑発的な物言いだったが、雄一にとっては質問しに行ってもいつも席を外している石野課長には憤りを感じていた。
 待たされてばかりで疑問を解決できず仕事が進まないことが多々あったからだ。

「お前......言葉を慎めよ......」

 苛立ちを噛み締めるように石野課長はそう言った。
 雄一は『お前』という言葉にカチンと来た。
 普段から派遣の自分たちを物のように扱うこの男には虫が好かない。

「石野課長、鶴丸課長が来ました」

 同じ会社の者にそう言われた石野課長は、雄一とのやり取りを打ち切ると上着を着こみネクタイを締め直した。

「お疲れさん」

 取り巻きを二人ほど連れた鶴丸課長がプロジェクトルームに入って来た。

「いやぁ、これはこれは鶴丸課長、突然お越しいただき何も用意出来ていませんで、申し訳ありません」

 雄一の時とは正反対の態度だ。
 鶴丸課長はそんな石野課長を一瞥すると、後は興味無さそうにプロジェクトルームを見渡した。
 睥睨するようなその視線に雄一は不快な気分になった。

(なんなんだよ。このオヤジは。たまにやって来てじろじろ見やがって)

 雄一はそう心の中で悪態を吐いた。
 その鶴丸課長が雄一の席まで来た。

「テストは上手くやれているか?」
「え?」

 まさか自分に声が掛かるとは思っていなかったのであっけに取られていると、鶴丸課長はこう続けた。

「このプロジェクトには社運が掛かっている。君たちには無理をしてもらっているがどうか頑張ってほしい」

 そう言い残すと、あとは別の島に行き、同じようにランダム抽出したと思われるメンバーに声を掛けている。
 部屋を出る時、石野課長に一言何か言うと去って行った。


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 その日の夜21:00。
 駅前の串カツ中田。

「あの鶴丸課長って何なんだ?」
「有馬君はまだここに来て一カ月だからまだ知らないか。目黒ソフトウエア工業の課長だよ。つまりこのプロジェクトの元請けの社員」

 鳴尾は雄一の疑問に、アスパラ串カツを片手に応えた。
 仕事が終わった後、同じ年で別の会社の鳴尾という男と飲み屋で一杯やるのが日課だった。
 音楽の趣味が合う二人は、こうやって飲みながら常駐先を愚痴ることでストレスを発散させていた。

「元請けって?」
「有馬君、何も知らないんだな。このIT業界の事」
「だってまだ今年は入ったばっかりだから......」

 そんな雄一に鳴尾は説明してくれた。
 プロジェクト名は、ヘイロー自動車の物流システムのリニューアルである。
 
「来年三月に新しい空港が完成する予定だ。それでヘイロー自動車株式会社の物流拠点が変る。それを機にシステムをリニューアルするんだ」
「そんな大掛かりな話なのかよ」

 福島課長から「JAVAを覚えてこい」ということでここに派遣された。
 それまで社内で先輩社員の下、VB6やPowerBuilder5という古い言語で作られたシステムの開発補助をしていた。
 JAVA何て触ったことも無かったが、面談の数日前に研修に行かされ、多少出来るということに仕立てられた。
 期待と不安で初日を迎えた。
 だが、ふたを開けて見ればJAVAの開発というよりもJAVAで作られたプログラムの単体テストだった。

「正直、自分がテストしている画面が一体どういったタイミングで誰が使うのかも分からない。鳴尾君はどう?」

 そんな画面が一人当たり20ほど割り当てられていた。

「僕もよく分からん。そりゃそうだ。僕ら末端の末端に位置する作業員なんだ。言われたことをやるだけ。自分がやってる画面や機能にどんな意味があるなんて考えるだけ無駄だぜ。立場的にな。そんなこと考える暇があったら手を動かしたほうがいい」

 そう言うと、手帳を取り出しこう書き出した。

  発注元 :ヘイロー自動車
  元請け :目黒ソフトウエア工業
  二次請け:サルノ・クリエイティブ
  三次請け:ステイヤーシステム

「有馬君は一番下の三次請けってとこだ。それは僕が属する会社も同じことだけどな」
「まるでピラミッドだな......」

 今さっきまで、直接派遣されているサルノクリエイティブの直上にヘイロー自動車がいるものと思っていた。
 どおりで石野課長が鶴丸課長にヘコヘコ頭を下げ、自分たちに高圧的というか高慢な態度を取るはずだ。

(くそ、石野課長のやつ、上にはへーこらして下には偉そうにしやがって。自分だってただの雇われじゃねーか)

 そう心の中で悪態を吐いた。
 そして、何より自分という存在の小ささと言うものを肌身に感じて少し酔いが冷めた。

「もっとすごいぞ。元請けから伸びる枝葉は。俺たちは末端でほんの一部分しかやっていないのがよく分かる」

 鳴尾は先ほどの紙にさらに情報を付け足した。
 見事なツリー構造の絵が出来上がった。

「一体、何社が関わってるんだ......?」
「途方もないだろ? でもこれが現実だぜ」

 各サブシステムごとに二次請けの会社がアサインされていた。
 その二次請け会社が三次請けを雇い、それぞれの現場で製造、単体テストが行なわれていた。
 雄一が自分の受け持っている画面をテストしバグを叩き出しても、それは全体進捗の0.001%にもならなかった。
 そして、これだけ細分化された挙句に割り当てられた仕事から、自分が今「どんな意味のある仕事をしているのか?」ということを見出すのは不可能だった。
 例えば、ネジ一本をいくらテストしたって、それが巨大ロボのどの部分でそれが動きにどう影響を与えるのかが分からないのと一緒だった。
 毎日苦労してテストしている雄一は虚無感に襲われた。

「俺たちくらいの年齢になると、将来のことも考えないとな。末端のままじゃピンハネされた給料しか入って来ねえ」

 上昇志向のある鳴尾は、こんなところで終わらないつもりのようだ。
 バンドか仕事かと未だに将来がブレている自分は、酷く惨めというか情けない生き物のように思えた。

(くそ。こんな夜は由紀乃に会いに行くしかない)

「ブルルル」

 スマホが鳴りだした。
 こんな時に何だよと思いつつ、メールが来たので確認する。
 総務の安田桜子からだ。
 
<明後日は健康診断です。不摂生しないこと。ちゃんと現場と話して時間調整して行くこと。これも仕事ですからね>

(うるせぇな、現場のことも知らないで)

「何? 彼女?」
「小うるさい総務だよ」

つづく

※クリスマススペシャルとして短編を書こうと思ったら、色々思い付いて話が収拾つかなくなったので、連載になりました。
もうしばらくお付き合いくださいm(__)m

Comment(4)

コメント

VBA使い

この後、まさか自分もバンドチームを追い出されることになろうとは。。。


細かいですが


気にするなよ「、」本人だって話せば分かってくれるって


安心してください「、」自分の財布と常に相談してますから。


クリスマスの話題に持ち込みたかったが何だか「躱」された感じだ。

匿名

いくら可愛いキャバ嬢でてきても、やっぱ桜子さんっすよねー。

湯二

VBA使いさん。

校正ありがとうございます。
読みやすくなりました。


また戻ってきました。
短編としてまとめ切れずに連載開始です。
時系列するとこの話が一番最初です。
キャラの性格とかちょっと違ってたらごめんなさい。

湯二

匿名さん。

コメントありがとうございます。

なんか前の作品とキャラの配置が被ってる感じもするけど、楽しんで行ってください。
今回は総務として大活躍の予定です。

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