常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 失格のエンジニア】第五話 彼女を挑発してみた

»

 受話器を置いた雄一は桜子の方を見た。
 目が合った二人の間には見えない何かがぶつかり合う様な張り詰めた空気が漂った。
 押し返す力と押し戻す力が反発し合い、周囲にも緊張が伝わる。
 福島課長が向かい合ったままの二人をじっと見ている。

「安田さん......力を貸してくれませんか?」

 先に言葉を発したのは雄一の方だった。

「何の事かしら?」

 桜子は自分の席に着き、端末に向かって何事か作業を始めた。
 その横顔には微かだが、あの時と同じ厳しさを湛えている。

「しらばっくれもいい加減にしてもらえませんかね? 俺にだって仕事と同等に譲れないことがある。だから俺はこれからライブに行く。そして、あなたは俺の代わりに府中屋へ障害対応に行く。これ以上シンプルで正しいことはない。技術力があるあなたは一刻も早く障害を復旧させる義務がある」
「......それは、私じゃなくて、あなたの義務でしょ。有馬君が担当なんだからね。お給料もらってるんだから仕事優先になさい」

 桜子は目を合わせないままそう言った。
 今の様子は明らかに迷っている。
 だが、なかなか挑発に乗って来ない彼女に雄一は苛立ちを覚えた。

「あの時のあなたは何だったんですか!? 俺は忘れもしない。圧倒的なパワーと技術で障害復旧を指導したその姿を。あれは嘘だったんですか?」

 雄一は桜子の感情に訴えかけた。
 彼女の表情が一段と厳しくなった。
 自分の技術力を発揮したがっているようにも見える。
 それは、障害を前にした時に表出するエンジニアならではの本能に近い。

「安田」

 福島課長が黙ったままの桜子に声を掛けた。

「課長」

 桜子が応える。

「何だ?」
「あの時はただの気まぐれです」

 感情を押し殺したかのような、異常なくらいの無表情で彼女はそう答えた。

「何ですかそれ!? そうだとするなら俺はずっと幻を追いかけていたんですか!?」

 雄一にとってこの業界で初めて出来た目指すべき人--その人とは目の前にいる桜子だった。
 それからは彼女に少しでも近づこうと努力して来た。
 だが、彼女はエンジニアである自分を否定するかのような発言をした。
 それを聴いた雄一は自分まで否定された気持ちになった。

「もういいよ!」

 雄一はドアを勢い良く閉め、外に飛び出して行った。


---------------------------------------------------------------

 雄一は府中屋に向かうタクシーの中で、スマホゲーム「ドラゴンファンタジー」を起動した。
 ゲームでもして沸騰した頭を少しは冷却したい。
 しかし、ディスプレイを滑る人差し指は思った通り敵を攻撃することが出来ない。
 桜子のことで頭がいっぱいだ。

(彼女には絶対何か秘密がある)

 その秘密を突き止めることが出来れば、彼女をエンジニアに引き戻すきっかけになるかもしれない。


---------------------------------------------------------------

「お願いしますよ! 本当に!」

 目白部長に開口一番、怒鳴られた。
 昼間の無表情はどこかに吹き飛び、今はこめかみに青筋を立てて目を怒らせている。

「一体、今どういう状況なんですか?」

 雄一はまず謝罪すると、目白部長にシステムの状況を訊いた。
 様々な画面で商品マスタが参照出来ず、売上集計や在庫確認が出来ないとのことだった。

(画面が参照出来るということはサーバが停まった訳ではなさそうだ。となると、アプリケーションの問題か?)

 一まずサーバが動いていることに安心はしたが、状況は悪い。
 アプリケーションのバグなのか、それとも......
 考え込む雄一に、苛立ちを露わにした目白部長が刺のある声でこう言った。

「原因調査は後にして、復旧を優先してくれないかな?」

 と言われてもこの場合、原因が分からなければ手の打ちようがない。
 雄一は先程から商品マスタという言葉が引っ掛かっている。

(もしかして)

 ORACLEのalertログに何か異常なメッセージが出力されていないか確認した。

「ORA-01578 Oracleデータ・ブロックに障害が発生しました(ファイル番号4、ブロック番号8157)」

(先週と同じエラーだ)

 雄一はエラーメッセージから、先週と同じ現象が起きていると考えた。
 つまり、商品マスタのインデックスが格納されているデータブロックが破損している。
 原因は分かった。
 後は前回と同じようにインデックスを再作成すればいい。
 目白部長に対策を説明している時間は無い。
 一気にコマンドを組み上げ実行した。
 確認するために商品コードを指定したSQLを実行する。

「select * from shohin_mast where shohin_cd='C10151';」

 数秒後、「ORA-01578」エラーが返って来た。

「なっ......」

 予測が外れたことで雄一は軽くパニックになり呻いた。
 もう一度インデックスを再作成し同じSQLを実行する。
 だが結果は同じだった。

「あのさあ、原因調査は後でって言ったじゃん。早く復旧させてよ」

 目白部長は雄一が固まっているのを見て、復旧の手を休めていると思ったのだろう。
 眉間にしわを寄せ苛立ちを込めた様子で雄一を急かす。

(インデックスが破損している訳では無く、商品マスタテーブルのデータ自体が死んでる?)

 雄一は最悪の事態を想像して背筋に寒いものが走るのを感じた。
 恐る恐る、商品マスタテーブルの全データを参照するSQLを実行した。

「select * from shohin_mast;」

 テーブルデータをフルスキャンするSQLだ。
 インデックスを介さず直接テーブルのデータを頭から爪先まで順番に検索する。

(くっ......)

 その実行結果は無情にも「ORA-01578」エラーだった。
 データそのものが壊れていたのだ。
 つまりは十数年間使い倒したディスクが老朽化しているのが根本原因だ。
 今回は商品マスタテーブルのデータが破損しているが、次はどのデータが破損するか分からない。

(だから何度も言ったんだ!)

 雄一は心の中で叫んだ。
 こういった事態を恐れていたのだ。
 だから、笠松部長に何度もリプレースするように何度も提案していた。
 だが、

「動いてるんだから、お金掛けて取り替える必要なんてあるの?」

 と、無下に断られていた。

(ちくしょう......こんなことになるなんて)

 取りあえず、雄一は現在の状況を目白部長に説明した。

「バックアップから今日の状態に戻してくれ。すぐに!」
「そうしたいのはやまやまなんですが、バックアップから戻すと昨日の状態になります。今日の状態に戻すのは無理です」
「あんたエンジニアだろ。お客様の要望通りに応えるのが仕事だろ!?」
「だからぁ、そのバックアップは昨日の分しかないんですって!」

 相手の態度が余りに高圧的なので、雄一も売り言葉に買い言葉でつい客だということも忘れて大声で怒鳴り散らしていた。
 相手は自分を映す鏡だと良く言ったもんだが、まさに今の雄一がその言葉を地で行っていた。
 雄一の態度が硬化すればするほど、目白部長の態度も厳しくなるのだった。

「部長、商品マスタの変更は今日ありませんでした。だから昨日の状態に戻っても問題ありません」

 書類の束を片手に持った美穂が、サーバ室に入って来るなりそう言った。
 彼女は雄一の方を見てウインクした。
 美穂の話を聴いた目白部長は、雄一に昨日のバックアップからリストアすることを指示した。
 まずは商品マスタテーブルを削除し再作成する。
 これで破損しているブロック以外の場所にテーブルが作成されるはずだ。
 バックアップは昨日の夜20時に取得されたダンプファイルを使う。
 そこから商品マスタテーブルのデータだけを抜き出しインポートする。
 過去の経験から、15分くらい掛かるだろう。
 時計を見るとは18時30分を回っていた。
 障害復旧に気を取られていて時間があっという間に過ぎていた。
 作業に取り掛かろうとしたとき、胸ポケットに入れていたスマホが振動で揺れ出した。
 ディスプレイには「リュウジ」と表示されている。
 きっと雄一がライブハウスに来ないことを心配しての電話だろう。
 目白部長に一言「電話に出ます」と告げて通話ボタンを押した。

<なにやってんだよ。もうライブ始まるぞ>
「ごめん......仕事で忙しくて」
<仕事が仕方ないのは分かるよ。だから謝んなくていいからさ。19時までには間に合うんだよな?>
「う......うん」

 声を潜めて電話の向こうのギター担当のリュウジと会話する。
 若干挙動不審な雄一に目白部長は眉をひそめた。

「まったく、プライベートな電話なら仕事が終わってからにしてくださいよ」

 そう嫌味を言われる。
 確かにその通りだがこっちの予定だって譲れないのだ。
 目白部長の厳しい視線を感じて、雄一は目の前の障害を起こしているデータベースを恨んだ。
 雄一は苛立ちを押さえつつコマンドを投入し実行して行った。
 10分後、作業が完了し美穂に画面からの動作確認を依頼する。

「問題ありません」

 5分後、彼女がそう報告に来た。
 思わず胸を撫で下ろす。
 だが、ハードウエアのリプレースをしない限りこういったことは都度発生するだろう。
 そのたびに呼び出されるなんて御免だ。

「すいません。ご迷惑をおかけしました」

 そう言って雄一は急いでサーバ室を出ようとした。
 時間はもう18時50分だ。
 ライブ開始まであと10分。
 タクシーを飛ばせば間に合うか?

「ちょと待ってくださいよ! このまま帰っていい何て言ってないでしょ?」

 雄一は右の二の腕に痛みを感じた。
 目白部長がガッシリと雄一の腕を掴んで帰らせまいとしている。
 客とはいえ、そのあまりの無礼さに、こめかみの青筋がピキリと音を立てて盛り上がるのが分かった。

「はい?」

 何物も寄せ付けない。
 そうアピールするために敢えて固い態度を取り、ぶっきらぼうに大声で返事をした。
 力任せに目白部長の腕を振り払った。

「何なんだ、君は!?」

 振り払われた手を撫でながら目白部長は続けた。

「再発防止策を今から聴かせて下さいよ。契約が今月で終わりだからってやっつけ仕事は許しませんよ」

 雄一は怒りを鎮めようと深く息を吸い込んだ。

「今すぐハードやディスクを置き換えるしかありません」
「なんだって?」
「何年も使い続けたディスクが老朽化していて、データが破損し易くなっているんです。笠松部長の時に私はずっとこういうことが起こるからリプレースしましょうと提案し続けていました。せめてORACLEとディスクだけでも先行して行いましょうと。だけど聴き入れてくれなかった。先週やっと障害が起きて重い腰を上げてくれました。私から言える対策は......早急なサーバとディスクのリプレース。それだけです。あとはこれから新しく来る業者とよろしくやってくださいよ!」

 冷静でいようと思ったが、喋ってるうちに怒りが加速し言いたい放題言ってしまった。
 雄一は、「言ってやったぞ」というカタルシスを感じ胸をドキつかせた。

「それは、あなたの提案が悪いから相手にしてもらえなかっただけでしょ? 責任転嫁するのは止めてくださいよ」

 冷静にそう返された雄一は一人熱くなっている自分がひどく滑稽に思えた。
 そのことが余計彼のプライドをズタズタにした。
 一方的な契約解除もしっかり根に持っている。
 コンペで散々やられたことも頭の中にくっきり刻まれている。
 それに来月からはどうせ顔を合わせることは無いのだ。

「責任転嫁してんのはどっちだよ!」

 もはや遠慮会釈も無い支離滅裂な回答だった。
 あっけに取られている目白部長に対し、雄一は腹立ちをアピールするかのように思いっきり強くサーバ室の扉を閉めた。

つづく つづく ※↓続きは以下で。


Comment(4)

コメント

匿名

しらばっくれもいい加減にしてもらえませんかね? 俺にだって仕事と同等に譲れないことがある。だから俺はこれからライブに行く。そして、あなたは俺の代わりに府中屋へ障害対応に行く。これ以上シンプルで正しいことはない。

これすっごい違和感あるんですけど・・・正しいんですか?これ

湯二

匿名さん。
コメントありがとうございます。

雄一は予定があり緊急対応できない事情があるから、代わりに先輩社員で技術力がある桜子が後輩のために代わりに行くことが会社としても正しいと、含ませてはいます。
っが、確かに読んでみると自分勝手なやつという感じもしますね。
野暮だけど、ここで説明しておきました。

匿名

普通の流れならここで終わっちゃうのでしょうけれど…
ここからどう話が展開していくのか楽しみにしています

湯二

匿名さん。

コメントありがとうございます。
このまま終わると、主人公が路頭に迷ってしまいますね。。。
次の話は明日7/26投稿です。
お楽しみにねっ!

コメントを投稿する