夜中の悪魔、あるいはただの従業員
悪夢の続き-誰が
(このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。)
「誰が侵入したかは多分わからないでしょう。」
Cさんが言った。
「サーバのファイルや設定からわかるのは、せいぜい侵入者のIPアドレスですよ。IPアドレスを特定するまでが私たちの仕事です。そこから先は、日本なら警察の仕事になるでしょうね。内部犯行ならまた別ですが。退職した元社員の場合でも、警察の仕事ですね。」
「中国の場合はどうなるんでしょうか。」
「さぁ。B部長が法務部や中国販売会社の社長と相談してどうするか決めるんじゃないですか。」
「どちらにしても、誰がやったのかを追及するのは、私たちの仕事ではなさそうですね。」
「そう、私たちは探偵ではないのでね。」
「でも追及するなと言われると余計に気になりますね。だって、誰かが画面を見ながらキーボード叩いて、その結果こうなったことだけは確かですからね。スクリプトでもプログラムでも、それを起動した人間は何を考えてそうしたんでしょう。」
「夜中にひとりでPCに向かっていたら、悪人になるのは容易いことなのかもしれないですよ。」
「夜中に周囲の明かりを消して、一人でPCに向かっている時、ふとそんな自分が写っている鏡を見ると、自分の姿が怖いですよ。犯罪者かと思いますよ。」
「あぁ、ノートPCとかで顔が下から照らされていると余計に怖いですよね。」
「夜中に合わせ鏡を見ると、見える自分の顔みたいだったりしてね。」
「そうそう、自分の中に悪魔がいるんですよ。」
「いや、中国にはハッカー集団がいて荒稼ぎしているらしいですから、やっている本人はただ仕事をしている感覚なのかもしれませんよ。悪事を働いているんじゃなくてね。」
「基本給プラス歩合制みたいな報酬でね。」
「案件進捗表とかあったりしてね。毎週上司に報告書を出してたりして。」
「同僚と競い合ったりしてね。壁には個人別個人情報奪取件数グラフが張り出してあったりして。」
「会社を定年退職して暇になっちゃった日本人が働いているのかもしれませんよ。」
「リーマン・ショックの頃にリストラされた人とかね。」
「個人情報って盗まれても、盗まれた当人は知らないでいることが多いからね。盗まれてとても困っているとかだと、良心の痛みがあるかもしれないけど。」
「なんか最近スパムメールが増えたな、とかそんなもんでしょうからね。クレジットカード番号があったらそんなことでは済まないけど。」
「知らない間に買ってもいないものが請求されるかもしれないからね。」
「SSL通信だって絶対安全ではないので、インターネットにクレジットカード番号を打ち込むのは抵抗ありますよ。少なくとも毎月明細は必ず見たほうがいいですよ。」
家に帰ったらクレジットカードの明細書を早速見ようと思った。
三億円のWANTED
FBI(Federal Bureau of Investigation)がロシア人のハッカーに三億円の懸賞金を出したのがニュースになっていますね。FBIのサイトに掲載されている顔写真をみると、いかにも悪い人みたいですが、案外いい人なのかもしれないと思ったりします。自分の懐とは全く関係がないので、お気楽にそう思っているのかもしれませんが。黒海のほとりでヨットに乗って楽しんでいたとか。ロシアのどこかで悠々と暮らしているのかもしれません。ちょっと羨ましかったりして。
お読みいただき、ありがとうございました。