シンガポールの社会保険
「日本の年金は破たんしている」とか、「今の若い人は年金を払えば払うだけ損で、自分が年金受給できる額は、負担した額よりかなり少ない額しかもらえない」とか、「年金受給開始年齢が70歳になる」とか、いろいろと噂が飛び交っているが、今回はシンガポールの社会保険について、少し書いてみたい。
きっかけは、とあるシンガポールの郊外で先日郵便局をうろうろしていて、保険会社の営業ウーマンに「捕まった」ところから始まる。
今でもそうなのかどうか、日本を離れて久しいのでよく分からんが、少なくとも私の感覚では、保険の営業ウーマンとくれば、「保険のおばちゃん」で、どういうわけか企業のオフィスに昼休みだけの入り込むことを許された「おばちゃん」が新入社員と思える若い社員を捕まえては、「今、生命保険に入っておけば、安いから入りなさい」と説得する風景である。実は、私も27年前になるが、そんな感じで、ある生命保険の契約をした。
当然、そんな形の保険の営業はここシンガポールにはない。郵便局で捕まった時に、まず聞かれたのが「PR(永住権保持者)ですか? 政府の健康保険のBasicな部分だけにしか加入していないのではないですか? もし良かったら話を聞いてください」。
自慢ではないが、一応健康体を維持している私は、生まれてこのかた病院の世話になったことは、1つの手の指の数とは言わないが、両手の指の数ぐらいしかなく、今まで健康保険についてあまり考えたことがなかった。日本では健康保険は政府の健康保険が国民皆保険なので何も考える必要がないと言うこともあるのかもしれない。しかし、「Basicな健康保険」という言葉が気になり、話を聞いてみることにした。話を聞くために通されたところが、郵便局の中に設けられた小さな机。日本の銀行に良くある、担当者と顧客が対面で話せるオープンスペースの一角を思い浮かべていただきたい。
シンガポールの市民権をもつものや、私のようなPRは、給与からCPF(Central Provident Fund)というものが天引きされる。天引きの額は、市民か、取得後2年未満のPRか、また年齢によっても異なるが、最大で給与の15.5%程度天引きされる。
さらにありがたいことに(*1)雇用者がそれに、20%足して、合わせて最大給与の35.5%がCPFに設けられた個人の口座に毎月入れられる。これを私は、いままで日本の大企業に良くある財形貯蓄のようなものだと思っていた。事実、CPFに貯まった額は、家を購入する時の資金や、退職後の資金などにしか使えない。
私が今まで一緒に働いた外国人(シンガポール人でないという意味)の中には、このCPFを払うのが嫌で、そのためにPRにならないという人も多い。しかし、シンガポールを離れる時、しっかりと貯まった額は返してもらえる上、残金には市中銀行の定期預金より良い金利がかけられているのだから、別に悪くはないと思うが、彼らがどういう考えでそう思っているのか、私にはわからない。
さて、保険の営業ウーマンの話を聞いてわかったのが、個人個人のCPFの口座は、OA(Ordinary Account)とSA(Special Account)そしてMA(Medisave Account)の3つに分けられた項目がある。
OAは、財形貯蓄や財形住宅にあたる項目で、SAは財形年金にあたるものだ。ここで保険の営業ウーマンに聞いて初めて知ったのが、MAである。
“Medi”という接頭後から推定できるが、これは医療費に使えるらしい。さらにわかったのが、MAの一部をMedishieldという、日本の健康保険にあたるしくみの掛け金に使えるのだ。ところで、日本でもこういうのを実現してくれれば、良いなと思ったのが、保険の営業ウーマンが私に説明する時、私のCPFの口座をインターネット経由でアクセスして、それを一緒に見ながら説明してもらえたことだ。これは少し感動した。日本では「年金特別便」だなんだとか言うものが一年に一度送られてくるが、そんなものを送る費用があるなら、こういう風にオンラインで金額をいつでもどこでも確認できるようなシステムを作れないだろうか? もちろん、国民全員がインターネットにアクセスできるわけではないので、今まで通りの年金特別便はそういう人には必要だが、いまやほとんどの人に「特別便」必要はないと思う。
海外在住者は国民年金を支払う必要はない。しかし、私はあえて「任意加入」で払い続けている。私のようなものにとっては、オンラインで私の年金の状況が把握できるものがあれば、実にすばらしいと思う。誰も真面目にとりあってもらわないと思うが、一言!! 「厚労省の方。私にシステム開発を任せてください。ソフトウエアの開発だけなら、半年ぐらいで、費用は500万円ぐらいで作りますよ」
さて、保険営業ウーマンは、もちろん何かを売り付けたくて、私にアプローチしているのだ。 MedisaveやMedishieldの説明をしても、彼女には何の得にもならない。話によると、このMedishieldにより医療費のカバー率が特に、PRの場合それほど高くないのだ。カバー率は、入院した時の病室のレベルや、手術時の技術料などで結構細かく規定されているが、概して市民の場合は100%が多いが、PRの場合は70%とか言うのが多い。その不足部分をカバーするために、Medisaveの残高から少し余分に掛け金を払うことで、カバー率を上げられる。そしてその部分は私企業の保険会社に任されている。私にアプローチしてきた営業ウーマンはPrudential のく営業員で、その部分を売りたかったのだ。結局、私はこのPrudential の保険には加入せずに終わり。彼女にとっては、私にいろいろ教えることだけに終わっただけだった。少し面目ない。
ところで、PRでも入院費など70%程度を払ってくれるMedishieldの掛け金だが、年齢によって異なるが、49歳の私の場合、年間114シンガポールドル。ちなみに、日本で会社員を辞めた直後に、私のところに届けられた健康保険の掛け金の請求額が確か月5万円ぐらいだったと思う。会社員の間は、保険料は会社との折半なので、給与明細に書かれている金額はその半分で、驚かない範囲だが、退職して驚いた。私の場合、そのままほっておくと、その後1年間それを払い続けなくてはならなかったところが、すぐにシンガポールに「国外退去」したので、その額は1~2カ月払っただけですんだ。退職して、収入がない身に容赦なく高額の掛け金を請求するのが日本である。
さて、両者を比較してみる。考えてみると、日本の健康保険は医療費の30%を払ってくれるわけで、シンガポールのMedishieldのカバー率も同じ程度だろう。それでいて、掛け金はシンガポールは、114シンガポール/year=620円/month。日本は、5万円/month。「なんじゃそれ」と言う感じだ。シンガポールの医療は、世界中の人がメディカルツーリズムの行き先として選ぶ国でもあるわけで、決して劣っていない。
この差だが、私が思うに、日本の健康保険は通常の風邪程度の外来診療を含む全ての医療をカバーするが、シンガポールは入院しや手術などの、相当重い医療の時の医療費だけしかカバーしない。その差が大きいのではないかと思う。日本人は、ちょっとした体の不具合ですぐに医者に行く人が多い。それは健康保険のお陰で医療費が安いからだろう。
極端な話、薬局で売薬を買うより、医者に処方してもらったら3割負担ですむので、わざわざ医者に行ったりする。日本では「安いから、医者に行く」という考えがまかり通ってしまっているような気がする。
高度な技術を要するサービスを受ける我々は、払える範囲の時は高い医療費を覚悟しても良いと思う。そして医療保険は、入院が長引いたり、高度な技術が要求される医療を受ける時などで、高額すぎて払えない医療費の時に、それを肩代わりするためだけにあるべきだと思う。その考えを広げることができれば、たぶん日本の健康保険料も劇的に下げることができるのではないだろうか。そうすると、健康保険の掛け金を払えないがため、病気にもなれない人を減らすことができるだろうし、忙しすぎる日本の医療現場に少しは余裕が生まれるのではないだろうか?
(*1)雇用者の20%
雇用者の20%だが、雇用者は人を採用する時この20%の額を下げた額をオファーの給与として提示することが多い。そのため、この「雇用者が20%払う」と言うことは、あまり意味がなく、やはり結局は自分で払っていることになるのかと思う。そんなことを考えるのは私だけだろうか。
しかし、少なくとも見かけ上、給与明細を見る給与所得者にとって、CPFの負担がそれほど多くなく見えるのは確かで、制度を維持していくための知恵だろう。日本の社会保険も同じように会社側が半分負担することになっている。日本の場合、転職する人はまだまだ少ないので、「雇用者の負担もめぐりめぐって、やはり給与所得者の負担である。」と言う事実がより見えにくくなっている。
コメント
な
シンガポールの公的医療保険の紹介として興味深く読ませていただきました。
しかし、読んでいて、何点か気になりましたのでコメントいたします。
年金記録の確認や、現在の加入記録から年金受け取り額を試算するシステムについては既に年金機構のサイトにあります。
使い勝手はどうかな、とは思いますが。それについてはなにも触れずに、年金特別便をインターネットで見れるようなシステムを作れという主張は疑問に思わざるをえません。
また、健康保険の掛け金について、シンガポールと日本の比較をされていらっしゃいますが、健康保険制度は保険料だけで運営されるというわけではありません。公費(税金)がどのくらい投入されているかの比較もしなければ、実際の国民の負担は見えてきません。保険料だけ比較してシンガポールの医療が安いと結論付けるのは早計です。
また、日本の医療費が高いのは、大したことのない症状で気軽に病院に行き過ぎるからではという推論ですが、日本の医療費分析をしているサイトをご覧になったことはありますか?
医療費の多くを占めるのは医療費下位のグループではなく上位グループです。
日本の公的医療の特徴は
「フリーアクセス」「現物給付」「国民皆保険」
の三本柱ですが、シンガポールではこの点がどのようになっているのか書かれていないのが気になります。
日本ではどこでも好きな医療機関にかかれるのは当たり前ですが、海外の医療制度では最初にかかることのできる病院が限定されていることが多く、また保険証1枚持っていけば保険給付が受けれるわけではなく保険金は後で帰ってくる仕組みをとっているところが多いのですが、その点シンガポールはどうなっているのでしょうか。
日本の医療制度はフリーアクセスや、現物給付に制限をつければもっとコストを下げることが可能とは思います。ただ、それは国民が受けられるサービスとしては低下するわけで。実現するには慎重に議論したいところです。
日本の医療費は、GDP比較で先進国の中ではかなり低いほうなので、むしろもっとコストをかけてもいいのでは…?という主張も医療機関関係者がよく口にするところですよね。
全体として、社会保険制度をよく知らないまま推論で書いている部分が多いように思われます。
やまやっちゃん
わたしは素人です。しかし、普通の日本人にはできない、海外での医療保険の仕組みを利用しています。海外にすむ駐在員は普通は、現地の医療システムにたよらず、プライベートな医療保険システムを使うので、そのあたりを感じることはできないでしょう。実際にサービスを受けている一人の素朴な、人間がこう思っていると考えてください。明らかに、劇的にコストに差があります。ちなみにシンガポールの税が安いのは、世界的に有名な話で、確認したわけではありませんが、その安い税を、医療保険にまわすのはとても無理ではないかと思っています。国民みな保険とありますが、保険料を払えないひとが現実に日本に存在することをどう考えているのですか?現実と理想が乖離しているのを感じます。実際私は、日本で病院にほとんどいかず、ただたんに高い保険料を取取られ続けていたわけで、そのことにたいするつ、おっさんのぼやきと考えて結構です。しかし、制度を考える人は、普通の人が考えていることを無視することはできませんよ。なにしろ、われわれは有権者で、最後の決断をできるひとたちですから。
な
気になって少し調べましたが、シンガポールの医療保険制度はそれほど良いものではなさそうです。
自分が積み立てたお金から支払われるので、それを超えてしまうと多額の診療費を自分で払うことになるようです。
大病や、病気がちで医療費が多額にかかる人を救うことができないのなら結局なんのための医療保険制度なのか
理想と現実の乖離はどこ国の医療制度にもあり、日本だけが特別なものではありません…
日本では保険料を払うことができないほど困窮している人は、最終的に生活保護制度がその医療を引き受けます。
医療保険から生活保護への線引きがはっきりとしないので、その狭間で困っている人達はいますが、これはこれは所得や資産把握をきちんとできていないので線引きが曖昧になっているために生じている部分があります。
医療保険制度に限らず年金やその他の社会保障、税制も絡んで来る話で、今後国民IDや、社会保障と税の共通番号制度などが整備されていくなかで多少は解決されていくのではないかと考えます。
有権者のお話が出ましたが。
この国の有権者は、社会保障制度なんてわりとどうでもいいと思ってませんか?
健康保険制度を愛してなんていないんじゃないですか?
アメリカでオバマさんが医療保険制度を導入しようとした時、参考にあがったイギリスの医療制度であるNHS(ナショナルヘルスサービス)が、社会主義的でダメな制度だとアメリカの議会で批判されました。
そうしたらイギリス人さん達は怒って、ツイッターで「WeLoveNHS」というハッシュタグをつけて抗議をし、イギリスの首相もこれに参加した。なんてしばらく前にニュースになっていましたけれど。
私達は健康保険を愛しています、と言える日本人がどれほどいるのか。
NHSだって、救急患者が何時間も待たされた、手術が半年先だった、とか酷い話はゴロゴロしてますよ。でも、イギリス人さん達はNHSを愛している。
選挙のたびにその改革を争点にして、どうしたらいいのか考えている。
日本はどうなんですか。
社会保障がまともに争点になった選挙なんてないじゃないですか。
年金選挙…と言われた選挙も中身は結局旧社会保険庁の杜撰管理の追及だけ。
制度のあり方が国民的な議論になったことはない。
医療保険なんか、後期高齢者医療制度が国会通ったときなんかほとんど話題にならずに、施行まぎわになってからと施行後にマスコミが騒ぎましたけど、今になってすらその問題がどこなのかを把握してる国民は少数。
どうせ、社会保険制度を愛してなんていないのでしょう?
最後の決断って、問題があるのにきちんと把握しないでほうっておいて、手遅れになってからつじつまあわせで無理やりな制度を作ることですよね。
どんな失敗プロジェクトですか。
と、長々と書いてしましたが、私も有権者なのでこれはブーメランですね。
制度を作る人達には、より良い制度を作ってほしいものですけれども、その下地を有権者である我々が作らないといけないのだなぁ…
と日頃より思っております。
シンガポールの制度について誤解されているようです。たしかに医療費に使える積立の基金はあります、それをMedi Saveと言います。これは決して保険ではありません、たんなる積立です。日本人と違って、お金をためて、もしもの時に備えると言う考えがあまり浸透していないのでしょう。お上が、給与天引きして積み立ててます。そのなかの一部をMedi shiieldという、『保険』の掛金に組み入れることを、私はシンガポールの健康保険と理解しています。それを、私は、じつはこのコラムを書く時まで知りませんでした。さらに、任意にもかかわらず、なんとなく説明を受けて別に悪くないと思って、何も考えずにサインしたのでしょう。MediSHILEDに掛金を既に入れていました。ただし、家族の掛金が入っていないと今回知り、早速家族もMedishieldに入れました。この額が本文の書いている、620円/月です。この額は私の年齢、50歳以下の額で。年齢があがるにつれて、急激にあがります。つまり、完璧な保険です。リスクの高い人の掛け金を高くするという、普通の保険の原則にしたがっています。入院したときなど、大きな出費の時に、病院のレベルにより異なりますが、庶民の病院ならPRなら70%程度。市民なら全額、支給されます。
有権者に関して。はい、社会保険などの制度そのもが選挙の争点になったことは、日本の選挙であまり聞きません。小泉首相の時に、郵政民営化ぐらいでしょうか?これも、民営化するか否かの二者択一で、非常にしんぷるでした。これからは、しかし、ブログの発達で、識者が自分の意見を気軽に発表出来る場所が増えて。その意見を、ブログ上で読んで判断する人が増えてくることを期待しています。私を有権者と自分で書きました。しかし、実は、海外居住者の有権者登録をしていないので、いまは投票出来ません。次の選挙までに、有権者登録をしておこうとおもいます。
上のCPF の天引き率に間違いがありました。正しくは、雇用者が15.5% そして、本人が、20%でした。給与の20%も天引きされていることが、給与明細上に明確に出ていることになります。結構大きいのかもしれません。