シンガポールでアジアのエンジニアと一緒にソフトウエア開発をして日々感じること、アジャイル開発、.NET、SaaS、 Cloud computing について書きます。

内定取り消しと日本の新卒就職慣行

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 前回のコラムで、できれば就きたいと思っていた、生物研究のためのプログラマ職にシンガポールで就けたと書いた。ところが、結局その内定、直前に取り消されてしまった(*1)。取り消しを受けて、シンガポールでできる、それなりのアクションを取って『ジタバタ』したことは次回に書くことにして、今回はそれをききっかけに、日本の新卒採用慣行と、それに伴う内定取り消しについて、少し考えたので、そのことを書く。

 さて、内定取り消しといえば、日本で、去年の東日本大震災の影響で、新卒就職の内定取り消しの数がかなり多かったと報道された。これによると、全国で600人程度。そのうち震災の影響によるものが450人、つまり震災の影響でない取り消しが150人程度とある。この数をどう考えるかだが、新卒学生の就職活動の場合、3年生に始まり、4年生中に内定をもらうらしい。つまり企業は内定を、実際に勤め始めてもらう1年も前に、出す必要があることになる。新卒の内定を、これほどまでの事前に出さなければならない慣行。学生にとって学業の妨げになるだけでなく、企業の側にとっても、恐ろしく厳しい条件だと思う。実際、震災の影響でない内定取り消しが全国でたったの150人という数字。これは、私は、各企業そして学生がものすごい無理をした結果だと思う。

 この、企業と学生双方にとって明らかにLOSE-LOSEな慣行が毎年続けられているのは、異常だと思う。付け焼刃のゲーム理論の知識だが、この慣行は一種の『囚人のジレンマ』の状況だろう。つまり、学生と企業の両方で最も理性的な行動を取ったにもかかわらず、その結果が、両者にとって決して好都合な結果になっていないということ。こういう時の解決は、政府の介入しかないと思うが、なぜかない。それが不思議で仕方がない。

 そこで、少し考えてみた。1年も前の内定は仕事量の変動が会社全体として少ない企業にとっては負担が少ない。それがどういう企業かというと、やはりそれは大企業だ。どういうことか。

 大雑把な計算をする。例えば、毎年4月に1000人の新卒を取る従業員が3万人の大企業があるとする。その企業には、平均10人程度の社員で構成される部署が3000あるとする。すると、これはつまり平均して3部署に1つで、1年後に新卒を雇用できる状態になると予想したから1000人採用を決めたということだ。ところが、1年も先のことの予測は、それぞれの部署の単位ではかなりの確率で外れる。

 実際にその企業全体として何人の新卒を使える状況になるかだが、その数は、ポアッソン分布に従うと考えられる。ちなみに、ポアッソン分布では平均と分散は同じになる。

 つまり、必要な新卒の平均が1000人だとしたら、その分散が1000になる。分散が1000なので、標準偏差が1000の平方根で、32人程度。つまり、分布が正規分布に従うとすると70%ぐらいの確率で、1年後に実際に必要な人数が1032人から968人の範囲に入ることになる。悪い方に傾いたとして、例えば、1000人に内定を出した後、1年後に実際968人しか雇用できなくなったとして、余分に採用してしまった32人だが、この程度なら、3000有る部署の中で、なんとかやりくりできる範囲だろう。つまり、大企業では、今の慣行を維持する負担はそれほど大きくないことになる。

 ところが、50人程度の企業で、新卒を1人取ることを決めた場合。1年後の平均雇用人数は1人、そして分散は1。よって標準偏差は1人。70%ぐらいの確率で、実際に雇用できる人数は0人から2人になる。悪い方に傾いて、仮に0人、つまり雇用できないことになってしまったとしたら、当然その企業は、内定取消にせざるを得なくなる。

 というようなことを考えると、分かってくることは、日本の中小企業にとって、日本の新卒採用慣行に則り、1年後の採用を出せる企業は、かなり限られることになる。多分、

  1. 成長分野に乗っており、毎年、確実に大きくなっていくことが分かっている企業
  2. 事業は毎年それほど変動がないが、スタッフに近いうちに定年退職になる人がいるなどで、1年後に確実に人を雇える状況を見込めるところ
  3. そして、『万が一、1年後に雇うことができなければ、内定取り消しにしちゃえば良いや』と考える、学生の人生のことを何も考えない企業

だろう。

 (1)の場合は、学生にとっては取り消しになる可能性は低いと考えていいので、問題はないが、企業の側、特に実際に採用を出した部署は、1年間どんどん仕事が増えてくるのにもかかわらず、1年後に新卒が来ることを想定しているので、人を増やせない状況になる。それが結構きつい。

 実は、東京でとあるスタートアップで開発部署のマネージャを努めていたころ、新卒を1人採用することを決めて、実際に内定を出したことがある。当時の日本の慣行とおり、来てもらう1年前に内定を出した。ところが、その1年間にいろいろあって、申し訳なかったが、内定取り消しを通知せざるをえなくなった。その学生、もちろん大憤慨。社会保険事務所に駆け込まれ、保険事務所の所員からの調査のための訪問を受けたりした。私は経営者でなかったので、結局どういう形で、ことを収めたのか詳しくは知らないが、非常に残念な結果になった。

 他の職種がどうか分からないが、ソフトウェアの開発者は、適性があれば、優れたリーダのいるチームなら、新卒であろうとかなり短期間に戦力になるものだと思う。私が面接で、適性もやる気もあると判断し、もちろん、最終決定するのは経営者だが、私の意見を取り入れた形で内定を出した人で、入社後の活躍を思いっきり期待していただけに残念だった……。

 さて、学生の側が、この内定取り消しを避ける方法だが、1番確実な方法は大企業を目指すこと。しかし、大企業の採用人員だけで、すべて日本の大学の卒業生を採用できない。中小企業からしか内定をもらえない学生も多いだろう。また、そういう消極的理由でなく、大企業特有の細かく職務分類された形で仕事をするのが嫌で、中小企業を積極的に目指す学生も多いだろう。そういう学生は、内定取消のリスクを常に考える必要がある。特に、上述した(3)のケースは絶対に避ける必要がある。しかし、そんなこと、社会経験のない学生に判断できるわけがない。運を天に任せるしかないと、僕は思う。

 最後に、最初に書いたが、企業にとっても学生にとってもLOSE-LOSEなこの慣行、なぜ維持され続けているのだろうか? これは、まったくの私の推測だが。大企業が優秀な人材を1人占めできる状況に政府、官僚にとって、少なくとも短期的な一定のインセンティブがあるからでないだろうか。さらに、大企業の側も、もしかしたらある程度、政府や官僚に圧力をかけているのかもしれない。

 私自身の経験を少し書く。

 私が日本で新卒で就職した1985年当時は、就職活動解禁は4年生の10月だった。実際、私が内定をもらったのは4年生の10月の最初の週ぐらいだったと思う。そのころの学生の就職活動は4年生の夏休みに同じ大学の卒業生で、目指す企業に勤めている先輩の話を聞くために会社訪問した。その過程で、めぼしいところを決めて、夏休みがあけて10月になって入社試験、面接をして内定をもらうものだった。つまり、6カ月前の内定がそのころの慣行だったわけだ。私は、それでも長過ぎると思うが、今の12カ月前よりは、はるかにましだった。

 また、ここシンガポールで約1年大学院生をやっていて、7月末でそれを終えたわけだが、今回、同級生の就職状況を見た。卒業してまだ仕事を見つけていないもの、6月の時点から働き始めたものなど、さまざまだ。大学側も、企業の側に大学に来て説明会を儲けることを促したり、学生を採用予定の複数の企業を集めて、最終学年の学生を対象に大がかりなリクルートフェアを学内で開催したりで、かなり大がかりな就職支援をやってくれる感じで、総じて、日本の学生の就職活動より、はるかに学生にとっての負担は小さいと感じた。

 新卒向けの特別な就職慣行があるのは、世界でも日本と韓国だけらしいが、そんなもの早く辞めて、世界標準の、卒業した学生が働き始める時期がみんなてんでバラバラに異なることを良しとする慣行に、早くしてしまった方がいいと思う。

 (*1)  私の今回の内定取り消しだが、取り消しを受けた後、運よく同じぐらいの条件の別の仕事に8月から就けた。しかし、それは結局、金融関係の開発の仕事。もちろん、金融関係と言っても範囲は広く、今回仕事をついたものは未経験な分野で、それなりにチャレンジングではあることは確かだが、結局、研究の分野の仕事に就けなかったショックは大きい。しかし、もともと、大学院で勉強すると決めた時、年齢を考えて、卒業後に研究関係の職場で働ける可能性は低いと考えていたので、その予想どおりになっただけではあるが。

 

Comment(3)

コメント

上の、大企業では内定を1年前に出して、一年後の必要人員の予想が外れたとして、大きくはずれないので、なんとか吸収できると書いたが、予想していなかい世界的、もしくは日本全体の不況が起こって、1000人がまるまる不要になってしまうということも、起こるかもしれない。しかし、大企業には資金的余裕や、世間の信頼みたいなものがあるので、時間的な必要人員の変動による影響もなんとか対応出来るのでしょう。

また、多くの、不確定要素を集めることで、全体として確定的なものにすると言う考え方は、リーマンショックの原因とされているサブプライムローンが、リスクが少ない証券だとして、売り買い出来たことと、同じ考えなのかと思う。

ワークエンジニア

このコラムの意味がよくわかりません。何が言いたいのでしょうか?
結局のところ大企業か公務員になれと言っているようにしか
聞こえないのですが・・・。

学生に何かのアドバイスをしているわけではありません。日本を外から見える立場を利用して、色々と見えてくるので、それを書いているのです。単なる、評論ですね。あえて書くとすれば、現状の制度だと、新卒はやはり『大企業に入れ』でしょう。はいれない人は、日本中で150人とかなり低いので、もしかしたら気にすることはないが、内定の取消のリスクが小さいながらあるということです。しかし、海外の大学の卒業生をどんどん取り始めた日本企業。たぶん、この数年に、新卒枠という考えが、変わっていくと思います。

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