第6回 システム導入教育(3) システムが変わることを知ってもらう
こんにちは、エル・ティー・エスの忰田です。
このコラムでは、システム導入時のユーザー教育を中心とした「システム展開支援」サービスについて、その目的や内容について紹介しています。前回のコラムでは、システム導入プロジェクト開始時に行う「教育計画」の作成について説明しました。
今回は「教育計画」の作成と併せて実施する「ユーザーとのコミュニケーション方法の定義」について説明します。
■「急にシステム変更を知らされる!」をなくそう
今回は、とあるシステム導入プロジェクトで起きた事例の紹介からスタートします。
プロジェクトも後半に差し掛かり、ユーザーテスト前にエンドユーザー教育を始めようとした矢先。いざユーザー研修の対象者と話してみると、「システムが変わるんですか? いつから? そんな話聞いてないですよ」と言われる。
取りあえずPMをつかまえて、
- 私 「ユーザーさん、システム導入の話知らないみたいですよ」
- PM「いや、プロジェクトからは連絡はしている」
- 私 「どう連絡したんですか?」
- PM「前にメールを出してる」
- 私 「メールですか……。何回出したんですか?」
- PM「2カ月……いや3カ月前に1回出した」
- 私 (それじゃ伝わらないですよ……)
そんなような話が以前、残念ながら実際にありました。
プロジェクト初期段階の計画フェイズから参画していれば状況に気付けたのですが、エンドユーザー研修実施の直前に急きょ「教育だけやって!」との依頼を受けて参画したため、ユーザーとのコミュニケーション状況まで事前に確認できていませんでした。
この後、ユーザー研修のスケジュールをユーザー側担当者に打診し、「そんなスケジュールを急に言われて対応できるか!」と怒られ(そりゃ怒ると思います……)、スケジュールの引き直しからスタートし、その後「ごめんなさい」を繰り返しつつ調整を進めてなんとかユーザー研修の実施までこぎ着けました。このとき、ユーザーテストの開始も遅れていたので、「ユーザー研修が遅れたせいでテストが進められない!」にならずに済んだのは不幸中の幸いでした。
さて、前置きが長くなりましたが、このような「コミュニケーションミス」が発生する原因はどこにあるのでしょうか?
■プロジェクト現場で発生するコミュニケーションミス
コミュニケーションに問題が発生する原因は、大きく分けて2つあります。
- 相手が「理解できる」情報のやりとりができていない
- コミュニケーションのルール・ルートが作られていない
1つ目はコミュニケーションそのものの問題です。
多くの場合、プロジェクト現場ではユーザー側とベンダ側がコミュニケーションを行い、そしてそれなりの確率で気付かないうちに意思疎通に失敗しています。失敗を繰り返すことで「どうせ伝わらない」⇒「ムダ、めんどくさい」になり、だんだんとコミュニケーションの頻度そのものが減っていく、という悪循環に陥ります。
これは、ベンダとユーザーが「別の生きもの=互いに異なる性質を持つ人の集団」であることを認識、また配慮せずにやりとりを行ってしまうために発生する問題です。(この話は第3回目のコラムで書きました)
この課題への対処は「相手にとって理解できるコミュニケーションを行う」こと以外ありません。実際に実践すると非常に地道で面倒な作業ですが、間違いなく「やらない」より「やった」方がプロジェクトの失敗要因が減ります。覚悟して「相手に合わせた」コミュニケーションを続けるように努力しましょう。
さて、今回のコラムの主題は、2つ目の原因「コミュニケーションのルール・ルートがない」ことへの対処です。
システム導入のプロジェクトに参画している一部のユーザーは、システムが導入される事実を知っています。が、その他のエンドユーザーにどこまで情報が伝わっているか? は実はよく分からない(誰に聞いても明確な答えが返ってこない)ケースが多いです。
よく分からない、ということは要するに「伝わっていない」のです。いつの間にかみんな知ってた! なんてことは99%起きません。(あえて100%ではなく99%にしているのは、社内の情報を社外(例えばFacebookなどのSNS)で知った、というセキュリティ上明らかに問題のある情報ルートが存在している場合があるからです。いや、実際にあるんです……)。
会社などの大きな組織に対して何かの情報を発信し、末端の社員まで行きわたらせるには、それなりの仕組みが必要です。一般的な企業では、総務部や人事部などの部署(あるいは前述の部署などが管理する企業内ポータルサイトなどのIT基盤)がこの機能を担っていますが、システム導入のプロジェクトではどうか? と考えると、情報伝達の仕組みがそもそも抜け落ちているケースが散見されます。
プロジェクト内での情報伝達がそもそもマズイというケースも残念ながらよくありますが、ここで問題にしているのは、プロジェクトからユーザー組織全体への情報発信の機能がない! というケースです。システム導入はプロジェクトのメンバーだけが関与していればよいわけではなく、最終的にはユーザー組織のある程度の範囲あるいは全体が関与することになります。この関与する多くのユーザーとのコミュニケーションとは、単に「関係者全員にメールを流す」だけで済む話ではありません。
システム導入の成功・失敗の判断は「導入目的の達成」にある(と第2回目のコラムで書きました)ため、エンドユーザーに対する目的の共有や理解の支援から始めなければ意味がないのです。そのためには、地道な説明の繰り返しや、ユーザー組織を巻き込み組織内の「人」に食い込んだコミュニケーションを行う必要があります。そのための必要なのは、やはり「コミュニケーションのルールやルートの設定」をすることです。
私たちが提供しているシステム展開支援のサービスでは、プロジェクト進行に必要なコミュニケーション支援を行う場合「コミュニケーションプラン」を作成し、プランに沿った情報発信を行います。
■コミュニケーションプランを作り、役割とルートを設定する
コミュニケーションプランとは、エンドユーザーに対してプロジェクト側から情報提供を行っていくための役割やルートを定義し、その実行を支えるための計画です。通常は、教育計画を作成する段階で同時にプランニングします。
エンドユーザーとひとくちに言っても、その階層はさまざまです。
- システム導入の目的や達成すべき目標を深く理解しておくべき部課長レベル
- 実際にシステムを使う担当者レベル
- システムから出力される情報を参照するだけのユーザー
実際は役職以外のシステム運用における役割の違いもあるため、もっと複雑な階層に分かれます。これら、さまざまな階層のユーザーに対してプロジェクトの進行に合わせて情報を提供するための仕組みを作ります。
仕組み作りのポイントは3つ、「段階的な情報発信」と「情報のルート整備」と「役割を与える」ことです。
- 段階的な情報発信
いきなり細かい話(新システムの操作方法とか)から始めても理解できません。まずは「システムが導入される」という情報を小出しに発信し「認知」してもらうことを優先します。その後「あたながたの仕事が変わるんです」というメッセージを表に出して「興味」を持ってもらいます。
この情報を、時間をかけてかつ期間を開け過ぎずに発信し続けることで、システム導入について「急な話」ではなく「前から聞いていた話」のイメージに定着させます。そして十分にシステム導入のイメージを持った後で「導入教育」のフェイズに入っていきます。
- 情報のルート整備
単に「プロジェクトからユーザー全体への発信」では、情報は伝わりません。全員に同じように伝えられた、ということは「自分」にとっては大して影響の大きな話ではないのかな、と感じるのが自然ではないでしょうか。
重要なのは「あなた」に伝えている「あなたに関係のある話」という認識を持たせることです。これを実践するためには、1人の情報発信者に対する受信者の数がある程度限られている(同じような集団である)必要があります。そのため、基本的にプロジェクトからの情報伝達のルートはユーザー企業の組織の枠組みを利用します。ユーザーのAさんが所属する○○部署の通常連絡の中にプロジェクトからの情報も含めるのです。
- 役割を与える
前述した「情報のルート整備」では、通常の組織の枠組みを利用する、と説明しましたが、単に利用するだけでは情報は上手く伝わりません。例えば、○○部の担当者に対する情報伝達の役割を、○○部の責任者である部長が担っていたとします。しかし、そのまま「部長お願いします」だけの場合、情報は伝わりません。放っておいても部長は通常業務で忙しく、また「システム導入」という面倒な仕事に対応する知識や労力が不足してる場合もあります。
そこで、部長を補佐して情報伝達を推進する役割を、部長以外の「実行可能な」人間に与えることでサポートします。プロジェクトから「情報伝達の推進窓口」の役割を与えて、プロジェクトの準メンバーとして主体的に動いてもらうのです。「推進窓口」の任命責任は部長などのグループの責任者に与えます。プロジェクトからは、この「推進窓口」のメンバーに随時連絡をし、状況を共有しておきます。ユーザーの組織の規模が大きい場合は、この「推進窓口」の役割を1つの部署内に複数段階設定し、末端まで情報が行き届くようにします。
この役割を担うメンバーは、その後プロジェクト終了までプロジェクトと現場のパイプ役になり重要な役割を果たします。IT知識もある程度求められ、臨機応変に動いてもらう必要も出てくるため、ベテランよりも若手の方がいいでしょう。
これらのポイントを押さえてコミュニケーションの仕組みを構築し運用することで「システム導入なんて聞いてない!」を防ぎ、エンドユーザーのシステム稼働後の早期立ち上がりを支援できます。
■まとめ
コミュニケーションプランは、他のユーザー教育タスク全般に関わる非常に重要な位置付けにあります。教育計画の作成が不十分な場合、教育タスクの実行フェイズで失敗する可能性が高くなりますが、実行そのものが頓挫するレベルにはそうそう至りません。実行が遅れたりなかなかユーザーの了解がもらえず終電を逃したり、と立て直しに苦労するだけです。
しかし、コミュニケーションプランが未整備の場合は教育タスクの実行以前の問題が発生します。ユーザーの協力が得られない、プロジェクトの実行がユーザー組織にそもそも認められない、などの問題が起きる可能性があるのです。実際、過去に失敗した大規模プロジェクトの中には、プロジェクトの進行そのものの問題以前に、エンドユーザーからの反対によって中止されたケースも多々あることをご存じでしょうか。それほどに、コミュニケーション不足はシステム導入プロジェクトにおいて重要な課題になるのです。
世の中にはプロジェクトマネジメントにおけるコミュニケーションの重要度を説いた書籍が大量に出回っています。書店に行けば、すぐに目に付くはずです。また、過去にシステム導入に失敗した経験を持つユーザー企業(で、かつ失敗からの学びがまともにできる組織)の場合、コミュニケーション方法の整備に恐ろしいほどの執念を持ちます。「コミュニケーションさえしっかりできれば、失敗するリスクが大幅に減る」という確信を持っているからでしょう。
何気ない会話もコミュニケーションの一環です。普段、あなたが誰かと会話するときに無意識に言葉や伝え方を選んでいるように、プロジェクトでのコミュニケーションでは意識的に「伝える」ための方法や表現をしっかりと考えるようにしていきたいですね。
ということで、今回は「コミュニケーションプラン」の作成について説明しました。
次回からは、ユーザー教育実行時のメインタスクとなる「ユーザー研修」について説明します。