151.【小説】ブラ転7
初回:2021/5/26
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.社史編纂室
私(二代目)は、今の生活に飽きてきた。二代目は、よくこんな生活を続けてこられたもんだ。私はもっと深く技術に関わっていたい。痛切に思うようになってきた。
ちょっと思う所があったが、その前に確かめておきたいことがあった。
私は秘書部の山本さんに声をかけると、一緒に社史編纂室まで付いてきてもらう事にした。そこには噂の人物、早坂さんがいた。
「今日はちょっとお伺いしたいことがあって...」
早坂さんが私と山本さんに椅子をすすめてくれた。が、段ボール箱を何重にも合わせただけの箱だった。と言って立ち話も何なので、その椅子に腰かけることにした。
「わざわざ、二代目自ら、私に退職勧奨に来られたんですか?」
笑顔で軽口が叩けるくらいなら、本音が聞けるかもしれない。
「早坂さんは、こんな仕打ちを受けて、辞めようとは思わなかったんですか」
私は単刀直入に問いかけた。
「ん~基本的に気楽だし、給料が安いと言ってもコンビニバイトの時給よりいいし...」
「でも、転職すればもっといい給料をもらえるだろうし、重要なポストに付いてやりがいのある仕事もできたんじゃないんですか?」
「まあ、好きな事を好きに出来てるんで、今のままでいいです。残念でした」
反抗的な性格だという事は理解した。それに技術力もあるので上司は嫌がるだろうことは手に取るように判る。逆に、これほどの逸材を使いこなせない上司の方に問題があるのだろう。
「実は、相談と言うか、依頼と言うか...」
私は今考えている構想を説明した。その構想への参加要請が今回の目的だった。
「そもそも、給料面でインセンティブを提示しても乗ってこないと思うので、目的を共有したうえで好きにしていただきたい。責任はすべて私が持ちます」
「そんな取引で、二代目に何のメリットがあるんですか?」
「会社の利益になるでしょう。まあ、一番のメリットは、私の構想が実現したときの爽快感だと思っています」
2.改革への第一歩
ヒイラギ電機が、大きく業績を伸ばした原動力は、景品市場へ参入できたことだった。結婚式のお祝い品や健保組合の健康促進景品、ゴルフやスポーツイベントの景品などのカタログに掲載されている家電製品などを取り扱っていた。値引きなどがないので利益率が高かったのと、お皿や鍋などのありきたりな景品ではなく、ちょっとこじゃれたデザインであったり、自腹でお金を出してまで買う気にならないが、あれば便利そう、面白そうという製品を扱っていたので、結構人気があった。その噂も手伝って、カタログ会社の方から掲載依頼が来るようになった。つまり、ヒイラギ電機の製品が乗っているカタログが選ばれるという状況になっていた。
もう一つの事業は、OEM製品の設計、開発だった。中国やベトナムでの生産が主流の単機能白物家電を、国内生産することで低価格ながらも『Made in Japan』を売りにしていた。とにかく品質よりも消費電力や環境負荷に配慮した設計を重視したため、大手メーカーが製品ラインナップとしての最下層品として重宝がられた。最終的に中国製と比較された場合、輸送にかかるエネルギーが少ないという事をアピールして売り込んでいた。部品自体は中国から輸入していたにも関わらずだ。
所が、これらの特徴のアドバンテージが低下してきていた。本来ならもっと売り上げに貢献できたはずの除菌効果のある空気清浄機も、他社製品より消費電力で劣っていたため、売上が横ばいにとどまったのだった。
「社長、お話があります」
「おいおい、改まって、なんだね」
私は何のアポも取らずに社長室に入っていった。秘書部の山本さんに社長の予定を確かめておいてもらったので、今の時間は退屈しているに決まっていた。
「ちょっとやってみたいことがありまして...」
私は、今思い描いている構想を説明した。
「やっと、やる気を出してくれたかと思うと、うれしい限りだよ。好きにやってみろ」
社長からのゴーサインが出たのだった。
3.組織改革
私(杉野さくら)はWebの社内掲示板に新着情報が掲載されてることを見つけた。何とは無しに覗いてみて驚いた。
1.カタログ販売事業部とOEM製品事業部を統合し製品販売事業部とする 2.製品販売事業部の技術部門の統括技術部長にヒイラギアキオ専務が就任する 3.部課長制度を廃止する 4.技術部門、営業部門に所属する社員は裁量労働制とし年俸制とする 5.裁量労働者は就業時間、就業場所等も個人ごとに自由に設定できることとする 6.希望者とは専属エージェント契約を結ぶこととする 7.専属エージェント契約者はプロジェクトリーダーになる事ができる 8.プロジェクトリーダーは製品開発に関しては、予算、人員、利益配分は自由に決めてよい 9.今回の組織改革に伴って希望退職を募集し年収と同額を退職金に上乗せすることとする
な、なに?これ?
私は、もう一度読み返したが、判ったような判らないような...そこに、技術部開発3課の課長が近くに来たので、このことを確認してみた。課長もその場で初めて知ったそうで、全く聞いていなかったそうだ。課長も部長の席まで行って同じように見せたが、部長も聞いていない様子だった。
いったいどういう事?
私は、部課長すら知らない組織改革が急激に進んでいる事に恐怖を覚えた。
「もう、会社辞めちゃおっかな。退職金もちょっとは出るみたいだし」
部長も課長も困ったように相談している。そうこうしているうちに、1課長も2課長も部長の席周りに集まってきた。4人でワイワイ騒いでいるようだが、今更バタバタしても遅いでしょ。私は、他の席でも、数名単位で集まって、ワイワイ騒がしくなっている状況をみて、本当にこの会社も終わりだと感じた。
私が、とりあえず日常業務に戻ろうとしたとき、ちょうど、二代目がやってきたのが目に留まった。部課長の所に行くだろうと思っていたら、私と目が合ったのか、こちらに近づいてきた。ちょっと真相を確かめてみたい衝動にかられた。
======= <<つづく>>=======
登場人物 主人公:クスノキ将司(マサシ) ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで 残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして... 母(マサコ):クスノキ将司の母親 母一人子一人でマサシを育てあげたシングルマザー 婚約者:杉野さくら クスノキ将司の婚約者兼同僚。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦 1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。
ただし超ブラック
兄:ヒイラギナツヒコ
社長の長男。中学時代に引きこもりになり、それ以降
表舞台に出てこない。 姉:ヒイラギハルコ ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の 社長からは弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。
二代目(弟):ヒイラギアキオ ヒイラギ電機専務取締役。
父親の社長からも次期社長と期待されている。
性格も社長に似ており、考えもブラックそのもの。
ただし、この小説では残念ながら出てこない。
ヒイラギ電機株式会社: 従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業
大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。
社長一代で築き上げた会社だが超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「転生して二代目になって、さらにブラックになったの?」
早坂:「また、このパターンだ」
P子:「どういう事?」
早坂:「登場人物が勝手に自己判断して物語を進めていくんだ」
P子:「要するに作者は落としどころを考えてなかったのね」
早坂:「ザクっとした構想はあるんだけど、そうならない...みたいだよ」
P子:「無計画っていう事なんじゃないの?」
早坂:「この手法を、アジャイル執筆とか言ってるみたいだけど...」
P子:「その割に進展が遅いのはなぜ?」