今、話題の人工知能(AI)などで人気のPython。初心者に優しいとか言われていますが、全然優しくない! という事を、つらつら、愚痴っていきます

108.損得勘定と成果主義

»

初回:2020/11/11

1.期待効用理論とプロスペクト理論

P子「まだ続けるの?」(※1

 前回、成果主義のお話をしたところ、コメントに色々と貴重なご意見を頂きました。その中で、成果主義のデメリットってなんだ?みたいな質問があり、自問自答するうちに『なんとなく嫌』というだけの気がしてきました。一番言いたかったのは個人の成果を測定することが出来ない(難しい)のでそれに対応した報酬というのが納得感に欠けるというイメージがあったのですが、それが真のデメリットなのか判らなくなってきました。

 そこで、私の『なんとなく嫌』を、もう少し科学的に解明してみたいと思います。

 《参考資料1》
   https://president.jp/articles/-/40004
   2020/11/04 8:30
   「今すぐ10万円損」と「50%の確率で損しないが、50%の確率で今すぐ20万円損」どちらが賢い選択か
   人が損しそうになるとリスク冒す訳

【問題1】次の二つの「宝くじ」のうち、どちらかを選べと言われたら、どちらを選びますか?
  a|(80%, 100,000円; 20%, 10,000円)
  b|(100%, 80,000円)←bを選んだら「今すぐ80,000円をあげます」という意味です。

 私なら(a)を選びます。だって、期待値を計算すると、0.8×10万円+0.2×1万円=82,000円ですから(b)の期待値(8万円)よりも大きいんです。これは、参考資料1に書かれている通りです。

P子「単に欲張りなだけでしょ」

 ところが、

  aを選ばれた方?
   (約20%が挙手)
  bを選ばれた方?
   (約80%が挙手)

 なんと、8割の方は(b)を選んだそうです。
 これは「リスク回避型」の「選好(preference)」(経済学では選択における好みの問題)だそうです。

 「期待効用理論」というらしく、富裕層がお金が増えてもあまりうれしくない理由とされています。

 ここで、もう一つの質問。

【問題2】
 ①次の二つの「宝くじ」のうち、どちらかを選べと言われたら、どちらを選びますか?
  a| (100%, 100,000円)
  b| (50%, 200,000円; 50%, 0円)
 ②次の二つの「宝くじ」のうち、どちらかを選べと言われたら、どちらを選びますか?
  a| (100%, -100,000円)←aを選んだら「今すぐ100,000円を徴収します」という意味です。
  b| (50%, -200,000円; 50%, 0円)

 私は (b-a) を選びました。
 ①については、(a)10万円確実にもらうのか(b)50%の確率で20万円もらえるのかという事なので期待値は同じです。私はもらえなくてもトントンなら、一か八かで大きい金額がもらえる方がうれしいと思い(b)を選びました。
 ②については、同じ期待値なら最悪の事態(-20万円)を避けたいと思い(a)を選んだだけです。

P子「単に欲張りなのと根性なしなだけでしょ」

 ところが、

 「a-a」の人?(少数が挙手)
 「a-b」の人?(多数が挙手)
 「b-a」の人?(誰も手を挙げない)
 「b-b」の人?(ごく少数が挙手)

 という結果! ガビーン。私の選んだ「b-a」は誰も選ばなかったそうです。

 これは「プロスペクト理論」というそうで、利益の領域では「リスク回避」、損失の領域では「リスク追求」に行動してしまう心理だそうです。

 《参考資料1》では、(以下、後編に続く)とありますので同様に見てみてください。

2.成果主義のABC評価

 先の理論では、利益(もらえる時)は少なくても確実な方がよく、損失(うしなう時)は避ける傾向があるようです。

 例えば、成果主義で優秀な人により多くの差を付けて報酬を支払う場合、一か八かで多いかゼロのシステムより少なくても確実にもらえる方がうれしいという事です。

 逆にボーナスとかはゼロベースからもらえるものではなく、ボーナスとして確保できる金額を皆で取り合うゼロサムゲームみたいなものですから、もらえる人がいるという事はもらえない人がいるという事です。

 例として、10人で、100万円分のボーナス原資があったとしましょう。つまり、何もなければ、一律10万円はもらえる(ベース)としておきます。

 A,B,C評価で、20%のA、20%のC、残りの60%をB評価として、Cはゼロ円、Aは、20万円もらえるとします。

 つまり、先の例でいうと、20%の確率で10万円多くもらえるか、20%の確率でもらえるはずの10万円を失うかという問題になります。
 先の利益の領域での「リスク回避」でいうと、20%で10万円多くもらえるより、40%の人が5万円もらえる方がうれしいという事ですし、20%の確率で10万円を失うより、10%の確率で20万円失う方が我慢できる...いや失うのは嫌という事であれば、どんな確率でもC評価は嫌という事になります。

P子「C評価は嫌だから頑張れってことでしょ」

 それって、脅してるだけでしょ。

 さて、原資が増えない中でA評価の人に差を付けるという事は、10%の人に+20万円(つまり30万円のボーナス)にする(例2)か、C評価の人を増やして原資を割り振る(例3)か、B評価の平均を下げる(例4)しかありません。

方式 A評価 B評価 C評価
例1 +10万円×20% 0×60% ー10万円×20%
例2 +20万円×10% 0×60% ー10万円×20%
例3 +20万円×20% 0×40% ー10万円×40%
例4 +20万円×20% ー5万円×80% -

 判りにくいかもしれませんが、ベースが10万円なので、例4のB評価ではボーナスが5万円支給されるという意味です。また、例えC評価でもベースが10万円なのでー10万円以下にすることはできません。

P子「方法としては、平均給料を減らして、ボーナスの原資を200万円にすればよいのよ」

 新入社員の募集という事はこれからも必要なので初任給は高くしておく必要があります。そうすると平均給与を減らすという事は定期昇給額を抑えるとか、いくつになっても給料が初任給のままにするなどの処置が必要です。まさに成果主義で行いたいことは、こういう事でしょう。

 さて、この方法では、より多くのボーナスをもらったとしても喜びは金額に比例しないし、減らされる方が一円でも嫌なので、競争に参加して貰えないなら、競争に参加しない=つまり適当に仕事をするという方向に流れるのではないかと考えています。

3.成果主義がなぜ実現できるのか?

 一部の優秀な人に高い給料を与える...こんなことが本当に出来るのでしょうか?実は現在社会ではできそうです。

P子「どういう意味?」

 つまり、企業が競争に勝ち抜くために必要な人材は、一部の優秀な人材『だけ』で良くなってきているという事です。日本の教育の目標は出来るだけ多くの人が平均的な仕事ができるレベルに引き上げる事で、質の高い工業製品を均質な品質で提供することが出来る平均的な人材を多数育てることでした。所がコンピュータが発達し世界中で競争が激化してきた今、高品質・大量生産の世界では勝てなくなり、高機能・少量生産でも高品質な製品が作れるようになってきました。

P子「すでに少量生産というより個人ごとのニーズに合った個別生産ね」

 こうなると、一部の優秀な人達による設計と、それなりのどうでもいい人々で会社が回るようになってきました。要するに、低賃金の多くの社員が働く意欲を失ったとしても、一部の優秀な人達だけで十分という事です。

 見方を変えると、一部の優秀な人材にだけ過重労働を強い、経営者がさらなる利益を得る、貧富の差がさらに広がることを意味します。

P子「キャピタリズムハラスメントね」

 そういう事です。

 なので、成果主義の導入で幸せになれるのは一部の経営者だけであり、優秀な人材も多くの低所得者も幸せになる事はありません。

P子「幸せになる基準が、出世やお金儲けじゃない世の中になりつつあるんじゃない」

 案外そうかもしれませんが、低所得だけならいいんですが、そもそも就職すらできない世の中になってしまうと、生活するために嫌な仕事やきつい仕事をすることになり、幸せどころか生きるためだけに働く...みたいになる可能性があります。

 これが『成果主義は不幸の始まり』と感じるゆえんです。

P子「結局、無能な上司に自分が査定されるのが嫌なだけでしょ」

 そんなことは無いようなことは無い感じもしないでも無いかもしれないことも無い気がしないでも無い様なことも無いかもしれません。

P子「いつもより長いわね」

ほな、さいなら

======= <<注釈>>=======

※1 P子「まだ続けるの?」
 P子とは、私があこがれているツンデレPythonの仮想女性の心の声です。

Comment(14)

コメント

M321-2

そもそも逆な気がします。
一部の優秀な人たちが働かない人たちの分を負担するという構造を是正するために成果主義があるのではないでしょうか?
働かない人の給料が減るなら働いている人の負担も減りますよね。


>経営者がさらなる利益を得る
ここが分かりません。
報酬の分配方法を変えただけでなぜ経営者が儲かるのですか?
間が飛躍しているように感じます。

ちゃとらん

M321-2さん、コメントありがとうございます。


> 一部の優秀な人たちが働かない人たちの分を負担するという構造を是正
確かにその通りです。ただし、見る角度によって、色々と見えてくると思います。
例えば、一部の優秀な人たちが文句も言わないならば、給料を増やす必要はありませんよね。で、優秀な人たちの給料を増やせば、普通に働いている人たちの給料が減るという事です。(利益が同じならという前提ですが)それで普通の人たちが文句を言わない(不満を抱かない)なら、それでも良いと思いますが、ほんの少しの差を大きくする事で、本当に競争に勝てるのか?そのあたりも考えていきたいと思います。


> >経営者がさらなる利益を得る
もう一つの見方で言うと、優秀な人にさらに頑張って仕事をしてもらい、その分給料を上乗せすることで、競争に勝てるなら、経営者の利益は増えます。これって、優秀な人にさらに頑張れってことですよね。もし、優秀な人が、今まで通りの仕事で給料だけ増える(先に書かれた是正処置)なら、企業としては今まで通り、いや、普通に働いている人の士気が下がり、利益は減る方向に向かいます。


経営者が利益を増やすための構造が、優秀な人への高額な給与という事なので、優秀な人の仕事量は増えます。逆に普通の人の仕事量は減る(給料が減るから…という意味)から、優秀な人への仕事の負担はさらに増えると想像しました。


> 間が飛躍しているように感じます。
飛躍していると感じて頂けたなら、『アインシュタインの思考のジャンプ』に少しでも近づけたかなとうれしい限りです。

M321-2

返信ありがとうございます。


>普通に働いている人たちの給料が減るという事です。
普通に働いている、というのを今の給料に見合った成果を出している、とするなら給料は減らないのではないでしょうか。
もし給料に合った成果を出していなかったのなら、本文中でいう働いていないに当たると思います。


>競争に勝てるなら、経営者の利益は増えます。
組織としての成果を増やした結果、経営者の利益も増えるということになにか問題があるのでしょうか?


>優秀な人への高額な給与という事なので、優秀な人の仕事量は増えます。
>普通の人の仕事量は減る(給料が減るから
給与の増減と仕事量の増減は違う話ではないでしょうか。
仕事量と給与が比例するのは成果主義ではないですよね。

ちゃとらん

M321-2さん、コメントありがとうございます。


この話も前提がきちんと明記されていないと、水掛け論になってしまいますが、コメント欄では少ないので、簡単に書きます。

・優秀な人に配分を多くするー普通の人(働きの悪い人)の配分を減らす。社員は今まで通りの働きをする → 会社の利益は今まで通り。(これは貢献度に見合った?再配分)
 → 単に再配分するだけなら、普通の人の給与は当然減ります。(減ると語弊があるので増え方が抑制される→結果として数年後にもらえていた金額がもらえなくなるという意味)


・会社が利益を増やすためには、優秀な人が今までより働く必要がある。→ その分給与は増やす。普通の人は今まで通り。(これなら、成果主義というより今まで通り…かな?)


要するに、優秀な人と普通の人に差を付ける事で、社員同士の競争を高めるのが狙いなんじゃないかと思います。

M321-2

前提の提示ありがとうございます。
おかげで前提が大きくずれていることがやっと認識できました。


>・優秀な人に配分を多くするー普通の人(働きの悪い人)の配分を減らす。社員は今まで通りの働きをする → 会社の利益は今まで通り。(これは貢献度に見合った?再配分)
私の中で給料が再分配されるという考え方自体がありませんでした。
あくまでも雇用者と被雇用者のあいだの契約で決まった額が支給されるのであり、他の方法から成果主義的な方法に変わった場合は再分配ではなく単に増減するものだと思っています。
(増減するからこそ導入する意味があるとも思っています)


もしちゃとらんさんの言うような再分配が前提となれば、確かに不幸のもとになると思います。
(総額が決まっていて従業員同士で取り合っているような感じですね)
しかし、それは成果主義とは異なるものだと私は考えてしまいますので、コラムの内容に賛同できなかったのですね。


それとコラムとは関係ないですが、某方のコラムを見たので。
私はちゃとらんさんのコラムのファンのつもりなんですよ、一応。
反対のコメントが多いように見えるかもしれませんが、コメントする内容がそっちに寄ってしまうだけで…。

ちゃとらん

M321-2さん、コメントありがとうございます。


> おかげで前提が大きくずれていることがやっと認識できました。
ありがとうございます。
もちろん、私のイメージしていた前提は、あくまで一例です。
『雇用者と被雇用者のあいだの契約で決まった額が支給』という前提も当然あり得ます。
106.成果主義…で取り上げたプロジェクト公募制なら、上記の前提に近いかもしれません。


成果主義の難しい所は、売上(利益)=成果と考え、それを再配分するみたいに単純にはいかないと思います。ある製品(定価)を10個売れば10万円、100個売れば100万円などとできれば判りやすいのですが、システムを複数人で開発し営業が注文を受ける場合、100万円で受注してきても仕様が難しい場合、利益に結び付かないし、開発メンバーの貢献度をどうやって判定するのかとか、難しいと思います。そのあたりの納得感が出せる人事評価の仕組みがあればよいと思います。


> 私はちゃとらんさんのコラムのファンのつもりなんですよ、一応。
> 反対のコメントが多いように見えるかもしれませんが、コメントする内容がそっちに寄ってしまうだけで…。
気を使っていただき、ありがとうございます。
それに、反対コメント…とは思っていません。フォローコメント?というか、不足している所や判りにくい箇所の指摘で、私自身も考え方の抜けや漏れの再確認になります。


不毛な罵倒だけの言い合いになるのは、ダメですけどね。

M321-2

返信ありがとうございます。


>成果主義の難しい所は、売上(利益)=成果と考え、それを再配分するみたいに単純にはいかないと思います。
そうですね。成果主義の導入は難しいものだと思います。
それでも導入しようとしている組織は、それを越えてでも導入するメリットを見ているのだと思います。


そもそもでいうと会社という組織は根本的に成果主義なところは同意いただけると思います。
しかしそれを労使の関係に導入するのが難しかったから固定給や時間給といった別の手段が使われている、と私は解釈しています。
しかしそれでは本質的にシンプルでない=会社としての活動と労使の活動が異なる評価軸で動いている、という複雑さが様々な問題を生んでいると思っています。


なので(難しくても)成果主義を導入しようという話があるのはそういう面を是正したいという思いもあると考えています。
(労使間の評価が難しくなっても、本質的な構造をシンプルにしたい、という感じでしょうか)


なんにしても実際に成果主義を導入しようとしている人にとっては「成果主義が難しい」と言われても「分かってるよ!」となるのではないかと。
そういう懸念が自分の中でずっとあるように思います(多分今回のコメントの欲求はそんな感じです)。

ちゃとらん

M321-2さん、コメントありがとうございます。


> 「成果主義が難しい」と言われても「分かってるよ!」となるのではないかと。
例えば、富士通さんなんか、いち早く成果主義を取り入れて、失敗しています。
かといって、年功序列が良いとも思っていません。


目指しているところが『働かなくても食っていける世の中』なので、大多数の方々とゴールが違うので手段(成果主義とか能力給とか)も違うと思っています。


なので、論点として『働かなくても食っていける世の中』に賛成か反対かから入って、賛成なら(現時点では不可能としても)どういう手段が考えられ、どういう方向に向かう事に抵抗勢力となるか・・・反対なら、どういう世の中(目指すべき未来)が良いのか、から議論を進めればよいかと思います。


> そういう懸念が自分の中でずっとあるように思います(多分今回のコメントの欲求はそんな感じです)。
多数の意見・・・というかほとんどすべての人が持つ正常な感覚だと思います。
だからこそ、その感覚に逆らう必要性を感じている…という感じでしょうね。

M321-2

何度も付き合っていただきありがとうございます。


>目指しているところが『働かなくても食っていける世の中』なので、
ここは賛成したいところです。
犯罪やブラックなことが横行するのも、働かなければ生活できない、という事実が悪用されているのも大きいと思っていますので。
以前のベーシックインカムと繋がる話ですね。


個人的にはこれと成果主義はむしろ相性がいいと感じていて、成果主義により成果が出せない場所で働く意味をなくすことで、皆が適所を目指す動機になるのではと思っています。
(動機と対になるサポートがベーシックインカムのような保障ということです)
なので働かなくても食っていける世の中には成果主義が必要だと感じている次第です。

ちゃとらん

M321-2さん、コメントありがとうございます。


> 個人的にはこれと成果主義はむしろ相性がいいと感じていて、
> 成果主義により成果が出せない場所で働く意味をなくすことで、
> 皆が適所を目指す動機になるのではと思っています。
なるほど、さらに先の世界観ですね。


ベーシックインカム的な補償がベースにあり、自分の特性に応じた場所で、より自由に働くという感じでしょうか。

そのあたりも含めて、さらに練っていきたいと思います。

勝ち逃げ先生

>ガビーン。私の選んだ「b-a」は誰も選ばなかったそうです。
本題と話それますが、「b-a」タイプのちゃとらんさんは投資家(株投資)向きですよ。
ぼくも含め多くの人は「a-b」タイプです。はじめは利益が出たらちょこちょこ確定し、損失が出たらいつか戻すことを信じて半永久的に放置。そして塩漬けでフィニッシュです。個人投資家の殆どはこのパターンです。その真逆が出来るタイプならばほぼ確実に勝てます。なぜならば、ぼくがほぼ確実に負けてるからです。頭では分かってますがどうしても「b-a」が出来ないのです。というわけで、ぼくは投資の世界から引退してますが、ぜひ少しずつ投資の世界にチャレンジしてみてはいかがでしょうか?割と本気で進言しています。「b-a」タイプってほんと凄い才能ですよ。

ちゃとらん

勝ち逃げ先生さん、コメントありがとうございます。


> 本題と話それますが・・・
引用元の記事は投資の話なので、それてるのは私の本文の方です(笑)


そういっていただけると非常にうれしいのですが、『邪魔くさがり』なので、利益が出ようと損失が出ようと最初に買ったままにしておくような気がします。(見もしない)


でも、儲けるとかそういう事以外に、市場の動向に敏感になるとか良い面もあると聞いていますのでやってみたいとは思っています。


アドバイス、ありがとうございました。

匿名

>・優秀な人に配分を多くするー普通の人(働きの悪い人)の配分を減らす。社員は今まで通りの働きをする 
つまり、優秀な人の足を引っ張れば、普通の人(働きの普通の人)の配分が減らずに済みます?
普通の社員は今まで通りの働きをする。
 

ちゃとらん

匿名さん、コメントありがとうございます。


> 優秀な人の足を引っ張れば、普通の人(働きの普通の人)の配分が減らずに済みます?
そうなんですよね。


ここでの例として、全体の資源(配分できるお金という意味)が固定の場合、別の努力(足の引っ張り合い)が起こる可能性があります。この場合、優秀な人同士でもあり得ることです。


相互作用なしで、成果に応じて給与が決まるなら、自分で頑張ればよいのですが、どうしても相対評価になると、足の引っ張り合いという安易な方向に流れる可能性は避けて通れないと思います。


コメントを投稿する