P29.人事一課監察係(4) [小説:CIA京都支店]
初回:2020/01/08
CiA京都支店に人事一課監察係の大河内という人物が現れて、城島丈太郎にP子の調査を依頼してきた。P子はデバイス開発室の室長(正確には、佐倉課長)と共に独自に調査に乗り出し、丈太郎もまた浅倉南と共に独自調査に乗り出した。
9.『大衆食堂』
浅倉南が指定した『大衆食堂』に城島丈太郎が到着すると、すでに浅倉南と山村紅葉(クレハ)が来ていた。
「遅くなってすみません。佐倉課長にも同席して頂こうと思いまして...」
二人が周りを見渡したが、そこには丈太郎しかいなかった。丈太郎はリュックから小さな箱を取り出してテーブルの真ん中に置いた。
『こんばんは。CiA京都で、彼の上司をしています"佐倉ななみ"と申します』
「ああ。そういうことですね」
二人は納得した。Mi7にも"七海さくら"が居たので"佐倉ななみ"の存在は知っていたが、『入れ物』は不特定なので"佐倉課長"と言われてもすぐには理解できなかった。
「お忙しい中、ありがとうございます。今日は川伊先輩を探しているんですが、何か情報をお持ちかと」
丈太郎は浅倉南に話しながら、ちらっとクレハの方を見た。クレハもそれに気づいたようだった。
「今日は南先輩に声をかけて頂いて...なんか、丈太郎さんがご馳走してくださるとか...」
「え、あい、いや、その...ま、まあいいか」
「嘘ですよ」
浅倉南が微笑みながらフォローした。(「こら、ダメでしょ」)と南に叱られて、クレハはペロッと舌を出した。
『今日は私がご馳走しますよ』
突然の佐倉課長の申し出に、二人、いや丈太郎も含めた三人が驚いた。
『お給料の使い道といっても、高級なレンタルサーバーくらいですから』
「今のお住まいは賃貸(レンタルサーバー)なんですか?」
『一戸建て(オンプレミス)は、メンテナンスとかが大変なんで』
三人は、それぞれ好きな料理を注文した。
「さて、これからどうするの?」
浅倉南が丈太郎に問いかけた。そもそも今回の件では、クレハは別にして丈太郎だけ部外者だった。P子も室長も当事者の様だったし、浅倉南も何らかの繋がりがあるようだった。佐倉課長は過去の資料などを手当たり次第に分析して情報収集しているが、肝心の事は何も教えてくれなかった。スパイが他人の情報を利用はしても信用はしない。丈太郎としても独自調査を続ける必要があった。
「まずは、川伊先輩を探すのが先決だと考えています」
実際、丈太郎に課せられた表の任務はP子の監視だった。
「そんなの、佐倉課長に聞いちゃえばいいのに...」
クレハが、たっぷりチャーシュー麺を食べながら、そう言った。
『うふふ』
「教えてくれないんです」
「嫌われてるんですか?何か気に障る事でも言ったんじゃないんですか?」
クレハが面白そうに言った。
「クレハちゃんって、そういう所が意地悪ね」
クレハはチャーシューを食べたところだったので、いつものようにペロッと舌を出さなかったが、キュートな笑みを浮かべていた。
『川伊さんは独自調査しているから、城島さんが割り込むと邪魔になるでしょ』
「そんなことはありませんよ」
丈太郎は、佐倉課長がそのように考えている...いや分析したという事が少し悲しかった。
「そんな事より...独自調査を邪魔しませんから、川伊先輩の居場所を教えてくださいよ」
『泣き落とし? スパイなら自分の実力で探し出せば?』
「普通は、優秀な情報収集の担当者がいて情報を送ってくれるもんでしょう」
『京都支店に、そんなリソースはないのよ』
「でも、その役割を担っているのが佐倉課長じゃないんですか?」
『そうね。だからこそ適切に情報を必要な人に必要なタイミングで提供しているつもりよ』
「それは、今は僕には教えられない...ってことですか?」
『まあ、それも一つの考え方ね』
佐倉課長と丈太郎が言い争っている間、浅倉南とクレハはおいしそうに料理を食べていた。
10.裏任務
「もう、終わりました?」
クレハが二人の会話がひと段落した頃合いを見計らって、声をかけた。
「肝心の川伊さんの居場所が判らないんだったら、今日は解散します?」
丈太郎は考えた。今日はP子先輩の情報もそうだが、浅倉南から3年前の事件について少しでも情報を聞き出しておこうという思惑もあったので、そちらを進めることにした。
「そうですね。浅倉さんに折角来ていただいたんですから、お話だけでもお聞かせいただけないでしょうか?」
「私が知っている範囲でいうと、当時のCiA京都支店のSES課長と、ある社員が揉めたってことだけね」
当然、浅倉南も部外者だったので詳しくは知らなかった。
『過去の事は話してもいいわよ』
佐倉課長の意図は良く判らなかったが、丈太郎はとりあえず聞いてみることにした。
『簡単に言うと、そのSES課長が、ある派遣SEと些細な事でもめて、派遣先から別の派遣先に振り替えたの。元の派遣先には、早坂さんという人物が急遽行かされてね。そこの顧客も環境も全然だめで、やっぱり早坂さんも課長に言ったんだけど全然聞いてくれなくって。早坂さんは当時の支店長代理...実は今の支店長に直談判してすったもんだの末に、SES課長は別の支店に異動になり、当時課長代理だった川島課長代理が課長に昇格したの』
「最初に派遣されていたSEはどうなったんですか?」
『精神に支障をきたして長期療養中...と言う事になってるけど、紛争地域にスパイ任務で派遣されてるの。まあ、そっちの方がきついんだけどね』
「早坂さんはスパイじゃないですよね」
『だから、詳細は知らされていないけど、早坂さんは同僚が長期療養を余儀なくされた原因がSES課長にあると思ってるでしょうし、その課長は、自分が他所に飛ばされたのが、早坂さんのせいだとも思ってるかもね』
「でも、実際に移動を決めたのは...今の支店長さんなんでしょ」
クレハが横から話に入ってきた。興味津々と言う感じで、大きな瞳がキラキラと輝いているように見えた。
『支店長は本店(日本法人本社)に報告しただけで、移動を決めたのは本店の人たちよ』
「佐倉課長。こんな話、外部に漏らしても大丈夫なんですか?」
丈太郎としては、浅倉南達には、P子先輩の居場所を聞き出す程度だと考えていたのだった。
『紛争地域の任務って言うのが Mi7との合同任務だったから、浅倉さんも噂には聞いたことがあると思うの』
「ああ、潜入工作がまだ続いてるって言うやつね。でも詳しくは知らないの」
『ここからがややこしいんだけど、当時のSES課長が今の人事一課の課長で、この前来た大河内監察官の直属の上司になるの。クレハさんが言うように、何かあるとすれば早坂さんじゃなく今の支店長さんを狙ってると思うの』
「でも、大河内監察官は単なる上司の命令で来ただけなんだから、そんなに思惑通りいくんですか?」
『どうも、しっくりこないのがそこね。だから、川伊さんが消えたんじゃない?』
「デザート何にします?」
クレハが再び話に割り込んで来た。と言ってもこの『大衆食堂』におしゃれなスイーツがあるとも思えなかった。
≪つづく≫