P27.人事一課監察係(2) [小説:CIA京都支店]
初回:2019/12/11
CiA京都支店に人事一課監察係の大河内という人物が現れた。城島丈太郎は白井産業の一件で何の成果もなかった上に、山村紅葉(クレハ)と何らかの繋がりがあるのではないかと言う疑念を持たれて調査対象にされたかと思ったが、調査対象は川伊先輩(P子)であり、その調査を丈太郎が依頼されたのだった。
4.行方不明
翌日、CiA京都支店長に呼ばれていた城島丈太郎は、来客用会議室に来た。すでに支店長が来ていた...というか、支店長室というものが無かったため、支店長が出社して、最初に来る場所でもあった。
電話中だった支店長が電話を切ると、丈太郎に向かってお願いしてきた。
「すまないが、デバイス開発室の室長を探してきてくれんかね。今、電話してみたんだが部屋にはいないんだよ」
「判りました」
丈太郎は、とりあえずデバイス開発室に顔を出して、予定表など行先の分かるものがないかどうか探した。ミスター"Q"は室長とはいうものの秘書も課員もいなかった。
「やはりいない...か?」
丈太郎は、デバイス開発室で「課長、佐倉課長、居られますか?」と叫んだ。
『居るわよ。いつでも...』
「あの、室長を探してるんですが、ご存知でしょうか?」
『さあ、知らないわね』
「知らないハズ無いと思うんですけど」
『うふふ』
AI課長である『佐倉ななみ』の本体はクラウドにあるが、インターフェースとしてラズベリーパイやパソコンにアクセス可能だった。なので、室長ともこの部屋で将棋を指したりしていたのだった。その佐倉課長が『知らない』と嘘をつく理由は、室長と口裏合わせをしているとしか思えなかった。と言う事はこれ以上何も聞き出せないだろう、と丈太郎は思った。
一通りシステム開発部などフロアを探して回ったが、どこにも室長の姿は見当たらなかった。来客用会議室に戻った丈太郎は、京都支店長に報告した。
「室長ですが、どこにも居られません。というか本日はまだ出社されていないようです」
「そうか...」
「実は、昨日ここに呼ばれた後、デバイス開発室に顔を出したんですが、すでに室長は居られませんでした。どうもそれ以降戻っておられない様で...」
「ん~2人そろってから説明しようと思ってたんだがな」
京都支店長は渋々説明を始めた。
「昨日の件だが、監察係が直接乗り込んでくるという事は、本当にこの支店内にスパイがいるかもしれんな」
「私じゃないですよ」
丈太郎は、すぐに否定した。
「誰も君を疑ったりしてないよ。スパイの本拠地でスパイ活動するなんて、一流のスパイでないと出来ないからね」
「...?」
「気にしないでいいよ」
「じゃあ...まさか、デバイス開発室の室長...じゃないですよ...ね」
「ないことは無い...事もない...かも知れない...ような気がしないでも無い...かも...知れない...事もない...」
「何言ってるんですか?」
「室長はだいぶ古株だからね。今さら二重スパイするメリットがないからね」
「じゃあ...佐倉課長じゃないですか。あの人、どこにでも出入りできますから」
『私を疑うの?』
「ほれ、どこにでもいるし」
「まあ、動機がないからね。彼女はお金には困ってないから」
『やっぱり、支店長さんは良く判っておられるわね』
「じゃあ...ほんとにP子先輩だったりして」
「そうかも知れない...と言いたいところだが、大河内監察官がP子ちゃんを名指しで来たという事は、すでに調査したが何も出なかったんだろう。監察官を余程上手く騙したのか、それとも無罪か...」
「案外、京都支店長だったりして...ハハハ」
「...丈太郎君。君、いい根性してるね」
『支店長さん。パワハラ通り越して恐喝ですよ』
「まあ良いよ。所で本題だが、丈太郎君はP子ちゃんを尾行するふりをして二人で独自調査して欲しいんだ。本当は室長にも手伝ってもらおうと思ってたんだが、すでに調査開始してるようだから、ま、いっか」
「そうなんですか?」
「そうなんだろ、佐倉課長」
『さあ、ね』
佐倉課長は楽しそうな声で答えた。ポシェットに組み込まれていた頃のスピーカーより性能が良かったのか、機械的な音声ではなかった。
5.独自調査
≪話を昨日に戻すと...≫
大河内監察官が京都支店長と二人で来客用会議室に入るのを見たミスター"Q"は、3年ほど前の事件を思い返していた。丈太郎が京都支店長に呼ばれて来客用会議室に消えていった後、デバイス開発室に戻って、出かける準備を始めた。
『あら、室長さん、お出かけするの?』
「おう、佐倉君。留守番を頼むよ...といっても居る訳でもないか」
『別に泥棒に入られる事もないでしょうから、いってらっしゃい』
ミスター"Q"は、ウエストポーチに財布、定期券、スマホ、携帯バッテリー、ラズパイ等を詰め込んで部屋を出た。
『ねえ、私も連れってくれる?』
携帯バッテリーに繋がれたラズパイから、佐倉課長が機械的な音声で問いかけた。
「好きにしなさい。君はいくらでも分身を作れるから、留守番しながらお出かけもできるじゃろ」
『ありがと。でも電池残量が残り少ないわよ。スマホに移動してもいい?』
「いや、それはさすがに困るよ」
ミスター"Q"は、歩きながら地下鉄の駅に向かおうとしていた。ちょうどその時スマホが鳴った。支店長からの呼び出しの電話だった。
「おや、支店長どうされました。...大河内監察官の件ですか?...今、ちょっと行けません。...今すぐって無理です。...忙しいので切りますよ...明日なら...判りました。では」
『室長さん、怒ってなかった?』
「別に大丈夫だよ。そもそも今さら慌てても仕方なかろう」
『でも、室長さん、慌ててたじゃない?』
「今回の件、P子ちゃんも巻き込まれてるだろ。ほっとけないじゃろ」
『丈太郎君も巻き込まれてるわよ』
「自分で何とかするじゃろ」
『...いや、どちらかと言うと、丈太郎君の方が危ないんじゃない?』
室長は、本気で心配している様子だったので、佐倉課長も協力することにした。
『室長。今、デバイス開発室に丈太郎君が来ましたよ』
「まあ、ほっときゃいいさ。どうせ、明日朝も支店長に呼ばれとるから、迎えに来るじゃろ」
ミスター"Q"の予感は的中することになった。
ミスター"Q"は、P子の派遣先である黒井工業を訪ねることにした。と言っても仕事中に呼び出すわけにもいかず、とりあえずメールで連絡だけ付けて昼休みに近くの『大衆食堂』で待ち合わせることにした。
入り口近くが空いていたのでとりあえずビールだけ注文した。
『室長、昼間っからビールですか?』
佐倉課長が問いかけた。
「まあ、早退したからいいじゃろ。それより気になる...」
『何が?』
「これ、ラーメンセットが700円で、好きなラーメンと飯類を選べるんじゃが、一番高い天津炒飯が680円って、20円でラーメンが付くんじゃ」
『よくある半チャーハンとかミニラーメンとかじゃないの?』
「それが、他のお客さんに運んでるの見たんじゃが、フルボリューム...どころか結構なボリュームだったんじゃ」
ちょうど、そこにP子が現れた。入り口近くだったのでお互いにすぐに見つけることが出来た。
「室長、どうされたんですか?メールでは詳しくは会ってからってだけで...」
「まあ、いいじゃないか。とりあえず何か注文しよう。今日はおごるよ」
「ありがとうございます。...この野菜炒めチャーハンにしよっかな」
「ちょっとそこの店員さん。野菜炒めチャーハンとたっぷりチャーシュー麺ください。ラーメンセットで...」
『室長さん。たっぷりチャーシュー麺ってたしか640円じゃなかったかしら。』
「60円でもおごりと言えばおごりじゃ」
P子もメニューを見ながら二人の会話を理解した。
「でも、セットを二人でシェアするのって、マナー違反じゃない?」
「いいっすよ。うちは学生さんも多いんで量が結構あるんっすよ」
オーダーを取っていた若い店員さんが、元気よく答えた。
「でも、悪いから、ポテトサラダも追加でお願いします」
「じゃ、ワシもビールもう一杯もらおうかの」
「かしこまりました。ではご注文を繰り返します...」
P子はまだ事の重大性を知らなかった。
≪つづく≫