P22.黒と白(5) [小説:CIA京都支店]
初回:2019/09/25
黒井工業の社長と、白井産業の社長が裏取引してるという情報を元に、P子と城島丈太郎、そして浅倉南と山村紅葉(クレハ)が動き出した。たまたま白井産業に訪問中のP子と城島丈太郎の後を尾行する車を発見したクレハは、その車を追跡することにした。そのため、丈太郎ばかりかクレハまで、白井産業への潜入を失敗したのだった。
11.尾行の尾行
白井産業を後にしたP子と城島丈太郎の乗った赤い車を追うように、不審な白い車が発進したのを見たクレハは、その車を追跡することにした。浅倉南は今日の『顔合わせ』のドタキャンの理由を考えていた。といっても約束の時間まで、10分となかったので「釣りバカ日誌」のハマちゃんよろしく、家族や親戚の葬式や危篤というのも使えない。時代劇なら「持病の癪(しゃく)が...」というセリフを現代的に「急な腹痛で」ということにして、とりあえず本日はキャンセルして頂けた。
「南先輩。あの白い車、尾行が下手ですね」
クレハが前方を向いたまま、浅倉南に話しかけた。
確かに、ちょっと距離を離しすぎだった。車で尾行する場合、街中では車間距離をある程度詰める必要がある。何度か他の車に間に入られては強引に追い抜いたり、赤信号で無理な突っ込みを行ったり(「あれじゃ川伊さんにバレバレじゃない」)と浅倉南は思った。
「そこ、右車線に寄っておいて」
浅倉南がクレハに指示した。
「南先輩。2人の行先を知ってるんですか?」
クレハがちらっと浅倉南の方を見て問いかけた。浅倉南がほんの少し微笑んでいるように見えた。
「このコースだと、黒井工業様に向かってると思うわ」
浅倉南が答えたので、クレハは前方を向いたまま軽くうなずいた。行先が分れば尾行と言っても無理をする必要はない。P子達の乗った赤い車と1台空けて白い車が信号待ちで止まっていた。クレハ達の車はその右斜め後ろに位置していた。黒井工業はこのまま直進で2,3キロ先にあったが、幹線道路の右側にあったので手前の信号を右折して裏門から入る方が入りやすい位置にあった。
赤い車と白い車が予定通り裏道に入っていった。そのうちに、P子と城島丈太郎の乗った赤い車は黒井工業の敷地内に吸い込まれるように消えていった。白い車は一旦敷地の入り口を通り越して少しだけ離れたところに停車した。クレハは、そのまま白い車を通り越して走り去った。
「南先輩。あの白い車、どうしましょう?」
「さっきも言ったけど、今回の作戦の指揮権はすべてあなたに渡したわよ」
クレハは(「そうでした」)と言いつつ舌をペロッと出してキュートにほほ笑んだ。そして少し先でUターンして戻ってきたかと思うと、停車している白い車の横にピッタリ幅寄せして窓を開けた。そして、白い車の運転席側の窓をコンコンと叩いた。
「あの、すみません。近くにガソリンスタンドって有りますか?」
クレハが笑顔で聞いてきたので、最初怪訝な表情だった白い車の運転者は窓を開けた。
「すみません。余りこの辺りに詳しくないので...。あの、そのナビで検索してみては如何ですか?」
そういって白い車の運転者は、クレハの車についているカーナビに視線を移した。
「そうですよね、でも上手く検索できなくって、北海道のスタンドが出てきたりして...」
クレハは、はにかんだ笑顔で答えた。少しだけ恥ずかしそうなその表情で、白い車の運転者は一気に和んだ表情に変わった。
白い車の運転者は(「ちょっと待ってね」)といって、自分の車のナビを操作しだした。
「その先でUターンして、今来た道を戻って、次の信号を左に曲がって少し行くと幹線道路にでるので、左に曲がってまた少し行くと左手にガソリンスタンドがありますよ。イメージ的には、この会社の反対側くらいですね」
「ありがとうございました」
クレハがキュートな笑顔で軽く手を振りながらお辞儀した。そしてUターンして戻り際も手を振っていた。浅倉南は深々と頭を下げる風を装って、白い車の運転者と顔を合わさないようにしていた。
交差点を左折して、白い車から見えない位置でクレハは車を止めた。
「ちょっと、ガソリンスタンド探してるって声かける? しかも北海道のスタンドって、何?」
浅倉南が少し吹き出しそうになりながらクレハに問いかけた。
「顔も見たかったし、車の中も覗いてみたかったから...」
実際、クレハは会話の最中、運転者や社内の様子を動画撮影していた。その動画から運転者の顔写真を取り出して、本部のサーバーに接続して顔認識にかけた。ネットワークの問題なのか検索範囲が広いためか、すぐには結果が出なかった。
「あの運転者は初めから城島さんを尾行するつもりだったみたいですよ」
白い車の助手席の映像を見ながらクレハは浅倉南に説明を始めた。そこには、クリアファイルに入れられた城島丈太郎の調査報告書が挟まれていた。SES契約では、労働者の決定を自ら行うことが禁じられている為、事前面談や職務経歴書の提出は違法と判断される可能性があったので、あの調査報告書は独自に調査したものだろう。
「でも、事前に調査しているくらいだから、誰か判ってる人を、なぜ尾行しなければいけなかったのかしら」
浅倉南が疑問を呈した。
「顔認識も、引っ掛からなかったみたいです」
クレハはそういうと、自分のスマホを取り出して簡単に操作して浅倉南に画面を見せた。そこには地図情報に赤い丸が表示されていた。その赤い丸は、先ほどの白い車が止まっている位置を示していた。
「さっき、窓をコンコンしたとき、シール型のGPS発信機を取り付けたんですぅ」
クレハが茶目っ気たっぷりにほほ笑んだので、浅倉南は(「北海道って」)といって再び笑い出した。
12.新たな作戦
黒井工業の新田技術部長との話し合いが終わり、帰り道でP子は城島丈太郎に話しかけた。
「今晩、白井産業様に直接侵入してみましょうか?」
P子の提案に丈太郎は少し戸惑った。しかしこんな面白い事を断る理由はどこにもなかった。戸惑った理由は、ついさっきまで、持ち帰って考えると言っていたのに、方針転換した事だった。何か変化があったかと言うと、車に乗り込む前にメールをチェックしていただけだった。
「一旦、支店に戻って必要な道具を室長からもらってちょうだい」
室長と言うのは、デバイス開発室室長のミスター"Q"の事だった。
「一応言っておくと、一人で行ってね」
侵入工作は複数人で構成されたチームで行うことが通常だった。直接侵入する者とフォローする者、それに待機して情報提供する者などが必要だった。もちろん例外もあったが、今回の侵入はそれほどセキュリティレベルも高くない場所だったので、一人で十分と判断されたのだろう、と丈太郎は思った。
丈太郎にとっては、潜入の実践は初めてだったが、訓練は受けていたので心配はしていなかった。
「で、何を探すんですか?」
「白井産業の白井社長の悪事の証拠よ」
P子は、笑顔で物々しい言い方をした。
≪つづく≫