ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

イノウーの憂鬱 (45) ゲームの達人

»

 初めて入った社長室のイメージは、ドラマや映画で目にするようなエグゼクティブ系のオフィスと、それほどかけ離れてはいなかった。以前にお邪魔した大竹専務の役員室より、少し広めのスペースで、重厚感のある色合いのデスクと来客用のソファセットが置かれている。どちらも使用感がなく、モデルハウスかショールームに置かれた実用性に乏しい家具のように見えた。社長はほとんど会社に顔を出すことがないので、この部屋が使用される頻度もそれほど多くはないということだ。ただ、窓ガラスやカーペットなどの状態を見る限り、主がいないからといって放置されているわけではなく、定期的に清掃等が行われているらしい。部屋の隅に置かれた観葉植物は手入れがされているようだし、キャビネットに並んだ経済誌も最新号が並んでいる。設置された空気清浄機のフィルター交換ランプが点滅しているようなこともない。聞いた話によれば、3 人の役員たちも同等の部屋を持っているとのことだ。きっとそちらも一定の状態に保つための維持費が計上されているのだろう。無駄なコストにも思えるが、ビジネスでは時として実より名の方が重要となることもある。
 「忙しいところすまないね」牧野社長は穏やかな声で言った。「どうぞ座ってください」
 ぼくとマリは勧められるまま、ソファに座った。あまり居心地がいい場所ではない。慣れないスーツを着ているせいもあるが、ソファが柔らかすぎるのだ。ぼくはともすればリクライニングがちになりそうな体勢を、何とか前のめりに固定するよう努力しなければならなかった。社長の前でふんぞり返るわけにはいかない。パンツスーツに身を包んだマリも、同じ努力を強いられているようだったが、普段からバランスボールの上で仕事をしているためか、ぼくよりも安定感がある。
 そんなぼくたちの隠れた苦労を知ってか知らずか、牧野社長は内線電話でコーヒーを持ってくるように言うと、ぼくたちの正面に腰を下ろした。
 この人がマーズの代表取締役社長か。入社時に挨拶する機会もなかったし、コーポレートサイトにも画像などが掲載されていないので、初めてご尊顔を拝したことになる。あまりジロジロ見るのは失礼だろうが、どうしても興味の方が上回ってしまう。60台前半ぐらい、中肉中背でこれといって特徴がある顔ではない。髪は大半が白い。口元はもちろんマスクで隠されているが、露出している目元で判断する限りは、人生の荒波を乗り越えてきた自信と満足感を持ち、リタイア後の人生設計にも不安を持っていない、裕福な初老の男性という印象だ。
 コーポレートサイトに短く記載された社の沿革によれば、牧野社長のプロフィールは、そのまま以前のマーズネットの歴史と重なっている。2001 年、マキノ・ネットワークサービス株式会社として、ネットワーク機器の販売と保守サービスを行う会社を設立。設立当初の社員は牧野社長を含めて4 人。2003 年、事業の主軸をハードウェアからソフトウェアに移し、社名をマーズネットに変更。ネットワーク機器の新規販売は停止したが、現在の通信事業部ネットワーク業務課によって、保守だけは細々と続いている。
 社名変更当初は、受託開発が主業務だったが、やがてネットワーク機器販売時代のツテを中心に仲介業務に乗り出す。時代のニーズにうまくマッチしたのか、すぐにそちらが急成長し会社の屋台骨事業となった。その後、大竹専務の話にあったように、リーマンショック後の大波に足をすくわれるように、開発業務からは撤退することになる。
 社内の事情に詳しい木名瀬さんなどからの話を総合すると、4 人の経営陣は開発業務の再開を、今でも望んでいるらしい。エースシステムとの事業統合で、システム開発室の発足を唯一の条件としてあげたことからもそれは確かに思える。だが、その理由ははっきりしない。開発業務で大きな利益が上がっていた、というわけでもないようだ。
 コーヒーが届けられるまで、牧野社長は穏やかな声で、システム開発室の仕事についてあたりさわりのない感想や質問を口にしていた。最初、ぼくとマリは緊張していたが、返答に困るような質問は一つもなかったので、次第にリラックスして言葉が出せるようになってきた。ただ、牧野社長の技術的な知見がどのあたりにあるのかが不明なので、プログラミングレベルの話をしていいのかどうかには迷った。何度かJava やPython の話題を出してみたが、牧野社長は頷くだけで、礼儀以上の関心を示そうとしなかった。
 総務の女性社員によって、来客用のカップに注がれたコーヒーが供されると、牧野社長は自分で選定した、というコーヒー豆の銘柄について解説してくれたが、ぼくにはちんぷんかんぷんだった。マリはわかったような顔で頷いていたが、その目には退屈そうな色が浮かんでいた。
 社長が女性社員に、久しぶりだね、などと声をかけている間、ぼくは一体何の話があるのかを予測しようとしてみたが、候補として上がってくるのは、大竹専務が進めるジョイントベンチャー構想のことしかなかった。
 女性社員が退出すると、牧野社長は香りを楽しむようにコーヒーを味わい、ぼくたちにも勧めてくれてから話題を変えた。それはこの規模の会社の代表者が口から出るには、少し意外な話だった。
 「イノウーくん、君はゲームをよくやるそうですね」
 「ゲームですか」ぼくは思わず訊き返した。「よくやる、というほどではないです。多少、隙間時間なんかにやるというぐらいですが」
 「私も昔はよくやったんですよ」牧野社長は優しく遠い目をした。「よくやったなどというものではなく、学生の頃は、それこそゲーム漬けでしたね」
 「そうなんですか。どんなゲームをやられたんですか」
 そう訊くと、牧野社長は目を輝かせて、いくつかのゲームの名前を次々に口にした。「ウルティマ」「ウィザードリィ」「レリクス」「ザナドゥ」「太陽の神殿」「夢幻の心臓」「イース」「プリンセスメーカー」など。あいにくぼくが知っているものはほとんどなかった。かろうじて「大戦略」「信長の野望」あたりを耳にしたことがある、というぐらいだ。もちろんプレイしたことはない。いわゆるレトロゲームの類いだろう。
 「当時はファミコンも出ていたので」社長はぼくたちの戸惑いなど意にも介さず続けた。「友人の多くは、そちらに流れていきましたが、私はPC ゲームに夢中でした。今のようにPC が高性能ではないので、色数も音も限定されていたんですが、それでも次々に手に入れては寝るのも忘れてやりこんだものです。違法コピー版を安く買ったり、知り合いにコピーしてもらったりしてね。あまり大きな声では言えませんが」
 ぼくたちは軽く笑った。この2020 年代に、一企業の社長がそんなことをSNS で呟きでもすれば、たちまち炎上するだろう。
 「そういうのって」マリが興味の色を浮かべて訊いた。「どうやって仲間を見つけるんですか? 今みたいにスマホがあったわけではないんですよね」
 「もちろんです。当時の主な連絡手段はパソコン通信でした。知っていますか?」
 マリは首を横に振ったが、ぼくは小さく頷いた。
 「モデムと電話でやる通信ですね」
 「そう、それです。当時は、それだけでも世界と繋がった気がしていたものです。パソコン通信のサービスはいくつかあって、ニフティなんかの大手には、ゲーム専用のフォーラムがあったりしてね。攻略方法をやり取りしたりとか。あとパソコン通信を通して対戦したりね」
 一方的に聞いているだけなのもよくないので、ぼくは記憶の中からいくつかの単語を拾い上げて発言した。
 「確か、DOOM というのも対戦できたんですよね」
 牧野社長は嬉しそうに頷いた。
 「そうです。たぶんネットワーク対戦型のゲームとしては、DOOM が最初だったのではないかと思いますね。スタンドアロンでやっても面白いゲームでしたが。あれも徹夜したゲームの一つです。やったことはありますか?」
 「いえ、残念ながら」ぼくは、いつになったら本題に入るのだろう、と思いながら答えた。「FPS の原型みたいなゲーム、ということを聞いたことがあるぐらいです」
 「FPS って何でしたっけ」
 マリがぼくに小声で訊いたが、答えたのは牧野社長だった。
 「ファーストパーソン・シューティングです。一人視点のゲームのことですね」
 「ありがとうございます」マリは慌てて頭を下げた。「本当にゲームが好きだったんですね。今ならプロゲーマーで稼げたんじゃないですか」
 社長は頷き、そういう時代だったら良かったんですがね、と笑った。
 「今はゲーマーという人種も立派な職業として認知されていますが、当時はあくまでも趣味、それもあまり良くない方の趣味としてしか思われていませんでした。いい年した大人が、いつまでガキの遊びに夢中になってるんだ、と白い目で見られたものです。アニメに熱中する成人男性が、よく思われていなかったようにね」
 「社長も何か言われたんですか」
 「大学のときは同級生などにバカにされたものです。バブル期では、現実世界に楽しいことがたくさんあったので、あんな狭い画面の中だけで動いて何が楽しいんだ、ゲームをクリアしても金になるわけでもないし、連続技、今だとコンボというんですかね、それを憶えても履歴書に書けるわけでもない、ということですね。趣味にスキー、サーフィンと書くのはいいが、ゲームと書くのは恥ずかしいという認識です」
 「なるほど......他人に理解されない趣味というのは大変ですね」
 「そのとおりです。私はそれが我慢できなくてね。それならいっそ作る側に回ってやろうと考えたんですよ」
 「ゲームを、ということですか」
 「そうです。実際に大学4 年のときに、バイトで貯めたお金と、親から借金して、ゲーム制作会社を立ち上げました」
 ぼくとマリは思わず驚きの声を上げた。
 「私はプログラミングができなかったのですが、ゲーム仲間でN88-BASIC ができる男を誘い入れました。私がRPG の企画を作り、彼がプログラミングする、という体制で。グラフィックは知り合いに描いてもらった絵を、学校にあったZ's STAFF だったかな、グラフィックソフトで描き写して。テストはやはりゲーム仲間に頼みました」
 「二人でゲームを作ったんですか」ぼくは感心して訊いた。「どれぐらいかかったんでしょうか」
 「一カ月から二カ月というところです」
 「それで商売になったんですか」
 「さっきも言ったように、当時のPC のスペックでは、やれることが限られていました。メディアもフロッピーですから容量も今から比べると微々たるものでしたからね。アイデア次第で商売として成り立ったんです。だからこそ、いわゆるクソゲーみたいな商品も多数生まれたんですが」
 「それは売れたんですか?」マリが興味津々に訊いた。
 「二人分の給料が出るぐらいは売れましたよ」
 「それはすごいですね」
 「ですが、その後が続きませんでした」牧野社長は首を横に振った。「次はアドベンチャーゲームの企画を立てたのですが、卒論で忙しくなったこともあって、あまりタッチできなかったんですね。ゲームの規模も大きくなったので、パソコン通信で募集したプログラマのアルバイトを何人か雇いましたが、それでも開発には難航したようです。私は心配はしていましたが、それでも何とかなる、と楽観的に考えていました。一作目がゲーム誌にも掲載されるぐらいヒットしたので、開発・販売が同じなら買ってくれる、とでも思ってしまったのかもしれません。できあがる直前にようやくテストプレイする時間を作ったんですが、これがひどいできでした。主役のグラフィックは、本職のイラストレーターに頼んだので、それなりの質を持っていたんですが、ゲームバランスが良くなかった。世界観の説明に時間を費やしすぎで序盤は話が進まず、ラストの方はご都合主義でゴールへとつなげてしまっていました。でも、発売時期は公表した後でしたし、その売上を見込んで少額ですが借金もしていました。一から作り直す時間はなく、少しばかりを修正しただけで出荷せざるを得ませんでした」
 「どうなったんですか」
 「大赤字でした」牧野社長はカップを静かに置いた。「買ってくれたお客さんから、悪評が主にパソコン通信で広がっていくのに、それほど時間はかからず、私には止めるすべもありませんでした。イラストレーターへの報酬と借金だけは何とかしましたが、損害は大きく、会社は畳まざるを得ませんでした。バイトの人たちへの報酬は、卒業後に私が少しずつ返済しました」
 「それはお気の毒でした」ぼくは心から言った。「その後に、マーズネットを設立したんですか?」
 「いやいや」牧野社長は苦笑した。「卒業後、3 年ほど証券会社で働いて資金を貯めた後、私はまた性懲りもなく、ゲーム会社の設立のため退職しました。最初のゲームがヒットしたときに知り合った何人かに声をかけ、そのうちの3 人が共同経営者になることを承諾してくれました」
 「その3 人というのはもしかして......」
 「そう」牧野社長は頷いた。「今の3 人の役員です」
 その後の経緯を、牧野社長は簡単に説明してくれた。数年の間にハードウェアもソフトウェアも大きな進化を遂げ、牧野社長らが立てたいくつかの企画は、話を持ち込んだゲーム業界関係者の全員に否定されてしまった。アイデア次第で売れる、との考えが時代遅れになっていることに気付かされた。家内制手工業で作ったゲームが大ヒットする、という夢の時代は終わっていたのだ。
 「私はゲーム会社の設立を断念しました。アニメ映画にそのまま使えるぐらいのグラフィックと音楽、ノベライズがそのまま小説としても楽しめるぐらい完成度の高いシナリオ、そういったものが必要だとわかったからです。それには各分野のプロが必要で、プロを雇うには資金が必要です。マーズネットという会社を設立したのは、手っ取り早く、その資金を得るためです」
 マーズネット設立当時は、必要なリソースが調達できたら、株式を売却して、ゲーム会社を設立するつもりだった。だが、次第に、事業が軌道に乗ってくると、様々な責任やしがらみが生まれ、社長一人の意志で簡単に放り出すことができなくなっていた。元々、経営の才能はあったのだろう。マーズネットは取引先を拡大し、社員を増やし、大きくなっていった。ゲーム会社を設立するための資金を得ることが目的だったはずが、いつしか、拡大すること自体が目的に変わりつつあった。
 「それでも、いつかはゲーム会社をもう一度やる、という夢を捨ててはいません」牧野社長は微笑んだ。「開発業務にこだわり続けたのも、一定数のプログラマを確保しておきたかったからです。リーマンショックなどで、開発部門を切り捨てざるを得なくなったのは、本当に残念です」
 「システム開発室を作ったのも......」
 「そうです。プログラムを作る部門を何とか復活させたい、と考えたからです。お二人には感謝しています。大竹専務はそれすら廃止の方向に持って行こうとしていましたが、お二人の活躍のおかげで思いとどまった、と聞いていますよ」
 「ぼく......私より、木名瀬さんの力だと思います」
 「もちろんそうですが、プログラマとして優秀だったからこそ、大竹専務がJV 準備室を認める気になったことも、また疑いようのない事実ですよ」
 「それは......ありがとうございます」
 「そこでお二人に訊きたいんですが」牧野社長は真剣な顔でぼくとマリを交互に見た。「今、勧めているジョイントベンチャー構想が実現したとして、その会社でゲーム開発を行うことは可能だと思いますか?」
 ぼくは言葉を失って牧野社長を見つめた。なんてこった。これまで雑談だと思っていた話は、実は本題だったのか。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 その夜、19 時過ぎに、システム開発室の4 人はオンライン上で顔を合わせた。体調が悪くなったエミリちゃんの状態が落ち着くまで、木名瀬さんが参加できなかったので、この時間になったのだ。
 「お待たせして申しわけないですが」ビデオ会議開始そうそう、木名瀬さんは言った。「もう少しだけお待ちください」
 その理由はすぐに明らかになった。5 人目の参加者が分割ウィンドウに出現したのだ。大竹専務だった。会社にいるらしく、ワイシャツにネクタイだ。大竹専務はため息をついて、ぼくたちに話しかけた。
 「社長から聞いたらしいな」
 「聞きました」ぼくは答えた。「専務はご存じだったんですか」
 「もちろんだ」大竹専務は少しネクタイを緩めた。「知っているのは社内に10 人もいないがね。これは極秘事項だから、君たちもそのつもりでな」
 「なぜ言ってはいけないんですか」
 「ああ? 考えてもみろ。うちの会社の社長はゲームおたくで、実はこれまでのマーズネット、マーズ・エージェンシーの事業は、全てゲーム会社を作るためでした、などと知れたら、社員はどう思う? 社員の半分は会社を去るだろうさ。もっとかもな。残るのはゲームおたくと変人ぐらいなものだ」
 「木名瀬さんも知っていたんですか?」マリが訊いた。
 「はい」木名瀬さんは頷いた。「私が以前、人材派遣会社で働いていたとき、その件で相談されたことがあったんです。その後、私は会社の業績悪化で無職となり、再就職先を探していたところ、牧野社長に声をかけていただきました。入社後も、折に触れて、ゲーム会社構想について相談を受け、必要に応じて力を貸してきました。たとえば、プログラミングができる人材の確保とか」
 「......」誰のことかは問うまでもない。
 「社長には何と言ってきたんですか?」
 「検討してみるので、時間を下さい、と言ってきましたが」
 「賢明だな」大竹専務は安堵のため息をついた。「少なくとも即答を避けたのは正しい行動だった」
 「率直に言ってイノウーくん」木名瀬さんは訊いた。「社長がおっしゃるように、ジョイントベンチャーでゲーム開発を行う可能性については、どう考えますか?」
 大竹専務が何か言おうとしたが、木名瀬さんは素早く制した。ネットワークのタイムラグを考えると絶妙のタイミングだった。
 「まずはイノウーくんの考えを聞きましょう。専務が何を言っても、業務命令として捉えられてしまいます」
 「フン、こいつがそんなに素直なタマかね」
 大竹専務は不満そうに呟いた、それでもマイクをミュートにして、ぼくの発言を邪魔しないことを示した。
 「正直なところ......」ぼくは躊躇いながら答えた。「ちょっと難しいんではないか、と思います」
 「理由を訊いてもいいですか」木名瀬さんは感情を露わにすることなく訊いた。
 「社長の考えは甘い、と言わざるを得ません」
 ゲーム開発の可能性を問われたぼくは、どんなゲームを考えてらっしゃいますか、と訊いたのだが、返ってきた答えは「原点に戻ったような感動を味わえるゲーム」だった。具体的なゲーム名を重ねて問うと「ウィザードリィ」や「ウルティマ」と言われたのだ。社長室を辞した後、ぼくはそれらのゲームのことを調べてみた。どちらもPC ゲームの黎明期に大ヒットしたゲームで、現在のRPG やダンジョン系ゲーム、アニメなどに大きな影響を与えたことは確かなようだ。だが、それらのゲームを現代の日本で発売したとしても、熱狂的なレトロゲームマニアを別にすれば、ほとんどのネットユーザは見向きもしないだろう。もちろん牧野社長は、「ウィザードリィ」や「ウルティマ」をそのまま復活しよう、と考えているわけではないが、話を聞いた限りでは、多少のグラフィックと音楽で味付けしなおせば、多くのゲーマーに受け入れられる、と思っている節がある。
 返答に困っていると、牧野社長はまた別のゲームの名を上げた。「スターウェブ」というPBM ゲームだ。PBM という略語に戸惑うぼくに、牧野社長はPlay By Mail、つまり郵便で行うゲームのことだと教えてくれた。こちらも調べてみたところ、複数人数が参加し、郵便でターンを進めるサービスで、以前に日本にも上陸したものの、現在は撤退しているとわかった。詳しいことはよくわからなかったが、古いブログなどを調べたところ、広大な宇宙を舞台にプレイヤーが領土を拡張していくタイプのゲームであるらしい。プレイヤーが次に取るべき行動を記入して、サービス提供会社に郵送すると、月に一度、コンピュータで処理が行われ、結果が返送されてくる、というわけだ。こんな形式のゲームサービスが、商売として成立していたこと自体が驚きでしかないが、類似のゲームは有償、無償を問わずたくさん存在している。よほど画期的なゲームシステムでも用意しない限りは、無数の同種ゲームの中に埋もれるだけで終わるだろう。
 「それに」ぼくは説明した。「社長はスマホ系のゲームには興味がないようでした。トレンドをお話ししたんですが......」
 「そうそう」マリも頷いた。「あんな小さな画面でちまちまやって、面白いのか、みたいな口ぶりで」
 木名瀬さんは黙って聞いていたが、ぼくの話が終わると顔を上げた。
 「イノウーくん、お願いがあるんですが」
 「ゲーム会社に協力しろ、ということなら」ぼくは先回りして答えた。「あまり力にはなれませんよ。そりゃあ、命令であればやってみますけど。そもそもビジネス系システム構築と、ゲームみたいなエンタメ系アプリケーションじゃ、必要とされるスキルも言語も違いますから。ゲームだとたぶん、C かC# ですよね。Java とかPython が活躍する余地はほとんどないでしょう」
 「いえ、そういうことではありません」
 「じゃ、なんでしょう」
 「社長を説得してもらえませんか」木名瀬さんは沈んだ口調で言った。「ゲーム会社の件を断念するように、と」

 (続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 次週は、私用で週末と月曜日を不在にするため、更新はお休みします。

Comment(39)

コメント

当時の参加者

PBMと出てきたので蓬莱学園の冒険!を思い出しました
ただひとえに懐かしい

匿名

話の方向性が全然違ってくように見えるな…
一旦完結しなかった時点で、主題に合った形で収まるんだろうけど

定点観測者

重箱の隅つついて申し訳ありませんが、ウィザードリー→ウィザードリィ です。

しゅう

いつも更新ありがとうございます。
懐かしいな~
PBMはその末期,運用のネット化が図られて(2003年ぐらい?,その時点でかなり利用者は減ってましたが),その生き残りもオンラインゲーに完全に駆逐されましたからね。
ゲームマスターの存在は良質なゲーム性を担保していましたが,オンラインゲーの持つコミュニティ機能,リアルタイム性には太刀打ちできなかったな。

h1r0

相変わらず面白い話だなあ
全然予想できなかったです

匿名

おじさんの夢を粉砕するのは心苦しいよな…

z

>必要とされるスキルも言語「の」

原点、って難しいよね
新しいゲームからも面白さの原点みたいなものを感じさせられる事もあるし…
原点を求めるあまり、昔のゲームそのものを作った所で、それはただの劣化コピーでしかないよね

匿名

PBMはPBWとしてほそぼそと生きてますねぇ
やったことはないんですが

匿名D

どんなドロドロした社内抗争があるんかいなと期待していたら、
とんだうっちゃりを食らったわ。

匿名

果たせなかった想いだけが残されより強い念へ・・・
いやでも社内ベンチャー的なところでゲーム作ろうとしたら大半の従業員ってやめちゃうもんなの?
なんかいい会社だなあって思うけど。

匿名

オンラインTRPGのシステム作るんや!

匿名

出てくる話題がピンポイント過ぎて鼻血がでます。
当方平社員ですが。

N88で配列で表現したドット絵が動いたときは死ぬほど感動しましたが、いまやPyGameなら、画像ファイルを置いておけば勝手にパス解決して、当たり判定付きのキャラクタに変換してくれるんですよね・・・

匿名

社長を説得するゲームを作ろう!

匿名

今回はエピソードの振れ幅が大きいですね。朝ドラ観てる気分になります

ちゃとらん

懐かしいですね。


昔のPC9801には、CPUクロックを、8MHzと10MHzに切り替えるスイッチが付いていました。(ギガじゃないよ、メガだよ)
今風の表現でいうと、アンダークロックしないとゲームが速すぎて操作できないからです。(CPUクロックに同期して動いていたんですね。アセンブラで組んでたのかな?)


社長の夢、かなえてあげたいです。そもそも、目的がゲーム開発で一儲けでないなら、レトロゲームで赤黒トントン的な開発できないかな。
または、ジェネリック医薬品みたいに、ジェネリックゲームとして、ライセンスを安く買って復刻版で売り出す…とか。

匿名

あげられたゲームはほぼリアルタイムで遊んでたなぁ

ゲーム開発が新規参入可能か‥5年前ならNoだったけど今はSteamがあるからアイデア勝負なものもそれなりに売り上がる可能性が否定しきれない(ついこの間話題になったサイコロゲーみたいな)
ただ言語の壁は無理だよね

匿名

>PBM という略語に戸惑うぼくに、牧野社長はPlay By Mail、つまり郵便で行うゲームのだと教えてくれた。

ゲームなのだ、ですかね。
PBMといえば私も蓬莱学園を思い出しますねぇ。
オープンワールドの宇津帆島を舞台としたMMORPGなんて開発してもらえませんかね、イノウー君。私、神酒坂兵衛のロールプレイやりたいです。

匿名

コメントみていて、懐かしむ人が多くてびっくり。
読者層は若い人が多いのかと思ってたけど、むしろ逆なのかな?

匿名

>PBM という略語に戸惑うぼくに、牧野社長はPlay By Mail、つまり郵便で行うゲームのだと教えてくれた。

ゲームなのだ、ですかね。
PBMといえば私も蓬莱学園を思い出しますねぇ。
オープンワールドの宇津帆島を舞台としたMMORPGなんて開発してもらえませんかね、イノウー君。私、神酒坂兵衛のロールプレイやりたいです。

匿名

ゲームに新規参入は経営リスク大き過ぎだよなぁ
事業としてやるよりは、私財の範囲でインディに投資する位がいいんじゃなかろうか。
社長なら多少の財産あるだろうし。
それでサクナみたいに化けたら万々歳。

匿名

元々業務用アプリケーションを開発している企業が、「原点に戻ったような感動を味わえるゲーム」で一山当てるってそれなんてフロムソフトウェア…身体は闘争を求める

ゆう

今回は、個人的にいつも以上に熱い回でした(^^)。
プリンセスメーカー以外は全部やったなぁ。
プリンセスメーカーは今の萌え系育成ゲームの走りかな?
 
長年、ビジネス系アプリでキャリアを積んできたのに、
「実は会社の本命はエンタメ系でビジネス系は資金稼ぎのためでした。
 これからはエンタメ系やります!!」と言われたら
自分なら膝から崩れ落ちそうになるかなぁ。
 
それにしても、入社して日が浅い平社員のイノウーに社長を説得しろと頼むとは、、、この会社大丈夫かいな。

へなちょこ

昔ハマった懐かしいゲームの列挙に魂を揺さぶられる
もともと理数系は得意だったけど、電子・通信系の学部に進学するきっかけは
コンピュータゲームからPCやソフトの世界に将来性を感じたからだったなぁ

ちゃとらん

もう一言。


私は細かい字が読めませんし、小さな画面で素早い動きに付いていけません。子供とファミコンやっても、全く勝てません。


では、50歳以上で、仕事もさほど忙しくなく、そこそこため込んでいる(私は残念ですが…)人たち向けの「懐かしゲーム」路線なら、需要があるかもしれません。


そもそも、複雑なストーリーは不要で、悪代官が出てきて町娘がさらわれたのを助けるとか、忍者軍団を退治するとか、最後に勝って満足できれば、OK的な内容でいいんじゃないでしょうか?

すていぬ

Z's STAFFなつかしすぎ…

匿名

Wiz新作がスチームで出るしPBM的ゲームも(実際に郵便使うわけじゃないが)ありなんじゃないのと言われてる昨今ですが

匿名

当時も知ってる現役ゲーム開発者(この社長と同タイプ)ですが、趣味でやるなら放っておきますが、仕事としてやるなら止めます。
この社長と知り合いで同じこと言われたら殴ってでも止めるかも。

今、スマホでもそれなりに利益が見込めるものを作ろうとしたら億単位かかりますし、PC/
コンシューマなんかもっとかかります。
PC・スマホだと機種ごとの機種ごとの様々な差の吸収と対応とか面倒なことも多々ありますし、DOSの頃でさえユーザーサポートやって泣かされたので、今のでなんか考えたくも無いw

匿名D

ファルコムのタイトルばっかりだな。ハイドライドくらい書いとかんか。


プリンセスメーカーは発売当時、こんなゲームが出現するなんて世も末、
と、良識ある大人たちが嘆いていたのを覚えています。

匿名

普通に会社引退して会社立ち上げて作ればいいんじゃ。。。Cupheadみたいな例もあることにはあるし。

匿名

ギスギスしない話好きっす

きゅういち

>窓ガラスもカーペットなどの状態を見る限り
窓ガラス「や」カーペットなどの状態を見る限り
>苦労を知ってから知らずか
苦労を知ってか知らずか
>システム開発室を発足を唯一の条件
システム開発室「の」発足を唯一の条件

気になった箇所です。
ウィザードリィはかなりハマりましたね。手軽さではファミコン版のほうが好きですが。

リーベルG

定点観測者さん、zさん、匿名さん、きゅういちさん、ご指摘ありがとうございます。
ウィザードリィは、「ウィザ」で入力したら、なぜか予測変換候補で「ウィザードリー」が出てきたんですよね。

PC88

太陽の神殿、懐かしい~。デゼニランド、will、アルファ、めぞん一刻などなど。 アドベンチャーゲームよくやってました。(遠い目)

なんなんし

ローグ系なら時代関係なく
一定の支持層がいるから
ちゃんとゲームとしての品質と
今風のアイデアあれば売れると思う

PBMか…
無限のファンタジアが最近(?)のヒットだよなぁ
サ終して10年経つんじゃないのかな

へなちょこ

そういえば、スマホでウィザードリィが復活するというので事前登録までしてやってみたら、ウィザードリィとは名ばかりの量産型ガチャ依存カードバトルゲーだったのは、とても悲しい思い出。
昔みたいにじっくり時間をかけて攻略する余裕はないけど、かと言ってガチャを回すだけで強くなり、あとは画面をタップするだけで進行するゲームと呼べないようなクソゲーがしたいわけじゃない。

匿名

一定の支持層がいたところで、新規が来てくれないと人が増えないんでだめなんです。
昔からのゲームってプレイヤー層の年代も高くなっているので、「懐かしいねえ」と話だけで終わるし、課金しようにも懐を自分以外に握られているし…、そのままで若年層を取り込める内容かと言われると古臭いの一言で終わるし、今風にすると古いユーザーが付いてこないし。

現実的な提案としてはアイディアと金だけ出して後は放っておくってのが一番マシかな。
※打ち合わせの度にアイディアと内容をコロコロ変えないことが前提条件w
 大体こんなことをする人達って金とスケジュールだけは据え置きにするので。

匿名

シドニィ・シェルダン懐かしいw
新聞の日曜版にいつも英語教材の広告が載ってた気がします(今も健在のようで)

匿名

見事なまでのおっさんホイホイw

匿名

棒テイジイエルかな

コメントを投稿する