イノウーの憂鬱 (42) ドライブ
「あ、エンジンかかりましたね」ぼくはディスプレイのエネルギーモニタを見ながら言った。「残量が半分切ったからですかね」
「いや」後部シートから東海林さんが言った。「さっきは1/4 ぐらいでもバッテリーから来てたからな。路面がゴツゴツしてるからじゃないか。例のロードノイズが大きいときだけ積極的に発電するってやつ」
「どんなロジックなんですかね」ぼくは分厚い取扱説明書をめくった。「スマホの歩数計と同じ原理かな。加速度センサーか何かあって、上下の範囲が規定値超えたらとか」
「加速度センサーだとアップダウンの多い道路でも反応しないか」
「となると音響センサーかな。何デシベル以上だとオンになるとか」
「うるさいバイクが隣にいたらどうするんだ」
「確かに。となるとタイヤが路面を噛むときの音をパターンとして持ってるんですかね」
「タイヤの種類や溝のすり減り具合でも音は変わるだろうし、雨や雪でも変わるからなあ。そのあたり機械学習でデータ化してるのかもな。そういうデータをどこに持ってるんだろうな」
「IC の中のメモリじゃないですか」
「他社の技術者が吸い出して盗めそうだな」
「クラウドとデータ通信してるとか。それならアップデートも簡単だし」
「どうかな。使うとすれば4G かLTE 回線だろうけど、電波状態が悪い場所もあるだろうからな。お、エンジン切れたな。残量は?」
「半分よりちょっと上です。これは単純に残量の問題でしょうかね。あ、見て下さい、ナビに交差点周辺の3D 画像出てます。結構、リアルですね、これ」
「あっちのビルの形とか、ABC マートの看板とかも表示されてるな。車線まで出てるし。こっちは左折専用レーンか。ルートに沿って矢印が出てるから、知らない道でも迷わなくていいな」
「さっきの交差点は出てませんでした。止まったときだけ、出してるんですかね」
「大きな交差点だけじゃないのか。よく見ると左のコンビニはローソンなのに、この画像だとファミマになってるからな。あらかじめ主要な交差点だけ画像を作ってるんだろうな」
「前方のカメラがあるんだから、それをそのままナビに出せばいい気がしますね」
「そこまで高速に画像認識できるかな。夜とか霧だとうまく撮れないからな。むしろストビューを使って矢印だけオーバーレイした方がいいんじゃないか。でも、全部の道路のデータがあるわけじゃないか」
「画像認識っていえば、この速度標識のマークはどうやってるんですかね。ナビのデータに制限速度まで持ってるんでしょうか」
「速度標識は赤い丸の中に青い色の数字って決まってるから、読み取るのは簡単だと思うがな」
「あのー、そこのロジックおたくのお二人さん」ドライバーズシートでハンドルを握る細川さんが、呆れたような声を出した。「車に乗っているってことを忘れてませんよね。もっと他に話すことないんですかね。音が静かだなとか、加速がいいなとか、ドアを閉める音が重くていいなとか」
ぼくと東海林さんは顔を見合わせ、思わず苦笑した。
「ああ、確かに静かだな、この車は」東海林さんが言った。「発電でエンジンが回ってても、そんなにうるさくないし」
「そうですね」ぼくも同意した。「停車してるときエンジンかかってないと、止まってるみたいに静かですね。ファンレスのPC みたいです」
「アクセル踏み込んでも、エンジンがうるさく唸らないのはいいな。音楽がよく聞こえる。うちのキューブだと、60 キロ超えるとカーステの音が聞こえなくなってくる」
「耳が遠くなってるんじゃないんですか?」
「まあ、それもある」東海林さんは残念そうに頷いた。「だからボリューム上げると、家族からはうるさいって言われるんだ」
「この車だと」細川さんが得意そうに言った。「ロードノイズ自体がかなり抑えられてるんで、音楽はよく聞こえますよ」
「そういえば、この音楽は何ですか?」ぼくはナビを指した。「かっこいいですね」
「シン・エヴァのサントラ。昨日買ってきたばかりだ」
「CD 入れてるんですか?」
「いや、このナビは円盤入れるスロットはないんだわ」
「そうなんですか。じゃ、メディアは何を使ってるんですか。あ、このスマホですか」
ぼくはセンターコンソールのUSB-C ポートに接続されているスマートフォンを指したが、細川さんは首を横に振った。
「最初はそれも考えて用意したんだけどな。毎回、スマホをつないで、プレイヤーを起動して再生って面倒だからなあ。結局、USB メモリに入れてこっちに刺してある」
そういえばA タイプのUSB ポートに小さなUSB メモリが刺さっている。
「前はiPod を使ってなかったか?」東海林さんが訊いた。
「そうなんですよ。でも、このナビは古いiPod だと認識してくれなくて」
「それでUSB メモリにしたんですか」
「これが結構苦労したんだ」細川さんは左手を伸ばして、ナビのオーディオメニューを開いた。「ディレクトリ構造作っておけば、それを読み取ってくれるんだが、それだと曲の文字コード順になるんだよな」
「曲名の先頭に01とか02 とか付けとけばいいんじゃないですか?」
「CD 一枚分ぐらいならそれでもいいんだが、32GB ぐらいのUSB だと何千曲も入るんだぞ。そんなことやってられるか?」
「......無理ですね」
「うちのPC は音楽はiTunes で管理してるんだ」細川さんはドアミラーに目を走らせながら言った。「奥さんのも含めてな。それぞれ、プレイリストを作ってたわけ。夏の日のドライブとか、クリスマスソングとか、静か系、うるさい系、ゼロ年代アニソン、10 年代アニソン、とかいろいろあるだろう?」
そうだった。この人は立派なアニメオタクだった。一緒に働いていた頃は、まともな女性と結婚できるのか心配したものだ。幸い、趣味を同じくするとまではいかなくても、理解のある女性を配偶者にできたそうでよかった。
「大変ですね」
「そうなんだよ。彼女の方はジャニーズの何とかいうグループとか、SEKAI NO OWARI なんかが好きで、やっぱりそっちのプレイリストを大量に持っててな。それが聞けないのはNG だったんだ。プレイリスト通りの曲順で聞けるようにしろ、と厳命された」
「どう解決したんですか」
「iTunes からプレイリストを出力ができるんだ。テキスト形式ファイルで曲名と対応する音楽ファイル、mp3 とかm4a ファイルだな、その絶対パスが記述されてる。そのときまで知らなかったんだが、これはm3u って拡張子でプレイリストのフォーマットらしいんだ。知ってたか?」
「いえ、知りませんでした。じゃあ、そのm3u ファイルをUSB にコピーすればナビがプレイリストを認識してくれるんですか?」
「そうなんだが、もう一手間いるんだな、これが」
細川さんは言葉を切った。前方で一台のSUV が、左車線からウィンカーを出しつつ車線変更してきたのだ。細川さんは舌打ちしながらも減速し、前に割り込ませてやってから話を再開した。
「iTunes から吐き出されたプレイリストは、あくまでもPC 上のディレクトリになってるんだ。もちろん先頭にはドライブ名が付いてる。ナビにはC ドライブもD ドライブもないから、そのまま読ませるとファイルが見つからないってことになるだろ」
「なるほど、それでもう一手間ですか」
「イノウーならどうする?」
「探せば変換してくれるフリーソフトか何かありそうですね」
「何言ってるんだ。俺たち、プログラマだろ。テキストファイルの変換なんかお手のものだろうが。元のプレイリストを読んで、USB メモリのルートからのパスに変換した新しいプレイリストを作って、ついでにその物理ファイルをUSB 用のフォルダにコピーするプログラムをPython で作ったんだ。後はまるっとUSB にコピーするだけ。その成果がこれだ」
細川さんは誇らしげにUSB メモリを指した。
「ありがたく鑑賞させていただきます」
後部シートで東海林さんが呆れたように肩をすくめているのがわかった。この新車のインテリジェントルームミラーには後部シートの様子は映らないので細川さんは気付いていない。
細川さんは1 年先輩で、ぼくがサードアイに入社した当時は、教育担当でお世話になったものだ。アニメが好きな人で、様々な作品について熱く語ってくれたことばかりが記憶に残っている。以前、東海林さんのスーパープログラマぶりに感動したとき、ぼくはどうしたらああなれますかね、と細川さんに訊いたことがあった。細川さんはしばらく考えてから真面目な顔で答えた。
「キュゥべえと契約して魔法少女になるのはどうかな」
もっとも、よく偏見で誤解されがちなアニメオタクのイメージとは異なり、細川さんは服装も社会人の基準から見てもまともだったし、好みのアニメ作品を布教することも女性キャラを「嫁」と呼ぶようなこともなかった。ぼくはアニメにはほとんど興味がなかったが、好きだった小説がアニメ映画化されたときに細川さんが映画館に付き合ってくれたこともある。今ひとつの趣味が車で、ぼくが知っている限りでも2 回は乗り換えているはずだ。最初は裕福な家庭なのかと思っていたが、そうではなく、型落ちの中古車などを安く買っているとのことだ。新車を購入するのは今回が初めてだったようだ。
「さて」細川さんは高揚を隠そうともしていなかった。「いよいよ高速だ」
車は横浜町田IC から東名高速に入った。ETC ゲートまでは慎重に走らせていた細川さんだったが、高速に入ると一気にアクセルを踏み込んだ。目が覚めるような加速がぼくの身体をシートに押しつける。
「ほう」東海林さんが感心したように唸った。「このスムーズな加速はいいな」
「モーターですからね」細川さんは、まるで自分が設計に携わったかのように自慢げな声で返した。「スポーツモードにしますよ」
センターコンソールのスイッチを切り替えると、車はさらに加速した。何台もの車が後方へすっ飛んでいく。
「うおう」細川さんは子供のようにはしゃいだ。「快感」
ぼくたちが乗っているのは、納車されたばかりの新型ノート e-power だ。車にあまり興味がないぼくは知らなかったが、e-power というのはガソリンエンジンで発電した電力を使ってモーターで走行する方式だそうだ。細川さんに言わせると、半分だけ電気自動車、ということらしい。
「110 キロか」後ろからスピードメーターを覗き込んだ東海林さんが言った。「エンジンがうるさくないのはいいな。俺のキューブだとここまで踏み込むと、音楽はほぼ聞こえないからな」
「いいでしょう」
細川さんは嬉しそうに答えると、さらにアクセルを踏み込み、120 キロで安定走行させた。納車されてからは近所の一般道路しか走っていなかったそうで、これが初めての高速道路走行のはずだが、危なげがない運転だった。片手をハンドルに置いたまま、ナビを操作したり、ドライブモードを変更したりと、いろいろ試している。そうした操作の一つひとつが楽しくて仕方がないみたいだ。
放っておけば名古屋市まででも走っていきそうだが、今日の目的地は海老名サービスエリアだった。どこかに行くことが目的ではなく、新車を走らせること自体が目的だからだ。
工業製品である自動車には魂や人格などはない。だが、長くハンドルを握っている細川さんに言わせると、ドライバーの意志が挙動となって表れることがあるそうだ。ペーパードライバーのぼくには想像もつかない話だが、前を走っているワゴン車が車線を変更するのがウィンカーが点滅する数秒前にわかったり、後ろから来る軽自動車が追い抜きたくてイライラしているのが感じ取れたりするらしい。。
「最近、プログラムも同じだって思うよ」細川さんはハンドルに設置されたボタンで、ディスプレイの表示を切り替えながら言った。「他人の書いたソースを読んでてさ、変数の命名が乱雑だと、あー、こいつ、絶対、境界値でミスってるな、とかわかるんだよな」
合流してきた大型トラックが前に入ろうと寄って来た。細川さんは素早くウィンカーを出して追い越し車線になめらかに移動し、グンとアクセルを踏み込んで加速し、大型トラックを後方に置き去りにした。
「こないだもさ、別の会社の人が作ったロジックのテストをしててさ、変数がwrk1 とかcnt1 みたいなのばっかりで、これ、危ねえなあって思ってたら、案の定、Excel ファイルの読み込みで間違ってたんだよ。poi で取った行数をそのままループの終了条件に入れてるから、最終行が読み込まれてなくてさ」
ぼくは頭の中でソースを思い浮かべた。for(int i = 0; i < sheet.getLastRowNum(); i++) か。確かにこれでは、最終行の手前で処理が終わってしまう。
「イノウーはそういうことない?」
「まだそこまでの境地には達してないですね」
「いやいや」後部シートから東海林さんが言った。「イノウーも最近は成長著しいぞ。ダリオスの件とかな」
「確かに」細川さんは左手でぼくの肩にジャブを打った。「いつのまにか腕を上げやがって」
「そっちの社内はどうだ」東海林さんが訊いた。「進んでるか」
本来なら社外で仕事の話をするのは御法度だが、この車に乗り合わせている3 人は、全員がダリオスの改修に関わっているので問題はない。細川さんもサードアイ社内でだが、ダリオス改修の表バージョンに参加していたのだ。
ダリオスの改修は予定通り、3 つのバージョンができあがっていた。大竹専務に提示されたのは表バージョンの2 つだ。もっとも大竹専務は、提示された表バージョンの2 つのソースをざっと見ただけで、木名瀬さんの陰謀に気付いたらしかった。怒り狂うか、とも思われたが、立ち会っていた木名瀬さんと斉木室長の話では、むしろ裏バージョンの仕様の方に興味を示していたとのことだ。
裏バージョンが提出されたとき、夏目課長はルール違反だとか何とか喚きだしたが、大竹専務は一喝して黙らせると、ソースを読み始めた。ぼくと東海林さんで作成したシステム構成図に目を通すと、少し考えただけで宣言した。
「これを正式な改修版として採用する。ご苦労だった」
その言葉を受けて、現在、総務課、営業部が受入テストを行っている。夏目課長が指揮して作らせたと自慢していたバージョンのことなど、誰も見向きもしていない。
続いて、ジョイントベンチャー構想の概要が木名瀬さんによって説明されると、大竹専務は興味深そうに話を聞いてくれた後、詳しい資料を要求した。そしてコストや必要なリソース、受注計画などについて鋭い質問を発した後、役員会議にかけてみる、と言った。
その後、事態は急スピードで動いた。異例の速さでジョイントベンチャー構想は役員会議で承認された。元々、マーズ・エージェンシーに開発部門を残したい、というのが社長以下役員の意志だったから否認されるはずがなかったのだが、誰よりも強固な反対が予想された大竹専務からの提案だ。まるで気が変わることを恐れたかのように、数日で承認されたのだ。
すぐにプロジェクトチームが結成された。そのトップは大竹専務で、木名瀬さんもメンバーに入っている。来週には具体的な進め方を打ち合わせる会議が予定されていて、ぼくたちも参加する。
「これでシステム開発室が解体される件は、完全にペンディングになったと考えていいんですか」
マリの問いに木名瀬さんは大きく頷いた。
「はい。何しろ大竹専務が音頭を取ってるんですから、社内からも異議は出ないでしょう」
「何かうまくいきすぎて怖いですね」
ぼくが言うと、木名瀬さんは笑った。
「それはイノウーくんの功績です。イノウーくんが説得力のある裏バージョンを作ってくれたおかげです。構想だけでは、おそらく大竹専務を納得させることはできなかったでしょう」
「東海林さんの力ですよ」
「もちろんそれもあります。大竹専務が東海林さんの実力を知っていたことも、説得力を高めた要因の一つでしょう。ですが、イノウーくんが社内の人間だった、ということが重要だったんです」
とにかくぼくたちの懸念材料が減ったことは喜ばしいことだった。もちろんジョイントベンチャー構想が実現するまでには、まだ1 年かそこらはかかるだろうし、越えなければならないハードルは多いだろう。それでも、このまま開発業務を続けていける、という見通しが立ったのは全員に安心感をもたらしていた。
「話を聞いてると」細川さんが言った。「俺もそっちに参加したくなってきたな。昔のよしみで高給待遇で迎え入れてくれないもんかな」
「ぼくにそんな権限はありません」
「そうかな」東海林さんが笑いながら言った。「新しい会社でイノウーが重要なポジションになることは確かだと思うぞ。何しろ、母体はあくまでもマーズさんなんだから」
「管理職なんかやりたくないですよ」
「管理職こそ、プログラミングのことを知っているべきなんだよ。この業界、スケジュールや予算を決める人間の方が偉い、と勘違いしているアホが多いからな。そんな管理職の気まぐれで、どれだけ多くのプログラマが泣いてきたことか、お前も知ってるだろう」
「正しいことをしたければ偉くなれ、ですね」細川さんが言った。
「ほう。細川でもアニメ以外のテレビを見るんだな」
「人のことをオタクみたいに言わないでください」
しばらくして、車は海老名サービスエリアの駐車場に入った。不要不急の外出を控えるように政府も県も躍起になって叫んでいる昨今だ。空いているんだろうな、と思っていたが、意外に車が多く、細川さんは開いている場所を見つけるのに苦労した。一度、小型車エリアの境界ギリギリに停めたが、すぐにもっといい場所が空いたので、ぼくと東海林さんを降ろした後、細川さんが停めに行った。
店舗の方も大勢の人々で賑わっていた。カップルも家族連れも多い。ほぼ全ての人がマスクをかけていなければ、コロナ禍以前の土曜日だと勘違いしてしまいそうだ。
「県内だったらいいってんで、みんな、こういうところに来るんですかね」
「自粛もそろそろ限界だろうなあ」東海林さんは頷いた。「そろそろ何とかしてほしいもんだ。このままだとまた緊急事態宣言出るかもな」
「ワクチン、どうなってるんですかね」
「話は聞かせてもらった、人類は絶滅する」物騒なことを言いながら、細川さんが小走りに合流した。「って何の話ですか」
「コロナの話に決まってるだろう。このご時世、話題といったらそれだよ。アニメと車のことばっかり考えてるのは細川ぐらいだ」
「人をオタクみたいに......」
ぼくたちは店舗に入るのは避けて、フードコートでそれぞれ好きな食物を買って、運良く確保できたテーブルで遅めのランチを取った。細川さんはメロンパンをかじりながら、また新車の自慢を始め、ぼくと東海林さんは適当に相づちを打っていた。
簡単なランチが済んで立ち上がったとき、ふと思い出したように東海林さんが訊いた。
「そういえばイノウー、ゲームって好きだったか?」
「プロゲーマーを目指すほどではないですが」ぼくは答えた。「それなりには。プレステとかSwitch は持ってませんけど」
「イノウーはゲーム機じゃなくて、PC ゲーム派だったな」細川さんが笑った。「今は何かやってんの?」
「最近はスマホでやる方が多いかもしれないですね。ラスト・シェルターとか隙間時間でできるやつをやってますよ。あ、THE SHORE ってのをSteam で買ったですけど、日本語対応してないやつだったんで放置してます」
「そうか」東海林さんは頷いた。「いや、イノウーのとこの木名瀬さんな、いつだったか、あの人に訊かれたことがあったのを思い出したんだ。ゲームは詳しいんですかって」
「へえ」ぼくは首を傾げた。「なんでまた、そんなことを。前にうちに来たとき、たまたまやってたゲームのことを訊かれたことがありましたけど......」
「おいおいおい」細川さんは獲物を見つけた肉食獣のように接近してきた。「うちに来た? イノウーのうちにか?」
「あ、いえ、それはその......」
「なんだ」東海林さんも面白そうに笑った。「そういうことになってたのか?」
「いやいや、違いますって。そういうんじゃないです。システム開発室は仲がいいんです。みんな家族ぐるみで交流してるんです」
「ふーん。そうなのか」マスクで隠れていても、東海林さんの口元がニヤニヤしているのがわかる。「今度、木名瀬さんに訊いてみるか」
「やめてください」
ぼくがうっかり口を滑らせたため、帰りの車内の主な話題は、そのことばかりだった。そのせいで、木名瀬さんがゲームについて東海林さんに質問した、ということを、ぼくはすっかり忘れてしまった。その奇妙な質問のことを思い出したのは、翌月、三度目の緊急事態宣言が出される直前になってからだった。
(続)
この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。
コメント
匿名
開発の過程終わっとる…
匿名
>前に割り込ませてやったから話を再開した。
やってから、でしょうか。
にゃんきち
はじめまして、毎週楽しみにさせていただいております。
前に割り込ませてやったから→前に割り込ませてやってから
でしょうか。
まき
緊急実態宣言 ⇨ 緊急事態宣言
匿名
中盤まで夢オチじゃないかとヒヤヒヤしました…
匿名
これまで2作では下っ端だった細川くんの先輩風が新鮮。
ゆんろん
まどマギの新作映画、楽しみですね。
匿名
急にいい感じに纏まってきている。未回収の伏線が気になる
匿名
細川君は新型ノートを買ったのか。いいな。
匿名
偉くなくとも正しく生きる、と言った人もいましたがね…
匿名
裏バージョンの話もジョイントベンチャーの話も、打ち切りかのように何事もなく終わった…
marimo
キュウべえと契約した魔法少女が高村ミスズの事件簿で倒されている説。
男性陣のドライブホッコリしましたね。
細川くんの過去登場回読みに行ったら、福袋戦争で細川くんの奥さん仲間に大竹さんがいました。すごい偶然。
匿名
>話は聞かせてもらった、人類は絶滅する
MMR なつかしい。
匿名
もしや、ゲーム業界の自分が何か言える展開になるのでしょうか?w
匿名
"細川さんは、まるで自分が設計に携わったかのように自慢げな声で返した。"
こういう人いるわぁ、と百万回くらいうなずきました。
リーベルG
匿名さん、にゃんきちさん、まきさん、ご指摘ありがとうございました。
匿名
細川くん今まで敬語で話す場面がほとんどだったから、なんか新鮮
匿名
>元々、マーズ・エージェンシーに開発部門を残したい、というのが社長以下役員の意志だっただから否認されるはずがなかったのだが、
「だっただから」→「だったから」
リーベルG
匿名さん、ご指摘ありがとうございます。
「だったから」ですね。