ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

夜の翼 (18) 歌おう、感電するほどの喜びを!

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 シュンたちの回収はスムーズに完了した。ハウンドの傭兵部隊の生き残りによる抵抗を懸念されたが、指揮官のA6 が死亡したことで、すっかり任務継続への熱意を失ったらしく、ホレイショー率いるソード・フォース分隊と対峙すると、素直に武装解除に応じた。
 シュンはそのままオペレーション車両で任務に就くことになり、ディープワンズ対応ライブラリを駆使したオペレーションを行う必要があるため、話をする間もなく、星野アツコさんによる極短期集中講義を受けていた。星野さんは鬼教官ぶりを発揮し、容赦なく厳しい言葉を投げつけていたが、シュンは顔をしかめながらも、テストコードの作成に没頭している。
 ナナミは帰宅するように命じられるかと思っていたが、意外にも佐藤管理官は、そのまま中学校に留まることを許可した。ナナミはごねるに決まっているし、強制的に帰宅させることになれば、人手と車両を割かねばならないため、合理的な選択をしたのだろう。ただし、オペレーション車両にはもちろん入れないので、校舎近くに確保された防衛陣地内の一角で座っていることになった。
 苅田タケトと岩中リョウタの二人は、すっかり怯えた様子で帰宅を申し出たが、こちらは別の理由で中学校内に足止めされることになった。駐車場に停めたワゴンの中で、別々に事情聴取が行われたためだ。
 タケトはシュンを脅迫する目的で、例の画像を送ったことをあっさり認めた。目的は金銭ではなく、シュンが困るのを見て楽しむためだ。シュンが必要以上の現金を所有していないことを承知してのことだ。
 『どうして辻本ナナミさんも呼び出したの?』聴取を任されたサチが訊いた。『シュンくんだけでいいはずでしょう』
 『だってさ』タケトは用心深い口調で答えた。『あいつらが、ケンカでも始めりゃおもしれえんじゃないかって思ったからさ』
 『あの画像は、君が作ったの?』
 『そうだよ』そう答えたタケトの顔は、すぐに困惑に変わった。『あれ、どっかから拾ってきたんだっけな。忘れちった』
 『ナナミさんの画像でシュンくんを呼び出すのは、君のアイデア?』
 『そう......だったと思うよ』あやふやな口調だった。『もう憶えちゃいないけどさ』
 サチが追求しているのは、タケトが別の誰か、具体的には奉仕種族に示唆されて、悪くすれば何らかのコントロールによって、この一件の引き金となったのではないか、ということだ。
 『なあ、もういいだろ』タケトは訴えた。『もう全部話したじゃんか。帰っていいでしょう?』
 『そういうわけにはいかないのよ』サチは拝むような仕草で、タケトに笑いかけた。『もう少し付き合ってよ』
 『そもそも、おばさんたち、警察じゃないんだろ。こんなの、ふ、不当監禁じゃんか。弁護士呼んでくれよ。じ、人権蹂躙で訴えられたいのかよ』
 タケトは腰を浮かせかけたが、同席していた警備二課の職員によって、軽々と押し戻された。
 『君にそういう機会があることを願うよ』職員はニコリともしなかった。『本当にそう思う』
 『ごめんね』サチは申し訳なさそうに言った。『でも、重要なことなのよ。協力してもらえると助かるわ。じゃ、もう一度、最初から訊こうか。そもそも、この計画を思いついたのはいつだって言ったっけ?』
 港南台第二中学の外では、迫り来るディープワンズの大群を迎撃するための準備が急ピッチで進められていた。すでにSNS には、中学校で発生している異変についての断片的な情報が流出していたが、アーカムの情報部が圧力をかけたらしく、それらの書き込みは次第に削除されていった。騒ぎを聞きつけたらしいマスコミの姿も見られ、本物の中継車まで現れたが、こちらもやがて引き返していった。ATP は、過去に何度もこの手の情報操作を行ってきた実績があり、情報部には専属の要員が即応体制で24 時間待機しているのだ。個人でも容易に全世界向け情報発信が可能な現代社会だが、それを逆手に取って、一般受けしそうなニュースバリューを高める手段はいくらでもある。
 慎重に選ばれたいくつかのネットニュースに、「密入国した海外のテログループが武器の運搬中に、暴力団関係者とトラブルになり、中学校に立てこもっているらしい」、「ヒアリの大規模な巣が発見され、生徒と教員に被害者が出たため、大規模な駆除作業を秘密裏に行っているらしい」、「校庭で不発弾が発見されたため、陸上自衛隊東部方面後方支援隊による緊急撤去作業が行われているらしい」などの複数のデマがリークされ、静かに広まっていった。
 前後して、現職大臣が過去に行った地元選挙区での金品贈与疑惑と、レギュラー番組を何本も持つ有名芸能人の脱税疑惑が、それぞれ別の週刊誌のネット版で同時に発表された。マスコミの注意を分散させるために、情報部がこのような事態のためにストックしていたネタを放出したのだ。おかげで、港南台第二中学の検索順位は、すぐに上位から消えることになった。
 物理的な対応も進んでいた。中学校に通じる道路は、工事中や事故を理由として迂回が強制され、すでに接近がほとんど不可能になっている。近隣の住民には様々な理由で避難が勧告され、従わない市民は強制的に退去させられた。
 アーカムによって報道の自由が侵害されている間にも、市内でのグール出没は継続していたが、佐藤管理官はセクションM と、セクションF を、横浜ディレクトレートで実行中の対抗オペレーションから外すと告げた。急遽セッティングされた、多拠点ミーティングの席上でのことだ。防衛戦術部の全マネージャに分析二課から岸サナエが参加している。
 最初に声を上げたのは、何とか身なりを整える時間を見つけたらしい福崎だった。
 『つまり』福崎は怪訝そうに訊いた。『グールは放置しておくということですか』
 『放置はしません』佐藤管理官は答えた。『残りのセクションで対応してもらいます』
 『しかし』セクションA の淡路チーフが言った。『うちのセクションは、すでに連続勤務時間の上限に到達しようとしています』
 『非常時ですから、上限を一時的に停止します』
 『一時的とはいつまでですか』
 『この事態が収束するまでです』
 『ついにアーカムがブラック企業に』淡路チーフは、まんざら冗談でもなさそうに呟いた。『いや、いつものことか』
 次に発言したのは諸見里チーフだった。
 『私たちは何をするんですか』
 『防壁を構築してもらいます』
 諸見里と福崎は怪訝そうに眉をひそめた。
 『つまり、ルーチン業務に戻るわけですか』福崎が訊いた。
 『そうではありません』佐藤管理官は手元のタブレットに触れた。『港南台第二中学に防壁を構築します。ディープワンズの侵入を防ぐためですね。岸さん』
 『正しくは、結界です』サナエが言った。『実質的なオペレーションとしては、防壁とそれほど大差ありませんが、ディープワンズに特化したロジックを使用します』
 『時間稼ぎですか』諸見里が鼻を鳴らした。『攻撃の準備が整うまでの』
 『現在、ランチャーとフレシェット弾、その他の装備を港南台第二中学に移送する準備を進めています。ただ、攻撃といっても、ディープワンズを消滅させるものではありません。活動を停止させるだけのオペレーションになりますね』
 「え?」私は驚いて訊き返した。「活動停止?」
 『活動停止です』佐藤管理官が微笑みながら言った。『先ほど、ハウンド・グローバル・インダストリーのアジア・エリアマネージャとの交渉がまとまりました。ディープワンズへの致命的な攻撃は避けます。こちらのPO に危険が及ぶと判断された場合は、その限りではありませんが』
 「......」
 『同様に』佐藤管理官は続けた。『現在、市内に出没しているグールへの対応も、ノンリーサル・オプションへの切り替えをすでに指示しています。活動を停止させ、捕獲した後、ハウンドに引き渡すことにします』
 私はユアンの横顔が映っているモニタを見た。現在は外部からの情報が遮断されているので、内心に不安を抱えていないはずはないが、少なくとも外見上は落ち着き払って、与えられたミネラルウォーターのペットボトルを口に運んでいる。
 「私がユアンとの条件を呑むと言ってしまったためですか」
 『それも確かにありますが、ハウンドとの事業提携の話は、過去に何度か議題に上がったことがあるんです。人類サイドの敵対勢力を減らすことは、長い目で見て不利益にはなりません。もちろん、一方的に先方の条件を呑む必要はありませんが』
 『しかし』セクションT の田中チーフが疑問の声を上げた。『グールはともかく、ディープワンズはかなり力の強い危険な奉仕種族でしょう。それを無傷で海に帰すというのは、潜在的な危険を許容するということになりませんか』
 『そのまま帰すわけではありません』サナエが言った。『ディープワンズにロジックを適用するとき、量子的なトレーサーを植え付けます。今後、その行動を、こちらで追跡できるように。これはハウンドに非開示の情報です。ディープワンズの活動がマッピングできれば、とてつもなく有用な情報になり得ます』
 ディープワンズが崇める旧支配者は、太平洋の深海に沈む古代都市で、永遠の眠りにつきながら、奉仕種族に指令を出していると言われている。これは比喩的な話であって、その実体はSPU にいる。海底古代都市の座標に該当する量子もつれポイントが特定できれば、先んじて、そこを崩壊させておくことが可能になる、とサナエは説明した。
 『さて、将来的な話はともかく』佐藤管理官は話を戻した。『当面の問題は、港南台第二中学です。4 分前の最新情報で、144 体のディープワンズが中学校にゆっくり向かっています。すでに何体かは学校に入り込んでいるはずです』
 「どうやって、こんな近距離まで、誰にも気付かれずに接近したんですか」
 『不明です』私の疑問に、佐藤管理官は悔しそうに答えた。『おそらく、スターウィズ教の人間がサポートしたのではないかと思いますが。いや、サポートさせられた、というべきか。台場さん、何か気になることでも?』
 「結界はディープワンズ個体に有効なロジックですよね。たとえばですが、人間が運転するトラックか何かにディープワンズが乗っていたとして、それが学校に突っ込んできたら、結界は無意味になるんじゃないでしょうか」
 『いい質問です』サナエが頷いた。『実は、分析二課でも同じ疑問を抱いていますが、誰も、ミスカトニックでさえ、その答えを持ち合わせていないんです』
 「やってみるしかない、と」
 『そういうことです』
 『当面の方針は以上です』佐藤管理官が締めた。『セクションM、セクションF の方は何かありますか』
 『一点だけ』諸見里が片手を挙げた。『ディープワンズ対応の防壁......結界ですか、そのベースになるライブラリは』
 『今、セクションD と一緒に作業している星野さんが詳しく知っています。セクションD の方が一段落したら、結界の方の指導をしてもらいます』
 『星野?』
 『フリーランスの方です』
 『フリーランス?』諸見里は露骨に不信感を表した。『派遣ってことですか。使えるんですか、そんな人』
 「諸見里さん」思わず私は口を出した。「星野さんは優秀な人です。そもそもセクションM は......」
 『台場さん』佐藤管理官が遮り、タブレットを操作した。『今、星野さんを参加させました。簡単に説明をお願いします』
 ミーティング画面に追加された星野さんは、私の説明を聞くと顔をしかめた。
 『ノンリーサル・オプション』星野さんはうんざりしたような顔で私を見た。『つまり消滅させるのではなく、単に無力化するだけ、ということですか。えらく厄介じゃないですか』
 「申し訳ない」
 『できればもう少し早めに言って欲しかったところです。まあ、やるしかないですが』
 「ありがとうございます」
 『仕事です』星野さんは素っ気なく答えた。『礼はいりません。シュンくん、仕様は理解できた?』
 「だいたい」シュンが頷いた。「多層パーセプトロンの部分がちょっと厄介ですけど」
 『よろしい。台場さん、ペアプロだから一人あまるわけですね。シュンくんを私の助手につけてもらえますか』
 「シュンをですか」私は躊躇した。「シュンはむしろオペレーションに参加させたいと思っていたんですが......シュンがいい理由は何ですか」
 『一番かわいらしい子じゃないですか。私はショタコンなんです』
 「......冗談ですよね?」
 『あたりまえです』星野さんは冷たく答えた。『ノンリーサル・オプションだと新しいロジックを考える必要があります。ディープラーニング業務のプログラミング経験者が欲しいところですが、聞いた限りだとそういう人はいなさそうです。となると、今のところシュンくんが最良の選択肢なんです』
 シュンをオペレーションの戦力として使えなくなると、ペアのローテーションができなくなる。だが、結界の構築は、ディープワンズ攻勢を食い止めることになり、時間の余裕を生むことになるだろう。PO たちを休息させることもできそうだ。
 「わかりました。シュン、頼む」
 『ランチャーが届いた』ホレイショーが連絡してきた。『対抗ロジックのロード準備を頼む。現在、分隊単位で校内のパトロール中だ。ディープワンズを発見したら、物理兵器で時間を稼ぐ。映像は届いてるか』
 「ばっちり来てる。目視には充分だと思う」
 『よし、では......』ホレイショーの事務的な声が途切れ、唖然としたような声に変わった。『おい、なんだありゃ』
 「どうした?」
 『歌が聞こえる』
 「は?」
 『歌だよ』ホレイショーは繰り返した。『校門の外だ』
 私はドローンの空撮映像が表示されっぱなしになっているモニタを見た。校門近くを旋回しているドローンのカメラが、20 人ほどの集団を映している。
 『スターウィズ教の信者たちです』佐藤管理官も少し驚いているようだ。『こんなに早く来るとは』
 『中学校への道路は封鎖したんじゃなかったのか』
 『どこかに隙間があったんでしょうね。もしくは地下から来たのか。ビーム転送されてきたのかもしれませんね』
 老若男女の信者たちの服装はバラバラだが、左の二の腕に幾何学的模様の紋章を付けていた。全員がスマートフォンを顔の前に掲げている。動画を撮影しているのかと思ったが、彼らの口が同じリズムで開閉していた。
 「歌ってるんですか、ありゃ」
 『歌ってますね。ドローンの集音マイクをオンにします』
 私は通常はゼロに設定してあるモニタのボリュームを二段階ほど上げた。可聴範囲ぎりぎりの音で合唱が聞こえてくる。PO たちも顔を上げた。
 耳に心地よいとか、足でリズムを取りたくなるようなメロディではないが、妙に呪縛感のある曲だ。「いあ いあ」で始まり「とこしえに眠る我らが主よ」とか「栄光の未来」とか「深淵から届く声」とか「千の顔を持ち時を超える」とか、中二病のアマチュア作家が好んで選択しそうな文言が繰り返されている。少し聞いてから、私はボリュームを戻した。
 オペレーション車両や、ソード・フォースの輸送車などが入った後、正門は再び閉ざされている。信者たちが中に入ってくる心配はないし、オペレーションの進行の妨げにもならないだろうが、なんとも不気味な集団が声の届く距離に居座っているのは、あまり気分がいいものではない。ホレイショーも同じ思いだったらしく、少し様子を見守った後で提案してきた。
 『こっちの分隊で実力排除しようか』
 『少し待って』佐藤管理官はそう言うと、ユアンに呼びかけた。『ユアンさん。グールのDNA 情報はスターウィズ教を通じて入手したそうですね』
 『スターウィズ教......』ユアンは首を傾げた。『それは日本の新興宗教団体ではありませんか? いえ、私はその入手先までは知りませんが』
 『そうですか。どうも』
 ユアンとの会話を終えた佐藤管理官は、何かが引っ掛かっているように視線を床に向けたが、すぐに命じた。
 『グールの発生と対応の最新情報を』
 オペレータが佐藤管理官の要求に応じたのは10 秒後だった。港南台第二中学を中心とした広域マップが表示され、多数のアイコンが重なった。グールの出現地点と現在地点、処理済みマーク、ソード・フォースの現在位置まで、リアルタイムで更新されている。
 『10 分前からの変化を30 秒毎に連続表示で』
 画面がリフレッシュされ、同じアイコンが位置を変えた。グールアイコンはランダムにうろついているようだ。時間が変化しても、その動きに統一感はない。
 『グールの動きを制御しているわけではなさそうですね』佐藤管理官は画面を見ながら呟いた。『とはいえ、平和的な意図があるとも思えません。ホレイショー、手間でなければ正門前から彼らを遠ざけてもらえますか。敵対行動に出ない限り穏便に......』
 不意にソード・フォースの別分隊から警報が発せられた。
 『プール横にディープワンズ』モニタには<第2 分隊 - ハーミア>と表示されている。『3 体、いえ、5 体を視認』
 オペレーション車両内に緊張が走った。
 「ランチャーは?」私は訊いた。
 『装備してます』ハーミアは答えた。『対抗ロジックのロードまでどれぐらい?』
 「対象を映してくれ」
 モニタに望遠で捉えたディープワンズの姿が表示された。A6 によって倒された個体と同様、フード付きのコートで身体を覆っているが、フードはかぶっていない。すでに人目など気にもしていないようだ。近距離マップに、E2 からE6 までのアイコンが出現した。
 「ドライバを交替」私はPO たちに命じた。「さっきのロジックをコピペしろ。ナビゲータはパラメータ確認。星野さん、ノンリーサル・オプションの方は?」
 『そっちはシュンくんに任せます。私は結界の方に』
 「わかりました」私はシュンを見た。「シュン?」
 「構築手順はだいたい掴めたと思います」
 「ナビゲータをサポートしてくれ。オペレーション開始。どれぐらいで構築できる?」
 「2 分......と40 秒かな」
 「2 分と20 秒」
 「......2 分ジャスト」
 ハルとカズトが競い合うように答えた。
 「4 分だ」私はハーミアに答えた。「それまでしのげるか」
 『今のところは。うろついてるだけ......ってか、何か探してるみたいだけどね』
 ディープンワンズが探しているのはシュンだ。そう口にしようとした私は、ふと浮かんだ考えに口を閉ざした。今、オペレーション車両は、目立つ校庭のど真ん中に停まっている。その中にシュンがいるのに、なぜ敷地内に侵入したディープワンズは、まっすぐここに向かってこないのだろう。
 私は運転席へのドアを開いて中に入った。アイドリング状態のままだが運転手はいない。ドアを閉めた私は、佐藤管理官とのプライベート通話に切り替えた。
 「もしかして、このオペ車には、すでに結界ロジックが適用されていますか?」
 『されています』佐藤管理官はあっさり答えた。『ただし効果は17 時間程度ですが』
 「シュンの安全のためですか?」
 『それもありますが、迎撃作戦のためでもあります。タイミングを見て結界を緩めます』
 「緩めたらディープワンズが殺到してきませんか?」
 『今でも細めに開けてるんです』佐藤管理官は短く笑った。『遠くにいるディープワンズを、その場所に引きつけておく必要がありますから。レンジコントロールは結構手間なんですがね。バラバラと向かってくる方が対応が難しいですから』
 私はため息をついた。
 「本当にシュンを囮に使うつもりなんですね」
 『立ってる者は親でも使え、ということわざがあるじゃないですか』
 「ことわざですか、それ」
 『ロジックがロードできたタイミングで、ソード・フォースを配置につかせます。こちらから探しに行くより効率的です』
 「......まあいい。シュンを含めたPO たちの安全は確保してくださいね」
 『もちろん......』佐藤管理官は一度言葉を切り、すぐに言った。『すみません。問題が発生したようです。オペレーションエリアに戻ってください』
 私は急いでドアを開けた。PO たちが一斉に顔を向けてくる。どの顔にも焦燥が刻まれていた。
 「どうした」
 「対抗ロジックが」リンがモニタに目を戻した。「アクティブにならないんです」
 「ならない?」私は訊き返した。「どういうことだ。バグか?」
 そう言ってから、私は考え直した。QM 課のチェックを通して、なおバグが発生する可能性は極めて低い。
 『違います』サナエが焦った口調で答えた。『分析二課でもダブルチェックしていました。ロジック構築は問題ありません』
 『ランチャーへのロードも正常に実行されています』佐藤管理官も追認した。『全ての構築プロセスに問題はありません』
 「ロードは成功しているのに、ランチャー上でアクティブにならない、ということですか。別のランチャーにロードしてみては?」
 『試しました。同じ結果が再現されました』
 となると、ハードウェア的なトラブルである可能性は低い。そう考えたとき、諸見里が別のモニタから喚いた。
 『ちょっと、結界のテストコードがうまく実行されないじゃないですか!』
 『こっちのコードもです』福崎も言った。『インフラ全体へのコネクションが、どうも不安定のようなんですがね』
 佐藤管理官は、彼にしては異例とも言えるほど長い時間、沈黙していた。私たちも沈黙するしかなかった。そもそも、PO 課の人間は、防壁や奉仕種族対応のロジックが、どんなインフラ上にロードされ、どんなCPU やメモリ空間で動作しているのか、全く知らされていないのだ。
 『......あり得ない』佐藤管理官の顔は蒼白になっていた。『防壁は正常動作している。それなのに同じ格子空間に配置されているロジックの動作が妨げられるなど......ディープワンズのRR が何らかの原因でリアルな物理法則を歪めるほど増大して......いや、それもない。それなら量子的擾乱が発生しないはずがない......』
 「あの......」マイカが私を見ながら小声で言った。「違うかもしれないんですけど......」
 「なんだ」
 「あの歌じゃないでしょうか」
 私はドローンのモニタを見た。スターウィズ教の信者たちが、陶酔しきった顔を輝かせ、飽きもせずに合唱を繰り返している。
 『それだ!』佐藤管理官は叫ぶと横を向いて怒鳴った。『大至急、EZ 室のマルティンを呼べ』
 EZ 室――エーリッヒ・ツァン室だ。ここにこもって、SPU 由来の音楽を研究しているというマルティンという職員の顔は、ほとんど誰も目にしたことがない。もちろん私もだ。その存在自体を疑う者もいるのだが、どうやら実在しているらしい。
 『ちょっとまずいよ』ハーミアが焦った声で知らせてきた。『ディープワンズたちが、一斉にそっちに向かってる。何かを探してるって歩き方じゃない』
 どうやらオペレーション車両に適用してある結界まで動作不良を起こしているようだ。
 『どうしようか。対人用ライフルで足止めしてみる?』
 『頼みます』佐藤管理官は左右に顔を向けて指示を与えながら、ソード・フォースの分隊長に頭を下げた。『時間を稼いでください』
 『俺も戻る』ホレイショーが言った。『こっちは強力な弾薬を少し持ってきているからな』
 『あーずるいなあ』ハーミアの陽気な笑い声が聞こえた。『面白そうな装備は、全部そっちが持って行くんだから』
 「この車を移動させた方がいいんじゃないですか?」
 私はそう提案したが、佐藤管理官は首肯しなかった。
 『外部にいるディープワンズを引き寄せることになります。今は少しでも時間を稼がなければ。外の100 体より、中の数体の方が可能性が高い』
 「状況を変える見込みがあるんですか」
 『あの歌には、エーリッヒ・ツァンの音楽と呼ばれる旋律が織り込まれているのではないかと思われます。SPU との接触を可能にする音楽などと言われていますが、実際は異なります』
 「どう違うんですか」
 『重要なのは旋律そのものではなく、複雑に配置された音程であり、個々の音が表現する数列です。最もわかりやすい概念で表現するなら、復号キーでしょうね』
 「復号?」私は首を傾げた。「何を復号するんですか」
 『ある......』佐藤管理官は言い淀んだ。『場所、いや情報空間へのゲートを開けるパスフレーズとでも言うべきものです。正確にはその一つですが』
 「ある場所って......SPU のことですか?」
 『違います』佐藤管理官は首を横に振った。『そこが我々の概念でいう宇宙なのかどうかさえ不明なんです』
 「......名前ぐらいはあるんでしょうね」
 ヘッドセットにノイズが入り、私は思わず顔をしかめた。佐藤管理官が予告なしにプライベート通話モードに切り替えたのだ。
 『ミスカトニックでは、そこをイース空間と呼んでいます』佐藤管理官は囁いた。『イースの大いなる種族と呼ばれる存在が残した空間です』

(続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。本文中に登場する技術や製品は実在しないことがあります。

Comment(5)

コメント

匿名

「愚弟的には奉仕種族に示唆されて」は、「具体的には」でしょうか。

匿名

電撃銃で撃たなきゃ(使命感)

匿名

有名芸能人...
現職大臣...
(笑)

匿名

きっと香港みたいにガス銃で黙らせるんだ
しかし、三角コーンで蓋をされて防がれるはず

リーベルG

匿名さん、ありがとうございます。
具体的には、です。

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