ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

夜の翼 (17) 校庭のディープワンズ

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 『リン!』星野さんの怒鳴り声が響く。『そのコピーはダメ。deepcopy を使う。それから四番目のリストはタプルに変更。ハル、しっかりナビしなさい』
 「はい」ハルは震える声で答えた。「すいま......」
 『待った』星野さんの声がかぶった。『適応度計算ロジック、最後にソートを追加して』
 ドライバのリンは額に汗を浮かべながら、星野さんの指示に追随しようと指を動かしていた。ナビゲータのハルも必死にサポートしているが、星野さんの指示が途絶えることなく浴びせられるので、ほとんど口を挟む余地がない。
 遺伝的アルゴリズムは、淘汰、交叉、突然変異の三種類の操作を繰り返すことで近似値を得る。リンとハルが取り組んでいるのは、突然変異を行うmutation メソッドだ。隣の端末では、マイカとカズトが、淘汰を行うselection メソッド、交叉を行うcrossover メソッドを実装している。
 サブモニタには、ドローンからライブ中継されているディープワンズの映像が表示されている。映像は、ほぼリアルタイムに解析され、7 桁から11 桁の英数字から成るパラメータとしてオーバーラップされ、PO はそれを目視して、個体のパラメータとして入力していくのだ。パラメータによっては、ロジックの一部を変更しなければならないこともあり、実際のコーディングを行うドライバも、サポートするナビゲータも、大きな集中力を要求される作業だ。私がやれ、と言われても無理だろうが、PO たちは、まるで難易度の高いパズルゲームでもやっているような顔で熱中している。
 純粋にプログラミング工学的な観点からすれば、これらのプロセスを自動化するのは困難ではないし、処理速度も圧倒的に高速になるはずだ。にも関わらず、人の手、つまりPO が必要とされるのは、自我を持つ知性による「観測」を経なければ、ロジックが正常に動作しないためだ。その背景にある理論だか技術だかはトップシークレットらしく、防衛本部の部門長レベルでも知っている人はいないようだ。
 『マイカ、乱数の引数はハードコーディングしない。そこが代わるとmutation に渡すとき、全部狂ってくる。つまんないところで手を抜かないの』
 早く仕事を終えたいのか、元々の気性なのか、女子供にも容赦ない星野さんの言葉に、マイカは涙ぐみそうになったが、薄い唇を噛みしめながら手を動かした。
 私はユアンが映るモニタに視線を移した。傭兵部隊への通信が確立され、ユアンが相手に状況を説明しているところだった。PO たちの気を散らしたくないので、スピーカーは切ってある。ヘッドセットで聞いているサチが、短い言葉で内容を知らせてくれているが、どうやら先方の指揮官は詳細を知らされていないらしく、ユアンからの通信がトラップか何かではないかと警戒しているようだ。ディープワンズの姿を目視しているはずなのに、シュンを横取りするために手の込んだ偽装を行っていると疑っている。
 「ダメですね」サチは苛立ちを露わにした。「直属の雇用主からの命令しか受けない、出所のわからない武器は使えない、と頑なです。普段、よっぽど他人を信用できない生活をしてるんですかね」
 「貸してくれ」
 私はサチからヘッドセットを受け取ると、ユアンに呼びかけた。
 「台場だ。相手の名前は?」
 『本名はわかりません』ユアンはうんざりした口調で答えた。『聞けたのはコールサインがA6 だということだけです』
 「誰か」私は適当に呼びかけた。「相手につないでくれ」
 ユアンの車両に同乗しているソード・フォース隊員がコンソールを操作し、私にOK サインを送ってきた。
 「あー」私は咳払いして言った。「A6 ?」
 『誰だ』警戒心むき出しの声が答えた。『ユアンとやらはどうした』
 淀みのない日本語だった。ネイティブなのかもしれない。
 「アーカムの者だ」
 『すまないが』A6 は素っ気なく答えた。『作戦行動中だ。部外者との通信は禁じられている。切るぞ』
 「待て」私は慌てて叫んだ。「私は、あんたが連れている子供たちの保護者みたいな者だ」
 『この子たちの?』
 「正確には、その中の一人だがね」
 『加々見シュンか』
 「そうだ。シュンに代わってくれないか」
 『それはでき......』
 「君が相手にしているのは、9mm で倒せる生物じゃない。今、そっちに対抗できる兵器を送っているところだ」
 『それはユアンからも聞いたが信用できない。送ってくるのが、爆発物などではないと、どうして判別できる?』
 「だからシュンに代われと言っているんだ」私は焦燥を声に出さないように注意しながら続けた。「いいか。君たちがシュンの身柄を目的としていることは知っている。シュンが私を確認すれば、私が少なくともシュンの味方だということは納得できるだろう。兵器を送るのは君たちのためじゃない。シュンのためだ」
 『......』
 「今、この時点に限って言えば、私たちと君たちの利害は、シュンを守り、敵を倒すという点で一致している。互いの作戦遂行のために、使える手段は何でも使うのがプロとして正しい行動じゃないか? 全てが片付いた後、コインでも投げてシュンの身柄をどっちが確保するのか決めればいい」
 『......いいだろう』
 すぐにシュンの声が聞こえた。
 『チーフ?』
 「シュン」私は安堵した。「無事か」
 『ええ、まあ。すいません。無断で抜け出したりして』
 「心配したぞ。一言、相談してくれればよかったんだがな」
 『ごめんなさい。何か罰があるなら受けます』
 「掃除当番でもやってもらうか。まあ、そのことは帰ってからゆっくり話そう。今は、一緒にいる奴らに、君と私が仲間だということを納得させなければならん」
 『どうすればいいんですか』
 「何か質問するんだ」私は指示した。「君が私を台場だと確認できるような質問を。他の誰かが知らないような質問だ」
 シュンは、数秒間考えた後、質問してきた。
 『最初に会ったとき、ぼくがショゴスのことを何と表現したのか憶えてますか?』
 「腐ったシラタキと毒キノコだったな」
 『正解です。では、第二問。最初に会ったとき、ナナねえが台場さんに何と言いましたか』
 シュンの後ろで、ナナミがちょっと、とか何とか言う声が聞こえたが、私もシュンも無視した。
 「確か、通報されたいの、とかそんな言葉だったな」
 『ぼくもはっきり憶えてないですけど』シュンは含み笑いしながら答えた。『そんな感じでしたね』
 またシュンの後ろで声が聞こえた。A6 が何か囁いたらしい。
 『えっと、ここにいる人が、ぼくがATP でやった何かを訊け、と言ってるんですが......』
 「食堂での騒ぎのことは聞いた」私はすぐに答えた。「テルキヨのことは心配しなくていい」
 またシュンとA6 のやり取りがあり、通話相手がA6 に戻った。
 『いいだろう。信用する』
 「よかった」私は密かに安堵した。「兵器についての詳細を、こっちの人間から伝える。ホレイショー?」
 『了解。後はこっちで引き受ける』
 私がヘッドセットをサチに返すと、サチは私を手招きした。
 「まずいですね」サチはスマートフォンを見せた。「近隣住民が通報したらしくて、でたらめなデマが飛び交ってます」
 私はスマートフォンを見た。Twitter で「港南台 中学」を検索した一覧が表示されている。「脱走した殺人犯が立てこもっている」「逃げたシロクマが生徒を襲った」「過重労働のストレスでおかしくなった教師が生徒を殺してる」「米軍のヘリが墜落して政府が隠蔽しようとしている」「テロリストが......」「どっかの宗教団体が......」など、好き勝手な憶測が並んでいた。最も真実に近いのは「古代の邪神が復活して信者が生け贄の儀式を行っている」というものだったが、もちろん具体的に確証を掴んでいるわけではない。無視しよう、と言いかけて、一つのツイートが目に留まった。<スターウィズ教公式>というアカウントのツイートだ。

現在、港南台の中学校でスターウィズ教の信者が、警察権力によって不当な迫害を受けています。信教の自由が保障されている日本において、これは許されざる暴挙と言わざるを得ません。
近くの信者は、港南台第二中学に集まり、聖歌を詠唱することで、当局に抗議の意志を示しましょう。

 「またややこしいのが」私は唸った。「佐藤さん、スターウィズ教が......」
 『把握しています』すぐに応答があった。『警察当局に手を回して警告してもらっていますが、物理的な阻止は難しいようです。現状では何もできません』
 「何が目的なんでしょう」少なくとも、脳天気に合唱を楽しむだけとは思えない。
 『監視チームを貼り付けていますが、武装などはないようです。何にせよ、介入してくるようなら実力で排除しますから、ご心配なく。シュンくんの回収に集中してください。ランチャーの空輸準備ができました。すぐ発進させます。ロジックの進捗状態は?』
 私はロジックの構築グラフを確認した。
 「70% といったところです」
 『完了次第、QM に回します。最優先で確認させるようメンバーを待機させていますので』
 「こんなときぐらい、品質管理をスキップできませんか」
 『ショゴスのロジックは、過去の構築実績がありますが、今回は誰も構築したことがないロジックですから。QM 部の経験値をプラスするためにも必要なんです』
 「......QM 処理が致命的な遅れにならないことを願いますよ。それはそうと」私は声を潜めた。「あの星野さんって、本当にフリーランスですか? 今すぐにでもチーフが務まりそうなぐらいの知識があるじゃないですか」
 『彼女は旧横浜支部が壊滅したとき』佐藤管理官は静かな声で答えた。『最後まで抵抗して、大勢の非戦闘員が脱出する時間を稼いでくれた人です。そのときの戦いで、精神的なダメージを負ってしまいました。ATP の常勤として迎える手続きを進めようとしていた矢先のことです。横浜ディレクトレートが稼働したとき、セクションのチーフとしてスカウトする話もあったんですが、私が止めました。消耗したくなかったからです。代わりにスカウトしたのが諸見里さんです』
 「幻のセクションH というわけですか」
 『諸見里さんも優秀なチーフですよ』佐藤管理官は言葉を切り、横の誰かに頷くと、私に向き直った。『ドローンが発進しました』
 「了解です」
 すでにマイカとカズトのペアは、selection と、crossover の両メソッドの構築を終え、QM 部によるチェックに回していた。リンはまだコーディングしていて、マイカとカズトは邪魔をしないように、横から見守っている。私はマイカに小声で訊いた。
 「どんな調子だ?」
 「ソート処理で手間取ってるみたいです」マイカは囁いた。
 「適応度順にソートする部分か」
 「そうです。Java 版のロジックがひどいコーディングで......」
 『......違う』星野さんの苛立ち混じりの声が聞こえた。『partial とdense の順序が逆よ。ああ、もう、誰よ、こんなソース書いたの。変数の付け方がゴミくずだわ』
 「OneMax なんて、防壁ロジックの方で最近、よく出てくるじゃないか」
 「そうなんだけど」リンとハルを不安そうに見ながらカズトが言った。「そんなに数こなしてるわけじゃないしさ」
 「そういうのが得意なのは、シュンくんなんですよ」
 「そうそう」カズトは首を前後させた。「だから、その手の構築が出そうなときには、シュンがドライバになるようにしてた」
 ペアの組み合わせはチーフが決めるが、体調や気分などでPO から申告があれば、連続勤務時間などに抵触しない限りは認めている。そういえば、最近はシュンがドライバになることが多かったような気がする。シュンに経験を積ませてやろうと配慮したのだろう、ぐらいにしか考えていなかった。
 「カズトくん」サチが睨んだ。「不得意分野から逃げてちゃダメでしょう」
 「いや、待て」私はサチを制すると、さっきのヘッドセットを掴んだ。「ユアン。A6 の通信機な、画像は送れるのか」
 『は、画像ですか』ユアンは頷いた。『ええ。大抵のファイル形式には対応してるはずです』
 「もう一度、A6 につないでくれ」
 すぐにA6 が応答した。
 『今度はなんだ』
 「そっちの状況は?」私は中学校の防犯カメラ映像を確認した。「今、そっちが映っていないんだ」
 『今のところ化け物の姿は見えない。隠れている』
 「全員、一緒にいるんだな」
 『もちろんだ』
 「兵器がもうすぐ届く。シュンに代わってくれ」
 今度はA6 も躊躇せず、すぐにシュンが応答した。
 『シュンです』
 「台場だ。ちょっと......」
 『台場さん?』ナナミの声が耳元で炸裂した。『助けはいつ来るのよ!』
 「もうすぐだ。だいたい、君はなんでそこに......いや、そんなことはどうでもいい。シュンに代わってくれ」
 ヘッドセットから激しいノイズが響き、私は思わず顔をしかめて、ヘッドセットを耳から離した。シュンが通信機を奪い取ったらしい。
 『すいません。代わりました』
 「OneMax 問題に詳しいよな」私は詳しい事情を省いた。「今、ソースを送る。ホレイショー、いるか。相手に送ってほしい画像がある」
 私は空いている端末にログインすると、ディープワンズ用のJava ライブラリを開いた。mutation 関係部分のスクリーンショットを作成し、PNG ファイルに変換して、共有フォルダに保存する。ホレイショーに呼びかけ、ファイルパスを知らせると、すぐに完了連絡が来た。
 「シュン?」私は呼びかけた。「届いたか」
 『今、来ました。これJava ですね』
 「読めるか? 今、ハルに代わるから助言してやってくれ」
 『ここで、こんな状態で』シュンはクスクス笑った。『オペレーションですか』
 「ペアプロ、いやトリオプロになるな。リンが苦労してる。Python への変換ができないと、ロードする対抗ロジックが組めないんだ」
 『やってみます。代わってください』
 私はハルにヘッドセットを渡し、シュンに相談するよう申し渡した。ハルは驚きながらも頷き、ヘッドセットを装着し、すぐにシュンと会話を開始した。
 「......ああ、そうか。リン、そこのif 文は丸ごといらない。cross_entropy 関数を使おう。optimizer を通して......え? そっか、discrimination の値を、いったんマイナスにして二乗するってことか......」
 効果はすぐに現れた。ハルのサポートが的確になったことで、リンのコーディングも安定し、星野さんの素早い指示に対応する余裕が出てきたのだ。
 『うん、いいね』心なしか、星野さんの口調も柔らかくなっているようだ。『最後のfor の中で、crossover フラグのdgn とlili をTrue にセットすればOK のはず』
 「できました!」
 リンが宣言し、ハルも頷いた。
 「QM に回せ」私はハルからヘッドセットを受け取った。「よくやってくれた。忘れないうちに、カズトとマイカにも共有しておいてくれ。たぶん、すぐに使うことになるからな」
 そう命じ、私はヘッドセットをかけた。
 「シュン? 助かったよ」
 『いえ。あの、こっちの人が話したいそうなんで代わります』
 「なんだ」
 『兵器はまだか』A6 の声には焦燥感が現れていた。
 「もう届くはずだ。どうかしたのか」
 『どうやら、さっきの化け物が近くにいるようだ』
 「今、どこかに隠れているんだな」私は確認した。「ランチャーはドローンで空輸されるから、受け取るには姿を見せてもらう必要があるぞ」
 『了解している。そっちの何とかいう指揮官から聞いた』
 「よし。こっちの指揮官と代わる。それから言い忘れていたが、立場はどうあれ、シュンたちを守ってくれたことに感謝する」
 『仕事だ』A6 は素っ気なく答えたが、その後に付け加えた言葉には、わずかに感情が含まれていた。『俺にも子供がいる。子供が犠牲になるのは好まないんだよ』
 「そうか。無事に家に帰れるといいな」
 『一度切るぞ』
 通信は切れた。入れ替わるように、佐藤管理官が呼びかけてきた。
 『QM のチェック完了です。すぐデプロイされます。ランチャーの到着は1 分後です。そっちのモニタにも転送します』
 別のモニタに、中学校のグラウンドを上空から撮影した映像が映った。距離がぐんぐん縮まっていく。体育倉庫らしい建物から、一人の大柄な男が飛び出した。A6 と名乗った傭兵だろう。
 「あ」
 リンとマイカが同時に声を上げた。倉庫の陰からフード姿の巨体が出現したのだ。距離は10 メートル未満だ。私は手を握りしめた。
 A6 も当然ディープワンズには気付いているはずだが、あえてそちらに目を向けないようにしていた。部下の死因について、ソード・フォースからレクチャーされたのだろう。ディープワンズに背を向けて小走りに倉庫から離れていく。何かを叫んでいるようだ。ランチャーを受け取るためと同時に、ディープワンズの注意を自分に引きつけているのだ。
 ドローンはA6 めがけて急降下していく。同時にディープワンズもA6 に急接近していた。
 「くそ」カズトが罵った。「間に合わない」
 私もカズトと同じ見解に達したところだった。ディープワンズがA6 に接触する方がどう見ても早い。これではA6 がランチャーを受け取ったとしても、ロックを解除し、フレシェット弾を撃ち込む余裕がない。
 『大丈夫です』
 そう言ったのは、佐藤管理官だった。何が、と訊こうとしたとき、映像の左手でオレンジ色の光が炸裂した。職員用駐車場に通じる道路のフェンスで、何かが爆発したのだ。
 ディープワンズの足が止まった。空気の匂いを嗅ぐように顔を上げている。危険かどうかを判断しているのだろう。その間に体育倉庫の陰から、一人の小柄な傭兵が飛び出してきた。何をするつもりなのかと息を止めて注視していると、A6 が走ってきた傭兵を抱え上げるように持ち上げた。ジャンパーとリフターのようになった二人の合計身長は二メートルを軽く越えている。小柄な傭兵は空中で、ドローンからランチャーをキャッチし、地面に飛び降りながらA6 にパスした。
 小柄な傭兵は、着地と同時にサブマシンガンを構えると、膝立ちのままディープワンズに連射した。指揮官に攻撃の時間を与えるための時間稼ぎだったのだろうが、そのためにディープワンズの視線を正面から受け止めることになってしまった。傭兵の顔が恐怖で歪み、まるでイヤイヤ期の子供のように両手を振り回した。トリガーが絞られたままのサブマシンガンは、周囲に9mm 弾をまき散らし、そのうちの一発が、ランチャーを構えたA6 の左足を貫いた。不意を突かれたA6 はその場で横向きに倒れた。
 A6 は苦痛で顔をしかめながらも、ランチャーの発射手順を正確にこなし、数メートルまで接近したディープワンズにフレシェット弾を発射した。フレシェット弾は、ディープワンズの身体を隠しているコートの中心を貫いた。
 「やった」カズトが指を鳴らした。「やりやがった」
 だが、フレシェット弾にロードされたロジックが効果を発揮する数秒の間に、ディープワンズはA6 に近付き、両手でA6 の顔をわしづかみにしていた。A6 は絶叫する間もなく、両目から血を噴き出して絶命した。
 ディープワンズはシュンたちが隠れている倉庫の方を振り向いたが、そのときロジックが発動した。効果は明瞭かつ確実なものだった。ディープワンズの肉体が一瞬で分解され、中身を失ったコートがくたくたと地面に広がったのだ。
 『ああ』ユアンが呻いた。『ディープワンズを殺さないように、という約束だったのに』
 私は別のモニタに目を向けた。どこかに座っているインスマウス人が映っている。今の短い戦闘は、このインスマウス人も見ていたはずだ。怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも安堵なのか、その非人間的な表情から読み取ることはできなかった。
 そのときオペレーション車両がゆっくり停車した。外部モニタに目を向けると、中学校の正門前に到着しているのが見えた。ソード・フォース隊員二名が重い正門に取り付き、音を立ててスライドさせている。間もなくオペレーション車両は動き出し、中学校の敷地内に無断侵入していた。
 「さっきの爆発は何だったんですか」
 思い出した私は佐藤管理官に訊いた。駐車場近くのフェンスでは、まだ黒煙がもくもくと上がっている。
 『警備チームです』佐藤管理官は答えた。『ハウンドに足止めされていた。彼らの現着が一番早かったので』
 「なるほど。では合流して、本来の任務に当たってもらいますか」
 『いえ』佐藤管理官は首を横に振った。『それは無理です。燃えているのは車両ですから』
 「え、車を爆破したんですか?」
 『違います。時間がなかったし、爆破するような装備はなかったので、車ごと突っ込んでもらいました』
 車内の全員が沈黙した。
 「......自爆した、いや、させたってことですか」
 『遺族には充分な補償が与えられます』佐藤管理官の答えはそれだけだった。
 「他に......」方法はなかったのか、と訊きかけ、私は口をつぐんだ。今、佐藤管理官を責めても、何も得るものはない。
 『すぐにシュンくんを回収してください』人的損害をまるで気にしていないかのように佐藤管理官は続けた。『どうやら、そのままそこでオペレーションを続行してもらうことになりそうです』
 「横浜ディレクトレートに帰還するんじゃないんですか」
 『今、報告が入りました。中学校の周辺の複数地点でディープワンズの出現を確認しました。さらに増加し続けています。すでに住民に被害が発生し、警察と消防が総動員されています』
 「シュンが目的ですか」
 『間違いありません。このまま脱出したら、大量のディープワンズが、シュンくんを追って横浜市内を横断することになります』
 「大量って」知るのが怖かったが、私は訊いた。「どれぐらいの数なんですか」
 『少なくとも120 体以上』佐藤管理官の声は暗かった。『少なくともです。おそらくもっと増加するでしょう』

(続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。本文中に登場する技術や製品は実在しないことがあります。

Comment(11)

コメント

匿名

A6…
自爆の人…
しかも、ずっとピンチじゃん…

匿名

佐藤管理官の価値観(?)が怖い…大義あってのことだろうけど、警備チームや一般人への人的損害気にしない一方、星野などの戦力とみなせる人材については消耗させたくないという理由で守ろうとする。線の引き方と言うか…

匿名

大事を司る者に人間的感情は不要なのだ...

匿名

いつも楽しみにしてます。
ラグビーワールドカップの時事ネタいいね。

あしの

今週も一気読みでした。ハラハラが止まりませんね。
すごく細かいところなのですが、
「近くに住人が通報したらしくて・・・
の部分は「近くの住人」が意図された内容なのかなと思いました。
引き続き楽しみにしています!

リーベルG

あしのさん、ありがとうございます。
修正しました。

匿名

「旧横浜支部が壊滅したとき」とは、スニーカー探しの直後だったのかな、と考えてしまう……。

匿名

価値観がどうというよりSANが既に0か人間じゃないかのほうがしっくり

匿名

手に汗握る展開でハラハラしました。そして港南台第一中学校卒の人間としては複雑な気分で読んでました・・

匿名D

展開がえげつないなあ。
以前にも、タブレットを持たせた人間を裂目だかなんだかに突っ込ませていましたっけ。
Nだって用意する人たちだし。


星野さんはすでに予備役入りでしたか。
運用制限付きの助っ人って、なかなか燃える展開ですね。

匿名

ハウンドからグール買い取って、ディープワンズにぶつけるしか無さそう

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