ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

魔女の刻 (10) リピーター

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 草場さんが私をいざなったのは、市役所の地下にある「カフェくぬぎ」だった。カフェというより、喫茶店と呼んだ方がしっくり来る、薄暗いお店だった。4 人がけのテーブルが5 つと、カウンター席が4 つ。市役所の職員らしい男性客が2 組いるだけだった。私たちはコーナーの席に座った。
 「こんなところあったんですね」私は店内を見回した。「外部の人間でも利用していいんですか」
 「存在が知られてないだけで、別に制限されているわけじゃないですよ」草場さんはそう言って笑った。「何にします?」
 水とおしぼりを持ってきたアルバイトらしい中年女性に、私は紅茶を、草場さんはコーヒーをオーダーした。
 「さて」草場さんはおしぼりで手を拭いながら私の顔を見た。「驚いたでしょう」
 「そりゃもう」私は冷たい水を喉に送り込んだ。「何なんですか、ありゃあ。やる気あるんですか、あの人たちは。っていうか、草場さん、どうしてご存じだったんですか」
 私の問いに、草場さんは「知りたいですか」などと前置きすることなく、あっさり答えを明かした。
 「実は以前にもQ-LIC さんとは仕事をしたことがあるんですよ」
 「あ、そうなんですか」
 「ええ、だから、どんな展開になるかは読めてました」
 「そういうことですか。ちなみに、どんなお仕事だったんですか?」
 「前回のくぬぎ市ICT システム構築です」
 「え? じゃあ......」
 「リピーターってわけです」
 コーヒーと紅茶が運ばれてきた。小皿に入った柿ピーが添えられている。私は暖かい紅茶をすすってホッと一息つく。
 「前回の開発はかなりキツいものだったと聞きましたが」私は言葉を選びながら訊いた。「それでも、また参加されたんですか」
 「本音を言うなら受けたくはない仕事でした。でも、うちも小さなベンダーでしかないので、生き残っていくには仕事を選んでいられません」
 「どこも同じですね」
 「リピーターといっても」草場さんはコーヒーカップを口に運びながら言った。「直接、Q-LIC とやり取りしてたわけじゃないですよ。うちは8 次請けだったんですけど、今回みたいに現地で開発していたわけじゃなくて、作業は自社でやってたんです。元請けから詳細設計書もらって。Q-LIC 社員と会ったのなんて、2、3回ですよ」
 「今回のエースの進め方とは違いますね」
 「エースさんは、基本的に仕切りたがり屋なんですね。中抜き業者を必要悪だとして利用していても信用してないんでしょう。Q-LIC は違います。システムは利用するもので、作るものじゃない、自分らはもっと上流の、いわば政治的、文化的な部分に携わって稼ぎたい、って考えなんです」
 「文化的ですか」私は弓削さんのおかしなメガネを思い出した。「確かに、あのファッションは、ある意味、その......」
 「痛いですよね、おっと」
 私が言い淀んだ言葉を補完してくれた草場さんが、おどけて唇に指をあてる。私たちは周囲の迷惑にならない程度の音量でクスクス笑った。
 「でも」笑顔を残したまま、草場さんは真面目な口調で言った。「Q-LIC が悪徳企業かというと、そうでもないんですよね。クリックブックスは居心地がいいです。たまに出先で時間があると寄って、カフェでノートPC 開いたりしますけど、なんかスタイリッシュにビジネスしてるなオレ、みたいに錯覚しますからね」
 私は頷いた。ノートPC を持ち歩いてまで仕事したいとは思わないから、そんな錯覚に陥ったことはないが、クリックブックスの店舗の大部分がセンスよくディスプレイされているのは確かだ。話題の新刊は大抵平積みで目立つところにおいてくれるので、探すのに迷うことはないし、生活雑誌の類いも豊富に揃えてある。技術書の類いはほとんど置いていないが、その手の書籍は会社で買ってもらうので欠点にはならない。街の書店が次第に数を減じている昨今、ユーザに足を運ばせるための努力を怠っていない点は、企業として評価に値するのではないだろうか。Q-LIC は市政アドバイザリだの、市立図書館の運営だの、大規模システム構築だのに手を出さず、本の販売と映像コンテンツのレンタル・配信に特化して事業を先鋭化させていれば、多くの人が幸せだったに違いない。
 「さっきの浜野さんは、Q-LIC 社員ですよね」
 「Q-LIC の子会社だと思います。Q-LIC はシステム関連の子会社を、7 社ぐらい持ってますから。といってもIT ベンダーはないんですけど」
 「つまり素人ってことですか」
 「開発に関しては素人でしょうね。それがQ-LIC のやり方なんです。最初から有効なリソースを投入しないんです。若手の経験値を上げる場として利用している、ということらしいですが定かではありません。私は、下請けに対するメッセージじゃないかと思ってるんですが」
 「メッセージ?」
 「被害妄想かもしれませんが」草場さんは苦笑した。「お前らには、これぐらいの相手で十分だ、お前らとやっているのは、全体の中の優先順位の低い方の仕事でしかない、図に乗るな、対等に言葉を交わせると思うな、頭が高い、控えよ、というわけです」
 私は思わず声を出して笑ってしまったが、どこか納得できる意見でもあった。過去に経験したシステム開発で、技術者が一人も参加していない打ち合わせで作成された設計書の山があれば、後は下請けプログラマたちが汗をかくだけでシステムができる、と考えているおめでたい発注者を何人も見てきた。
 「前回の開発のとき、降りてきた仕様書について質問投げると、回答返ってくるまで何日も待たされるんですよ。ワークフローシステム使ってたんですけど、必ずQ-LIC の担当者の承認記録があるので、一番上まで行ってたんでしょうね。で、山びこみたいに戻って来たときには、すっかり別物になってるんです」
 「仕様変更ですか」
 「仕様変更とはちょっと違うんですよ」草場さんは苦笑した。「たとえば日付項目で、DB 上は年、月、日と分ける場合があるじゃないですか。で、一桁の日や月の場合、"1" なのか"01"なのか、と質問したら、設計者を全員巻き込んだ会議になったらしいです」
 「それは文字型だったんですか?」
 「そうです」
 「なら、普通は"01" にするんじゃないですか。ソートのとき困りますよね」
 「そうなんですが、結合して日付として表示する際、04/01 となると困るケースがあったらしくて」
 「4/1 にしたいなら結合するとき、前ゼロ消せばいいだけだと思うんですが」
 「我々の感覚だとそれが正なんですが、その常識が通じない層で物事が決まってたんですね」
 「最初にルール決めしておけばいいのに」
 「聞いた話なんですがプロマネの方針なんだそうです。つまり、あまり最初にガチガチに固めてしまうと柔軟性がなくなる。それより必要に応じてブレストした方が、面白い発想が生まれるんだ、と言ったとか」
 私は嘆息した。言いたいことはわかるが、システム開発の方針を柔軟に変更することと、決めるべき最低限のルールも決めずに見切り発車するのは意味が違う。Q-LIC は、他と違ったやり方をすることばかり考えて、エンドユーザにとって何が最適か、というシステム開発における基本原則を無視したのだ。そういえば、くぬぎ市の前市長も「既得権益の破壊」と「スピードは最大の武器」と「反省は時間のムダ」のスローガンの元で、いろんな見切り発車を繰り返したそうだ。市立図書館運営の民間委託も、学校教育へのタブレット導入も、地元商業振興支援システムも、いずれも前市長が独断で決定し、市議会にも事後承諾で進めた。周囲をイエスマンの政治業者ばかりで固め、反対派は議会で罵倒して口を封じ、各分野のプロの警告を「勉強不足」「ガヤの寝言」と切り捨てたそうだ。結果的に、くぬぎ市ICT システムは全面刷新となり、私がここにいるわけだが。
 「そのプロマネって......」
 「弓削さんですね」
 やっぱりそうか。
 「最終的にQ-LIC 主導のICT システム開発は失敗に終わったわけですよね」私は首を傾げた。「なのに弓削さんは、責任を取らされたりしなかったんでしょうか」
 「当時は、KUNUGI イノベーションデベロップメント、通称KID がソフトウェア部分の開発の元請けだったんです。前市長の人脈の1 人が、官僚から天下ってKID の社長になった会社ですね。弓削さんはうまく立ち回って、そこに責任を全部押しつけたと聞いています。KID はQ-LIC に吸収合併され、KID の社長は責任を取って退職。それで幕引きです」
 「KID といえば、あの話は本当なんでしょうか」私は躊躇いながら訊いた。「そのときのPL の人が、自殺したというのは」
 「事実ですよ。開発に参加していたメンバーの間でも、ちょっとしたトピックでしたから。若宮さんという名前でした」
 「お会いになったことがあるんですか?」
 「前回の開発のときは、私の上司が窓口として仕様の確認などを受け、私は自社内でメンバーをとりまとめていたんです。なので、2 回ほど開発センターに来ただけでしたが、そのとき挨拶だけは。上司の話では、真面目で責任感の強い、優秀な技術者だった、ということです」
 「白川さんが言っていたように、弓削さんに押しつけられた仕事が負荷になった、というのはどうなんでしょう? 月300 時間とか」
 「言ってましたね。確かに負荷は相当なものだったようです。月300 時間という数字も信憑性はありますね。弓削さんに押しつけられたのかどうかわかりませんが、図書館システム、学校情報支援システム、地元商業振興支援システム、行政オンラインシステムのクラウド移行と、全部を調整する立場にいたということですから、たぶん平日休日朝昼晩の別なく働いていたんでしょうね。月月火水木金金です」
 「それで倒れてしまったと」
 「みたいですね。いわゆるSE 的な業務ばかりではなく、実装の方も見ていたようですから。たとえば、Cassandra を操作するのに使うライブラリあるでしょ。もう中見ました?」
 「まだです。kdsCassUtilLibs でしたっけ」
 「それです。当時は、KIDS ライブラリと呼んでいたんですが、それを作ったのは、その若宮さんなんですよ。それもほぼ1 人で」
 「へー、それは優秀な人だったんですね」
 「開発を開始したときは、Datastax のJava Driver しかなくて、我々はCQL を使って地道にコーディングしてたんです。トランザクションについてのルールもプログラマ任せで、テスト環境ではうまくいっても、本番環境ではなぜか失敗する、みたいなトラブル続きでした」
 見かねた若宮さんは、他の業務を後回しにして共通ライブラリ作成に集中した。作成には10 日ほどを要し、その間、Q-LIC や実装メンバーからは苦情が上がり続けたが、若宮さんはその声を半ば無視してライブラリの実装を進めた。
 「ライブラリが完成した後でも、批判の声が上がったんですよ。なぜだと思いますか?」
 「すでに実装したソースを修正する必要があったからですか」
 「そうです。何を隠そう、私自身、すでに作ってしまって単体テストも終わっているソースを修正するのには抵抗がありました。リファクタリングなどというレベルではなく、ほぼ作り直しになってしまうので。でも、若宮さんが作ったサンプルを見たら、ほとんどのプログラマが考えを変えたんです。確かにコンバートする手間はかかったんですが、それだけの価値はありました。若宮さんを非難していたQ-LIC の管理者も、それ以後実装効率が劇的に向上したことで何も言わなくなったんです」
 優秀なプログラマは、日本のIT 業界では評価されづらい。プロジェクトマネージャやプロジェクトリーダーの成果は、プロジェクトの成否、という誰にでもわかりやすい形で表すことができ、評価するのは大抵の場合素人だ。一方、業務システムの中の一プログラムの品質を素人が見極めるのは難しいし、そもそも見極めようとは思いつきもしない。今、草場さんが話してくれたエピソードは、プログラマが巨大システム開発の中でヒーローになった希有な例だ。
 私は1 人のプログラマとして、顔も知らない若宮さんというエンジニアに羨望の念を抱いた。一緒に仕事をしてみたかった。さぞかし刺激的で有意義な開発になったことだろう。黒野も、そういう仕事を取ってきてくれればいいのに。
 「KIDS ライブラリがなければ」草場さんは懐かしむように天井を見上げた。「現在のシステムはもっとダメダメな状態だったか、下手すればオンスケでカットオーバーしなかったかもしれません」
 「使うのが楽しみになってきました」戻ったらドキュメントだけでも目を通してみようと決めた。「それにしてもすごい人だったんですね」
 「プログラマとしても優秀だったんですが、全体のマネジメントも手を抜かなかったようで、誰もが若宮さんを頼りにしていたそうです。マネジメントスキルとプログラミングスキルの両方をバランス良く持っていたってことですね」
 「でも、そんな優秀な人がどうして自殺なんか」
 私は首を傾げながら訊いた。話を聞く限り、バイタリティに満ちあふれたエンジニアという印象で、自ら死を選ぶようなイメージとは一致しない。
 「一種の燃え尽き症候群でしょうかね」
 「カットオーバー後、すぐにお亡くなりに?」
 「えーと、いや」草場さんは眉を寄せた。「新図書館のリニューアルオープンと、現行の学校情報支援システムのカットオーバーが、3 年前の4 月だったんですが、確かその前月だったと記憶しています」
 「そうですか」
 カットオーバーを見届けた後、張り詰めていた緊張が一気に解け、というならまだ理解できるが、そんなに責任感のある人が、カットオーバー直前に全てに終止符を打つような真似をした、というのは少し違和感がある。
 「そうなると燃え尽き症候群とはちょっと違いますね」草場さんも同じ思いだったようで、先ほどの言葉を訂正した。「そういえばカットオーバー直前にリーダーがいなくなってしまったので、何日か開発センターはパニック状態になったらしいです。うちの上司も、一週間ぐらい家に帰れなかったそうですから」
 それでも何とかオンスケでカットオーバーし、前市長が報道陣の前でドヤ顔を披露できたのは、若宮さんが日頃から主要メンバーに対して権限を積極的に委譲していたからだったそうだ。各自の作業量は急激に増大したものの「どうすればいいのかわからない」といった類いの問題はほとんどなく、人的リソースを投入して力業での解決が可能だった。
 多くのプログラマが立腹したことに、弓削さんはその功績を「自らが陣頭に立って管理手腕をふるったため」と主張した。くぬぎ市とQ-LIC の経営陣がそれを認めたのかどうか、弓削さんは市庁舎内に設置された「ICT サポート室」の室長に任命された。前市長とも親しく交流していたらしい。何度か所属名と職位名は変わったが、くぬぎ市のICT 戦略に対して自由に意見を発信し、各種情報を閲覧できる権限は継続して所有している。
 「来年の春、つまり新システム稼働後ですが」草場さんは締めくくった。「弓削さんはQ-LIC 本社に戻って、事業本部長に昇進することが内定しているそうです。詳しくは知りませんが、コンテンツ事業ではなく、地方自治体にICT インフラとパッケージを売り込む事業部だそうです。また税金をかすめ取る仕事を続けるってわけです」
 「だったら、今回の開発は、弓削さんのくぬぎ市における花道ってわけですか」
 草場さんは小さく首を横に振った。
 「川嶋さんだったら、全面的に協力して、成功裏に終わらせたい、と思うでしょう」
 「え、ええ、まあ」私は眉をひそめた。「草場さんは違うんですか?」
 「私だってそう思いますよ。でも弓削さんは、というか、Q-LIC はそう思ってないでしょうね。むしろ失敗に終わることをひそかに願ってるはずです」
 「え、どうして? 弓削さんが非協力的なせいで失敗したら、失点になるじゃないですか」
 「Q-LIC の立場になってみればわかりますよ。Q-LIC と前市長がタッグを組んだくぬぎ市ICT 戦略事業は、ご存じの通り、惨憺たる有様です。そして、今、エースシステムが同じ事業にトライしている。成功すれば、やっぱりIT に素人のQ-LIC などに任せたために失敗した、という評価が固まりますよね。でも、もしエースが失敗すれば、日本屈指のSIer でさえ失敗したんだから無理もない、と主張することができるじゃないですか」
 「ああ、なるほど」私は感心した。「そういう考え方もありますね」
 「だから、弓削さんが妨害工作をすることで、この案件が失敗に終わるなら、そこまでいかなくても進捗を遅らせることができたなら、Q-LIC 内部では弓削さんはヒーロー扱いだと思います」
 「もしかすると」私は顔をしかめた。「さっきのは妨害工作の一環?」
 「でしょうね」
 「じゃ、これからも、弓削さんの妨害工作が続くってことですか」
 「露骨な妨害はさすがにくぬぎ市の方から苦情が入るでしょうが、協力に消極的になるだけでも、スケジュールを遅延させる効果はあります。工程表はご覧になったと思いますが、日単位でスケジュールは決まっていますから」
 「確かに」私は頷いた。「現にこうして、私たちの工数が1 時間ほど浪費されていますもんね」
 「私はご一緒できて嬉しかったですけどね」草場さんはさりげなく動揺を誘う言葉を口にすると、時計を見てレシートを掴んだ。「まあ、幸い、Q-LIC が関わる部分は、それほど多くはないはずですが。行きましょうか。ここは私が」
 「いやいや、そういうわけには......」
 「私が誘ったんですから。次回は割り勘、ということで」
 「いえ、次回は私がおごります」
 「じゃ、そういうことで」
 頷いてから、これでは二人で会う次の機会を作ることを約束させられてしまったようなものだ、と気付いた。これが草場さんの手だとしたら、かなりあざといと言えるが、不思議と不快ではなかった。
 市役所の外に出て、交差点で信号が変わるのを待つ間、私はふと心に浮かんだ疑問を口にした。
 「これまでの要件定義フェーズでも、Q-LIC の妨害工作はあったんでしょうか」
 「間違いなくあったでしょうね」
 「白川さんは手を打たなかったんですかね。もしくは高杉さんが。黙っているような人たちには見えませんが」
 「それは私もちょっと不思議なんですよ。要件定義フェーズでは、それほどQ-LIC の協力を必要とするシーンがなかったのか、他に何か考えがあったのか」
 「他に、というと?」
 「それがわかるといいんですけどね。まあ、でもこのまま済むとは思えません。いずれ、エースとQ-LIC が全面衝突する日が来るんじゃないでしょうか」
 「衝突したとして」私は歩き出しながら言った。「Q-LIC に勝ち目はないんじゃないですか。マネジメントしてるエースが主導権を握ってるわけですから」
 「そう言い切れるものでもないんです。Q-LIC は撤退するわけですが、くぬぎ市への影響力は維持しているようですから」
 「なぜですか?」
 「前の市長が前例を作ったからです。今じゃ、ちゃっかりQ-LIC の子会社の取締役社長に天下って、結構な報酬を受け取っているし、<地方再生アーティスト>とか<既得権益と戦う改革者>とか名乗って、全国の地方自治体で講演して回ってます。くぬぎ市のICT 先進都市計画が大失敗に終わったことには触れずにね」
 「そうらしいですね」今回の案件のおかげで、これまでよそ事だと気にしていなかった、くぬぎ市関連のニュースが目に止まるようになっている。
 「それって、Q-LIC に利益をもたらした功績で、ですよね。天下り、ということを、Q-LIC は否定していますが、まあ、誰がどう見たって天下りです。大抵の人から見ると腹立たしい限りです。でも、その一方で、うまくやったな、と思う人間も、少なからずいるんですよ。特にくぬぎ市の上の方の人は、口では前の市長の影響を排除するとか、くぬぎ市再生だとか言っていても、できれば自分もあやかりたい、と考えているんじゃないでしょうか。子会社の社長なんてうまい話は、さすがにもう打ち止めでしょうが、Q-LIC の関連会社のそれなりの役職に就けてもらうぐらいなら、それほどハードルは高くない。くぬぎ市みたいな田舎町で細々と枯れていくより、都会でいい金をもらって豊かな生活を送りたい、そう考えると、Q-LIC に便宜を図った方が得なんです。エースは上場企業であっても、所詮システム屋でしかない。システム構築が終われば、後は保守での付き合いが残るだけだし、くぬぎ市の人間に雇用を与えてくれるわけでもないですよね。一方、Q-LIC は上場こそしていませんが、全国にクリックブックスを展開している大企業であり、関連子会社も多い。どっちに媚びを売った方が、自分の将来にとって旨みがあるのか、誰だってわかりますよね」
 2 月の寒風がコートの裾をはためかせたが、私の背筋に走った悪寒は気温が原因ではなかった。この手の政治的な話が、私は大嫌いだ。くぬぎ市とは縁もゆかりもない私だが、携わったからにはエンドユーザ、つまりくぬぎ市の人たちが幸せになるような仕事をしたいと思う。それなのに、遙か上の方での下らない意志決定や闘争が、その意欲を阻害しようとしている。どうして、いわゆる偉い人たちというのは、物事を必要以上に複雑にしたがるのだろう。いっそのこと、ソフトウェアエンジニアが全ての物事を決定した方が、世の中はずっとよくなるのではないか、と思うことがある。
 「そういう争いに巻き込まれるのはイヤですね」
 「私だってそうです」草場さんも頷いた。「できるだけ巻き込まれないよう、情報交換していきましょう」
 「そうですね」
 だが、エースシステムとQ-LIC の権力闘争は、私たちにも大きな影響を及ぼすことになる。それが目に見える形で明らかになったのは、翌月のことだった。

(続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。本文中に登場する技術や製品は実在しないことがあります。

Comment(23)

コメント

名なし

いつも楽しく拝読しております
白川さん失踪も、これに絡んでくるとみた 浅いかな?

匿名

>「なら、普通は"01" にするんじゃないですか。ソートのとき困りますよね」
>「そうなんですが、結合して日付として表示する際、4/1 となると困るケースがあったらしくて」
前後の整合性がとれてないような
04/01になると困るケース、では?

3STR

このお役所気質だとむしろ0埋めは慣例的な理由によりダメという流れでは

若宮さん不憫すぎる
今シリーズはフィクションですと強く念じながら読まんといかんですね

匿名

若宮さんの死が不審すぎる・・・ただ、いくらなんでもそこまでやるか?という気はするが

匿名

第一話時空での白川さんの命が心配になってきました

匿名

若宮さん、自殺に見せかけて実はQ-LICに拉致されたとか・・・
優秀だからということで、Zのシステム開発をさせられているのではなかろうか

匿名

・若宮さんは白川さんの恋人
・白川さんが休職した原因は恋人の自殺
・恋人が完成させることができなかったシステムを自分が完成させようとしている
とか

匿名

今回は推理ものな気がします。
技術よりは社会的なあれこれが多いので、背景説明も多いです。
白川さんが若宮さんの関係者で事件の真相を調べるために同じ状況を作り出したとかだとよくある展開なんですが。

日付は"4/1"ではなく"□4/□1"(□=スペース)と表示するんでカラムにスペースありとなしのデータが入ってるとか。
どっちにしろ普通にコードで出来るんでしょうけど。

リーベルG

匿名さん、ご指摘ありがとうございます。
確かにちょっと前後がつながらないですね。修正しました。

新米SE

いつも楽しく拝見しています。
ふと気になったのですが、エースシステムのモデルは某知識集団N◯◯ですかね?
四谷、横浜にビルがあって、業界トップクラス。上級SEの役職があり、下請けをゴミのように扱う。笑

匿名

シリーズ読んでずっとそれは感じてましたが、Nは会社として色々やらかしは多いけど、体制も個人能力もエースよりは絶対まともだと思いますけどね……

新米SE

いつも楽しく拝見しています。
ふと気になったのですが、エースシステムのモデルは某知識集団N◯◯ですかね?
四谷、横浜にビルがあって、業界トップクラス。上級SEの役職があり、下請けをゴミのように扱う。笑

新米SE

誤って再更新してしまいました。
>>匿名さん
そうですね。まともなのはNだと思います。
優秀な方もいますし。
ただ一部の方が下請けをただの駒と思っている面はありますよね。
それはもちろんNとか大手Sierだけでなく、業界全体の問題ですが。

M

>>新米SEさん
駒として扱われるのはいやだ、と下請けから大手Sierに転職した若手SEも、
1年もすれば下請けを駒として扱い始めるんだから、、、
業界全体の文化の問題なんでしょうね。

匿名

いつも楽しみに拝見しています。

1点だけ
「4/1 にしたいなら結合するとき、前ゼロ消せばいいだけだといいと思うんですが」

「4/1 にしたいなら結合するとき、前ゼロ消せばいいだけだと思うんですが」

リーベルG

匿名さん、ご指摘ありがとうございます。

ななこ

>>新米SEさん
エースシステムのモデル、初期の頃は某日◯だったかと思ってました
「拝承」など独特な日◯用語を使ってたので…。
(他にも使ってるところがあったらごめんなさい)

会社としてのモデルはもしかしたらリーベルGさんの中で変わってらっしゃるのかもしれませんが。

ななこ

>>新米SEさん
エースシステムのモデル、初期の頃は某日◯だったかと思ってました
「拝承」など独特な日◯用語を使ってたので…。
(他にも使ってるところがあったらごめんなさい)

会社としてのモデルはもしかしたらリーベルGさんの中で変わってらっしゃるのかもしれませんが。

匿名

誰かの読者校正が入るからいいやと思って月曜にスルーしたらいまだに何もないので一応。

> さんざんたる有様です。
・さんざんな有様です。
・さんたんたる有様です。

リーベルG

匿名さん、ご指摘ありがとうございます。
見過ごしてました。

匿名

通信系NのSI企業D社は通信インフラを担当し開発は要件定義を担当し
現場管理はやらない印象はあります。
メーカ系N社はお抱え企業しか使わない印象があります、個別に中小を漁る印象は無いです。

LvB

いつも楽しく拝読しております。毎回,1回分の文量にジェットコースターを盛り込む手腕はすごいですね。毎回引きつけられ,読後に清涼感が残って,良い1週の始まりとなっています。改めて感謝!

ところで,下記
「黒野も、そういう仕事を取ってきてくればいいのに。」ですが,
「取ってきてくれればいいのに」か「取ってくればいいのに」でしょうか
思い違いでしたら失礼いたしました。

リーベルG

LvBさん、ご指摘ありがとうございます。
「取ってきてくれればいいのに」が正しいですね。

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