ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

ハローサマー、グッドバイ(23) 闇をさまようもの

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 平凡なプログラマ生活を送っていれば、物理的、または精神的衝撃で気絶するという経験をすることはあまりない。少なくともぼくは初めてだった。同じように、頬を叩かれて覚醒させられるという経験も初めてだ。

 ぼくが意識を失っていたのは、おそらく1 分に満たない時間だったらしい。目を開き、最初に焦点が合ったのは、ぼくにかがみこんでいるブラウンアイズの瞳だった。ぼくは、やあ、とか何とか寝ぼけたことを口にしかけたが、強めの一発が右の頬で炸裂し、強制的に覚醒させられた。

 「立って!」ブラウンアイズが小声で喚いた。「さっさと立って。脱出するわよ」

 「慌てず動け」柿本少尉が囁いた。「奴らが入ってくるぞ」

 ぼくはノロノロと半身を起こしたが、業を煮やしたブラウンアイズが胸ぐらを掴み、残りの行程を手伝ってくれた。途端に右側の脇腹を起点とする激痛が全身に走った。

 「うお」

 「うおじゃないわよ」ブラウンアイズはリュックをぼくの手に押しつけた。「痛いかもしれないけど、しっかりして。すぐにここを出なきゃならないのよ」

 ぼくは頷き、それからハッと気付いて床を見た。ヘッジホッグの巨体が仰向けに倒れていた。床には大きな血だまりが広がっている。その死に顔は驚くほど穏やかだった。ぼくの視線を追ったブラウンアイズは少し声を落とした。

 「救命処置はしたけどダメだったわ」

 「......そうか」傷とは無関係な痛みが胸に走った。「ぼくのせいで......」

 「あんたのせいじゃない。ヘッジホッグはやられた分をしっかりやり返した。それだけ」

 そう言われても簡単に納得できるものではない。インシデントZ以来、人の死はずいぶんと身近になってしまったが、慣れるかどうかは別問題だ。ましてや、短い間だったが行動を共にし、言葉を交わしていた人間の死であり、その要因の1 つがぼく自身だ。その事実が負のループ構造となって脳内をぐるぐると駆け巡り、全身に冷たい汗が噴き出した。何もかも放り出し、もう一度床に倒れて忘却の沼へ沈んでしまいたい、というマイナス思考に支配されそうになる。

 ブラウンアイズの手が、またぼくの頬に飛んだ。

 「パニくらないで」悲しみを湛えた琥珀色の瞳が至近距離から見つめてきた。「精神崩壊も、スタンドアロンモードも、死ぬのも全部禁止よ。少なくとも、ここ何日かはね。そういうのは、全部終わった後に好きなだけやればいいから。今は、ここを出て、仕事をしてもらうわ。だから、しっかりして」

 「彼の」ぼくはヘッジホッグから目をそむけた。「遺体はどうやって運ぶんだ?」

 「いえ」ブラウンアイズは小さくかぶりを振った。「置いていく。残念だけど。運んでいたら、あたしたちが危険になるから」

 「で、でも、このままで......」

 「あたしだって悔しいけど仕方がないの。Zは死体には手を出さないから、荒らされる心配はない。いつか骨を拾いに来る。絶対に」

 不意にブラウンアイズは身をかがめると、床に落ちていたヘッドセットサブシステムを拾い上げた。ヘッジホッグのものだ。ブラウンアイズは、ぼくにそれを差し出した。

 「あんたに貸したのは、銃弾で破壊されてたから、これを使って。もちろんBIAC は使えないけど、聞くだけなら同じだから」

 ぼくはヘッドセットを受け取り装着した。

 「そういえば、あいつら......」言った途端に、またしても脇腹がズキンと痛み、ぼくは顔をしかめた。「ヘッドハンターたちは?」

 「3 人ぐらいが逃げてったわ。残りはそこらに転がってるけど、連れて行く余裕はないから放置。心が痛んだりしないわよね?」

 「しないね」ぼくは同意した。「あいつら、ぼくを殺すのが仕事だとか何とか言ってたけど......」

 「それは後で考えましょう」ブラウンアイズは柿本少尉の方を見た。「ちょっと少尉と話してくる。ここを出る準備をしていて。何か持って行くものがあれば、今のうちに拾っておいて」

 「銃は?」

 ぼくは遠くの壁際に落ちているアサルトライフルを指したが、ブラウンアイズは興味を示さなかった。

 「あのライフルに合う弾薬はないし、サプレッサーはすぐに劣化するから逆に危険よ。あれも放置」

 ブラウンアイズは柿本少尉の元に走っていき、何かを話しかけた。ぼくは痛みをこらえてリュックを背負った。身体を少しひねっただけで、右の脇腹が裂けるような痛みに襲われる。インナーの下がどうなっているのか、確認するのが恐ろしかった。

 痛みを紛らわそうと周囲を見回した。少し離れた床に、あのリーダー格の男が転がっているのが目に入った。身体が動いているので生きてはいるようだが、この男に分けてやる慈悲の心など持ち合わせてはいない。それどころか、ヘッジホッグに代わって、またぼく自身が容赦なく蹴られたお返しを、倍返ししてやりたいぐらいだ。ぼくはその思いつきを実行に移しかけたが、男の迷彩服の胸ポケットが、長方形に盛り上がっていることに気付いて行動を修正した。用心しながらジッパーを開けて見ると、思ったとおり、小さいサイズのスマートフォンだった。

 表面にタッチすると指紋認証画面が表示された。ぼくは少し躊躇った後、男の右手を掴んで親指を押し当てた。円形のグラフィックが光り、画面に「認証されました」の文字が浮かび上がる。男の手を放り出すとホーム画面に切り替わっていた。Android OS のようだが、ホーム画面にはアイコンが数個あるだけだ。画面上部の電波レベルは×印。充電レベルは81%。とりあえず設定画面を開き、ロック機能を数値入力に変更し、1111 を設定してからポケットに放り込んだ。

 忘れていた喉の渇きを思い出したとき、割れたショーウィンドウから、数体のZが身体をぶつけながら入り込んでくるのが見えた。あれだけ派手な音を立てれば当然だろう。

 ブラウンアイズたちに警告しようと思ったとき、すぐ横でUTS-15J が発射され、先頭のZが脚に被弾して転がっていった。いつの間にか戻ってきたブラウンアイズが撃ったのだ。

 「行くわよ」

 ぼくはブラウンアイズに背中を押されるようにして、その場を離れた。最後に振り返ったとき、倒れている男に数体のZがフラフラと近づいていくのが見えた。何か気の利いたセリフ――たとえば、Hasta la vista, baby とか――を吐くべきかと1秒ほど考えたが、結局何も言わずに立ち去ることにした。

 20 分後、ぼくはセキチューの2 階に戻り、肩で息をしていた。柿本少尉とキトンが先行し、ブラウンアイズに後ろを守られるという贅沢な体勢で戻ってきたのだが、その間、ほとんど走りっぱなしだったのだ。元々の予定では、目立たないように縄ばしごで屋上まで登ることになっていたのだが、谷少尉はスピードを重視して、破壊された指揮車両が横付けになっている1 階のドアを開けておいてくれた。ぼくたちは、ありがたくそこを通り抜けた。

 「無事でよかった」島崎さんが、ふらふらになっていたぼくに手を貸してくれた。「はい、水」

 ぼくは礼を言うのももどかしく、差し出されたペットボトルを口に当て、生ぬるい水を一気に飲み干した。全身の細胞に浸透していくようだ。もっと欲しかったが、水が不足していることはわかっていたので我慢した。冷蔵庫でキンキンに冷えた1 本の缶ビールと引き替えにできるなら、1 年分の給料を差し出してもいい気がする。

 ぼくはヘッジホッグの遺体があるPC DEPOT の方角を向き、命の恩人に対して、感謝と鎮魂の意をこめて手を合わせた。ついでに、ヘッドハンターの男たちが、できるだけ悲惨な死に方をしてくれることを、神と悪魔の両方に祈った。プログラマは誰もが、仕事に就いた早い機会に、祈ることを学ぶものだ。

 「ありがとう」ブラウンアイズが、これまで聞いたことがないような優しい声で言った。「こっちに来て」

 ブラウンアイズは、ぼくの手を取ると階段に座らせた。

 「はい、脱いで」

 「え?」

 「傷の手当をするから服を脱いで。上だけでいいから」

 脱出してくるときは、アドレナリンによって鎮痛されていたが、当面の危機を脱した今、再び右脇腹に鈍い痛みを感じるようになり、それは1秒ごとに強くなっていた。ぼくはシャツとインナーを脱いで、自分の身体を見下ろした。すぐに見なければよかった、と後悔した。

 「うわあ」ブラウンアイズは少し笑った。「これは痛いわ。すごく痛そう。痛いでしょう?」

 「改めて認識させてくれてありがとう」ぼくは呻いた。「痛いよ」

 「ところで」ブラウンアイズは緊急キットをあさりながら言った。「さっきはありがとう。おかげでストリップしないで済んだわ」

 「いや、死にたくなかったから。でも、ぼくが余計なことしなくても、君たちなら何とかしたんじゃないか?」

 「まあ、そうね」ブラウンアイズは冷却スプレーを脇腹に吹き付けながら同意した。「いろいろ隠し球はあるから。でも、とにかくお礼を言っておくわ。おっと、これは。肋骨が2 本ぐらい折れてるかも。少なくともヒビは入ってるわね」

 「勘弁してくれよ」食いしばった歯の隙間から、何とか言葉を洩らした。「ひどそう?」

 「まあ肺や内臓に突き刺さったりはしていないみたいだけど。とりあえずテーピングで固定して、冷やすぐらいしかできない。身体をひねると痛いと思うから、動くときは気をつけて。何か手が必要だったら呼んでくれれば手伝うから」

 「痛み止めとかないの?バファリンとか」

 「あるにはあるんだけどね」ブラウンアイズは、ガーゼとテーピングを出した。「頭をすっきりさせておいて欲しいから、あまり大量にはあげられないの。悪いけど」

 「は?」

 「ちょっと痛むけど我慢して」

 ブラウンアイズはぼくの疑問を無視して、手際よく手当をしてくれた。手当の間、何度か激痛が全身を突き抜けていったが、ぼくは何とか悲鳴を上げないようにこらえた。別に年下の女の子の前でマッチョぶったわけではなく、Zを呼び寄せる結果になることを怖れたからだ。今夜は、すでに一生分ぐらいの厄介事を経験した。これ以上追加したくはない。

 手当が終わり、上半身が包帯だらけになったとき、谷少尉がやってきた。手にペットボトルと白い錠剤を数個持っている。

 「大変な目に遭いましたね。鳴海さんのおかげで、部下の損害を最小限にとどめることができました。ありがとうございました」

 「いえ、ぼくは自分の命を守っただけです。でも......」ぼくは声を詰まらせた。「ヘッジホッグさんが......」

 「脚の動脈が損傷していたそうです」谷少尉は手を横に振った。「ここに生きて戻ってくることはできなかったでしょう。私はあいつを誇りに思います。鳴海さんの記憶にとどめておいてもらえれば本望でしょう」

 「忘れません」ぼくは誓った。「絶対に」

 「これ、睡眠誘導成分の少ない痛み止めとカフェイン錠剤です。飲んでおいてください」

 「ありがとうございます」ぼくは受け取りながら訊いた。「えーと、痛み止めはわかりますが、カフェインはなんで?もう就寝時間かと思ってたんですが」

 「本当に申しわけないんですが」谷少尉は小さく頭を下げた。「あいにく、まだ休んでもらうわけにはいかないんですよ。ソリストの再構築は、鳴海さんに手と頭を動かしてもらうしかないので」

 やっぱりそれか。

 「明日の朝から始めるんじゃダメですか?」

 「そうしたいのは山々なんですが」谷少尉は窓の外に目をやった。「敵対的なハンターたちが、うろうろしているので、一刻も早くこちらも体勢を整えなければならないんです。すでに、隊員たちのソリスト端末のバッテリーは切れかかっています。スタンドアロンモードだと、そろそろ限界なんですよ。一休みしたら、早速、ソリストの構築に取りかかっていただけますか」

 抗議する気力もなかった。

 「......少なくとも、今度は座ってできる作業ですね」ぼくは力なく答えた。

 「倒れられては困りますが、できるだけ無理してください」谷少尉は非情な言葉を口にした。「あいにく代わりの人材がいないので。使えるものは何でも使ってください。機材でも人でも」

 ぼくは周囲を見回した。バンド隊員たちは、散らばって座り、それぞれ失った仲間を偲んでいるようだ。小清水大佐は全てに無関心な様子で壁の方を向いて寝ている。ボリスはタブレットで何かをやっていて、隣にいる島崎さんは手持ちぶさたな様子で、何事か話しかけていた。胡桃沢さんはサンキストと一緒に、電源ユニットからのケーブル分岐パーツを作っているようだ。朝松監視員はさすがに疲れた様子で壁にもたれて足を投げ出していたが、しっかり取り戻してきたらしいテイザーガンを確認している。

 「とりあえず胡桃沢さんには手伝ってもらいたいです」ぼくは答えた。「むしろ、ぼくが手伝う方かもしれませんが」

 「わかりました。話しておきます。あと、ブラウンアイズを雑用につけます。何でも言いつけてください」

 案に相違してブラウンアイズは抗議しようとはしなかった。ぼくのお守りという立場からは逃れられないと諦めたのかもしれない。

 「臼井大尉はどうですか?」ぼくは思い出して訊いた。

 「変化はありません。意識が戻ってくれればいいんですが」谷少尉はブラウンアイズに頷いた。「しばらく休憩してください。何か甘い物でも食べますか?」

 ぼくは首を横に振って辞退した。谷少尉とブラウンアイズは、他の隊員たちの方へ歩いていき、ぼくを1 人にしてくれた。

 あれだけの大冒険の後なのに、ゆっくり休息することもできないとは。ブラック企業も顔負けだ、と少々恨みがましく思ったが、それは浅知恵だった。後日、聞いたところによると、生命の危険にさらされるようなストレスを経験した後は、長期間の休養を取るより、得意な仕事をやった方が回復が早いことがあるそうだ。谷少尉は、ぼくの状態を考慮して、システム構築という専門分野の仕事を、ぼくに与えてくれたのだ。もちろん、ソリストの再構築を必要としていたのも確かだろうが。

 命がけで入手した戦果を確認しようと、リュックを開けたとき、ポケットの中で何かが震動した。ぼくは驚いて身体を動かし、またもや激痛に呻くことになった。

 左手をポケットに突っ込み、ヘッドハンターの男が持っていたスマートフォンをつまみ出した。画面は自動消灯していたが、タッチすると点灯し、ロック画面が表示された。さっき設定したパスワードを入力し、ホーム画面を開いた。張ってあるアイコンは、わずかに3 つ。Google Map と、Chrome ブラウザと、何かわからないアイコンだ。メールやSNS 系はもちろん、電話のアプリすらなかった。ひっくり返してみたが、メーカーや機種、型番などはわからない。

 普通に考えれば、さっきの震動は電話かメールの着信を通知するバイブということになるだろう。封鎖地域は、どの携帯電話会社の基地局も、とっくに機能停止しているだろうから、4G/LTE 回線による通信とは考えにくい。ということは、メールか、LINE のような通話アプリだろう。3つ目のアイコンが、そのアプリなのだろうか。

 ぼくはそのアイコンを眺めた。白い円の中に数字の6 が1 つ。それだけのシンプルなアイコンだ。アイコン名は表示されていない。設定画面を開き、アプリケーションの一覧を出してみたが、そのアイコンには名前が付いていなかった。アンインストールボタンも無効になっている。

 機能を確認するには実行してみるしかない。本当に通話アプリだとしたら、どんな電波に繋がるのかわからないが救助を呼ぶために使える可能性がある。単なるアラームか何かだったら、放置しておけばいい。まさか、自爆装置ということはないだろう。ぼくは、アイコンをタップした。

 ダイアログが開いた。パスワードの入力画面だ。パスワードの保存機能がないのか、有効にしていないのか、アスタリスクも黒丸も表示されていない。試しに、OK ボタンを押してみたが、当然のようにエラーメッセージが表示されただけだった。

 まあ、当然だろう。キャンセルボタンを押して、ダイアログを消すと、ポケット中に放り込んだ。とりあえず、今は何の役にも立たない。

 「さて、やるか」

 ぼくはつぶやいて、リュックを開き、中身を床に広げた。それから、胡桃沢さんを呼びに行った。

 「ラズパイか」胡桃沢さんは唸った。「Linux をインストールして、ソリストを動作させるわけか」

 「5台拾ってきました」ぼくはラズベリーパイを指した。「マガジンの付録DVD にOS のイメージは入っているので、インストールはできるはずです。それから、64G のmicroSD カード」

 ぼくたちは、2 階奧のペットコーナーに移動していた。テーブルと椅子があったからだ。未開封のシーツを広げ、その上にPC DEPOT から略奪してきた品々を並べてある。胡桃沢さんの他に、ボリスと島崎さんが座り、サンキストとブラウンアイズも来ていた。島崎さんは、ぼくの身体を気遣い、「もう少し休んだ方がいいんじゃない?」と言ってくれたが、ぼくはたとえその時間があっても眠れないだろうということに気付いていた。もらったカフェイン錠剤の効果もあるが、それ以上に気が高ぶっていたのだ。そのやり取りを聞いていたボリスは、「ケガ人はおとなしくしてりゃいいのに。そんなに点数稼ぎしたいのかね」と聞こえよがしに言い、ブラウンアイズから鋭い視線を浴びた。

 そのボリスは、ぼくの説明を聞くと、早速嘲笑で応じた。

 「64G?無理無理。ソリストは載らないな」

 ぼくは黙ってSSD と、SATA-USB 変換ケーブルをラズベリーパイの隣に並べた。

 「256G のSSD が2 つ。500G あれば、最低限の機能ぐらいは何とかならないですか?」ぼくは胡桃沢さんに訊いた。「通信ログとか、映像や音声データを保管しなければ」

 「いくつかのプロセスを起動しないようにすれば、あるいは。試行錯誤してみるしかないが」

 「電源は問題ないのか?」サンキストがラズパイマガジンをパラパラとめくりながら訊いた。「このラズパイにはバッテリーから供給するとして、USB 接続したSSD は?こいつは給電できるのか?」

 「えーとですね......」

 ぼくは文具コーナーで拾った水性ペンで、シーツの端の方に構成図を書いた。

2

 「こんな感じで考えてるんだけど」

 「このSSD の駆動電力は2W か」サンキストは空箱を見ながら言った。「ラズパイのUSB の方は......ああ、6W か。大丈夫だな。このスイッチに、ラズパイをつないでいくわけか」

 本当はUSB 給電で2 台のSSD を動かすのは不安だったが、そのことは口にしなかった。やってみてダメなら、対応策を考えるしかない。

 「持って来たサーバはどうするの?」島崎さんが訊いた。「そっちにも必要なデータあるよね」

 「それもここに接続します」ぼくはスイッチングハブをペンで指した。「といっても、solidas の同期処理が終わる間だけです。データが同期されたら、シャットダウンします」

 「うまくいくのかな?」島崎さんは不安そうにつぶやいた。「何かの間違いで、サーバのデータが消えたりしたら......」

 そんな仮定の話をされても困る。幸い、胡桃沢さんが別の疑問点を挙げてくれた。

 「うまくいったとして、脱出のときはこれを持って行かなければいけないわけだろう。ちょっとごちゃごちゃしすぎてないか?」

 「それは何とかなるかも」サンキストが言った。「要するに、この一式をボードか何かにネジ止めしちまえばいいんだ。下の階に資材は落ちてる。1つに固定して、リュックか何かに入れて誰かが背負えるようにしよう」

 「リチウムバッテリーは?」ブラウンアイズが首を傾げた。「あれはちょっと重いわよね。10 キロぐらい?」

 「12 キロぐらいあるな。長い距離を手で持って歩くのは難しいな」

 「それもリュックに入れるしかないわね。腰痛めそう」

 そのとき、ポケットの中に突っ込んだスマートフォンが、また震動した。ビクッとしたぼくは、脇腹の痛みに膝から崩れ落ちそうになった。我ながら学習能力がない。

 「どうしたの?」

 ブラウンアイズが心配そうにぼくの顔を覗き込んだが、答えるどころではない。テーブルに手をついて痛みをこらえ、震動を続けるスマートフォンを引っ張り出すとシーツの上に置いた。

 「これ何?」

 「さっきの......」ぼくは額に脂汗を浮かべながら言った。「奴が持ってたんだ」

 画面には、電話のアイコンが一定間隔で小刻みに震えるアニメーションが表示されていた。

 「電話か?」サンキストが指でスマートフォンをつついた。「誰からだ?」

 「仲間に決まってるじゃないの」

 ブラウンアイズは吐き捨てるように言うと、躊躇うことなく画面をタップした。さっきと同じようなパスワード画面が開く。ブラウンアイズは舌打ちした。

 「何よこれ。電話に出るのに、いちいちパスワード入れないといけないわけ?不便ね」

 そういう問題じゃないと思うが。ぼくはゆっくり座った。ホッと一息ついたとき、ボリスがこちらを見ていることに気付いた。てっきり、また何か辛辣な嫌みでも言われるのかと思ったが、その視線はぼくではなく、スマートフォンに注がれていた。

 何か心当たりでもあるのか、といぶかしく思ったとき、スマートフォンは震動を止めた。同時に画面が暗くなる。

 「止まった。それにしても」サンキストが不思議そうに言った。「何の電波で通信してるんだろうな。近くに生きてるアクセスポイントでもあるのか?」

 「例の謎のネットアクセス?」ブラウンアイズが、誰かに訊く、というより、自分に問いかけるようにつぶやいた。「トラッカーはCCV から回収できなかったのよね?」

 「ああ、4 つとも全滅してた。まあ、こうなっちゃあ、のんびり謎のアクセスポイントを探してる場合じゃないけどな」

 答えようとしたブラウンアイズは、谷少尉が小走りに近づいてくるのに気付いて顔を上げた。

 「コンディション2」谷少尉は厳しい顔で言った。「誰かが、生きている人間が2 人、駐車場の方からこっちに走ってくる。チョロ01、チョロ02 と呼称する」

 「ヘッドハンターたちですか?」ブラウンアイズが憎悪を隠そうともせずに訊いた。「攻撃してくるんですか?」

 「まだわからん。少なくとも火器で武装はしているようだ。ブラウンアイズはここを離れるな。サンキストは屋上へ行け。他のみなさんは、ここを動かないように。ブラウンアイズ、バッテリーはまだ残ってるか?」

 「残り10% ぐらいです。あとはヘッジホッグから回収してきた端末のバッテリーがあります」

 「よし。オンにしておけ」谷少尉は踵を返した。「発砲の判断は任せる。ここを死守しろ」

 谷少尉とサンキストは走って戻っていった。ぼくはヘッジホッグのものだったヘッドセットをかけると電源をオンにした。同時に声が聞こえた。

 『スクレイパーだ。チョロ01 はAK、チョロ02 はM4 を持ってる。どっちもサプレッサー付きだ。Zに囲まれてる......が、撃ちまくって、何とか脱出した。今、駐車場のフェンスを乗り越えた。どうも逃げてるみたいだが......そう見せかけているだけかもしれん』

 『ビーンだ。駐車場のZの数は?』

 『スクレイパーです。今のところは少ないですね。ざっと15 から20 体。走れば抜けられる数です。銃器を持ってればなおさら』

 『ビーンだ。ここへの攻撃の意図は?』

 『スクレイパー。まだわかりません』

 『ビーンだ。接近したら警告射撃。止まらなければ脚を撃て。それからカメラをオンにしろ。解像度は落とせ。フレーム数は15 でいい』

 ぼくはノートPC を開くと、モニタツールを起動した。スクレイパーのカメラに切り替えると、暗闇の中に淡いグリーンの彫像がいくつも動いている映像が映った。ブラウンアイズも身を乗り出して映像に見入った。

 「これね」ブラウンアイズは彫像の1 つを指した。「これとこれが、チョロ01 と02。この映像じゃ銃の種類までは見えないけど」

 「さっきの奴らかな」

 「顔は見えなかったけど......」

 不意にチョロ01 がライフルを地面に放り投げた。同時にチョロ02が何かの布らしきものを振り回し始めた。

 『レインバードです。チョロ01 と02 が銃を捨てました。02 の方は白いシャツを振ってます。どうやら救援を求めているみたいですね』

(続)

Comment(13)

コメント

ほげほげ

役に立たないのはともかく、
稼働可能な銃器を放置するのは普通のことなんでしょうか。
素人判断ですが、弾薬マガジンを破損しておくとか、
何らかの無力化を施すことを想像してしまいます。

アウト

自閉症モード
この表現はアウトです。
恥を知ってるなら削除しなさい。

ナンジャノ

最初の夜は長くなりそうですね。
> 「5台拾ってきました」ぼくはラズベリーパイを指した。
確か、最初に取り上げた1冊と散らばっていた4冊を見つけたが、うち1台は踏まれて壊れていたはず。拾えたラズパイは4台なのでは?
ソリストは最低でも5つの処理系が必要なので、ラズパイを5台にしておきたいなら、21話で散らばっていた5冊を見つけたことに修正しないと…

アウトさん、ご指摘ありがとうございます。
勉強不足でした。

ナンジャノさん、どうも。
確かに計算合わないですね。5冊見つけたことにしました。

F

6W(=1200mA)取れるB+が出たのはヨコハマ撤退より後のはず…
いったい誰が何のためにこんなところにラズパイマガジンを配本したのだろうか…

F

おっと、B+じゃなくてRasPi2だった。書き間違い失礼。

ナンジャノ

話と関係ないHW的な突っ込みをして申し訳ないのですが、職業病なので。
構成図のバッテリから4本の線が伸びていて、そのうちラズパイにつながっている線には、ACと書かれていますが、それに違和感があって…
ソーラーパネルもリチウムイオンバッテリも、DCを生成します。電気自動車もDCです。AC100V出力するモバイルバッテリもありますが、SW-HUBもWi-Fiルータもソリスト用HWから取ってきたとすると、DC12Vか24VあるいはUSB PD駆動の方が現実的。
もちろんAC100VとUSB口の混在バッテリでもよいのですが、シガーソケット-USB変換ケーブルでもよいので、DC駆動の方がしっくりきます。
あと、PC DEPOTでUSB-HDDケースを手に入れたのに、テーブルの上にATA-USB 変換ケーブル(SATAの間違いと思われる)に変わっています。SATA-USB変換ケーブルならHDDケースは不要で、USB-HDDケースならUSBケーブルが必要です。
すいません、ストーリーとは関係ない所が気になってしまって。

tenfu2tea


ナンジャノさん
私も挿入図に最初違和感をもちましたが、この物語の近未来?では、部屋のコンセントからDC電源が取れるようになっていて、USBといえば全てUSB-PD、ACは交流ではなくて電源供給線の一般呼称になっているのだろうと、勝手に納得しました。

ナンジャノさん、tenfu2teaさん、どうも。

バッテリーの製品仕様まで深く考えてなかったのですが、
・ソリストサーバ専用電源ポートと、一般的なコンセントが1口ずつある
・ソリスト端末などUSB経由で充電する場合はコンセントの方を使う
 (複数機器を充電する場合はタップなどを使う)
・コンセントにはUSB電源アダプタを挿す
という想定なんですが、USB電源アダプタを検索してみると、「ACアダプタ」と書いてあるものが多いんですね。私が持っている、Kindle用の充電器も「AC Adapter」と書いてありました。なので、AC にしてしまいました。正確に書くなら、アダプタの絵を追加して「AC-DC」とかするといいんでしょうけど、(主人公が)急いで書いた図なので、ということで。

ATA-USB変換ケーブルは、ご指摘の通り、SATA-USB変換ケーブルの間違いです。
USB-HDDケースがあるのに、なんでケーブルが必要なのかというと、ケースの数が足りなかったので、足りない分のためにケーブルを拾ってきたから、です。

ほげぇ

>『……エコー、マイ……ブン、シエラ……リー、フォー、ゼロ、ジュリエッ……ルファ、ヴィク……イン、ゴルフ、ナイン、ロメ……タンゴ。以上、15 文字だ』
ナインは「ナイナー」と発音したほうがそれらしいと思うんですがいかがでしょうか

ほげぇさん、どうも。
ナイナーですね。修正しました。

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