これはピンチな現場に助けに入る、しがないIT傭兵達の物語。

Act04 長い1日の始まり

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 プロジェクトルームに戻ってきてすぐ、チームメンバーへの軽い紹介があった。

 「今日から支援に入ってもらった……こちらが草薙さん、こちらの女性が早瀬さんだ」

 杉野PM主導の、朝礼スタイルでの軽い顔合わせ。ひととおりの自己紹介に続いて、現状ヒアリングの旨がメンバーに伝えられた。草薙さんが話を通してくれたらしい。

 私は自分の席に戻ってから、ノートの1ページ目を開いて、渡されたメンバー表からざっくりと座席表を作成する。どうやら、倒れたPLの後任はおらず、空席になっているらしい。他のメンバーはすべて名前の横に所属会社が書いてあり、複数の外部要員による混成チームだということが分かる。

 人間関係を構築する第一歩は、名前を覚えること。基本的に、誰かに呼びかける時は名前で呼ぶ。私は名前と顔と座席が一致するまで、いつも必ず座席表をノートの1ページ目に書くことにしている。

 書き終えた後、私はプロジェクトメンバーの横に行って声をかけた。

 「山口さん、お疲れさまです。少しお話を伺ってもよいでしょうか」

 片方の膝をついて、座っている彼らと同じ目線の高さに合わせる。 敵ではない。あなたの話を聞きたい。その気持ちを前面に出す。初対面で印象は決まる。

 「……はい……」

 20代後半の気弱そうなその青年は、蚊の鳴く様な声で私に応じた。しかし、私がヒアリングのための質問を投げかけても、なんとなく落ち着きなく視線が定まらない。初対面である上、メンバーも疲れ果てているということもあるのだろう。会話がぎこちなくても仕方がない。

 ただ、その「ぎこちなさ」には別の要因があった。はっきりと杉野PMから、無言の圧力が感じ取れる。先ほどから、私の背後を山口さんはちらちらと見ていて、気持ちがそちらに奪われているようだ。そして、私自身もヒアリングする自分の背中に、視線が突き刺さっていると感じる。

 「……(杉野PM、私のことを見ているな……)」

 山口さんの不安定な視線は、杉野PMからの圧力によるものだろう。恐怖政治とも思えるこの空気の中では、言いたいことも言えたものではない。仕様確認やコーディングなどで必要な意見交換にすらためらいを感じるような、圧力。こんな状態では、まともなヒアリングもできない。

 少し考えた後、このプロジェクトに必要なスキルマトリクスを紙に書き始めた。まずは、メンバーのスキル把握に注力しようと決めたからだ。

 「あなたの主観で構いません。もっとも自信のあるスキルに☆を。次に得意なスキルに○を。あまり得意ではないと感じるスキルに△をつけてください。経験がないものは空欄で構いません。後は何か不安なことがあったら、備考欄に書いてください。お願いします」

 努めて柔らかな口調でゆっくりめに話をしつつ、私はマトリクスにメンバー全員+自分の名前を書いた。そして、自分の行を例にして、DB/SQLに☆、Javaに○……と書き加えて見せた。

 「こんな風にお願いしたいのですが、可能でしょうか?」

 「了解しました……」

 山口さんにそのマトリクスを手渡すと、彼はしばらく考え始める。

 「急がなくていいですよ。回覧していただいて、全員分埋めたら、戻してください」

 マトリクスが戻ってくる間、与えられたPCの初期設定を始める。先に自席で設定を始めていた草薙さんは「ご苦労さん」と声をかけてくれた。

 「今、スキルマトリクス書いてもらってます」

 「了解。それじゃ、その間に設定だけでも済ませておこう」

 

 2時間後。

 戻ってきたスキルヒアリングのマトリクスには、案の上、誰1人☆がなく、申し訳ない程度に○が存在していた。全体的に、上流工程の経験が乏しく、製造経験も浅いことが読みとれる。疲労と連日の圧力で、自信も戦意を喪失しているということは理解できたから、これで十分と割り切る。むしろ、全員、マトリクスに値を埋めてくれただけありがたい。

 「ボス、ご相談があります」

 私は横の席の草薙さんにマトリクスを見せつつ、夕方のミーティング時に行おうと考えている進言についての根回しを開始した。

Comment(2)

コメント

みながわけんじ

他のコラムニストのフィクションは、文書のリズム感やノリが強烈なので、負けないように何回も推敲して、頑張ってください。

行間を開けるのは、それなりの意図があってのことだと思いますが、どうしても間延びしているような印象を受けます。

また、できる人間とできない人間とで何十倍もパフォーマンスに差があるのが、この世界なので、ダメ部隊にスキルマップを書かせても、あまりあてにならない気がしますが・・・

それにしても、この絶望的な状態から、今後どのような展開に楽しみにしています。

な-R

みながわ様
ありがとうございます、な-Rです。
ご指摘、ありがとうございます。
まず、たくさん言葉を選んで書いてくださったこと、感謝いたします。

私自身もプレビューでは確認しているのですが、
プレビューでの見え方と実際上がった見え方が少々異なるようです。
上がってみて、「おかしいなぁ」と思っても、現状、自分ではすぐに直せない仕組みです。
癖については、何度かやっているうちにわかってくるのかなぁ・・と思いつつ。
(いっそ、今度の集まりで他のコラムニストさんに聞いてみようかと)
ご指摘、感謝いたします。
どうか、温かい目で見守ってくださいませ。


>ダメ部隊に...
そうですね。ご指摘、その通りかと思います。
私自身もそう思います(笑

ただ、早瀬としては人には感情があり。
「結局、俺の話なんて聞いてくれないんだ」って思われてしまえば、
きっと、状況は覆せないと考えています。
また、製造部隊を入れ替えることができないという制約がある以上、
今の部隊をどう「生き返らせる」かを視野に入れている感じです。

非効率的、甘ったるいなと思うこともあるかもしれませんが、
どうか、ゆるゆると思いだした際にご覧ください。
何にせよ、これからもよろしくお願いいたします。

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