第12回:語意の未来。~インド~
昨今中国を抜いて世界第1位の人口を抱え、経済成長著しいインド。言わずもがな、さまざまなビジネスが行きかうこの国において、特に金融業界は急速なデジタル化を推進している。その過程で、顧客の利便性向上と安全な取引環境の構築は重要な課題だ。特に、生体認証技術は、その両立を可能にする鍵として注目を集めているが、顔認証をはじめとする既存技術は、プライバシー侵害のリスクやなりすましといった課題も抱えている。
もともとインドは、2014年の"デジタルインディア計画"を通して、特に貧困層等でなかなか難しかった出生記録(=登録)等の課題解決に向かっていた。そんな中、金融業界では近年、生体認証としての虹彩識別技術の採用を実現した。光の波長や強度といった情報を活用し、個人の虹彩や網膜といった眼球の特性を認証に用いる。指紋認証や顔認証と比較して、虹彩や網膜の情報は複雑で偽造が極めて困難とされており、より高いセキュリティレベルを実現できると期待されている。
インド政府が推進する国民識別番号制度「Aadhaar(アドハー/アーダール)」は、既に多くの国民に生体認証情報を登録しており、金融サービスのデジタル化を後押ししている。この基盤を活用することで、虹彩識別技術は行口座の開設、ローンの申請、オンライン決済など、様々な金融取引における本人確認を、より安全かつスムーズに行うことを可能にする。
例えば、銀行の窓口で煩雑な書類手続きを行うことなく、専用のデバイスに目を向けるだけで本人確認が完了したり、スマートフォンを用いたオンライン取引においても、強固なセキュリティの下で安心して取引を行えるようになる。また、指紋認証が困難な高齢者や、顔認証が苦手な環境下でも、虹彩識別技術は有効な認証手段となり得る。
しかし、実際の導入にはいくつかの課題も存在する。まず、専用の認証デバイスの普及とコストの問題だ。広大な国土を持つインドにおいて、全国規模でインフラを整備するには、相応の投資と時間を要する。また、技術的な課題として、認証精度や速度の向上、小型化や低消費電力化なども求められる。
さらに、個人情報の保護に対する国民の意識も考慮する必要がある。高度な生体情報を扱う虹彩識別技術の導入にあたっては、データ管理の厳格化や透明性の確保が不可欠だ。比較的データをオープンに使っていこう。というインドの趣旨においても、そこは重要なテーマであろう。それは簡単な話ではないが、それでも、虹彩識別技術がもたらす可能性は大きいと言えるだろう。高いセキュリティと利便性を両立させることで、インドの金融業界は、より安全で効率的なデジタル金融サービスを提供できるようになり、金融包摂の推進にも貢献することが期待される。一方で、現時点で人類が定義する"包摂"という意味は、この先の未来における膨大なデータ流通の渦の中で、再定義されるタイミングが来ることになるのかもしれない。
■参照:
アドハーの衝撃 ー なぜ生体認証テクノロジーは浸透するのか ー
13億人以上がID保有の「アーダール」、経済を一変させたインド版マイナンバーの正体 | 日経クロステック(xTECH)
登録率99%! 日本のマイナンバーはインドの「アドハー」に学べ | スタートアップとテクノロジーの世界地図 | ダイヤモンド・オンライン