キャリア20年超。ずっとプログラマで生き延びている女のコラム。

オフィスをめぐる回遊魚の群れ

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 前回、前々回とどうも話が長くなってしまったなあ、と思っていたところに「エンジニアとオフィス」というお題をエンジニアライフ様からいただきましたので、小話を少々。ちょっとテーマからズレてるような気もしないではないんですが。

 以前、大手旅行代理店のパック料金計算システムの仕事をしたことがあります。諸事情により、スタッフの大部分が客先に常駐して仕事をすることになったんですが、これが度重なる仕様変更で絵に描いたようなデスマーチになってしまいました。IT業界とはまったく無縁の人たちが働くオフィスでのデスマーチは、精神的にかなりハードでした。なにせ、どんなに精神的に余裕がなくても、常にお行儀よくしていなければなりませんでしたから。

 お客様のオフィスは、ビルのワンフロアを借り切ったかなり広いもので、ほとんどパーテーションらしきものがなく、端から端までがよく見通せる状態になっていました。そのフロアのすみっこにわたしたちの作業スペースを確保していただいたんですが、マシンが置いてある場所はなぜか作業スペースとは反対側の端でした。

 2つの場所はほぼ対角線上にあるので、移動するにはフロアの真ん中をつっきるのが一番速いんですが、お客様が仕事をしていらっしゃるところにずかずか踏み込むことは許されません。わたしたちは毎日、何度もフロアの外周を往復するはめになりました。

 毎日10人以上のエンジニアがつめていて、ピーク時は20人くらいいたんですが、それだけの人数がフロアの周囲をぐるぐるとめぐるわけです。かなり目立つ存在だったでしょうね、きっと。

 常駐生活が2カ月を超えた頃だったと記憶していますが、その旅行代理店の女性社員さんたちとランチをご一緒する機会がありまして、その時にこんな話をききました。

 「わたしたち、あなたの会社の男の人たちを“回遊魚”って呼んでるのよ。ほら、フロアの周りをグルグル回ってるとこが回遊魚っぽいでしょ?」

 なるほどうまいことを言う、と感心しました。

 オフィスをめぐるノートパソコンと仕様書とプリンタ用紙を抱えた回遊魚の群れ。きれいといえばきれいな表現でしたが、さらにその続きがありました。

 「それに、朝、待ち合いのソファのとこでゴロンとなってるとこが、市場のマグロみたいだったのよ」

 旅行代理店なので、フロアの一角には一般客用の待ち合いスペースがあり、そこにはソファが並べられています。社員の方々がいない時間帯ならそこで仮眠をとってもいいという許可はもらっていたんですが、どうやらデスマにくたびれきった連中が規定の時間までに退去できず、爆睡しているところを女性社員に発見されてしまったらしいです。朝、会社に来てみたらマグロたちが横たわっていたんですから、そりゃあビックリしたことでしょう。

 しかし、掟破りをした連中を責めることなんてできません。皆、疲れ果てているんです。お客様の前で体裁を整える余裕がもうないんです(涙)。てか、わたしもマグロの群れの1匹だと知ってて、なぜそういう話をするんですか、お姉様方(もしかして遠まわしなクレームだった?)。

 旅行代理店のOLさんたちはとてもクールでした。疲れきって死んだ魚のようになってる連中に対して同情なんかしやしません。ただ、別種の生物をながめて、ものめずらしく思っているだけです。個体識別ができていないから数人がマグロに見えれば他の連中も皆「マグロ」。その中でわたしはかろうじて「女の人」と認識されているようでした。

 マグロは眠っている間も泳ぎ続けるとききますが、24時間体制で働き続けている連中にその例えはちょっとムゴい……、と同情できるのはわたしが当事者だからで、彼女たちの側にいたら「なんかよくわかんないことやってくたびれてる集団がいる」と思っていたのかもしれません。

 例えばリフォーム工事とかだったら、目に見える形で仕事が進んでいることがわかりますけど、システムが組みあがっていく過程なんて彼女たちには見えないんですから。わたしたちがつくったシステムをいずれ彼女たちが使うことになるはずなんですけど、その時には制作者はいなくなってるわけですし。

 心が折れかけてる男連中にこの話をしたら心が複雑骨折しそうで、さすがにその件はわたしの胸にしまっておきました。明け方にソファで寝ている連中をみつけたら、たたき起こして作業スペースに移動させた方がいい、とリーダーに忠告するくらいのことはしましたけど。

 それにしても「回遊魚」というとちょっと涼しげな感じがするのに、「マグロ」になると途端に情けないイメージになりますよね(マグロの漬け丼は好物ですが!)。

 自分の会社を離れて、お客様のオフィスで働いている男性の皆様。そこで新しい出会いを期待するのなら、決して人間以外のタグをつけられるようなまねをしてはいけません。たいがいの女は一度定義付けをしたら、その後に実体がどのように振る舞おうと、その定義を書き換えるようなことはしません。

 「男の人」でいたいのなら、がんばって見栄をはってくださいね! もっとも、そんな余裕がある状態を「デスマーチ」とは呼ばないでしょうが。

Comment(2)

コメント

第3バイオリン

ひでみさん

はじめまして。第3バイオリンです。
「エンジニアとオフィス」について、同じく動物ネタ(!)で記事を書いてみたので、興味深く読ませていただきました。

テストエンジニアとプログラマ、仕事内容は違いますが
ひとつの場所にとどまらずにウロウロしてるところは似ているかもしれません。
ITエンジニアって「一日中座りっぱなし」のイメージがあるようですが、意外とそうでもないですね。

今の私は鳥ですが、学生時代は魚でした。
修士論文〆切直前はよく研究室に泊りこみ、マグロになっていました(女の子なのに・・・親が見たら頭痛を起こしていたと思います)。
就職してプログラマとして働き始めたときにはさすがにそういうことはなくなりましたが(会社が深夜残業とかうるさいので)デバッグが中途半端なまま帰宅せざるを得ないときには「ああ、このまま帰るのは気持ち悪い、もっとやらせてくれー!」と思ったものでした。

私はプログラマとしては挫折してしまった人間なので、ひでみさんのように
プログラマ一本で働く女性はかっこいいと思います。
次回も「プログラマ道」をつづったコラムを楽しみにしています。

ひでみ

ひでみです。

第3バイオリンさん。コメントありがとうございます。コラムをいつも楽しく読ませていただいています。

> 「エンジニアとオフィス」について、同じく動物ネタ(!)

書いた時点で「渡り鳥」のコラムは読ませていただいてたんですが、ネタかぶり(?)には気づいてませんでした(笑)。

> 修士論文〆切直前はよく研究室に泊りこみ、マグロになっていました

ちなみに、このコラムに書いたプロジェクトでは、リーダーに「会議室を独占させてあげるから残って」と言われて、私も泊り込んでいました。
なぜ会議室かというと、そこだけが内側から鍵をかけられる場所だったから。それなりに気を遣ってくれたわけです。
女だってことでそうやって気を遣わせることが、なんとなく申し訳ないなあ、と思うこともあるんですが、完全に同じ扱いされるのも微妙で、たまにちょっとめんどくさいです。

> 次回も「プログラマ道」をつづったコラムを楽しみにしています。

「プログラマ道」と言うとなんかものすごくカッコイイですね(笑)。

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