Androidの戦略(2)~携帯電話登場の歴史
■第3章■携帯電話登場の歴史
筆者が始めて自分で購入した携帯電話を持ったのは15~16年ほど前だ。
自分で購入する前にも、仕事のために客から借りて使っていたことはあったが、その時の携帯電話は携帯と呼ぶにはあまりに大き過ぎ、当時の日本電信電話公社もショルダーホンというネーミングで貸し出していた。
貸し出していたというのは、そもそも今のように通信デバイス自体の販売はしておらず、ショルダーホンで言えば新規加入料が約8万円、月々の基本使用料が3万円、通話にあっては6秒10円というバカ高い料金を払える人たちへのみ貸し出していたのだ。
また、通話品質もブチブチ切れまくりで、ものすごい数のクレームが日本電信電話公社に寄せられたらしい。だが、それ以上に日本電信電話公社の取った対策がアンビリバボーである。
「通話中に途切れた場合、そのときの通話料金はタダになる」という、通信を提供する企業としてはまったく意味不明な「通話が途切れた時はダーターなんだから勘弁してね」作戦を取ったのだ。
もしその頃、筆者がショルダーホン使いまくりのヘビーユーザーだったら考えることはただ1つ……。
通話を終える頃にわざと電波の悪い場所に移動して、強制終了。これで無料通話完了。しかしさすがにこれは長続きせず、すぐに対応策が取られてしまったのである。
その後、日本電信電話公社は民営化され、また携帯電話の技術も進み、国内メーカーは続々と移動体通信デバイスを販売しキャリアも乱立していった。
だがそこからの10年は移動体通信の世界を大きく変え、通信デバイスは小型軽量化が進み、通信方式もアナログからデジタルへと移行し、通信品質は格段に向上していった。
またそれに伴い各キャリアはユーザーを囲い込むためにあらゆる機能やサービスを通信デバイスやサービスに組み込み、キャリア同士のしのぎは白熱したのである。
ちなみに皆さんはツーカー(TU-KA)や第二電電(DDI)、日本移動通信(IDO)といったキャリアをご存じだろうか?
いずれも現KDDIグループの前身となる会社ではあるが、当時はこれらのキャリアがしのぎを削っていたのである。
今から約15~16年ほど前のことなのでうろ覚えだが、筆者が自分で一番最初に購入(正直、購入というよりも当時、ひ○り通信という会社が利用者 獲得とキャリアからのインセンティブを目的に携帯電話本体をタダで配っていた)した携帯電話はドコモから出ていたノキア端末だったと思う。
当時は携帯電話もほとんど普及しておらず、携帯電話を持っているのは「バブルで成り上がった不動産屋かヤ○ザ」位しかいなかった。
また携帯電話を持っていることでナンパでは女の子の食いつきは良かったが、通信料がべらぼうに高かったため絶対に電話を掛けさせることはなかった時代である(電話をかけた相手との距離によって通話料が変化する料金体系だった)。
■第4章■ガラパゴス化のはじまり
ではなぜこんなにも早い進化を遂げ、膨大なマーケットを築いてきた日本の携帯サービスはガラパゴス化してしまったのか?
例えば自分が携帯電話メーカーやキャリアだったらどう考えるだろう。
便利でクオリティの高い製品を作りたい、その製品をヒットさせたい、移動体通信産業という大きな可能性を秘めたマーケットでシェアを獲得したい、誰もがそう思うはずだ。
日本国内のメーカーはそれらを意識してモノ作りやサービス展開を始め、より良い製品やサービスを展開するために消費者のニーズに過敏と言えるまで反応し、それらを取り入れて来た。
そう、すべてはこれが間違いなのである。
国内マーケットを獲得するため、また国内ユーザーのニーズを細かく採り入れるがために、世界規模のマーケットニーズを見失ってしまったのである。
では世界規模で考えた場合のマーケットニーズとは何だろう?
ノキアやモトローラに代表される海外の携帯電話に、ガラケーには当たり前とされる機能が採用されていないのは何故だろう?
一番は通信方式の違いだろう。
今までの移動体通信システムの歴史は大きく4つの世代に分けることができる(実際にはそれぞれの世代の中間にも細かな世代が存在するが割愛させて頂く)。
1G(第一世代携帯端末)はアナログ方式
2G(第二世代携帯端末)はデジタル方式
3G(第三世代携帯端末)以降についての厳密な定義は定かではないが通信速度で区分することができる(3Gは2Mbps)
4G(第四世代携帯端末)は100M~1Gbps
通信速度だけで分類される歴史ではないが、昨今の携帯端末の世代についてはおおむね「通信速度」で区分されると筆者は考える。
また欧州各国でアナログ方式が主流だった頃、次世代通信規格として欧州郵便電気通信主管庁会議(CEPT:Conference of European Postal and Telecommunications administration)がGSM(Groupe Speciale Mobile)というデジタル方式携帯電話の統一規格の策定を開始した。
このGSMという規格は欧州で広く採用されたFDD-TDMA方式の統一規格である。
※FDD(Frequency Division Duplex)は別々の周波数で送受信をおこなう電気通信技術
※TDMA(Time Division Multiple Access)は時間ごとに同一周波数の電波を区分けする無線通信技術
後にこのGSM規格が欧州を席巻し世界に波及することとなる。
またGSMは大量生産されたために基地局も安く設置できた。
しかし周波数帯域利用効率が悪い。
そのため今後の需要が見込まれる移動体通信産業に参入している日本のキャリアは帯域利用効率が悪いこの方式を嫌った……とは言うものの端からGSMの採用を見送っていたワケではない。
欧州ではデファクトスタンダード(事実上の標準規格)となってしまったこの規格、日本でも同様にGSMの統一規格策定を待ち望んでいたのだが、欧州での規格統一はなかなか標準化が進まなかったのである(2G規格問題とも言われている)。
もし、日本のキャリアも右にならえでGSM規格を取り入れていたら、ガラケーという言葉も生まれなかったかもしれない。
だがドコモは、いつまでたっても次世代規格が生まれてこなかったために、「次世代規格が出てくるまでのつなぎ」としてPDC方式を作ったのである。
ドコモとすれば「つなぎの規格」とは言え、これがスタンダードになれば、世界の中でイニシアティブを取れるかもしれない、という色気がもしかしたらあったのかもしれない。
また、このPDC方式、日本だけが採用している方式ではないが、ドコモの思惑と合致するかのように、国内採用タイミングと移動体通信産業の成長が重なり、マーケットが一気に膨らんだ。
結果として「つなぎの規格」が国内での「デファクトスタンダード」となってしまったのである……これがガラパゴス化した最大の原因だろうと筆者は考える。
また、前述のとおり、2G規格について頭を抱えていた日本の移動体通信産業。
そのため、さらに次の世代ではどの国よりも速く3G規格を導入し、ドコモは2001年に他の国に先駆けて試験的にFOMAサービスを始めた。
ちなみに世界ではそれをはるかに遅れた2008年でも利用者の82%が2G(GSM)サービス利用者だ。
ドコモが導入したFOMAはW-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)と呼ばれるFDD-CDMA方式である。
※CDMA(Code Division Multiple Access)は同一周波数の電波を符号(コード)ごとに分割する無線通信技術
これはドコモがノキアやエリクソンなどと共同開発した規格で世界で広く普及している規格で、3GといえばW-CDMAのことを指していることが多い((Softbank 3GやiPhone 3Gなど)。