『クラウド時代の製品・サービス選び』――気にするなと言われても気になる「雲の中」は最新技術の宝庫
クラウド時代の製品・サービス選び Vol.1――クラウドからサーバー、セキュリティまで失敗しないIT導入をサポート TECH.ASCII.jp編集部 角川グループパブリッシング 2011年2月 ISBN-10: 4048703706 ISBN-13: 978-4048703703 1280円(税込) |
■雲の中をのぞいてみよう!
クラウドコンピューティングを利用するユーザーにとって、そのコンピュータ資源は雲の中に隠されている。どこにあって、どのような機器が用いられていて、どう運用されているのか――ユーザーは意識する必要がない。
しかし、いざわれわれがクラウドサービスを利用する際、完全なブラックボックスの中からサービスを選定するわけにはいかない。やはり、ある程度は「雲の中がどうなっているのか」を把握しておく必要がある。企業での利用ともなれば、なおさらだ。
本ムックは、さまざまな角度から「雲の中」を紹介している。以下、4つの特集を軸に、解説していこうと思う。
■特集1 IaaS導入のベストチョイス
IaaS(Infrastructure as a Service)といえば、Amazon EC2が最も有名だ。Amazon.co.jpのサーバが最も高負荷になるのはクリスマスシーズンである。インフラはピーク時を想定して構築するが、それ以外のシーズンは余剰リソースとなってしまう。それらの余剰リソースを安価で一般に開放したことが、Amazon EC2の始まりだった。
本特集は、Amazon EC2という巨人に対抗する日本企業の各IaaSサービスを紹介している。
クラウドというと、どうしてもAmazonやSalesforce.comなど、米国の企業に注目が集まりがちだが、これら海外企業は当然ながらデータセンターを海外に保有している。「データの所在を意識する必要がない」というクラウドのメリットは、「データがどこの国に保存されているのかが分からない」というデメリットに転じてしまう。保存されているデータの取り扱いは、それが存在する国の法体系に依存するからだ。
去年、わたしはIT関連のとあるシンポジウムに参加し、そこでクラウドについての研究、発表を行った。この研究過程で、クラウドサービスを利用するユーザー企業にヒアリングを行ったのだが、そこで示された「ユーザー企業における最も関心の高い懸念事項」はデータの所在に関する問題だった。
海外各社も日本国内にデータセンターを建設するなど、日本企業向けに対応を始めているものの、「データが国内に保存されている」という事に対する信頼は、やはり国産クラウドに一日の長があるだろう。
本特集は、日本企業が国産クラウドを選定する際の一助となると思う。
■特集2 デスクトップ仮想化のすべて
オフィスのPCと自宅のPCは「それぞれ環境が異なり、OS設定も別々」がこれまでの定石だった。出張した先でPCを借りても、普段自分が使っているPCと設定が異なっていて慣れるのに苦労する、という経験を持つ人は多いはずだ。
だが、デスクトップの仮想化は、この煩雑さを無効にする。ユーザーがどこで作業しようとも、どのPCを使おうと、サーバにさえ接続できれば、常に同じデスクトップを利用できる。
デスクトップ環境やデータはすべてサーバに存在しており、サーバで稼働する自分のデスクトップ環境をPCで利用する。そのため、従来のようにデータが各個人の端末に分散されない。デスクトップの仮想化は、セキュリティ面でもメリットの多い技術である。
本特集では、そういったデスクトップの仮想化に関して、技術や仕組み、各社の戦略などを基礎から見ていくことができる。
ここで個人的に興味深かったのは、ウイルス対策についてだ。
多くの企業では、社内ネットワークでのグループポリシーなどに従って「毎週火曜日の昼休み」というように、定期的にウイルススキャンを実行する。私の職場でも同様のパターンでウイルススキャンを実行するが、いつも昼休みの時間内に処理が終わらない。午後の業務時間のうち1時間ほどはスキャンが動き続けるため、仕事に支障をきたすほどパフォーマンスが劣化する。
デスクトップを仮想化すれば、それぞれのデスクトップはすべてサーバに保有されているから、深夜時間帯に一括でスキャンを実行できるのではないかと考えていた。
ところが、話はそう単純ではないらしい。サーバ上に存在する40~50台の仮想マシンに一斉にウイルススキャンしようものなら、深刻なパフォーマンス劣化が発生するというのである。これについてはいくつかの負荷分散のアプローチが試みられているようで、今後の発展に大いに期待したいところだ。
■特集3 知っておきたいクラウドのリスクとセキュリティ
クラウドを利用するうえで最も気になるのが、セキュリティだろう。
つい最近も大規模な情報漏えい事故が世間をにぎわせており、セキュリティについての関心は高まっていると思われる。
私自身も、先日の大規模情報漏えいによって自分の個人情報が流出してしまった可能性がある。クレジットカードの情報も登録してあったため、実際の被害はまだ受けていないものの、精神的なダメージは非常に大きかった。
こういった実例が存在する以上、「クラウドのセキュリティが絶対に安全である」とはとてもではないが言い切れない。だからこそ事前に、クラウド利用によって生じるリスクと、セキュリティについての情報を集めておくことが不可欠だろう。
本特集では、クラウドにおけるセキュリティについての問題を、エンドユーザーからの視点なども交えながら包括的に概観している。
特に、今の日本は震災が頻発するため、人為的なセキュリティ事故にとどまらず、災害下におけるデータ保全についても注目度が高い。。本特集では自然災害におけるデータセンターの対応についての記事などもあり、読み応えがあった。
■特集4 エンジニアなら知っておきたい 失敗しないサーバ選びのポイント
最後の特集はサーバ選びについて。
こちらはクラウド利用というよりも、プライベートクラウドも含めたクラウド運用者向けの記事である。
サーバ機について、メインフレームからPCサーバまで、用途に応じたサーバ選定のポイントを解説している。私はソフトウェア寄りの人間であるため、あまりハードの話題は詳しくないのだが、サーバ選択についてのTCO(総保有コスト)の観点など、興味深く読むことができた。
■雲の中は最新技術の宝庫だった
サーバ機やセキュリティ対策、仮想化など、雲の中は最新技術であふれていた。
遠くから見れば穏やかに浮かんでいるように見える雲も、中を見れば気流が激しく動き、膨張し、進化している。少しのぞきこんだだけでも、非常にエキサイティングな世界を垣間見れる。
「雲の中」に興味を持つエンジニアとして、その激しくも先進的な世界に、これからも注目せずにはいられない。
(『雲(クラウド)の隙間から青空が見えた』コラムニスト 粕谷大輔)