「プレゼン怖い」を克服するプロの技―― 『パブリックスピーカーの告白』
パブリックスピーカーの告白――効果的な講演、プレゼンテーション、講義への心構えと話し方 Scott Berkun(著) 酒匂寛(翻訳) オライリージャパン 2010年10月 ISBN-10: 487311473X ISBN-13: 978-4873114736 2310円(税込) |
顧客への機能説明や勉強会でのライトニングトーク……エンジニアには何かとプレゼンの機会がある。
どんなに経験豊富なスピーカーでも、プレゼン前には緊張する。本書によると、かのエルビス・プレスリーやU2のボノなど、「人前に出る達人」のような人であっても、コンサートの前に緊張しないことはなかったという。
では、そんな緊張に打ち勝ち、素晴らしいプレゼンを成し遂げるために、わたしたちは何をすべきか。本書は、効果的なプレゼンをするためのさまざまなアドバイスを提供してくれる。
■プレゼンへの恐怖は生きるための恐怖
「プレゼンのせいで命を落とした」という話はあまり聞いたことがない。なのに、なぜわたしたちは人前で話すことにあれほどの恐怖を感じるのか。わたしたちの脳には、プレゼンという状況に恐怖を抱かせる能力が備わっているのだという。
- 1人で立っている。
- 広いところにいて隠れる場所がない。
- 武器を持っていない。
- あなたをじっとみつめる生き物の大群の前にいる。
すべての生き物の長い歴史において、これらの条件がすべて満たされる状況はどのような場合でも非常にヤバイ状況でした。それはまもなく攻撃され生きたまま食べられる可能性が高いことを意味していたのです(p.15)。
本書によれば、プレゼンに対する恐怖は「本能」に由来する。生命を脅かすものから自分の身を守るため、わたしたち生物は恐怖を感じるようにできている。肉食動物に捕食される危険性がほとんどなくなった現代においても、その本能は消えていない。
つまり、プレゼンに対する恐れや緊張は、決して遮断できないのである。しかし、恐怖を遮断することはできないまでも、意識してある程度制御することはできる。
■プレゼンを支配するための秘けつは「練習」
この先、何が起きるか分からない。そんな不確定なものに対してもわたしたちは恐怖する。裏を返せば、次に何が起きるかを知っていれば、わたしたちは恐怖の大部分を抑制できる、ということだ。
プレゼンの場において、スピーカーは「次に何が起きるか」を知っている。スライドのタイミングや話のオチ、これらはすべてスピーカーが決めたことだからだ。プレゼンの全体像を把握し、安心を得る。そのための唯一の方法は「練習」である。
本書は、特定の章に限らずあらゆる段落で、「練習の重要性」を繰り返し説明する。
現実の聴衆に向かって話すときには、まったくの初めてではなくなっています。実際、3、4回練習した頃には重要な論点をどのように構成していくかを覚えてしまっているので、スライドなしでもまあまあのプレゼンテーションができるようになります。練習することで得られる自信のおかげで即興で何かを挿入したり、野次や厄介な質問、退屈した聴衆、機材の故障など、講演の途中で発生する可能性のある予期しない出来事に対処することができます(p.21)。
私の聴衆に対する最大の有利な点は(中略)次に何が起きるかを私は知っているということです。(中略)これを良く行うためには、たくさん練習する必要があります(pp.94-95)。
繰り返し行う練習こそが、わたしたちのプレゼンを良きものにする一番の近道なのである。
■実践的な指南
本書では、プレゼンを成功させるための心構えや練習の重要性以外にも、興味深い実践的なテクニックがいくつか紹介されている。
- 2000席の会場に45人しか聴衆がいない場合に、講演を成功させる方法
- 聴衆を退屈させない方法
- テレビという特殊な世界でのプレゼンの方法
- 自分のプレゼンに対するフィードバックを得る方法
「テレビに出る場合の対処方法」などは、自分はテレビになど出ないから必要ない、と思われるかもしれない。しかし、最近ではYouTubeやUstreamなど、ディスプレイ越しに自分のプレゼンが他人に見られる機会も多くなっている。そういう可能性のある人は、読んでおいて損はないだろう。
■明日プレゼンをしないといけない人も
「自分は明日の会議でプレゼンをしないといけない。本を長々と読んでいる場合ではない」という方も、安心して本書を手に取ってほしい。
本書には、「バックステージノート」という章がある。これは、本書が紹介しているあらゆる手法をまとめたTips集である。この章だけ目を通せば、多くの参考にできる事例に出合えるだろう。
また、本書の最後には、さまざまなプレゼンの達人たちによる失敗談が書かれている。これは、他人の面白おかしい最悪なプレゼンのエピソードを知っていれば、自分のプレゼンが失敗しても「ここまでひどくはなかった」と安心できるだろう、という著者の配慮である。読者に対するメンタルケアまで万全だ。
■人前で話す機会を与えられたすべての人に
以上のように、本書ではプレゼンに必要な心構えやテクニック、そして他人の失敗談に至るまで、読者が良いプレゼンを行うためのあらゆることが書かれている。それは時にユーモラスに、時に理論的に、達人のプレゼンさながらに読者を決して飽きさせない。
この書評を読んでプレゼンに興味が湧いた方がいたとしたら、まず本書を読み、そしてどこかの勉強会などでライトニングトークにチャレンジすることをおすすめする。
きっとこれまでの人生で得られなかった、エキサイティングで楽しいひとときが待っていることと思う。
(『雲(クラウド)の隙間から青空が見えた』コラムニスト 粕谷大輔)