そろそろ、アリやミツバチからチーム論を学んでみようか――『群れのルール』
群れのルール――群衆の叡智を賢く活用する方法 ピーター・ミラー (著) 土方奈美(翻訳) 東洋経済新報社 2010年7月 ISBN-10: 4492532722 ISBN-13: 978-4492532720 1995円(税込) |
なぜ、人員を増やしたりスケジュールを引き直したりしても、プロジェクトは遅れるのか?
なぜ、高い技術を持つプログラマを集めてチームを作っても、チームとしての生産性が向上するとは限らないのか?
知の巨人に聞いても、容易に回答が得られない難問である。知の巨人でも難しいなら、いっそのことアリに学んでみるのはどうだろうか?
■個体の能力は低いが、チームになると賢い「組織のプロ」
本書は、「組織のプロフェッショナル」の豊富な事例をもとに、効率的な組織の回し方、生産性向上という難問の解決方法、火を噴いたプロジェクトの改善案を紹介している。
しかし、先生である「組織のプロフェッショナル」は、かなり頼りない存在だ。10秒前の出来事を覚えていなかったり、体のサイズがとても小さかったり、天敵に食べられる危険にさらされている。
ムクドリの群れ。「あの群れは、実際には全体で1つの存在であり、通常の生物学の常識を超えた何らかの法則によって支配されているのではないだろうか」という推測もある(参考:「鳥の群れが「一体となる」仕組み」)
本書で取り上げられるプロフェッショナル――アリやミツバチ、シロアリやムクドリは、個体それ自体としては、まったく賢くない。だが、ある一定数が集まると驚異的な組織力を発し、すばらしい仕事をやってのける。
逆に、人間は、虫より圧倒的に優れた知識を持っているにもかかわらず、個体の能力を生かし切れないことが多い。「個体の能力は低いが、チームとしての成果は抜群」である昆虫や鳥たちに人間が学ぶところは多い、と著者は指摘している。
■「チームは静かなパニックによって破たんした」
まず、なぜ組織がうまく回らないかを考えよう。
ビール・ゲームという、生産流通システムに関するロールプレイングゲームがある。4人のプレイヤーはそれぞれ、ビールの「工場」「一次卸」「二次卸」「小売店」としての役割を与えられ、発注と納品を繰り返していく。初めのうちは特に問題はなくても、一度ズレが生じると、サプライチェーンは完全に制御不能に陥る。著者が紹介しているゲームの終盤では、小売店は深刻な在庫不足に陥り、一方で工場側はとんでもない過剰生産をしていた。
「わたしのチームは静かなパニックによって破たんした」と著者は語る。一体なぜこんなことに?
破たんの原因は2つあるという。「自分が頑張らなければ」と孤軍奮闘するヒーロー主義、そして「あいつらは信用ならない」という部族主義だ。
飛行機を製造するボーイング社は、まさにビール・ゲームの無残な結果そのものの状況に陥っていた。「エンジニアが悪い」「テスト部門のせいだ」と、誰もが誰かを恨みながら孤軍奮闘していた。誰もがいつも忙しく、忙しいゆえにその場しのぎで問題を解決しようとした。その結果、別の部署や下流でとんでもない問題が生じてしまっていたのである(まるでデスマーチそのものだ)。
自分たちが状況を制御しようとすることで、実際には状況をさらに悪化させていることにはまったく気づいていなかった。サプライチェーンの中の自分の持ち場だけに集中することで、システム全体の不安定化を助長し、その結果だれもがダメージを受けた。
■アリから学ぶ、分権的な組織とフィードバック
ボーイング社のリーダーは、アリとミツバチに学んで問題解決に当たった。
アリは、トップダウンで命令を受けているわけではないのに、適切なエサの場所を見つけ、壊れた巣をまたたく間に修復する(女王アリは子孫を増やすのが仕事で、指揮をするわけではない)。この現象を、研究者は「自己組織化」と呼んでいる。
●自己組織化の基本的なメカニズム
- 分権的な統制
- 分散型の問題解決
- 多数の相互作用
アリは、ごくシンプルなルールに従う以外は、行動の制約がない(分権的な統制)。エサを取りに行くアリが、緊急事態には巣のメンテチームに入ることもある(分散型の問題解決)。また、ほかのアリからのフィードバック(帰ってくるのが遅い=こちらの道は遠い)を受けて、自らの行動を変える(多数の相互作用)。
■ミツバチから学ぶ、意見の多様性と意思決定
また、ミツバチは多様な意見を出し合いながら、新しいすみかの場所を決めている。
●ミツバチの行動ルール
- 知識の多様性を求める
- 友好的なアイデア競争を促す
- 選択肢をしぼりこむ効果的な方法を使う
新しいすみかの場所を選定する偵察バチが数十匹、めいめいに自分が推せんする場所のアピールダンスを踊る(知識の多様性)。これらの意見はすべて議論の俎上に載り、ほかのハチはアピールに従って自由に場所を見にいく(友好的なアイデア競争)。下見に行ったハチが「これはいい」と思えばさらにアピールダンスを踊り、やがて選択肢はしぼりこまれていく(選択肢をしぼりこむ)。
ボーイング社のリーダーは、これらのルールをデスマーチ回避策に応用した。また、筆者はほかにもガス会社の資源分配の最適化や大規模な停電障害の問題解決などに当てはめて解説している。
キーワードは「分散」「意見の多様性」「フィードバック」だ。虫や鳥は、明確な指揮系統を持たずとも、最適な解を見つける方法を身に付けている。彼らの方法を模倣するのは容易ではないし、必ずしもそうする必要はないが、組織の在り方を考える参考になる。
■正統派のビジネス本ではないが、示唆に富む
本書は、いわゆるチームビルディングや問題解決のノウハウが詰まった、正統派のビジネス本ではない。「群れは暴走する危険をはらんでいる」と、著者自身が指摘しているとおり、群れのルールは一歩間違えば大変な事態を引き起こす。だが、複雑なシステムや煩雑なルールを改善したい人にとって、思考のヒントは得られるだろう。
何より、本書は読みものとしてもなかなか面白い。著者はナショナルジオグラフィック誌のシニアエディターで、北極でホッキョクグマを追いかけ、メキシコでは殺人バチに追いかけられた経験を持つ人だ。話の引き出しが多く、新しい世界をのぞく楽しさがある。
チームの生産性がちっとも上がらないことに悩むプロジェクトマネージャ、デスマーチを別の角度から眺めたいプログラマ、「組織」という不可思議な存在に興味を持つ人に、本書を勧めたい。
(金武明日香 @IT自分戦略研究所)