「エンジニアの人生=エンジニアライフ」に役立つ本を紹介します。

最悪の失敗プロジェクトから生まれた『NASAのチームビルディング』

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NASAのチームビルディング NASAのチームビルディング

チャールズ・J・ペレリン(著)
アチーブメント出版
2010年6月
ISBN-10: 4902222892
ISBN-13:978-490222289
2100円(税込み)



■技術者のための本である

 「予算は削減、スケジュールも短縮」「下請けへの圧力」「何か問題があると、すぐにマネージャが入れ替わる」「メンバーは総じてマイペースな職人タイプで、他人との触れ合いを最小限にとどめたい傾向にある」――。

 どこかで聞いたことがあるような話だが、上記はアメリカ航空宇宙局(NASA)の開発プロジェクトに携わるエンジニアや学者の日常である。

 本書の著者は、NASAの天体物理学部門でプロジェクトを指揮してきたマネージャだ。本書にはNASAプロジェクトの話(デスマーチなネタもある)が随所にちりばめられていて、「ああ、NASAのエンジニアも同じようなことで悩んでいるのだなあ……」と、奇妙な親近感が生まれる。

 スペースシャトルでもソフトウェアでも、チームでプロダクトを制作する仕事内容は同じ。それゆえ、「NASAが活用するチームビルディング」手法を紹介する本書は、ITエンジニアにとっても役立つ。「なぜうちのチームはうまくいかないのか」「チーム内の生産性を改善したい」と考えるプロジェクトマネージャ、メンバーにはうってつけだ。

■なぜ、ハッブル宇宙望遠鏡は失敗したのか

 著者が編み出したチームビルディングメソッドの「4‐Dシステム」は、「まれに見る大失敗」プロジェクトから生まれている。 打ち上げ後に主鏡のゆがみが発覚した「ハッブル宇宙望遠鏡」打ち上げプロジェクトだ。

 17億ドルという巨額な投資をして、最高レベルの技術を持つ技術者が作り、検査に検査を重ねたはずなのに、なぜハッブル宇宙望遠鏡のミスは見逃されたのか?

 事故調査委員会は、失敗の理由を「リーダーシップの欠如」であると断定した。調査の結果、NASA側がレンズ制作を担当した下請け業者に高圧的な態度で接していたことが発覚。辟易した下請けの技術者たちは、いわれるがままに動いてしまっていた。チームはまとまりを欠き、皆がスケジュールに追われ、誰かが発見すべきだったミスは看過された。

 どんなに計算が正しくても、どんなに検証を重ねても、人は間違える。

 「80~90%の失敗の原因は、突き詰めると人的ミス、あるいはコミュニケーション不足に起因している」(p.37)

■リーダー&チームの色は何色か? 4タイプに分類

 ハッブル打ち上げ計画の責任者であった著者はNASAを辞職し、大学でリーダーシップを教えながらチームビルディング手法である「4-Dシステム」を編み出した。

 「何事もできるだけシンプルに作られなければならない。しかし、シンプルにしすぎてはならない」というアインシュタインの言葉どおり、「4-Dシステム」は非常にシンプルだ。「直観的=知覚的」という縦軸と「感情的=論理的」という横軸で、リーダーシップを4タイプに分類している(自分がどのタイプにいるかは、本書の簡易質問、およびWebサイトで確認できる)。

  • 感情的×直観=育成型(緑)
  • 感情×知覚=受容型(黄)
  • 論理×直観=先見型(青)
  • 論理×知覚=統率型(オレンジ)

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 本書がユニークなのは「チームの規模とプロジェクトの時期によって、求められるリーダーシップの型が違う」と指摘しているところだ。例えば、先見型のリーダーは豊富なアイデアでもってビジョンを示すため、プロジェクトの初期段階や企画に向いている。プロジェクトの仕様が固まってくると、統率型が力を発揮する。受容型や育成型はとにかく人間関係を重視するため、大規模かつ複雑なチームのマネジメントに向いている。

 この4タイプは「チーム全体の文化」にも当てはまる。例えば、技術者のチームでは「アイデアとひらめき重視の先見型」「チームで規律正しく動く統率型」のどちらかになることが多いという。チームと自分のタイプが合致していればうまくいく。

■顧客はどのタイプかを考える

 さらに、著者は「この分類を、顧客側にも当てはめて考えてみよ」と指摘する。例えば、顧客が役所などの「統率型」チームであるとしよう。統率型の顧客と一緒にする場合、正反対のタイプである「育成型」などは相性が悪い。統率型の考え方を理解してミーティングに臨むか、あるいは交渉役を「統率型」に変えた方がよい。

 プロジェクトの失敗は多くの場合、チーム全体のタイプとリーダーのタイプ、あるいはチームと顧客のタイプがうまく合わないときに起こる。

■長くなったのでまとめ

 自分を知り、チームを知り、相手を知る。そして、そのうえで改善方法を決める。本書のアプローチはシンプルで分かりやすい。「4-Dシステム」の宣伝的な部分がやや目につくが、論理的かつ簡潔な文章でまとまっている。

 余談だが、興味深かったのが「自分の出方次第で相手の反応が変わる」ことを筆者が説明する際の会話だ。相手は、民間の航空宇宙会社に勤める職員である。

 「すべてはコンテクスト次第で、御社の得意先が、あなたの発言や態度をどのように解釈するかが変わるんです」

 「おっしゃる意味が、よく分かりません」

 「たとえば物理の話に置き換えてみましょう。あなたと得意先の人が電子だとします。何が起こりますか?」

 「強い反発作用を示します」

 「そのとおりです。では、あなたが中性子に変わったらどうですか?」

 「反発作用はなくなります……つまり、わたしが変われば関係性も変化するということですね」

 そうか、その例だと分かるのか……。

(金武明日香 @IT自分戦略研究所)
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