「天才はあきらめた」で学んだ、自信を貯金しておくということ
山里亮太氏(南海キャンディーズ)著「天才はあきらめた」という文庫本を買って読みました。発売日に買っているので、今更という感じですが。
元々、僕はお笑いが好きな方ですし、彼の深夜ラジオ(不毛な議論)も好んで聴いていて、ネタメールの投稿もしているほどなので、発売を楽しみにしていました。本著はシンプルな「1人の芸人さんの半生記」かと思っていたら、割と人生のヒントになるようなことも多く書かれているので、ビジネス書だと言っても良いかもしれません。読むと彼が「努力の天才」だということが良くわかります(なおタイトルにある「天才」は、要するに「労せずに結果を出せる才能のある人」のことを指しているようです)。ただ、この本には、彼が若かりし頃にしていた過ちや闇の部分が包み隠さず書かれているので、素直に読んでいたら腹立ってくる場面もあるかと思います。それだけはご了承を...。
さて、本書は、彼がどのように劣等感をバネにして芸能界を駆け上がっていったかがわかるのですが、ここでは1つのトピックスにだけ的を絞っていきたいと思います。それが 自信貯金 です。簡単に言うと、ちょくちょく「俺スゲー!」と思うようにして、それを自信として貯めておく、というものです。
該当部分を引用させていただくと、
他にも、自分がおもしろい人間なんだと思い込ませていく作業をする。そういえば部活でも、皆がポジションを発表されているとき、僕に与えられたのはボイスリーダーというよくわからないポジションで、オリジナルの応援コールを作らされて、それが評判になって、ほかの学校の生徒がわざわざ観に来ていたなぁとか、バレずに悪口を言うために先生につけたあだ名が結構ウケたなぁとか。
それを思い出して、あたかも自分は笑いを目指すべくして目指していると思い込ませていった。(P.27)
重要なのは、これは「貯金」です。貯めた自信を、ときに消費することが前提になっています。例えば、壁のシミなどを見つめて、そのシミが何かの形に見えるかを考える脳のトレーニングがあると聞いてから、僕はトイレに入ったときは必ず壁のシミから何かを5個見つけるまで出ないというルールを課した。
たいして意味はないかもしれないけど、そうすると「俺、こんなときでもお笑いのためにやってる!俺って偉くない?」と、自画自賛で自信を貯金できた。(中略)自分の行動をしっかり目的に結び付けて、褒めてあげる。この小さな繰り返しは大きな自信になった。(P.28)
その貯金を、目標に向かう途中で、壁にぶつかるたびに使う。(中略)「天才」の存在に畏怖してお笑いに向いてないと思い知らされるとき。テレビでお笑いを腹を抱えて笑って見てるとき。自分には思いつかないようなことをしてる人たちをたくさん見るとき。期待されていないと感じたとき。お笑いのためにやった行動が全く笑いを生まなかったとき。
こういう「自分って駄目なんだなあ......」という無駄な悩み時間をスタートさせてしまいそうなとき、この貯金をちょっとずつ崩して自信を保っている。(P.29)
この考え方は目からウロコでした。過去の記事を読んでいただければわかるとおり、僕も若い頃から自信をもてない人間だったわけです(それこそ今も)。ずっと「どうやって自信をつけるか」「自身を失ってネガティブな感情に陥りかけたらどうするか」的なことしか考えていなかった気がします。大事なのは、そこではないんだなと。
普段から小さなレベルでいいから「俺スゲー!」的な自信を貯めておく。1回大きな失敗をして「あーあ、結局、僕はできねぇ奴だわ」と悲観的になりだすと自信を失うけど、普段から自信を貯めておけば枯渇状態までにはならないから「いやいや、今回は失敗したけど今まではこんなことができてきたんだから、僕はできない奴ってほどではない」と考えることができる。
自信って「ある or ない」ではなく、量的に測れる「増えたり減ったりするもの」として捉えるという考え方は今まで持っていませんでした。今後の僕の仕事人生に役立てたいので、小さな自信を貯めていこうかなと思っています。
なお、この「天才はあきらめた」は文庫本なので、ハードカバーやソフトカバーの本よりは安価で買えますし、巻末には若林正恭氏(オードリー)による解説記事が掲載されていて、こちらも読み応えがあります。山里氏直筆のサイン付きの本を売っている書店もあるようなので、気になる方は、ぜひ。
以上、1人の不毛リスナーによる戯言でした。