いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

紙でできた巨塔(5)安心したら落ちた!

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 皮肉なほどに爽やかな朝日に眠りが薄れていく。一般的に言えば、今日は日曜日で休日だ。とりあえず、間宮さんも手伝ってくれたおかげでドキュメントもある程度まとまった。あとは検証資料を見なおして内容を確認すれば問題ない。亀井部長の驚いたロボットのような顔が目に浮かぶ。

 大きく伸びをして北斗野はトイレで顔を洗う。几帳面にも歯ブラシとヒゲソリのお出かけセットをいつも持ち歩いているので、こういう時は困らなかった。

「……歯磨き粉が切れている」

こんな時に限って不吉なものだ。とりあえず、朝一のコーヒーと歯磨き粉を近くのコンビニで買ってきて、身支度を整えた。

 北斗野がパソコンの電源を入れ、検証資料の保存してあるというフォルダを開こうとした。……?、おかしい。クリックしても開かない。リンク先が見つからないようだ。他のフォルダを開こうとしたが同じく開かなかった。

 もしかしたら。嫌な予感がよぎり、Pingをファイルサーバに打ってみたが、タイムアウトで反応がなかった。そう、ファイルサーバが落ちていたのだ。まずい。このままではファイルサーバにあるファイルが見れない。そんな焦りにうろたえていると突然、携帯電話がなりだした。携帯のディスプレイには、南野の名前と番号が出ていた。

「もしもし……」

「あ、北斗野か?昨日は大変だったな。あれから調子はどうだ?」

「ああ、早速ピンチだ。ファイルサーバが落ちてる」

北斗野は冷静に状況を伝えた。戦場では焦った奴から消えていく。そう、こういう時ほど落ち着くことが大事なんだ。焦る気持ちを素数を数えながら落ち着かせていた。

「大変だな。ちょっと待ってろ。フドウ課長に連絡とってみる」

そう言って、南野は落ち着いて電話を切った。

 とりあえず、今、何ができるだろうか。時間を無駄にもできないので、自分の書いたドキュメントをじっくりと見直していた。ひと通り書き上がったドキュメントを眺めていたのだが、何か不自然な感じが拭えない。そうこう考えている内に電話が鳴り出した。フドウ課長からだ。

「おう、北斗野、ファイルサーバが止まってるようだな」

「あぁ。何かよく分からないけど、ネットワークも通じません」

「そうか……。もうそこまで来ている。すぐにそっちに行くからな」

 暫くして、フドウ課長がオフィスに到着した。一緒にプロジェクトが誇る凄腕サーバエンジニアの土岐(とき)さんも一緒だった。死にかけたサーバも指先1つで蘇らせる。噂によれば、一子相伝の秘術を会得しているのではないかと言われるほどのスキルだそうだ。

 土岐さんがPCの電源をつけて、キーボードを打ち初めた。フドウ課長はその横でじっと画面を見つめている。三分程の時間が過ぎた。土岐さんの指が動くのを止めた。

「……リブートでこけている。少し待っていろ」

 さすがにプロだ。鮮やかな手際に関心しているうちに、再び土岐さんの指が動き出した。フドウ課長は動かずにその画面を見つめている。本当に名前の通り、この人は動かないなぁ……。北斗野はそんなことを考えていた。

 ターーン!オフィスに土岐さんのファイナル・エンター・パンチの音が響いた。そして穏やかな顔で北斗野に視線を投げた。その意味を北斗野は察知し、共有フォルダにアクセスした。繋がるようになっていた。

「土岐さん、ありがとうございます。これでこいつの続きが書けます」

土岐さんはプリントされたそのドキュメントを、何気に受け取った。

「美しい……・」

「お前、これほど整ったドキュメントを書くスキルがあるというのか」

フドウ課長は動かずにその書類を横から見ていた。そして、何かを納得したかのように話しだした。

「北斗野、亀井部長のことだ。これだけ素晴らしいドキュメントを書いても必ずレビューで何かを言ってくる。せっかくだ。先に私がレビューしておこう」

「ありがとうございます。フドウ課長。では、レビューにこれを使ってください」

北斗野はフドウ課長のPCを操作し、ソフトを立ち上げた。高機能文章読み上げソフト”Voiceroid-如月アキ”だ。

「実際に読み上げソフトで音にしてみてください。耳で聞く方が、ちょっとした誤字やおかしな言い回しがよく分かります」

「そうか。なかなか良く分かってるな。林原めぐみの声で読み上げてくれるのなら、こっちもテンションが上がるぞ」

……意外だ。この人、林原めぐみのファンだったのか。とりあえず、これで作業が再開できる。オフィスに林原めぐみのドキュメントを読み上げる声が響く。フドウ課長はドキュメントを見直していた。

「あぁ、これが役に立つかもしれない。念のため見ておけ」

そういって土岐さんはフォルダのパスを北斗野に伝えた。前任者の作成したファイルのバックアップだ。仕事をしていた期間が短かったためか、ファイルの数はあまり多くはない。

 北斗野は前任者の作成したファイルを確認した。ほとんどが既存ファイルのコピーだったが、1つだけ妙なファイルがあった。”死海文書.”というWordファイルだ。開くと”汝、真実を知りたいのか?”とポップアップが出るだけだ。あまりに怪しいので、ウイルススキャンをかけても反応が無い。

 何なんだ、このファイルは。日曜の昼下がり。謎がまた謎を呼ぶ……。

--続く--

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