10年目を迎えたSIerエンジニア。最近お灸にこってます。

石川啄木をエンジニア的に解釈してみた

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 新年ということで、ちょっとモノ憂げな感じで、やや手抜きな感じで、有名な歌人、石川啄木の歌にエンジニアの人生をなぞらえてみることにした。

はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る

 指先を動かすことさえ疲れた残業の夜、そんな感じです。もちろん手を見ても何も解決しませんが……。

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ

 同期がマネージャーをやっていたり、有名な会社に転職していたり……。そんな中、ディスプレイに映る自分の顔……。

家を出て五町ばかりは、 用のある人のごとくに 歩いてみたれど――

 分かります。煮詰まっているとき、ちょっと出かけて、いい解が浮かぶのを待つ!

何となく、 今年はよい事あるごとし。 元日の朝、晴れて風無し。

 ま、毎年そんな感じですよね。

五歳になる子に、 何故ともなく、ソニヤといふ露西亜名(な)をつけて、 呼びてはよろこぶ。

 あー、子どもに「プロトコル」とか名前付けちゃう人いたような……。

何となく明日はよき事あるごとく 思ふ心を 叱りて眠る。

 ま、良いことなくてもいいから、悪いこと(バグ発覚とか)が起きなけりゃエエです。

ふるさとの訛なつかし 停車場(ば)の人ごみの中に そを聴きにゆく

 上野駅にある碑の歌ですね。地方出身のエンジニアはそんな感じなのでしょうか。

何となく、自分を嘘のかたまりの如く思ひて、 目をばつぶれる。

 何度も確認してレビューした設計から、また1つミス、また1つミスが見つかったときですね。

この四五年、空を仰ぐといふことが一度もなかりき。かうもなるものか?

 コーディングばっかしてるとほんとにそうなっちゃいますね。

 以上、石川啄木氏への敬意とともに、これからのエンジニア人生への餞にと。2014、新しき年にちょっとした希望を込めて。

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