シンガポールでアジアのエンジニアと一緒にソフトウエア開発をして日々感じること、アジャイル開発、.NET、SaaS、 Cloud computing について書きます。

文化の帝国主義

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 10年前ぐらい前、インドネシアの首都ジャカルタに出張で行ったことがある。仕事はすぐに終わり、帰国する前にジャカルタの電脳街に行ってみた。ウィンドウショッピングをしていて見つけたのが、コンピュータ関係の書籍が並んだ店だ。中国や東南アジアは、映画やソフトウェアの海賊版CD・DVDが堂々と売られていることで有名だが、そこで見つけたのは、大量の英文コンピュータ書籍の海賊版だった。店の人に聞くと、そこで売られている海賊版の書籍を買ってもいいし、自分で本を持ってくれば、本を丸ごとコピーしてきれいに製本もしてくれるという。昔のことで忘れたが、海賊版の値段は本来の書籍よりかなり安かったと思う。

 少し時が過ぎて、5年ぐらい前の話。インドのニューデリーに出張で行った。ニューデリーの中心のコンノートプレイスに本屋が数件並んだ場所がある。暇だったわたしは、そこを少しのぞいて見た。見つけたのが、やはりコンピュータ関連書籍コーナー。「まさか、インドにも海賊版か?」といぶかしんだところ、どうも様子が違う。

 よく見ると、しっかりインド貨幣であるルピーで値段が印刷されている。紙質はかなり悪い。さらに表紙をよく見ると、『Low-cost edition (For sale in  INDIA,SRI LANKA,NEPAL,BANGLADESH,BHUTAN AND MALDIVES ONLY) 』『低価格版(インド、スリランカ、ネパール、バングラディシュ、ブータン、モルディブでのみ販売)』と書かれている。出版者はちゃんとしたアメリカの出版社だ。つまり、米国の出版社がインド周辺の国に限定して価格を落として販売しているのだ。実際の値段だが、例えばマイクロソフトプレスのある書籍。アメリカでは59.9ドルの本だが、そこでは699ルピーだった。ルピーの当時のレートは思い出せないので、現在のレート(2010年)で比較する16ドルぐらいになる。実に3分の1以下の値段で売られていたことになる。

 4年前、ITトレーニングで約1カ月デリーに滞在していた。前回の出張時、インドではコンピュータ書籍が安く手に入ることを知っていたわたしは、トレーニングの講師に頼んで、コンピュータ関連書籍を買うのによい場所を教えてもらった。そこは、オールドデリーの真ん中にあり、普通の日本人がインドに対して持っているイメージそのもの、つまり「混沌」という言葉で表すのがふさわしい場所だった。 オートリクシャー(3輪タクシー)の運転手に、講師に書いてもらった住所を見せて連れていってもらうが、「混沌」の中でなかなか見つからない。とにかく、懸命に探してもらった結果、たどり着いたところは、本屋でも何でもない普通のオフィスだった。本の問屋のようだ。しかし、さすがに問屋。最新のコンピュータ書籍、すべてインド版が数多く並んでいた。結局、そこで最新のコンピュータ書籍を3冊ほど購入。それらはいまでもわたしのコンピュータ書籍の本棚に並んでいる。

 さらに時は過ぎて、最近。シンガポールに住むわたしは先日、日本に帰国した。日本に帰国した機会を有効に使おうと、最近勉強しているバイオインフォマティックスや生物学関連の書籍を、新宿の紀伊国屋書店や池袋のジュンク堂書店で買い求めた。生物学の専門書は英語の専門書の邦訳で、かなり分厚い書籍が中心だ。しかし、結局それらの邦訳書は高価なうえ、シンガポールの大学院への進学を考えているわたしは、英語での専門用語不足で困ることになることを恐れ、購入は断念した。結局、日本人が書いた薄い入門レベルの本だけを購入することにした。

 ところで、新宿の紀伊国屋には洋書のフロアがある。日本語の書籍の購入後、ものは試しと、そのフロアにも立ち寄ってみた。買うのをあきらめた生物学の本の原書があるかもしれないと思ったからだ。まったく予想していなかったことだが、その原書はあった。驚いたことに、それが安いのだ。邦訳本の価格の半分程度。訳者の報酬のことを考えれば、それはうなずける。しかし、同じ本がアメリカのamazon.comでの価格の半分ぐらいだったことには驚いた。そして、紀伊国屋で売られていたその本をよく見ると『For sale outside US only』『米国外での販売のみ許可』と書かれていた。

 ずらずらと書いたが。要するにわたしが言いたいのは、英語の専門書のマーケットは全世界だが、それらが世界のマーケットで売られる際、地域による価格の差別化が徹底されているということだ。発展途上国では大幅なディスカウント。最初のジャカルタでのエピソードは海賊版だが、そういう海賊版を本気で取り締まらないということで、ある意味同じことだ。そして、ヨーロッパや日本など非英語圏の先進国でも、ある程度のディスカウントだ。

 さて、その目的だが、普通に考えるとマーケティングの常とう手段である 『価格差別』だろう。それとも「貧しい途上国の人に安く書籍を提供」という、ボランティア精神かもしれない。しかし、わたしが思うに、それは、英語の影響力を世界中に広げる運動、つまり「文化の帝国主義」のため、英米が継続している努力だと思う。

 最近、わたしは暇さえあれば、iTunes Uなどで米国の大学の生物学の講義を聞いている。すべて英語の講義だ。すべての講義がまるごと聞ける。これらはすべて無料だ。さらに、TEDなどもよく聞く。実際の会場でTEDを聞くには相当高額の会費を払わなければならないらしいが、インターネット上では無料。これらもある意味、同じ効果を狙ったものだろう。

 学生時代に韓国や台湾に旅行したことがある。そこで驚いたのが、日本語を話せる中年以上の人が多いことだ。日本が昔に、本来の帝国主義、つまり武力を使って外国への影響力を行使していた時代のなごりだ。

 現代、世界は様変わりした。英米は、英語を「世界の共通語」としてデファクトスタンダードの地位へ押し上ることに、とっくの昔に成功している。にもかかわらず、その勢いはとどまることを知らず、継続して影響力を世界に広げようとしているのではないだろうか。

 平和な時代の帝国主義。悪いことではないと思う。英米と比較にならない程度だが、日本も、世界を席巻(せっけん)しているアニメ、昔ほどは勢いがなくなったものの、優秀な工業製品の輸出などを通じて、『文化の帝国主義』を実践している。

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