なぜエンジニアはITSSを毛嫌いするのか~決して表に出ない「ITSS」企業導入失敗事例
ITSSリリース後6年が経過し、導入・活用について各企業において様々な取り組みがなされ、IT業界ではキーワードとして定着した感があります。しかし、その中で多くの企業が成功したとはいえない状況に陥っているのをご存知でしょうか?
ITSSが出たばかりの2003年の数少ない企業導入事例のほとんどが、人事制度に取り入れたというものでした。現在その時の事例が取り上げられることは、ほとんどありません。また、わたしの知る限り、その仕組みを継続・維持できている企業もほぼないようです。
このような状態で、その企業の中にいるエンジニアがITSSを受け入れられないのは当然だといえます。今回はそのような、決して表に出ない企業導入の失敗事例を取り上げて、本当の現実を知ってもらいます。
■過去の失敗と活用の視点
次の4つの失敗事例は以前インタビューしたものですが、今回あらためて見てみると、そのままフェードアウトしようとする雰囲気で、有名無実であったり、担当者が替わっていて事実上活用を取りやめてしまっているような状態でした。
<ケース1 中堅情報子会社>
- A社は、経営判断でITスキル標準を社内導入することを決定し、人事担当者をアサインして取り組み開始
- 担当者が独自に調査した後、ほぼそのままの形でITSSを人事制度に導入。そのまま取り入れたことで、会社のビジネスと食い違う役割・責任やスキルまで評価対象となり、技術者の評価が以前より下がる結果となった。役職にまで連動させたので、降格・減給になった技術者も出た
- 技術者の意見
- 「長年かかって仕事をこなし、会社に貢献して来た結果、役職も上がり給与も上がってきた。それがある日突然、ITSSが導入され、仕事の範囲とかけ離れた職種を割り当てられ、必要がないと思われるようなことまで評価され、レベル2だと判定されて降格してしまった。ばかばかしくて続ける気がしない。辞めたい」
- 「事前にITSSの位置付けや関わり、評価との繋がりなどの説明を求めたが、納得できるような答えはなかった。単に国が決めたからの一点張りであった」
<ケース2 地方ソフトハウス>
- B社人材育成担当者は、人材育成のためにITSSを取り入れるべく調査開始するも、情報が少なく内容の理解ができなかった。大手ITベンダに相談したところ、教育ベンダを紹介された
- 営業が来て診断ツールを使った「スキル診断」をすることが、導入の一番の近道だと説明を受け、デモを見て結果のグラフなどの説明を受けた
- とにかくやってみようと、技術者全てにスキル診断ツールで自己診断させた
- 診断結果は、個人ごとにレベル、グラフや傾向が出るなど分かり易そうなものばかりで、その時点ではいい材料のように思えて満足した
- その後、教育ベンダの営業は、診断結果をもとにしたトレーニング受講の提案を持ち込んできたが、大きな金額となっている上、今まであったトレーニングが並んでいるだけで、とても受け入れることができるものではなかった
- それで、会社として次のステップは? と考えたとき、言われるとおりにした結果、トレーニングの提案を受けた事実しかなく、これでは今までと何の変わりもないことに気付いた
<ケース3 中堅SIベンダ>
- C社は、早くからITSSに注目していたが、自分たちでは理解度が低いし、上手く導入できないとの考えから、繋がりのある中堅SIベンダに相談した
- コンサルタントを紹介してもらったが、今までの人材育成コンサルの実績から信頼できると判断し契約した
- コンサルタントは、技術者とのインタビューを繰り返し、何種類ものエクセルの表を使って、分析を実施した。約3カ月で終了したが、出てきた結果は様々な分析がなされていて、実態を表現しているようにみえた
- そのあと、自社でそのエクセル表を使って継続運用していく話だったが、実際にやってみると現場技術者や、担当者に膨大な工数がかかって、続けていけるような内容ではなかった
- また、そのコンサルタントは分析や人事コンサルタントとしてはノウハウを持っていたが、ITSSについての説明があまりなく知識不足だった。結果として無理に合わせているような形になっていた
<ケース4 中堅SIベンダ>
- D社は、経営者から指示を受けた人材育成担当者が、ITSS導入実施のため、調査をスタートした
- 情報が少なく理解が進まなかったので、経営者にコンサルタントの採用を提案したが、ITスキルのことを自社でできないのはおかしい、とはねつけられた
- 色々考えたが分からず、とりあえず診断ツールを使うことにし、XXXX万円かけてツールを購入した(考えることにお金を使うのはNGで、手段に費用が発生するのはOK?)
- 1回目の診断を実施したが、実際と職種が合っていない、スキル内容が抽象的だなど、現場技術者からのクレームが殺到した
- 目標を決めずに、このまま続けても意味がないと思いつつ、とりあえず1年後の2回目もやることになると考えている
人事制度、特に処遇制度は、試行錯誤を前提としてリリースするわけにはいきません。社員が働くモチベーションになるものが、不完全だったり、間違っていましたと会社として決していえないからです。
それを、ITSSのフレームワークが人事等級枠と似ているからといって、そのまま採用してしまうと大変なことになるというのは、多くの企業が自ら実証してくれました。
ITSS活用視点を定義すると次のようになります。
- ITSSをそのまま使えるのは、IT業界内での位置付けを見る場合や、企業間比較、また人材調達の場合
- 企業の事業計画やビジネスモデルをベースに、ビジネス目標達成に貢献する人材の表現は、企業ごとに熟考して定義
- この場合に、ITSSを参照モデルという位置付けで、部品として使うと便利で完成度向上が可能
つまり、企業の人事戦略である人事制度や処遇制度は、ビジネス目標を達成するための手段の1つであり、参考にすることはあっても何かに合わせるものではありません。奥深く将来を見据えてしっかり考える必要があるのです。
■活用当初の取り組み
何かに合わせたり誰かの言う通りにするというのは、企業としてあまりに情けないアプローチです。経営者として、また人材開発・育成の責任者、推進者として、企業のあるべき姿を目指してITSSを活用するのは当たり前です。
また、導入後にいきなり全面的な人事制度への適用や、処遇への適用は無理があると言わざるを得ません。逆に「評価とは関係ない」と言い放っても、エンジニアの皆さんはピンと来ないでしょう。ITSSを活用すると、上司が部下のITスキルなどを明確に把握できるからです。少なくとも頭に情報としてインプットされるわけなので、直接的でなくとも評価に無関係と言い切れません。適切な説明がされないのも、このような場合の特徴です。
このように、エンジニアの皆さんにとっては、わけの分からないものを評価主体で導入され、無理やり強いられるという構図があるのです。
ITSSが難しすぎるのではなく、将来像を描くための意志、使命感、理解力、または能力が企業や担当者に欠如しており、素直に認識して今までのしがらみを一掃しないと、何も見えてきません。
経済産業省やIPAの力の入れ方、また情報処理技術者試験との一体化などの流れから、今後企業がITSSを導入していく方向性は、ますます明確になってくるでしょう。手をこまねいて見ているだけでは遅れを取ります。現状を乗り切っていくには、自分から踏み込む必要があるのは、言うまでもありません。
次回からは、エンジニアの皆さんがITSSを正しく理解し、企業導入されたときにどう対応すればいいかをお話ししましょう。