@IT編集部の西村賢がRuby/Rails関連を中心に書いています。

「だから、作れ」と_whyは言った

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Ruby/Railsと直接関係ありませんが、かつてRubyコミュニティで愛された_why氏の名言を紹介したいと思います。

when you don’t create things, you become defined by your tastes rather than ability. your tastes only narrow & exclude people. so create. – Why the lucky stiff

(何も作っていないとき、人は自分の能力よりも好みによって特徴付けられることになる。好みは世界は狭め、他人を排除するばかりだ。だから、作れ)

これは2005年頃から2009年にかけてRubyコミュニティで「Why the lucky stiff(_why)」のペンネームで活躍していた、ある多才なRubyistのツイートです。

発言の文脈が分からないので、もしかしたら私の曲解かもしれませんが、私の記憶には次のような意味で定着しています。「何かを生み出していないと、他人の仕事にケチをつけることになりがちだ、心せよ」。そういう自戒の言葉として、私はことあるたびにこれを思い出すようにしています。

あれが好きだ、これが嫌いだと言うことばかり言っていると、そうした好き嫌いの表明によってのみ、あなたという人間が規定される。あるいは周囲に認識されてしまう。そんな意味に感じられます。例えば、ソーシャルメディアでは誰もがURLを流して好き嫌いを言いますよね。人の粗を探して鬼の首を取ったように言うのだけが趣味に見える人も少なくありません。そんなことをする暇があったら、作れ、ということです。

_why氏のツイートはRubyコミュニティの若者たちへの警鐘だったのかもしれません。RubyやRailsが好きなのはいいけれども、これが好きだ、あれは嫌いだ、これはダサいだのという好みばかり言っていると、他者を排除することになるから、何か新しいものを作りだせ、という意味だったのかもしれません。

_why氏は、2009年夏にこつ然とネット上から姿を消しました。ネット上のすべてのドメイン、レポジトリ、アカウントなど、彼の活動の痕跡がある日を境に消えました(当時のニュース記事Wikipediaの_why氏の解説)。しかし、それまでにコードや文章、独特のイラストやマンガによるオープンソースへの貢献により、_why氏は伝説の人となっているようです。実は私はリアルタイムで_why氏の活動を見ていないのですが、例えば、「why’s (poignant) guide to Ruby」(日本語訳:ホワイの(感動的)Rubyガイド)というCreative Commonsライセンスで公開された書籍なんかを見ると、クリエイティビティの片鱗がうかがい知れます。_why氏の“ネット自殺”を惜しむ声も多いです。

ソーシャルメディアに溢れる批判者たち

ソーシャルメディア上には、非建設的な批判、皮肉、罵詈雑言や中傷が溢れかえっています。Twitter登場以降は個人攻撃や、安全圏から石だけを投げるような批判は減ったように思いますが、企業や政府はもちろん、企業家や政治家、ジャーナリストなどの準公人やそれに類する人に対して批判者たちは遠慮がありません。

時間とエネルギーは有限です。人間が活発な精神活動ができる時間は、ある1日とか1カ月という単位で切り取ってみても、人生全体でみても有限です。この有限なリソースを、効果がきわめて限定的な自己満足の“批判”に費やすのはリソースの使い方としてお粗末です。よくて短慮、ふつうに考えればバカかお子さまです。

世の中や他人になんの良い影響も与えない、発言者のカタルシスだけのための批判は、周囲にネガティブなエネルギーをまき散らします(「同感だ」「まったくだ、けしからん!」という共感を引き出すことによる狭いコミュニティ内でのボンディングという文化人類学的な意味もあるのかもしれませんけど)。批判対象の人物や関係者に精神的打撃を与えようという意図であれば、たちが悪い。そういう可能性に思い至らないなら思慮が足りない。そもそも発言者自身が、その発言によって、誰に、どういう目で見られることになるかを考えると、やはり脊椎反射的な批判は短慮でしょう。

「どんなバカでも批判や非難はできるし不平も言う、そしてほとんどのバカがそれをやる」(Any fool can criticize, condemn and complain and most fools do.)というベンジャミン・フランクリンの言葉通りです(ちなみにこの言葉、私はデール・カーネギーの著作で知って、いま再び検索したのですが、ネット上にはカーネギーの孫引きばかりで、本当にフランクリンの言葉かどうか確証が得られませんでした。ご存じの方がいらっしゃれば教えて下さいませ)。

とかいいつつ、他人の仕事にケチを付けないとか、他人の悪口を言わないというのは、かなり難易度が高いことのように思います。とてもバカとは思えない賢そうな人ですら、ソーシャルメディアやブログで非建設的な他者批判をやっています。

だから「作れ」と_why氏は言ったんだと私は解釈しています。作ることに夢中になっていれば、他者批判する時間など残らないからです。ある種のライフハックですね。われわれは他人や他人の仕事をけなさないでいられるほど高尚にはなれない。しかし、それを避けて自分も周囲もプラスに変えていく道はある。すなわち作れ、と。

ところで_whyさん、それ自家撞着ちゃいますのん?

まるで古代ローマの賢帝が著した書物から引用したような_why氏のツイートですが、実際にはちょっと笑っちゃうオチがあります。彼の人気ツイートをfavstar.fmで見てみると、1位が「だから、作れ」のツイートで、2位は以下の通りです。

trying to reading dhh’s articles on himself, but his website is so drenched in axe body spray that it has more of a tear gas effect. -- Why the lucky stiff

DHHが自分自身について書いた記事を読もうとしてるんだけど、彼のサイトはAXEボディースプレーでベトベトすぎて、ほとんど催涙ガス効果があるね。

露骨に好き嫌いを述べています。言行不一致極まりなしです。

とてもクリエイティブな皮肉で、私は大笑いしてしまいました。Ruby on Rails作者のDHHはイケメンで、男性ファッション誌の表紙になったりもしています。その表紙写真を自分のサイトに載せる感性は、人によってはナルシスティックに思えて鼻につくのでしょう。でも、だからといって、こういう嫌味(好き嫌いの表明)を言わなくてもいいじゃないですか。いや、単にツンデレだったのかもしれませんけどね。そういえば愛のあるイジリ方のように思えなくもありません。

お気付きの方もいるかもしれませんが、この文章は、「新社会人の君へ-disるということについて - あんちべ!」を読んで書いた批判批判、あるいは批判発言予防ライフハックです。

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