@IT編集部の西村賢がRuby/Rails関連を中心に書いています。

米技術系eBook出版ベンチャー、実売で3000部~十数万部

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 先週、地域RubyコミュニティのAsakusa.rbの定例ミートアップにDave Thomasさん(ブログ)が遊びに来ました。Daveさんといえば、いくつかの定番Ruby/Rails関連書籍の執筆者として、また、2001年に公表されたアジャイルソフトウェア宣言の初期の17人の署名者の1人として、ソフトウェア開発者の間ではつとに有名です。1999年には「達人プログラマー―システム開発の職人から名匠への道」という本を共著で書いています。また、全米でユーザー数が数十人程度だった14年ほど前からずっとRubyユーザーでもあり、Rubyコミュニティでは「偉大な先人」という感じの人です。このブログをご覧の方であれば、「RailsによるアジャイルWebアプリケーション開発」の共著者の1人といえば分かるかもしれませんね。

Dave

Pragmatic Bookshelfの販売実績を聞いてみた

 Daveさんは、技術系電子書籍に特化したオンライン出版社「The Pragmatic Bookshelf」の共同創業者でもあります。本当はAsakusa.rbの場では、主にRubyやアジャイルの話をしていたのですが、ここではPragmatic Bookshelfについて私が聞いた話をまとめてみたいと思います。

Prag

 Pragmatic Bookshelfは、紙の書籍よりもボリュームは少な目ながらも、より素早いタイミングで話題の技術を取り上げて、PDF、epub、mobi形式でリリースするという電子書籍ベンチャーです。今のところ英語の書籍だけですが、Ruby系の人なら1冊や2冊ぐらいは買ったことがあるかもしれませんね。例えば、2011年4月にRuby on Railsが標準採用としたことで話題となった「CoffeeScript」の解説書は、Pragmatic Bookshelfでは2011年8月にリリースされていますが、老舗のオライリーがCoffeeScript本を出したのは2012年1月、同じくアジソンウェズリーが出すのは2012年7月の予定となっていますから、いかにPragmatic Bookshelfが早いかが分かります。

 電子出版なのだから早いのは当然と思われるかもしれませんが、実はPragmatic Bookshelfの出版の素早さ支えているのは、独自の入稿・編集システムです。「達人プログラマー」の共著者で、後に共同創業者となるAndy Huntさんと書籍を書いたとき、その本に掲載するコードサンプルの管理方法や原稿のバージョン管理について従来の出版社のやり方に飽きたらずに、自分たちでシステム化。レイアウトやタイプセッティングの仕事まで自分たちでやってしまったそうです。

 当時を振り返って、Daveさんは「自分たちは、出版について何も知らなかったので、あらゆる間違いをおかしてきた」といいます。素人の無知は怖い、という類の話かと思いますが、ともかく、このときに作り上げたシステムがPragmatic Bookshelfにつながっているという話です。

 Pragmatic Bookshelfの著者(多くはソフトウェア開発者)は、執筆に当たって、その書籍用のレポジトリ(入稿先のストレージ)とCUIの編集ツールのようなものを与えられるといいます。このツールにはJRubyが含まれていて、Ruby版のmakeコマンドとも言えるrakeコマンドを使って、書籍のバージョンアップ(追記、誤植の修正など)ができるそうです。誤植や誤記の修正というのは、紙の本だとそもそも重版がかかった場合に対応ということになりますし、「読者→著者→編集者→印刷所→書店→読者」とグルっと回ってこないと直りません。これがrakeコマンド一発で「読者→著者(rake)→読者」となる、ということですね。私もこれまで4冊ほど買っていますが、ときどき書籍のバージョンアップのお知らせがメールで届きます。ソフトウェアと違って、1度読んだところをバージョンアップされても読み返さないんだけどなぁと、やや矛盾も感じなくはありませんけど。

「古い出版社は出版とは何かが分かってないよ」

 出版や編集のイロハを知らなかったというDaveさんですが、一方、従来の出版社については手厳しい意見をお持ちです。「古い出版社は出版とは何かが分かってないよ」といいます。

 1冊の本が5年も10年も継続して売れる時代には、じっくり時間をかけて本を作っていました。そうしてできた書籍一覧リストこそが価値だと、従来の出版社は考えていた、と。でも、「もう書籍だけが選択肢じゃなくなったんだ」とDaveさんは言います。紙の本と原価構造やビジネスモデルが異なるので、ページ数(ボリューム)についての制約がありません。上記のCoffeeScript本ようにタイム・トゥー・マーケットをぐんと縮めることで需要を掴んでいる、というわけです。Pragmatic Bookshelfは、未完の状態であっても書籍を“ベータ版”として読者に届けることを始めた出版社の1つです。

 Daveさんは、「読者を犯罪者扱いしてはいけない」とDRMについても批判的です。Pragmatic Bookshelfは、“ソーシャルDRM”と呼ばれるアプローチを、最も早く取り入れた出版社の1つです。PDFやepubには購入者の名前が刻まれます。これが必要十分な抑止力となってカジュアルコピーを防ぎます。Pragmatic Bookshelfの読者はエンジニアたちなので、ものの数分もあればPDFファイルから名前を消し去ることもできるでしょう。この意味ではPragmatic Bookshelfの本は、完全にDRMフリーです(名前が刻まれる以外、物理的なコピーに制限はありません)。でも、今のところ、Pragmatic Bookshelfはこれで上手く儲けが出ているようです。うまく行っている理由が、個々の読者の良心によるものなのか、周囲の目によるものなのか、商品がニッチ市場対象だからなのか分かりません。

 どのぐらい儲かっているのか?

 これまで200タイトル以上の書籍をリリースして、すべての本が黒字。売れない本で3000から4000部、最も売れる本で十数万部といい、Daveさんは「本業より多く稼いでいる著者もたくさんいる」と言っています。日本の技術系出版だと、最近は初版で3000部も刷れれば御の字(売れれば、ではなくて、刷れればです)。1万部も売れたらベストセラーかと思いますが、まさにケタ違い。日本語圏と英語圏ではやはり対象読者数が1桁違うのだなと思います。ちなみに、Pragmatic Bookshelfでは章立ての構成や校正作業を行う編集業務は外部のプロに委託しているそうです。

 Pragmatic Bookshelfの本は紙版で30~40ドル、その電子版は3割引きの20~30ドルというところです。紙の本はこれまで100冊ぐらいしか売れてないそうなので、売上のほぼすべてが電子版ということでしょう。1冊当たり2万部ほど売れると仮定すると、Pragmatic Bookshelf全体でこれまでに累計400万部の販売実績。1冊25ドルとすると、1億ドル(80億円)の売り上げということになります。逆に1冊25ドルで2万部売れれば、1ドル80円として売り上げは4000万円。教えてもらっていませんが、著者の取り分は少なく見積もっても5割ぐらいでしょうか(ちなみに従来の出版社だと著者の取り分は7~15%程度)。とすると、2000万円。これなら昼間の仕事をやめて、本気で本を書こうという人も現れそうですよね。

 Daveさんが、RubyやRailsについて何を語ったか気になる方もいるかと思いますが、その話はまた改めて。

Comment(2)

コメント

5.5

「アジソンウェズリーが出したのは2012年7月ですから」って,未来の日付? 打ち間違い?
と思ったら,2012年7月に出版予定っていうことなのですね。

西村賢

おっと、失礼しました&反応が遅れました。本文は修正しました。ご指摘ありがとうございました。

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