148.【小説】ブラ転5
初回:2021/5/12
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.南極アイス
ヒイラギ電機の売り上げとしては横ばいだったが、利益率が低下していた。消費税の増税の影響で売り上げが落ちたが、除菌効果のある空気清浄機が予想以上に売れた為、売上金額は何とか消費税増税前の水準まで戻った。ただ、競合他社より消費電力が大きいのと、フィルタ交換が大変と言う評価のため、だいぶ値段を下げて販売していた。
「営業部長を、呼べ!」
社長兼会長のヒイラギ冬彦が、突然秘書室に入ってくると、怒鳴り声を響かせた。
私(二代目)は、ビクッと体を震わせた。すぐに秘書部の山本さんが、営業部長の会社支給携帯で連絡を付けている。社長はチラッと私に視線を移すとすぐに戻し、山本さんの方に向かって歩き出した。
「もうすぐこちらに来られるそうです」
山本さんが電話を切ると、社長は今入ってきたばかりのドアを凝視すると「まだか?」とボソッとつぶやいた。
(いくら何でもそんなに早くは来ない...)
「お、遅くなりました!」
全速力で走ってきたのか、営業部長は息を切らして秘書部の部屋に入ってきた。が、真正面に社長が仁王立ちで睨みつけていたので、営業部長は部屋の入り口で固まってしまっていた。
「利益が落ちとるじゃないか?何か手は打ってるのか?」
(いつもこんな感じなのか?)
私は昔の怨念を忘れて、少し営業部長の事がかわいそうに思えた。秘書部の面々は、全く動じずに日常業務をこなしているようだったからだ。
「技術部の方には、空気清浄機の改善を依頼しています」
「他部署の事じゃなく、自分たち営業として、何かやっているのかと聞いてるんだ!」
営業部長は、ヒッと小さな声をあげると、黙ってしまった。
「自分たちも何かしないといけないとは思わないのかな?」
今度は、逆に猫なで声で語りかけるように問いかけた。この剛と柔の使い分けが絶妙だ。
「南極アイスって知ってるか」
「なんば戎橋筋の北極アイスキャンデーなら知っていますが...」
「違う。南極でも、アイスを売ることができる凄腕の営業の事だよ。必要な人や欲している人に売るのは誰でもできる。必要がない、興味がない人に売るからこそ需要が生まれるんだよ」
「はあ」
「社員にSNSで拡散させろ。直接売り場に行って、うわさを流せ。大体、自分達で購入したのか?親戚や知り合い、友人に勧めたのか?商品を紹介したら紹介料をもらえるとか、友人を勧誘して販売会員にすると紹介料がもらえるとか、出来ることは何でもやれ!」
今度は大きな声で威嚇している。
「そ、それは『ねずみ講』になりませんか?」
「何年営業部長をしとるんだ。無限連鎖講と連鎖販売取引の違いも判らんのか? ぐずぐず言わずに、すぐに行動する!」
「は、はい」
営業部長は、入口に立ったまま、結局秘書部の部屋には入らずに、そのまま駆け足で出ていった。
それを見ていた山本さんが(大変ね)と言わんばかりに、私に微笑みかけてきた。私も同じように微笑みかえしていた。
2.残業規制
これで社長が出ていくかと思ったが、再び山本さんの方を向くと、今度は人事部長を呼ぶように命じた。面白いように、人事部長も息を切らして駆け込んできた。
「な、なにか御用でしょうか」
「ワシが用事もないのに『呼んだだけ~』とか言うとでも思ってるのか?」
また、猫なで声だ。いや少し笑顔も見せていた。笑顔を見せる時は、ろくでもないことを思いついたときだけだろう。
「君は労務課も兼任してただろ。経理部から聞いたんだが、人件費がかさんでるそうだな」
なるほど。経理部からの報告を聞いて、ここにすっ飛んできたんだな。経理部長は社長室で待ちぼうけをくらわされているのかもしれない。
「時代の要請もあるんだが、残業を減らしたいんだ。技術部は技術手当と言う形でみなしだから、何時間働かせても問題ないが、それ以外の部署で残業の上限を設けたい」
いや、技術部でもみなしでも、無制限の残業はあり得ないだろ。
「あの、結構人員削減しているのでどの部署でも残業制限は厳しいと思いますけど...」
「君は何年当社で働いているのかね?」
社長は後ろを振り返りながら、人事部長から目をそらした。少しドスの利いた声になっていた。
「残業手当は出せんが、誰が残業させるなと言った?社員が自主的に働きたいと言ってるのに、なぜ止める必要がある? ん?」
「それは、法令違反に...な...るの...では?」
「はあ?それを何とかするのが君の役目だろ。以上」
またしても、入口で突っ立っていた人事部長は、社長が向かってきたので慌てて横にずれた。社長は人事部長の肩に、軽く手を置いて、そのまま出ていった。
======= <<つづく>>=======
登場人物 主人公:クスノキ将司(マサシ) ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで 残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして... 母(マサコ):クスノキ将司の母親 母一人子一人でマサシを育てあげたシングルマザー 婚約者:杉野さくら クスノキ将司の婚約者兼同僚。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦 1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック 兄:ヒイラギナツヒコ 社長の長男。中学時代に引きこもりになり、それ以降表舞台に出てこない。 姉:ヒイラギハルコ ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の 社長からは弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。 二代目(弟):ヒイラギアキオ ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。 性格も社長に似ており、考えもブラックそのもの。 ただし、この小説では残念ながら出てこない。
ヒイラギ電機株式会社: 従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業 大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。 社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「やっとブラックらしくなってきたわね」
早坂:「いや、作者は実際のブラック企業を知らないからね」
P子:「え、そうなの?」
早坂:「給料は安いけど、ぬるま湯の会社だからね」
P子:「給料が安いのは、万年平社員だからじゃないの?」
早坂:「すでに妖精に進化してるから、霞(かすみ)食って生きてるらしいよ」
P子:「それは妖精じゃなく仙人でしょ」