149.【小説】ブラ転6
初回:2021/5/19
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.宝の山
私(二代目)は、日常生活にもだいぶ慣れてきた。日常と言っても高級料亭で会食や、ゴルフの接待ばかりなので、退屈になってきた。
「二代目、本日は午後から商工会議所の会頭との会談が入っています。午前中はオフです」
秘書部の山本さんが今日の予定を伝えに来てくれた。毎朝の決まり事だ。
「ありがとう。じゃ、ちょっと技術部でも見てこようかな」
実は、少しでも時間が余ると、杉野さくらの様子を見るために、技術部へ顔を出すことが増えた。さくらも二代目の案内役として、だいぶ定着してきた。
「最近、社内の事にも関心を示されるようになりましたね」
山本さんが優しいまなざしと微笑みで問いかけてきた。秘書部には5名所属しているが、社長と私、それに姉のヒイラギハルコに専属の秘書が3名と、他の2人は部長級の管理職の予定などを一手に引き受けていた。で、山本さんが私...いや二代目の担当だ。
「そんなことないだろ。当然社内にも関心を向けてたよ」
山本さんが「はいはい」と言わんばかりに適当にあしらった。
「でも、携帯を解約されたときは本当に驚きましたよ」
「いや、失くしたから仕方なく解約しただけだよ」
あの時、転生してすぐだったので気が動転していた。携帯のパスワードも判らないし、下手に知り合いに連絡されても困るので失くしたことにして解約してしまった。
「携帯を失くされたされたことは、過去にも何度もありましたよ。料亭やホテル、キャバクラまで私が取りに行きましたよ。社有携帯だから、失くされたらすぐに停止手続きしてから位置情報サービスで所在地を確認して、お店の人に連絡して...」
「そ、そうだったね。色々と苦労かけたね」
山本さんは冗談だと思ったのか「どういたしまして」と返した。
「でも、社外のご友人を一気に整理されましたから、ご婚約でもされたのかと思いましたが、そんな気配もありませんし...」
私が『え?』という顔をしたので、山本さんは不思議そうな顔をした。そうか、あの携帯はそういう携帯だったのか?社有携帯で、そんな私用な使い方をしていたとは。それより、宝の山の携帯をみすみす捨ててしまったのか?もったいないことをした。
2.家政婦のミタさん
「所で、姉の事なんだけど...」
「ハルコお嬢様ですか?」
私以外には、皆、ヒイラギ常務か、常務とだけ呼んでいた。社長が呼びつける時は『ハルコを呼べ』とか言っていたので、その時だけ秘書部の担当者はハルコお嬢様と呼んでいた。
「どうして、私の事をあれほど毛嫌いしているんだろうね」
今度は山本さんの方が『え?』という顔をした。そんなの、ご自分が一番詳しいのに...と言わんばかりの顔だった。
「いや、後継者争いで私が父の...いや社長に一目置かれているのが、姉として許せないというのは判るが、それ以外にもありそうな気がしてたんだけどね」
山本さんは少し言いよどんだが「3人とも腹違いの兄弟だからじゃないんですか?」とだけ言った。なんのことはない、私も初耳だ。
「お兄様のナツヒコ様が最初の奥様のお子様で、ハルコ様が愛人とのお子様で、ハルコ様が生まれたときに、最初の奥様との離婚でもめていて、やっと離婚が成立して、ハルコ様のお母様と再婚かと言う時に、別の愛人との間に二代目がお生まれになり、跡取りが出来たと言って、その方とご結婚されたため、ハルコ様のお母様とは離縁して...すでにお屋敷に迎えておられたハルコ様は、そのままお引き取りになられたと聞いています」
山本さんはまだ20代なのに、なぜこんなに詳しいのか?
「でも、すでに兄貴がいただろ、跡取りとして」
「ナツヒコ様のお母様との離婚でもめていた時にお二人で家を出られているんです。相当強引な手でナツヒコ様を取り戻したそうですよ。当時小学生だったナツヒコ様は、学校を転校したり休学したりでクラスでいじめにあって登校拒否に...中学に入ると完全に引きこもりになられて...」
だいぶ、事情が呑み込めてきた。
「所で、山本さんって私の家庭の事情にやたら詳しいですよね。スパイでもしてるの?」
山本さんはうふふと笑うと、事情を話してくれた。
「社史編纂室の早坂さんって人から聞いたの。あの人、あそこに飛ばされてからも『この会社の黒歴史ばかりで社史を編纂してやる』って、結構マニアックな内部事情まで知ってるわよ」
そういえば数年前、技術部から営業、そして人事部預かりから庶務課へ移動になって新たに社史編纂室長として就任した人がいるって噂になったことがあるが、その人物か?
「その早坂さんが社長が留守の間に、社長宅に押しかけて、長年働いている家政婦さんから色々と内部事情を聴いたそうよ」
家政婦さんがいるのか。私は一人暮らしをしていたようで、免許証に書かれた住所に向かうと、ちょっとこじゃれたマンションに住んでいた。人を呼ぶのもあまり好きではなかったようで、誰も訪ねてこなかった。まだ、実家には行っていないが、古くからいる家政婦さんなんかに会えば、中身が違っている事なんてすぐに見抜かれていたかもしれない。実家に帰る前に、この早坂と言う人物から、もっと家庭の事を聞いておく必要がありそうだが、私が直接聞くわけにもいかないので、山本さんに協力してもらおう。
「山本さん、その早坂さんが、一体全体、うちの家庭の内情をどれくらい把握しているのか、聞き出しておいてくれないかな?それとなく、だよ、それとなく」
「いいんですか?逆にあまり聞くのも何だと思って、あえて聞いてなかったんです」
なんだか、山本さんも興味津々で目がキラキラしている様に見えた。
「どこまで知っているかも気になるし、家政婦さんがある事無い事言ってるかもしれないし、変に誤解して伝わっているかもしれないから、確認するという意味でね」
山本さんは上機嫌でこのミッションを受けると、本来の自分の業務に戻っていった。
======= <<つづく>>=======
登場人物 主人公:クスノキ将司(マサシ) ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで 残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして... 母(マサコ):クスノキ将司の母親 母一人子一人でマサシを育てあげたシングルマザー 婚約者:杉野さくら クスノキ将司の婚約者兼同僚。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦 1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック 兄:ヒイラギナツヒコ 社長の長男。中学時代に引きこもりになり、それ以降表舞台に出てこない。 姉:ヒイラギハルコ ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の 社長からは弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。 二代目(弟):ヒイラギアキオ ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。 性格も社長に似ており、考えもブラックそのもの。 ただし、この小説では残念ながら出てこない。
ヒイラギ電機株式会社: 従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業 大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。 社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「社長一族の複雑な家庭環境って、判りにくくなってない?」
早坂:「最初からそういう想定だったそうだよ」
P子:「え、そうなの?」
早坂:「登場人物説明で書くとそれだけでページが終わっちゃうから書いてないだけだって」
P子:「その話、誰に聞いたの」
早坂:「家政婦のミタさんだよ...ってわけないでしょ」
P子:「所で閑職に追いやられるのは、みんな『早坂』にしてるみたいね」
早坂:「この作者、一回、しめたろか?」
P子:「いや、自分に重ねてるのよ、きっと。あなた愛されてるわよ」