141.【小説】ブラ転1
初回:2021/4/14
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.プロローグ
「アキオ、目をさまさんか!」
社長のヒイラギ冬彦の怒声が会議室に響き渡った。
私は顔をあげると、見た事も無いメンバーと一緒に会議室にいた。
「このペースで今月の売り上げ目標が達成できるのか?」
社長はいら立ちを抑えつつ、長身の目のきつそうな人物をにらみつけた。
「コロナ自粛で家電量販店の人出も減って来て、その分予測を下回ってしまい...」
「はあ?家電とコロナと何の関係があるんじゃ!売上アップしとる会社もあるじゃろ」
いったい何の会議をしているのか、私には理解できなかった。なぜ、この場にいるのかも...場違いなのはわかっていたが、出ていく空気ではなかったので、成り行きを見守ることにした。
「家電量販店に社員を常駐させてるのか?」
「いえ、量販店の方から来ないでくれと言う要求があり、行かせていません」
ああ、思い出した。この長身の人物、そういえば営業部長だ。技術部に展示会の応援要請があったときに、接客についての説明を受けた記憶がよみがえってきた。横柄な態度で接客のイロハがどうとか説教されたと思う。
「お前馬鹿か?なんでメーカーの人間として行けと言った?今年の新入社員に現場研修とか言って、量販店に行かせて、SNSに自社製品をアップさせればいいだろが」
おいおい、客に成りすまして偽情報流せって?私は一言言ってやろうかと思ったが、先ほど不覚にも眠っていたようなので、ここは自重しておこう。
「あの、今新人は、研修目的で富士登山中です」
「すぐに呼び戻せばいいだろ。融通が効かんな」
今年は定番の富士登山になったのか?私の頃は、熊本県の『釈迦院御坂遊歩道』だった。3,333段の石段を1時間以内に昇れとかいう無茶苦茶な課題で、最初は1段1秒で順調だったのが、10分もしないうちにペースが落ち、結局誰もクリアーできなかった。それどころか、最後まで登れなかった新人は、地方の子会社に転籍させられて、全員辞めたという噂を聞いたことがあった。
「すぐに対処いたします」
「いいか、常駐が目的じゃなく、売上アップが目的だからな。SNSでいいねが多くついた新人には特別ボーナスを出すと言っておけ。そうだ、新人以外の社員にも募集をかけろ。それに特別ボーナスを返上するという愛社精神の強い社員は優遇処置を与えよう」
営業部長とおぼしき人物は急いで会議室を後にした。
「所で、新商品の企画の件ですが‥‥」
その会議の参加者の唯一の女性が、緊張した場の空気を和ませるかと思われた。
「今はその話はいらん。それより、工場の稼働率が落ちとると言う報告があったぞ」
その女性はヒイラギハルコ、社長の長女で社長令嬢と言われているが、次期社長は弟のヒイラギアキオだと言われている。この会社では役員どころが部長級、課長級に女性が登用されたことはない。
元の緊張した空気の中、作業着を着た初老の男性が答えた。
「従業員を週休4日にして、ライン当たりの担当者を減らしたため...」
「はあ?それが言い訳か?人数減らして稼働率が落ちとったら、意味ないだろが」
「すみません。すぐに対処いたします」
「どうするのか、具体的に言ってみろ」
彼は工場長だったな。会ったことはないが噂は聞いたことがある。何か不都合があれば、その工場で働かされて、一番きつい機械に付かされた。機械が機嫌を損ねて止まろうもんなら、罵詈雑言を浴びせられ続けて動かすまで後ろで監視される。その機械は3交代の休みなしで動かす事になっており、停止したまま次の担当者に引き継ぐことも出来ないため、大抵超過勤務になってしまう。そうこうしているうちに、結局退職してしまう。俗にいう、社史編纂室とかいう退社部署の方が、よほどましというものだ。
「ノルマ性に切り替えます。予定数に到達するまで帰らせません」
「残業代は出せんぞ。そうだな機械整備手当にして固定残業制にしておけ」
「社長、失礼します」
突然、後ろのドアが開き、一人の男性が現れた。
技術部開発3課の課長、つまり私の上司だ。
「今、経営会議中よ」
ヒイラギハルコがたしなめるように注意した。
「社長、先ほど病院から電話があり、二代目がお亡くなりに...あれ?」
課長は、私の方を注視して言葉を飲み込んで固まってしまった。
======= <<つづく>>=======
登場人物 主人公:クスノキ将司(マサシ) ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで
残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして... 母(マサコ):クスノキ将司の母親 母一人子一人でマサシを育てあげたシングルマザー 婚約者:杉野さくら クスノキ将司の婚約者兼同僚
社長兼会長:ヒイラギ冬彦 1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。
ただし超ブラック 兄:ヒイラギナツヒコ 社長の長男。中学時代に引きこもりになり、
それ以降表舞台に出てこない。 姉:ヒイラギハルコ ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、
父親の社長からは弟のサポートを依頼されている。
もちろん気に入らない。 二代目(弟):ヒイラギアキオ ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されて
いる。性格も社長に似ており、考えもブラックそのもの。 ただし、この小説では残念ながら出てこない。
ヒイラギ電機株式会社: 従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業 大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。 ワンマン社長が一代で築き上げた会社だが、超ブラック
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「『ブラ転』って、転生物じゃなくって入れ替わりものなんじゃないの?」
早坂:「入れ替わりものって、転校生とか...」
P子:「古いわね。最近じゃ天国と地獄とか。転生物なら異世界じゃないとね」
早坂:「平社員と二代目じゃ異世界だよ」
P子:「やっぱり高級料亭で松坂牛とか」
早坂:「祇園で舞妓さんとトラトラとか」
P子:「異世界ね」