レインメーカー (15) 優位性と敵
◆アリマツ通信 2021.7.8
DX 推進室方針変更発表
すでにご存じの通り、昨日、DX 推進室から今季の達成目標の大幅な変更が発表されました。当初は下期より<コールくん>の保守を社内に切り替えることが目標でしたが、なんと<コールくん>に変わる新システム開発が新たな目標として掲げられました。
総務課では、この発表に対する各CC のご意見を募集しています。実名、匿名、どちらでもOK です。
文 総務課 土井
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「全くうかつにもほどがある」根津が田代を睨み付けた「スケジュール表ファイルを、それも、極秘で進めなければならない計画のスケジュール表を誤送信するとは何事だ」
無言で叱責に耐える田代を見ながら、イズミは自分が責められているような息苦しさを感じていた。田代から相談されたとき、メールの誤送信、という方法を提案したのはイズミ自身だったから、なおさらだ。田代は進捗報告を桑畑、椋本、根津にメール送信する際、CC に吉村を追加しようとして、アドレス帳から「システム課吉村」を選択したつもりが「システム課ALL」をクリックしたということになっている。「システム課ALL」はシステム課全員宛のメーリングリストだ。
真相を知っているのは田代とイズミだけだった。本来なら田代に代わって責められていたはずの吉村は、何も知らされないまま、離れた席でノートPC を操作している。
メールを開封した宇都は、激怒するかと思いきや、意外に冷静で、桑畑宛に事実を問い合わせた。宇都以上に驚いた桑畑が椋本、根津の両サブマネージャに状況説明を要求。その1 時間後には、DX 推進室として方針変更が全社に通知されていた。
「もうそれぐらいでいいじゃないかね」椋本が取りなした。「幸い、桑畑さんの素早い判断で、来週には方針変更を発表する予定だったとすることができたんだから。システム課に隠して事を進めようとしていた、と思われずにすんだ」
「あのデブの不意を突く計画が台無しになったではないか」
「考えようによってはこれでよかったのかもしれんよ」
「なに?」
「新システム構築が目標だと公言することで、ユニットの全てのリソースをそっちに向けられるじゃないか。田代くんたちだけで開発を行うより、新人5 人も戦力に加えた方がいいだろう。そうじゃないかな?」
問いかけられた田代は仕方なさそうに頷いたが、椋本の意見に全面的に賛同しているわけでもなさそうだ。開発実績の少ないイズミでも、その理由はわかる。未経験者ばかり増えても、学習コストやコミュニケーションコストが増大するだけで、タスク消化に寄与するとは限らないからだ。
「あの」イズミは小さく手を挙げた。「QQS 案件で使うCRM はどういうことになりましたか?」
当初の計画では、<コールくん>のQQS 案件対応をアイカワにオーダーすることは、最終的にキャンセルされるはずだった。だが、それは新システム開発を秘密裏に進めていることが前提だ。その前提が崩れた今、CRM システムをどうするのかは部門責任者レベルでの決定となる。少し前まで、根津と椋本は、その決定会議に出席していた。
「ああ」根津は椋本と視線を合わせた。「それを今から言おうと思っていたんだ。20 ブースのうち15 ブースは<コールくん>を使うが、残り5 ブースについては新システムを使用する、ということで話がついた。もちろんQQS 案件稼働日までに新システムが完成していて、テストも終わっているということが前提だが」
それを聞いた田代は顔を上げた。目に光が戻っている。
「2 システム同時稼働ですか」田代は手帳を開いてペンを走らせた。「当然、別のプラットフォームでの稼働になると思いますが......」
「はい」吉村が答えた。「<コールくん>のサーバやデータベースは使えません。Windows かLinux の仮想サーバを用意するのでそちらで稼働させてもらうことになります」
「別々のシステムで別々に対応履歴を登録するわけだが、最終的な納品物はどうなる?」
「CSV か何かで吐き出してもらえば<コールくん>側でマージするそうです。フォーマットは後日連絡ということで」
「だが対応履歴ID はどうする?」田代はすかさず訊いた。「<コールくん>はシーケンスで取得しているはずだ。新システムからそのシーケンスを取得できるのか?」
「シーケンスがなんなのかしりませんが」吉村は首を傾げた。「新システム用の仮想サーバから<コールくん>のサーバへは、アクセスを許可しないそうです」
「となると、履歴ID は新システムで独自に採番するしかないわけだが<コールくん>とダブったり、連番にならなかったりする。それは問題ないのか?」
「よくわかりませんが、履歴ID なんかは連携しなくていいはずです。受付日時とか氏名や住所なんかがあれば」
「インポートするときに<コールくん>側で採番して付け直すわけか」吉村にというより、自分に向かって田代は呟いた。「ID が受電日時順でなくても<コールくん>側はいいってことか」
「やれるんだろうな」根津がもどかしそうに訊いた。
「もちろんです」田代は自信ありげな態度を取り戻していた。「細かい仕様は詰める必要がありますが、問題はありません」
「問題がないだけじゃ困るんだがな」椋本がいつもの他人事のような顔で言った。「新システムが<コールくん>より優れていることをアピールしなければ意味がない。正常に受電を登録できる、というのはあたりまえだ。それだけでは差別化にならないんだよ。新システムに<コールくん>から乗り換える価値がある、と誰もが納得する優位性が必要なんだ」
「優位性ですか」
「そう、たとえば」根津が腕を組んだ。「わかりやすいところで見た目だな。OP はだいたい若い奴らが多いだろう。今どきのスマホアプリみたいな画面にするのはどうだ」
「スマホアプリ......いや、CC の受電業務はPC で行うわけなので、わざわざスマホの狭い画面に合わせる必要はないと思うんですが」
「そういうものか」
「処理速度はどうだ」代わって椋本が提案した。「いくつかのCC で、たまに<コールくん>の応答が遅くなることがあると報告が上がってくるんだがね」
「アイカワに、というか宇都さんにオーダーは出したんですか?」
「再現方法がはっきりしないので、オーダーは出せないと言われたよ」
「なるほど。データベースで遅いSQL が実行されてるんでしょうが、再現しないということは、ネットワークが混んでる可能性もありますね」
「新システムで何とかなるものかね」
「仮想サーバのスペックはどんなもの?」田代は吉村に訊いた。
「うーん」吉村は何度かマウスをクリックした後で答えた。「どうでしょうね。仮想サーバの追加も課長決裁通るので、<コールくん>サーバより上で申請出しても、間違いなく却下されるのは確実ですが。どっちみち準備できるHyper-V サーバは、もうそんなにリソースが残ってないので。ネットワークは同じ系統になりますから、特別に高速にするのはできないですね。チーミング使えば可能といえば可能ですが、やっぱり宇都さんの許可がいります」
「つまりどういうことだ」根津が苛立ちを露わにした。
「環境としては<コールくん>より劣るものになりそうだ、ということです」
「そうなのか。どうにもならんのか、それは」
「新システム用に新しいハード一式と」吉村が答えた。「高速ネットワーク環境を整備する稟議を通してもらえれば」
「いくらぐらいだ」
冗談のつもりだったらしく、吉村は呆れたような表情を浮かべたが、肩をすくめるとノートPC を何度か操作し、やがて画面を根津と椋本の方に向けた。
「すぐには見積が出せませんが、過去に行った大阪CC の増設工事費用から概算すると、まあ、こんな感じでしょうか」
一目見た根津は顔をしかめて唸った。
「......そうか、その線は諦めるしかないな。他には何もないのか」
イズミは再び手を挙げた。
「さっきの見た目、の話ですが。スマホに似せるということではなくても、今どきの若い世代のOP の共感を得ることは可能だと思うんですが」
「というと?」
「いくつかCC の業務を見学させてもらったんですが、CC では"別窓"と呼んだりしている機能があります。いわゆるポップアップというものですが」
「別画面のことか」根津が訊いた。「住所検索で同じ郵便番号で複数ヒットしたとき、選択させるようなやつだろう。それがどうした」
「<コールくん>を見ていると、文字通りの別画面になっているようなんです。これをページ内にモーダルで表示するようにすると、操作性が向上するんじゃないかと思います」
根津が、モーダルとは何だ、と言いたげな顔を向けたので、イズミは簡単に説明を追加した。
「モーダルはわかったが」椋本が身を乗り出した。「何が操作性の向上につながるのかわからんね。別画面だろうが、モーダルだろうが、中身は同じなんだろう?」
「はい。ですが、別画面ということは、ブラウザをもう一つ立ち上げて、その中に情報を表示するということです。あるCC だと業務の都合上、ポップアップを多用するんですが、タスクバーにIE のアイコンが何十個も浮かんでいることがあります。閉じるのを忘れて、というか、放置したまま、別のポップアップを表示するからです。そうなるとデスクトップには数十個の小さなブラウザが存在していることになり、さっき表示したページはどれだっけ、と必死に切り替えることになります」
根津と椋本はまだ理解できていないようだが、田代が大きく頷いて手を挙げると、勢い込んで説明を引き継いだ。
「機能によっては、ウィンドウ名が指定されているので、たとえばA というボタンを2 回クリックすると、2 つの小さなブラウザが開くのではなく、1 回目に開いたブラウザに2 回目の内容が上書きされることになるんですよ。それが最小化されていると、デスクトップ上にはポップアップされてこないので、うまく動かない、とSV さんにヘルプを求めることになりますね。実際、見学しているときにも見たことがあります。朝比奈さんが言いたいのは、そういうことです。そうだよな?」
「はい」イズミは頷いた。「モーダルウィンドウにすると開くブラウザは1 つなので、ずっとシンプルになります。これは操作ミスを防止すると同時に、操作性向上につながります」
二人のサブマネージャがようやく納得したのを確認し、イズミはさらに続けた。
「その他、日付の入力も改良の余地があります」
「日付? 納品日とか発送日とかか。あれは小さなカレンダーが表示されて日付をクリックできるようになっていたんじゃなかったか?」
「はい。いわゆるdatePicker というものです。それは確かに便利なんですが、日付の入力イコールdatePicker となっているのは、少し問題なんじゃないかと」
「何が悪い?」
「たとえば生年月日の入力です。デフォルトがシステム日付、つまり今日の日付になっています」
「意味がわからんね」
イズミは田代をちらりと見た。田代はすぐにイズミの意図に気付いたらしく「たとえばですね」と前置きして例を挙げた。
「納品日とか発送日は、現在日からそれほど離れることはないので、デフォルトが今日であっても問題はありません。少し移動すればいいことです。でも生年月日は大抵、20 年前とか30 年前の日付が多いじゃないですか。まさか生後10 日の乳児が電話をかけてくるわけがないですからね。そうすると、たとえば30 歳の人の生年月日を入力する場合、前の月、前の月と何回もクリックする必要があります。もしくは一度デフォルトの日付を削除して、手入力するか」
「そういう場合は、手入力してるんじゃないのか」
「ところがですね」得たりとばかりに田代は答えた。「ほとんどの日付項目は手入力が不可になっているんです」
「ああ、確かに」椋本が記憶を辿るように天井を見上げながら言った。「そういえばそうだったな。だが、どうして手入力が不可になっているのかね」
「推測ですが、手入力を許すと、たとえば6 月31 日のような不正な日付の入力が可能になってしまうので、日付の妥当性ロジックを入れる必要があるからでしょう。カレンダーからの選択にしておけば、日付が正しいことだけは担保されているわけですから」
「あとは」イズミは続けた。「数字の入力項目は右寄せにして数字以外の入力は弾く、押せないボタンはdisabled にするのではなく非表示にする、桁数が決まっているものは最大文字数の設定をする、といった細かいチェックやルールを入れるだけでも、OP のストレスはかなり軽減されるんじゃないでしょうか」
「ふーむ」根津が渋々ながらイズミの提案を賞賛するように頷いた。「実際にモノを見てみないとわからんが、良さそうに聞こえるな。だがわからんな。どうして今まで、そういった改善要望がオーダーとして上がってこなかったんだ」
「そういうものだ、という刷り込みではないでしょうか。生年月日を入力するときは、12×年齢分、前の月へボタンをクリックするものだ、というような。各CC ではそれぞれ独自に、業務内容に応じた操作マニュアルを作っています。大きな理由がない限り、それを変更することはしていないようです。最初に、それしかできない、他に方法はない、と言われれば......」
「寝た子は起こすな」椋本が歌うように言った。「動いているものは触るな、というわけか」
「言わんとするところはわかったが、それでCC の現場が納得するものかな」
根津の疑問に、田代が真面目な顔で答えた。
「失礼ながら、それはお二人の役目かと」
「なに?」
「実際にCRM システムを操作するOP に使ってもらえば、必ず新システムの方が優れていると実感してもらえると信じています。その生の声を拾い上げ、CC の総意としてまとめるのは、お二人にしかできないのではないでしょうか」
椋本が含み笑いをした。
「確かにそうだ。よろしい、確実に使い勝手がいいと、どんな偏屈なOP でも納得できるようなUI を作り上げてもらえるなら、現場の調整は私たちでやろうじゃないか」
安堵の表情を見せた田代だったが、椋本は穏やかな口調で釘を刺した。
「今、君たちは自分からハードルを上げたんだぞ。飛び越せなかったからといって、他人の責任にするなよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会議が終わった後、イズミの予想通り、田代が声をかけてきた。
「さっきはありがとう。助かったよ」
「いえ、とんでもない」
「俺がおいしいところを持っていったような形になってしまったが、その方が説得力があると考えたからで他意はないんだ。わかってくれるな」
「もちろんです」
「それで、今後の開発の進め方を相談したいんだが、この後、時間はある?」
「ごめんなさい」イズミは時計を確認しながら答えた。「今日はちょっと外せない約束があって。それに、私たちだけで決めてしまうのもどうかと。新人さんたちは、突然のことで戸惑っているようです。明日、全員揃ったところで状況を説明した方がいいんじゃないかと思うんですが」
「それもそうだな」田代は頷いた。「わかった。おつかれさま」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
元町にあるパウンドケーキ専門店のカフェで、ブレンドティ―を味わっていたイズミは、入店してきた人物に軽く手を振って合図した。相手はすぐにイズミに気付き、向かいに腰を下ろした。
「お待たせした?」
「いえ」イズミはかぶりを振った。「私が少し早く来たんです」
野沢モエはバッグを置くと、店内を見回した。
「いい雰囲気ね」
「パウンドケーキは絶品ですよ。私は先に頂いてしまいましたけど、よかったらどうですか」
「とても惹かれるんだけど」野沢はメニューを一瞥しただけだった。「この完璧なスタイルを維持するために、修道女より厳格な食事計画があるから」
店員にルイボスティーをオーダーすると、野沢はイズミに訊いた。
「それで、うまくいったのかしら」
「はい」イズミは心からの笑みを浮かべた。「野沢さんの見事な演技のおかげです」
野沢は面白そうに微笑んだ。
「気の毒な吉村くん。田代さんは心の中で裏切り者って思ってるでしょうに」
「これは単に好奇心から訊くんですが、実際のところはどうだったんですか」
「食事とかバーとかは田代さんに話した通りよ。実際は、吉村くんは何も話さなかったけどね」
「田代さんが吉村さんを責めたりすることはないと思います。彼の協力がなければ、DX 推進ユニットが新システムの開発を進めることが難しいのは事実ですから」
ルイボスティーが運ばれてくると、野沢は優雅な仕草で口をつけた。真似できないな、と思いながら、イズミも紅茶をすすった。
「それで訊きたいことって何でしょうか」
「正直なところ」野沢は考えながら言った。「私はDX 推進室がどうなろうと知ったこっちゃないって思ってる。むしろ新システムなんて失敗すればいいと思ってるし、もっと言うなら<コールくん>の保守がアイカワから社内に移管されるなんて、あり得ないとも思ってる。別に積極的に妨害しようとは思わないけど、失敗したらざまあみろって感じるでしょうね。つまりDX 推進室にとっては限りなく敵に近いことになる。それなのに、どうして私にあんな頼みをしたのか知りたいわね」
「敵を憎むな、判断が鈍る、とマイケル・コルレオーネも言ってます」
「誰それ?」
「ゴッドファーザーです。知らないですか?」
「映画は観ないの」素っ気なく野沢は言った。「それが理由?」
「の一部ではあります」
「というと?」
「元々の計画が、吉村さんが<コールくん>のトラブルを長引かせることによって、相対的に新システムの株を上げる、というものだったのは野沢さんにお話しした通りです。でも私はその計画がうまく行くとは思えなかったんですよ」
「へえ。どういう理由で」
「一時的な効果はあっても、長期的に見れば、相手の弱みにつけ込んだだけで真の実力ではなかったんじゃないか、なんて言われかねませんから。今日、椋本副部長も仰ってましたが、新システムの方が優れていると誰もが納得する優位性が必要なんです。でないと、宇都さんがそこを突いてくるでしょうから」
「なるほどねえ」野沢は笑った。「そこを突け、と宇都さんに進言すればいいんだ」
「野沢さんはそんなことしませんよ」
「どうしてわかるの?」
「カンのようなものです。よく当たるんですよ」
「ふーん。で、思惑通りに新システムがリリースされて、CC の評判もよかったとしたら、<コールくん>からのリプレースを進めていくつもり?」
「もちろんです」
「そうなると宇都さんの立場が危なくなってくる」野沢は正面からイズミの目を覗き込んだ。「でも、朝比奈さん、言ったよね。これが宇都さんにとって最善の方法だって。訊きたかったことの2 つめがこれよ」
「<コールくん>は奇跡的に飛んでるだけで、機体はボロボロ、燃料は尽きかけ、パイロットは疲労困憊の飛行機みたいなものです。今はアイカワに応急処置を施してもらって、何とか動いてはいるものの、早晩、追いつかなくなります。それぐらいのことは、宇都さんだってわかってるはずですよね」
「......」
「一方、宇都さんが<コールくん>の改修を通して、これまで蓄積してきたCC 業務のシステム的ノウハウを捨ててしまうのは、あまりにもったいないとも思うんですよ。田代さんあたりは、宇都さんも<コールくん>もろとも葬り去ってしまうつもりのようですけどね。だったら、早々に<コールくん>に見切りをつけてもらって、新システムに協力してもらった方が、みんな幸せになれるとは思いませんか」
「現状維持でも、宇都さんは十分幸せだと言えるんじゃないかしら。現にCC 業務は<コールくん>で回っているし、一定の評価も得てるわよ」
「私、吉村さんに頼んで調べてもらったんですが」イズミはプリントアウトを取りだした。「<コールくん>のトラブル報告件数は、毎年、増加する一方ですよね。去年の増加率は20% を超えてますし、今年は6 月末時点で、すでに去年の数値に迫る勢いです。CC での不満も比例して増加していると聞きます。場当たり的な改修では対応しきれなくなっているんですよ。次に業務が停止するような大きなトラブルが発生したら、宇都さんがこれまで得てきた評価なんか、一気に吹き飛びますよ」
「......」
「人は善行ではなく悪行で判断される、です」
「それもゴッドファーザー?」
「いえ、これは、バクラウというマイナーな映画です」
野沢は興味なさそうに頷いたが、イズミの予想については真剣に考えているようだった。イズミは訊いた。
「逆にお訊きしたかったんですが、野沢さんはどうして宇都さんの、その......」
「味方か?」野沢は微笑んだ。「みんなに嫌われてるのに?」
「ええ、あの......」
「いいのよ。本当のことだから。宇都さんはね、私が新卒採用されたときの教育係だったの。その頃は、宇都さんも今みたいじゃなくて、CC 業務をシステム面から支える仕事に真剣に取り組んでてね。私がプライベートでちょっといろいろあって、仕事のパフォーマンスが落ち込んでたときも、黙ってサポートしてくれたものよ」
「そうなんですか」
「ただ、あのルックスと体重でしょ」野沢はため息をついた。「社会人は仕事ができれば容姿は関係ない、なんて言うけど、あるレベルより低いと、仕事の能力とは離れたところで嫌悪感をもたれるものなのよ。私は、ほら、この顔と身体のおかげで、仕事とは関係なく好意をもたれたり分不相応な評価をもらったりしてるから、逆の意味でわかっちゃうのよね」
「......」
「私は最初システム課に配属されて、一度、別の部署に異動になった後、また戻ってきたんだけど、そのときにはもう宇都さんは今の宇都さんになってたの。その理由もだいたいわかる。だから私だけは、何があっても味方でいてあげよう、そう決めたのよ」
野沢はティーカップを傾けて中身を飲み干すとカバンをつかんだ。
「ここはおごってもらえるって話だっけ?」
「ああ、はい。もちろん」
「朝比奈さんの言ったことは考えてみる。それが宇都さんに取って本当に最善だと確信できたらだけど。じゃあ、ごちそうさま」
(続)
この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。
コメント
匿名
Windows かLinux の仮装サーバを用意する
?Windows かLinux の仮想サーバを用意する
匿名
宇都は善回帰で田代が闇堕ちなパターンかな。
匿名
意外と義理堅い女、野沢モエ
匿名D
><コールくん>が奇跡的に飛んでるだけで、
ここは「が」よりも「は」かな?
要するに宇都氏はなんの悪意もない、ただこじらせたカワイソーなだけな人ってことか。
仮に転向するとしても、その場合、
宇都氏はアイカワとのパイプをどうするのか。
過大なメンテナンス料は何を動機に仕立て上げられたのか。
簡単にはいかなさそうね。
前回色々書いたが滑ってるなあ。orz
冒頭で結局情報共有しないの? と思ったら、なによこれ。
前回のイノウーもそうだけど、入社したばかりの社員の振る舞いと思えん。
今回は、なんとか社会復帰した地歩を維持するという欲求は理解できるが。
匿名
同じ物語を見ても、得られる知見というのは違うものだなあ
匿名
DXプロジェクトと大きく出た割りに、社内政治がらみの陰謀以外は使い勝手がどうとかのしょぼい話しかないのがマジで末期的な感じがする会社ですね。田代さんもわざわざ独断で泥かぶらなくてもよかった気がするけどな。吉村さんには言わないとしても、椋本さんや根津さんに相談して善後策を練ることは十分可能だったと思うし、システム課からコールくんを取り上げるのが元々の目的なので、桑原さんまで上げても良かったはず(信用されるかは別として)。
そもそも新システムの優位性がなにかを今更議論するのおかしくない?しかも社内政治のために無理矢理メリットを作ろうとしてる(しかも現場レベルの人間だけで)ことに誰も疑問をもってないのがすごいな。新システム作るって時点で現行システムと比較してどうあるべきかは大体のイメージがないとダメでしょ。それとも本当に宇都さんからシステムを奪い返せればそれでいいっていう目標しかないの?田代チームは要件定義はできるかもしれないけど、会社としての方針がなければそこで早速ブレまくるのでは?なんとなくコールくんの改良版でいい雰囲気になってるので要件定義すらしなさそうだけど、後で仕様変更祭りになりそう。
DXなら基幹システムとかとつなげて売上計上・請求まで自動化とか、案件毎の収支状況のリアルタイム把握とか、新サービスとしてチャットボットによる自動申込受付とか、野心的な目標があってもいいはずなのに(Seasar2が邪魔になりそうだけど)。
しかし野沢さん、モテそうなのに新入社員の時にちょっと優しくもらったぐらいで宇都さんとシステム課に忠義を尽くすのはなんだか変な感じ。昔の宇都さんに惚れてたけど、その面影が忘れられないとかなのかね。でも吉村さんには女を武器に使うあたりそんな初心でもなさそうだけど、まだ何か出てくるのかな。
匿名
タイトル回収された……のかな?
リーベルG
匿名さん、匿名Dさん、ご指摘ありがとうございました。
たむたむ
こっ、これは…。宇都のナラティブ、田代のナラティブに
俄然期待してしまう過ぎるw。
たむたむ
こっ、これは…。宇都のナラティブ、田代のナラティブに
俄然期待してしまう過ぎるw。
匿名
宇都は善回帰で田代が闇堕ちなパターンかな。
匿名
イズミさんは野沢さんの気持ちを見抜いていた。
良い物語になるのかな。