魔女の刻 (31) ゼロ号テスト
「おーい、おばさん!」
突然、開発センターに響いた甲高い声に、私は驚いてモニタから顔を上げ、その呼びかけが自分に向けられていることに気付いて二度驚いた。
「おーい、おばさんてば!」
矢野ユウトくんが、またしても遠慮のない大声で叫んだ。その不本意な呼称が三度放たれる前に、私は急いで席を立つと、ユウトくんが立つドアの前に走った。
「ちょっと何してるのよ、こんなところで」私は訊いた。「そもそも、どうやって入ったの?」
ユウトくんは小生意気な仕草で首から提げたID カードを2 本の指で持ち上げた。私たちが支給されているカードとは違い、臨時の入室カードだ。
「仕事だよ、仕事」
「仕事?」
首を傾げたとき、ドアが開いて瀬端さんが入ってきた。後に10 人ほどの見知らぬ人々が続いている。みな、ユウトくんと同じカードを首から提げていて、季節柄、何人かはマスクをしていた。瀬端さんが苦笑しながら進み出て、ユウトくんの頭に手を置いた。
「こら、先に行くなって言っただろう」
「へへ」ユウトくんは鼻をすすった。「早く見たくって。おばさんにも会いたかったしね」
「すいません、川嶋さん」瀬端さんは恐縮したように頭を下げた。「口のきき方を知らん奴で」
「まあ、子供のやることですから」私は何とか笑顔を作ったが、おそらくこわばっていただろう。「でも、どうして......」
「今日からゼロ号テストですからね。テスターを市民から募集したんですよ」
「ああ、そういえば今日は3 月1 日でしたね。もう曜日の感覚がなくて」
「おばさんさあ」ユウトくんが下から私の顔を覗き込んだ。「なんか目が死んでるよ。男に振られたかなんかした? あ、そういえば、あのきれいなお姉さんはいないの?」
「......いるけど」
同じような年齢なのに、その呼称の違いはどこから来るのか詰問してやろうとしたとき、コマンドルームから白川さんが出てきた。
「どうも」瀬端さんに挨拶した白川さんは、私と並んで立っているユウトくんに気付くと片手をあげた。「よっ。確かユウトくんだっけ。君もお手伝いに来てくれたの?」
「まあね。ベータテスターってやつだろ」
「おお。さすがだね」
私はさりげなく白川さんの様子を観察した。バレンタインデーに吐血しているのを目撃して以来、癖になってしまっている動作だ。今日までのところ、白川さんは重篤な健康上の問題を抱えている様子を見せていないが、私は少しも安心していなかった。私が白川さんの姿を目にするのは、運が良くて3 日に一度ぐらいでしかなかったからだ。もし、再びバレンタインデーの日のような状態を見たら、白川さんが何と言おうと、有無を言わさず救急車を呼ぶつもりだった。
「さてと」白川さんは、ユウトくんとの会話を切り上げて、集まってくれた市民テスターの顔を見回した。「テストは予定通り、KNGSSS が5 名、KNGLBS が4 名ということで。図書館の方は第2 会議室にテスト用PC とタブレットが用意してあります。今枝がアテンドします」
以前に聞いた説明によれば、図書館システムのゼロ号テストに参加する4 名のうち2 名は、くぬぎ市立図書館の司書だそうだ。ゼロ号テストは土日を挟んで3 月6 日まで続くが、その間、図書館からは交代で司書が参加する。もちろん実際に日々の業務でシステムを使う目線でテストを行ってもらい、新システムへの習熟を兼ねて問題点を洗い出すことになる。Q-LIC が作った現行システムは、このプロセスを省略し、システム屋のみでテストを完結してリリースしてしまった結果、山のような不具合が生まれることになった。
KNGSSS の方は、まず教師用の機能を集中してテストすることになっていた。そのため、参加する4 名の全員が市内の小中学校の教師の予定だったが、一人が風邪を引いてダウンしてしまった。代わりの教師も都合がつかなかったので、急遽、瀬端さんがユウトくんを連れてきたということだ。
「学校情報の方は、第1 会議室にPC、デジタルホワイトボード、タブレットがありますが、教師用機能の予定でテストデータを準備していたんですよね。とはいえ、せっかく現役の生徒さんが来てくれたんだから、そっちも少し触ってもらいましょうか。ということで、そちらは川嶋さん、お願いしていいですか」
「え?」私は困惑して訊き返した。「どういうことですか」
「ユウトくんにテスト用タブレットを渡すので、一通り説明してやってください。あ、会議室は塞がってるので、フリースペースでお願いします」
「私がですか」
「顔見知りの方がやりやすいでしょう。じゃ、お願いしますね」
そう言うと白川さんは、市民テスターたちと一緒に会議室の方へ行ってしまった。入れ替わりに一戸さんがテスト用タブレットを2 台と、アカウントのプリントアウトを持ってきた。
「中学2 年用のアプリがインストール済みです。こっちは教師用。これはそれぞれのテストアカウント。じゃ、よろしく」
忙しそうな顔の一戸さんが行ってしまうと、ユウトくんが私のセーターの袖を引っ張った。
「で、おれ、何すればいいの?」
「ああ、そうね。じゃ、こっちでやろっか」
私はユウトくんをフリースペースの端っこのテーブルに連れて行った。
「学校はいいの?」私は座りながら訊いた。「まだ春休みじゃないでしょ」
「学校行っても授業出られるわけじゃないしね」ユウトくんは大人びた仕草で肩をすくめた。「おばさん、子供いる?」
私が中学生ぐらいのときには、担任が女性教師だと、こういう質問をする男子生徒が一人はいたものだ。「いる」と答えると「じゃあ2 回はセックスしたんだ」と騒ぐためだが、ユウトくんはそういう性格ではなさそうだ。そもそも、この子が教室でバカ騒ぎしている姿など想像できない。
「いるよ」私は答えた。「男の子。今度、小5」
「ふーん。友だちたくさんいる?」
「たくさんかどうかはわからないけど、仲が良い子は何人かいるね」
「彼女は?」
「彼女?」私は驚いてユウトくんの顔を見つめた。「いないと思うけど......ユウトくん、いるの?」
「そりゃいるよ」ユウトくんはバカにしたように鼻を鳴らした。「いくつだと思ってんのさ」
「へえ、そりゃすごいね。どんな子?」
「まあ、それはいいじゃん」
「何で隠すのよ。同級生?」
「まあね。学校は違うけど」
「ああ、なるほど」私は思わずニンマリ笑った。「だからチャット機能が欲しかったのね。その子と連絡取るために」
「いいだろ、そんなこと」冷静な口調だったが、頬が微かに赤くなっていた。「早くやろうぜ。おれも何かと忙しい中来てやったんだからさ」
何に忙しいんだか、と思ったが口には出さず、私は2 台のタブレットの電源を入れてテーブルの上に並べ、教師用と生徒用のアカウントでそれぞれログインした。さて、何からやろうか、とメインメニューを眺めたとき、また一戸さんが急ぎ足でやってきた。
「すいません、忘れるところでした。これ、VR ゴーグルです。イマージョンコンテンツのときに使ってください」
そう言ってテーブルの上に置いたのは、真新しいVR ゴーグルだった。スマートフォンを装着するタイプで、家電量販店などで市販されているゴーグルよりも、若干スリムに作られている。
「これが入れるスマホです。アプリはインストール済みです。ペアリングはしてください」
私が礼を言って向き直ったとき、すでにユウトくんは勝手にタブレットのメニューを開き、スマートフォンと見比べていた。
「ほら、早くやろうよ」教師用のタブレットを私の方に押しやりながら促す。「これが楽しみだったんだからさ」
「はいはい」
私がペアリングを設定し終えたときには、ユウトくんはすでにアプリを起動したスマートフォンをゴーグルのスロットに入れ、頭に装着していた。慣れた手つきで、焦点距離とヘッドホンの位置を調整している。この手のデバイスを使ったことがあるのか、感受性が高いのか。私は設定マニュアルを見ながら、タブレットでメニューを開いていった。
イマージョンコンテンツは視聴覚教材だが、VR 技術を使ったリアルさが目玉になっている。エースグループのコンテンツメーカーが開発した新商品で、現行システムとの差別化を図るために導入された。ドームスクリーン型ゲーム用のエンジンを流用したらしい。ゴーグルをかけると、用意された舞台に立っているようなグラフィックとサウンドがユーザに提供される、という売り文句だ。今のところ提供されているコンテンツは、日本史用、世界史用が2 種類ずつ、地理用が4 種類。
「準備できたよ」
「ちょっと待ってね」私はメニューを選択した。「日本史がいいかな」
日本史コンテンツとして用意されているのは「関ヶ原」と「江戸時代末期2」だった。後者は江戸城の周囲を回るだけのようだったので「関ヶ原」を選んだ。こちらの方が面白そうだ。
「じゃ、行くよ」
コンテンツをスタートすると、教師用のタブレットにウィンドウが開き、生徒が見ている映像が映し出される。今、映っているのは、FPS ゲームのように本人視点で、どこかの広い野原をゆっくり歩いている映像だった。生徒側は行動の選択はできないが、教師側は任意のタイミングでコメントを挿入したり、音声で説明したりすることができる。
「わお」ユウトくんの口から若干興奮したような声が洩れた。「すげえ。ここ、どこだろ......あれは松尾山か天満山だな。そっちに向かってるってことは、おれは徳川軍か。あ、この家紋はおもだかだ。ってことは、福島正則ってことじゃん」
映像には周囲を進む武将の姿が何人も現れていた。人はCG だが、周囲の景色や地面はHDR 映像らしく鮮やかだ。解像度も高そうだが、動きは滑らかで、カクカク感がない。
「来た来た来た来た」ユウトくんは拳を握りしめた。「小早川だよ。すげえ」
まさか、敵兵を斬り殺したりする映像が流れたりしないか、と心配して映像を見直した。前方で兵同士が刀を合わせ始めたが、しばらく見ていても、どちらかが切り倒されるということはなく、その横を通り過ぎていった。
私はマニュアルを見ながら、コメント挿入機能を試してみた。「ハロー」と入力してみると、映像内に白抜きのフキダシが出現し「ハロー」と表示されている。
「ちょっとおばさん」ユウトくんが、ゴーグル越しに私を睨んだ。「変な言葉入れないでくれる? せめてそれらしい日本語入れてよ。雰囲気崩れるじゃんか」
「はいはい」
そう答えたものの、ヘッドホンに遮られて私の言葉など聞こえていないだろう。私は仕事を思い出して、新しいコメントを入力した。
>> これテストなんだから、何か不具合とか変えて欲しいところとかあったら、ちゃんと言ってね
ユウトくんはサムズアップで答えた。私の方を見ようともしない。コンテンツの中の仮想空間にすっかり没頭しているようだ。これで授業になるんだろうか。
「関ヶ原」の長さは20 分弱だ。映像が終わると、ユウトくんはゴーグルを外す素振りすら見せず、「もう一回、今のやって」と要求してきた。すっかり気に入ったらしい。私は「今度は世界史の方やってみる?」と訊いたが、ユウトくんは首を横に振った。同じ映像を見て面白いのか、と思いつつ、私は「関ヶ原」をリプレイさせた。
「お、今度は三成側だ」ユウトくんは歓声を上げた。「前にいるのは......うーん、黒田長政かなあ」
なるほど。プレイするたびに、別の人物として参加できるわけか。
「よし、行け行け行け行け」ユウトくんは小さく叫んだ。「家康の首を取っちまえ」
架空戦記のライトノベルならともかく、中学校の教材で史実と異なる結末になるはずがないが、そんなことはユウトくんも承知だろう。途中で私は飲み物を買ってこようと席を立ったが、没頭しているユウトくんは気付いていないようだった。
二度目の関ヶ原合戦をユウトくんが満喫している間、私は教師向けのマニュアルを拾い読みした。コンテンツはエースシステム経由で提供される予定だが、簡易的なものなら教師が作成することも可能になっているようだ。CG のキャラクターが登場するようなコンテンツは無理だが、たとえば既存の航空写真や風景画像などを組み合わせて編集できるエディタ機能も標準装備されている。解像度の低い画像でも4K レベルまでアップコンバートしてくれるとある。ただ、エンドユーザは、生まれたときからフルハイビジョン映像や4K 映像が身近に存在していた世代だ。マニュアルには、クオリティの高いコンテンツをエースシステムに作成依頼することが推奨されている。商売上手だ。
ユウトくんが3 回目を要求したとき、私は我慢できなくなって言った。
「ね、ちょっと私にもやらせてよ」
「えー」ユウトくんはゴーグルをずらした隙間から私の顔を不満そうに見た。「これ、おれがベータテストしてるんだよね」
厳密にはベータテストではなく、アルファテストだ。それにしても、今どきの中学生は、下手をすると私たち世代よりもIT 用語に詳しかったりするからやりにくい。適当な横文字を並べて煙に巻くという技が使えないからだ。
「うん、でも、私もやってみないとさ。ほら、これも仕事だから」
そう言って、半ば強引にゴーグルを取り上げる。それ以上文句が出る前に、私は自分の頭に装着して位置を調整した。ゴーグルを少し持ち上げ、タブレットを手元に引き寄せてメニューから「関ヶ原」をリプレイする。たちまち、私の視覚と聴覚は戦国時代に飛び込んでいた。
普通のVR ゴーグルは前面に長方形の映像が展開するが、このゴーグルはどういう仕組みになっているのか、上下左右の半球状に映像が広がっていた。両耳からは草を踏みしだく音や、風が耳をすり抜けていく音、遠くから響いてくる鬨の声、武具が触れ合う金属音、馬が駆け抜けるリズミカルな音が、7ch サラウンドスピーカーの前にいるかのように聞こえてくる。
どうやら私は井伊直政率いる徳川軍の一員として、家康がいる本陣の西側を守っているらしい。タブレットの映像ではわからなかったが、頭の傾きをゴーグル内のジャイロスコープが感知して、足元や左右に視線を移動させることができた。自分が鎧兜を身にまとい、長い槍を持っているのがわかる。真後ろや真横を見ることはできないが、そんなことが気にならないほど、リアリティのある映像だった。作りものだとわかっていながら、私は身じろぎもせずに自分の周囲で展開される合戦に見入った。
20 分はあっという間に経過していた。歴史にたいして興味があるわけでもない私でも、この仮想世界から出るのが名残惜しい気分にさせられたのだから、くぬぎ市歴史保存委員会の市民会員であるユウトくんなら、何時間でも継続できるだろう。
ふう、とため息をついてゴーグルを外すと、いつの間にかユウトくんの横に初老の男性が立っているのを見て驚いた。どうやら、私がテストそっちのけで楽しんでいるのを、ユウトくんと一緒に眺めていたらしい。狼狽が顔に出たのか、初老の男性は気にしないで、と言うように手を振った。ゲストカードを提げているので、市民テスターの一人らしい。
「どうも」男性は会釈すると、ユウトくんの横に座った。「くぬぎ南中学校の岩永と申します。川嶋さんですね。矢野さんがお世話になったようで」
矢野さん、というのがユウトくんのことを指していることに気付くのに、数秒が必要だった。今どきの教師は、生徒のことをさん付けで呼ぶのだ。
「とんでもない」私も慌てて会釈した。「どうですか、そちらのテストの方は」
「ちょっと休憩です。この年になると、タブレットの画面をずっと見ているのも疲れますね。そろそろ、ブルーライトですか、あれを防ぐメガネを買わないと」
私は頷いた。大人同士のつまらない話が始まりそうだ、と察知したのか、ユウトくんは立ち上がった。
「ちょっと喉渇いた。タダのお茶か何かあるんだよね、ここ」
「うん。あっちのドア」
私がブレイクルームに通じるドアを指すと、ユウトくんは元気よく走っていった。その背中を見送りながら、私は気になったことを岩永氏に訊いてみた。
「これ、ほとんどゲームだと思うんですけど、授業になるんですか?」
「まあ息抜きみたいなものですね」岩永氏も認めた。「昔は映画なんかを見せたりしたものですけど、今は体験型というんですか、こういうのじゃないと生徒たちの興味を維持できないんですよ。お子さん、いらっしゃいますか?」
「ええ」今日、二度目の質問に私は苦笑した。「今度、5 年生です」
「ゲームとか好きですか、やっぱり」
「私には理解できないゲームをやってます。家では時間を制限してますけど、友だちと遊ぶときは何時間もやってるみたいですね」
「ゲーム機をもってないと友だちの輪にも入れない、ということがありますね。時代が変わったといえばそれまでなんですが。授業でさえ、もうICT と切り離せないようになっている。私は何とか定年まで逃げ切れそうですが、下の世代は大変です。タブレットの管理機能をマスターするだけでも大変で。残業代出るわけじゃないので、自宅で夜遅くまで勉強したり」
私たちは最近の授業などについて話をした。岩永氏は現行の学校情報システムが立ち上がったときにも、要件定義の段階で参加していたという。
「あのときは」岩永氏は遠い目を天井に向けた。「テストといっても、行き当たりばったりでね。不具合やおかしな点を伝えても、一向に改善されない。図書館がひどかったんで、そっちの方ばかりクローズアップされてましたが、私に言わせれば、あの時期の学校情報システムがいい加減だったために、いわば実験台にされた生徒たちの被害の方が重要だと思いますね。市長や教育委員会にとっての1 年は、単にうまくいかなかった1 年だったかもしれませんが、生徒にとっては二度と取り返せない1 年ですから。中学1 年をもう一度やるわけにもいきませんしね。親御さんたちも、かなり怒ってました」
「そうでしょうね」私が当事者だったら、やはり怒りを禁じ得なかっただろう。
「まあ、当時の開発の責任者の方は、なかなか真面目な方で、私たちの要望にも真剣に耳を傾けくださったんですけどね。なんでも亡くなられたとか。開発のせいで身体を壊されたのなら、お気の毒なことをしたものです」
「私も詳しいことは知らないんですが」私は記憶のページをめくって、現行システムのプロマネだったエンジニアの名前を探した。「確か、若宮さんというお名前の方でしたか」
「そうそう」岩永氏は大きく頷いた。「ほとんど休みも取らずに、図書館と学校のシステムの開発の指揮を執ってらしたとか。大きな声では言えませんが、Q-LIC の人たちは、まあろくでなしばかりですね。今の市政アドバイザだか何だかの弓削って人も含めてね。でも、若宮さんはちょっと違ってました。責任感が強い人でね」
「その若宮さんが残してくれたライブラリ......えーと、プログラムのおかげで、今の開発もかなり助かってるんですよ。うちの上司も、一度、会ってみたかった、なんて言ってますね」
すると岩永さんは、上着の内ポケットから携帯電話を取り出して、操作を始めた。いわゆるガラケーというやつで、かなり年季の入った機種らしい。すぐに私の方に画面を見せてくれた。
「ほら、これ」
液晶画面に表示されていたのは、5、6 人の男性が並んで写っている写真だった。どこかの居酒屋の前らしい。岩永氏も入っている。何のポーズなのか、みな、揃って両腕を胸の前で交差させている。
「学校情報システムの打ち合わせが長引いて、居酒屋で続きをやったんです」岩永氏は懐かしそうな顔で言い、真ん中の一人を指した。「終わってから、店の前で記念写真を撮ったんですね。このポーズは、そのとき流行っていたアニメか何かのポーズです。これが若宮さんですよ」
岩永さんは写真を拡大してくれた。私は画面を覗き込んだ。30 代後半ぐらい、短髪で鋭角的なシルエットの顔の男性だ。こちらを見ている目は笑っているが、どこか疲れているようにも見える。
礼を言って顔を上げたとき、何かが気になり、私はもう一度液晶画面に目を戻した。見覚えがある顔でないのは確かだ。会った人の顔はほとんど忘れたことはない。そういうデジャブ的なことではなく、何か別のことが引っかかっている。だが、それが何なのかわからない。
私があまりにも長い時間、写真を見つめているので、岩永氏はこう言ってくれた。
「よかったら転送しましょうか」
「いいんですか。ありがとうございます」
「えーと、赤外線はないですよね」
「最近のはないですね。そもそも、私たちはスマホを持ち込めないんです」
私はメールアドレスを紙に書き、送ってくれるように頼んだ。岩永氏がメモをしまったとき、ユウトくんが戻ってきた。
「さ、続き続き」
「私も戻らないと。あまり迷惑かけるなよ」
岩永氏はユウトくんにそう言うと会議室の方に戻っていった。私は、ゴーグルを装着するユウトくんを見ながら、さっきの写真の何が、何のセンサーに引っかかったのか考えていた。
(続)
この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。本文中に登場する技術や製品は実在しないことがあります。
コメント
VBA使い
>年季の入った機首
VRコンテンツって、作るのむっちゃコストかかりそう、って思ってたら、エースが作るんか。
でも、メディアコンテンツの分野なら、Q-LICも負けてなさそう。
匿名
草場かだれかが一緒にいたのかな。
過去にとらわれた人たちの話になりそう
匿名
そこに白川さんっぽい人がいたんですね
匿名
亡くなった人(若宮さん)と、ハンバーガー屋さんで話に出た辞めた人(永尾さん)か。何故か同じ人だと思い込んでしまっていた、、、
書き方的に、画像に既存の誰かが映っていたんじゃなく、若宮さんに誰かの面影があったって感じでしょうか。白川さんの兄弟かな。
匿名
白川さんの着けてる腕時計と同じものを写真の若宮さんが着けていたと予想。
ランド
若宮さんは白川さんの恋人か家族など非常に近しい存在で、亡くなった彼の形見であるライブラリや時計をとても大事にしている。
白川さんが復讐?を果たして早く彼の元に行きたいと思っているとすれば、何としても川島さんに白川さんを止めてほしいな。
SQL
>白川さんの着けてる腕時計と同じものを写真の若宮さんが着けていたと予想。
なるほどですね。
確かにそんな気がします。
匿名
背後の暗闇に人の顔があるとか、完全脱線な心霊オチを期待。
匿名
実は川嶋さんも旧支配者との戦いに駆り出されていて記憶を消されていた。
その戦いのヒーローが鋭角的な顔だった。
リーベルG
VBA使いさん、ありがとうございます。
機種ですね。
3STR
年季の入ったガラケーで撮った集合写真で、時計の判別ができるかどうか程度の解像度だから違和感止まりなのかな
魔女、過去の因縁、裏切り、私欲に溺れた不埒者、自ら命を絶った者が残した遺産、宿痾を背負ったキーパーソン、陰のある少年、過去の写真に秘められた謎とは…
横溝正史か江戸川乱歩かという感じになってきましたね
Dai
> 草を踏むしだく音
リーベルG
Dai さん、どうも。「踏みしだく」でした。
Dai
小粒ネタ、数字の後のスペース?
> 5年生です
リーベルG
Dai さん、ありがとうございます。
かまぼこ
細かいところですが。。
>そもそも、私たちはスマホを持ち込めないんです
VDI端末のログインのために、スマホを持ち込んでいるはずでは……?
(cf.第4章)
リーベルG
かまぼこさん、どうも。
どこかでスマホ持ち込み禁止、と書いたと思っていたのですが、書いてなかったですね。
通常、スマホはロッカーに置いておき、パスフレーズが更新されたら、ロッカーまで見に行くことになっている、ということにしましょう。