ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

ハローサマー、グッドバイ(19) 無限後退

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 目の前で進行している事態の意味を理解できないまま、燃える指揮車両を茫然と見下ろしていたぼくの耳に、何かを叩きつけるような破裂音が連続して届いた。

 「伏せて!」「伏せろ!」

 ブラウンアイズとサンキストが同時に叫んだ。とっさに反応できずにいると、ブラウンアイズの手がぼくと島崎さんの奧襟を掴み、強引に床に引き倒された。すぐ隣で、サンキストがボリスと朝松監視員に同じことをしている。やや遅れて、小清水大佐と胡桃沢さんもしゃがみこんだ。

 うつ伏せになったまま必死で顔を上げると、店舗の外壁からバシッ、バシッと、衝突音が響いてくる。何の音だろう、と麻痺した思考に疑問が浮かんだとき、はめ殺しの窓が一瞬にして粉々に砕け散った。同時に破壊的な運動エネルギーが、ぼくたちの頭上の空間を切り裂いていく。

 「なんだ!」小清水大佐が絶叫している。「何、何が起こってるんだ!」

 「銃撃されてんだよ!」サンキストが叫んだ。「そっちの壁の方へ移動しろ。早く!」

 「全員、こっちへ」谷少尉が出現した。「姿勢は低く。頭を上げないで」

 ぼくたちは窓から離れて、床を這うように、寝具売り場の方へ移動した。気がつくと、ヘッドセットから隊員達の会話が怒濤のように流れ込んできていた。

 『おい、今のは銃声か?』

 『CCV が!』

 『何があった?』

 『撃ってる、撃ってるぞ』

 『駐車場の反対側の高速に誰かいたぞ。そこから撃ちやがったんだ』

 『ロケット弾だ。見たか?』

 『攻撃?誰が?Z野郎どもが......』

 『全員、黙れ』柿本少尉が厳しく制した。『通常弾に換装。応戦体制を取れ』

 『おい、待てよ』サンキストの声だ。『CCV のシステムが落ちたら......が......すぐ......』

 後半の音声はブツ切れだった。ソリストシステムの各サーバが、次々に物理的にダウンしているため、急速にスループットが低下しているのだろう。

 『落ち着け!』谷少尉が声を上げた。『全員、スタンドアロンに切り替えろ。マーク』

 スタンドアロンは、サーバを経由せず、各隊員のコントローラ内で通信機能だけを稼働させるモードだ。小隊LAN のエリア外でも行動できる。ただし欠点もある。

 「分隊長」サンキストが言った。「スタンドアロンモードだと、バッテリーが2 時間も持ちません」

 「わかってる。全員、トラフィックを抑えろ。スクレイパー、レインバード。無事か?」

 『はい』スクレイパーが短く応答した。

 「攻撃を見たか?」

 『攻撃の瞬間は見てませんが』レインバードが報告した。『ロケット弾発射音のすぐ後に、向かいの首都高速道路の上に人影を視認しました。たぶんRPG です。CCV 被弾後、ライフルか何かを何発か乱射。フルオートではないようです。すぐに姿を消したので人数等は不明』

 「まだ隠れてろ。ファイバースコープでCCV を見られるか?」

 『やってます』スクレイパーが答えた。『ひどいです。車両前部は完全に破壊されています。自動消火機能で火は消えてますが、他の装備の状態は不明』

 ぼくは壁の陰から、砕かれた窓の外を見た。煙はまだ上がっているが、その色は黒から灰色に変わっている。

 「よし、そのまま屋上で警戒にあたれ。また攻撃されるようなら、命令を待たずに反撃を許可する。大尉は?」

 「さっきCCV に」ブラウンアイズが答えた。「呼んでみましたが応答ありません」

 谷少尉の顔が厳しくなった。

 「スクレイパー。CCV に大尉はいるか?」

 『見えません。少なくとも目視できる範囲には』

 1 階にいた柿本少尉が早足で上がってきた。ぐるりと周囲を見回した後、谷少尉に顔を向けた。

 「大尉は?」

 「わからん。CCV にいたらしいんだが」

 「くそ!」柿本少尉が床を蹴った。「何者だ。ふざけやがって」

 「それは後で考えよう。それより、今の爆発音でZが集まってくる。1 階の入り口を何とかしなければ。第1 分隊でCCV を見にいく。第2 分隊は道路側の入り口を封鎖しておいてくれ」

 「わかった」柿本少尉は立ち上がった。『第2 分隊、全ての入り口の封鎖作業を開始しろ。俺もすぐ行く』

 「第1 分隊、1 階駐車場側出口に集合」谷少尉が命じた。「ブラウンアイズ。お前はここに残って引き続き警護しろ」

 「待て、少尉」小清水大佐が躊躇いがちに言った。「ここにとどまるのか?すぐに全員で脱出した方がよくないか」

 「今すぐは無理です」谷少尉は素っ気なく答えた。「小隊だけでなら、それも可能でしょうが。あなたたちを守りきる自信がないので。まずは通信と装備を確認すべきです」

 「しかしだな、

 ぼくは早くもウンザリしかけたが、意外な人物が口を開いた。朝松監視員だ。

 「小清水さん」朝松監視員は低い声で言った。「臼井大尉の生死も明らかにしないままで脱出することはできんでしょう。あなたの部下だ。違いますか?」

 小清水大佐は沈黙した。朝松監視員が帰還後に提出するだろう報告書のことを考えたのだろう。隊員からの報告は何とか処理できるとしても、全く別組織のそれはどうしようもない。

 谷少尉は感謝するように朝松監視員に頷くと、銃を持ち上げた。

 「みなさんは、楽な姿勢で待っていてください。体力を消耗しないように。床にマットレスか何か敷いておくといいかもしれませんね。何かあれば、ブラウンアイズに言ってください。すぐ戻ります」

 そう言い残し、谷少尉はスロープを降りていった。残されたぼくたちは、それぞれの居場所を確保すると座り込んだ。瞬間的に放出されたアドレナリンによる興奮が少し冷め、同時に恐怖がじわりと沸き起こってきた。

 10 分後、足音と共に第1 分隊が戻って来た。先頭の谷少尉の顔つきは険しい。後ろに続くヘッジホッグは臼井大尉を背負っていた。

 「そこに寝かせて応急手当だ」谷少尉がマットレスの1 つを指した。「大尉は無事でしたが重傷です。意識はありません。緊急キットが1 つ無事だったのでOマイナスの輸血はできそうです」

 寝かされた臼井大尉の顔は蒼白だった。意識はないが、半開きになった口元から、苦しそうな息が漏れている。ヘッジホッグとキトンが、医療キットのケースから点滴や薬品などを取り出し、手際よく応急手当を開始した。ぼくたちは黙りこくったまま、その様子を眺めていることしかできなかった。

 数分後、第2 分隊も戻って来た。

 「入り口は塞いできた」水を飲みながら柿本少尉が言った。「ただ、溶接するわけにもいかんから、木材と金属パイプを組み合わせて、ブルーシートをかけてあるだけだ。そこから緊急脱出する事態を想定して、すぐに撤去できるようにしてある」

 「表の様子は?」

 「やっぱりZが集まってきてたな。一応、テンプルを残してある。大尉の具合はどうなんだ?」

 巨体からは想像もできない手際よさで臼井大尉の手当をしていたヘッジホッグが顔を上げずに答えた。

 「頭部外傷と右脇腹に裂傷、左下半身に軽度の火傷、といったところでしょうか。たぶん何かの機器で頭を強打したんでしょうね。外傷は応急手当しましたが、頭部はここじゃ何とも」

 「CCV の方はどうだ?」

 「あれはもう動かせない」谷少尉が悔しそうな顔で答えた。「おそらくRPG-32 のHEAT 弾あたりだろう。モーター部分も、ガスタービンエンジン用の圧縮ガスも無事だったが、車両前部が完全に破壊されているから走行はできない。見たところ、右前方からドライバーズシートの真下の路面に当たったらしい。発射したのが誰であれ、あまりうまい射手じゃなかったようだ」

 もし、車体中央に命中していたら、臼井大尉は死体になっていただろうな、と付け加えて、谷少尉はペットボトルから水を飲んだ。

 誰も口に出そうとはしないが、指揮車両が走行不可になったことで、全員が直面している大きな危機がコミットしたようなものだ。ソリストの不具合など、幼児の落書き程度にしか思えない危機だ。これまでは、たとえ危険があっても、いざとなれば全員を指揮車両に収容して、ガスタービンエンジン全開で港北基地へ突っ走る、という最終手段を選択することができたのだから。

 平和な時代であれば、この場所から港北基地まで徒歩で帰還することは、多少の疲労と脚の痛みを別にすれば、大した旅ではない。距離的には10 数キロだし、ずっと舗装されている道路を進むことができる。だが、今は同じ道を進むにしても、Zの大軍をかき分けていく必要がある。しかも、みなとみらい地区はZの密度が格段に高い。ぼくなら、フルオートで撃ちまくれるアサルトライフルと大量の銃弾が手元にあったとしても、最初の一歩を踏み出すことさえ躊躇してしまう。

 「何か回収できたか?」柿本少尉が横たわっている臼井大尉を横目で見ながら訊いた。「大尉の他に」

 「弾薬ケースが3つ」サンキストが答えた。「あいにく全てがレスリーサル弾です。UTS-15J の予備が2 丁、無傷でした。あとは実弾の予備マガジンが1 個だけ」

 「多くないな」誰かが失望したようにつぶやいた。

 「あとは緊急医療キットが1 つ」サンキストは続けた。「II 型レーションが7 つ。少し焦げてましたが。それと水のボトルが3 つ。これがガソリンエンジンなら、完全に炎上して、何も回収できなかったところです」

 「衛星通信装置はダメだったんだな」

 「真っ先に調べましたが、CCV 接続用と携帯用、どちらも燃えていました」

 「ソリスト関係は?」ボリスが訊いた。

 「詳しくは見てませんね。見たところ、サーバが何台かが無傷だったぐらいで。ただ、ラックへの電源供給部分が冗長系も含めて熱で損傷していたので起動はできないでしょうね。バッテリーは未確認です。屋根の通信アンテナは無事だったので外してあります」

 「そんなことより」小清水大佐がボリスを押しのけるように訊いた。「エマージェンシーは送れたのか?」

 「あれだけの損傷ですから」谷少尉は窓の方に視線を投げた。「何秒かは自動発信したはずです。ただ、港北基地が受信してるかどうかは不明ですね」

 「だが、GPS をモニタしてるなら、それも消えたわけだろう?」小清水大佐は食い下がった。「だったら救援手段を取るはずだ。違うか?」

 「そう願いたいものです」谷少尉は安心させるように、というより、詐欺師が被害者に向けるような笑顔を作った。「ただ、向こうはまず、救援部隊の編成と、車両や装備の調達から開始しなければなりません。ソリストを使うことはできないでしょうから、通常の封鎖区域探索部隊として編成されるわけです。急いでも2、3日はかかるんじゃないでしょうか?」

 「緊急事態だ。備蓄燃料でヘリを飛ばしてくれるかもしれん」

 「こちらが確実にメーデーを送信できれば、その可能性もありますが、生きているのか死んでいるのか不明の状態で、貴重な燃料を大量消費する決裁が承認される可能性は低いですよ」

 小清水大佐は谷少尉を睨んだが、それ以上何も言おうとしなかった。少なくとも上官という立場を利用して強引な命令を出さないぐらいの分別はあるようだ。

 「ともあれ、お前の方が先任だ、ビーン」柿本少尉が言った。「大尉が復帰するまで、小隊の指揮を任せるぞ」

 「ああ、仕方がないな」谷少尉は面白くもなさそうに笑った。「以後、チャンネルは小隊LAN 共通に合わせる。バッテリー節約のために、できるだけ通信量を抑えろ。ムダ口を叩いてトラフィックを増やすな」

 「で、これからどうするんですか、少尉」サンキストが訊いた。

 「まず水を確保する」谷少尉は全員の顔を見回した。「CCV の飲料水タンクは壊れた。回収できた水は10 リットル弱、プラス、各自が持ってる水筒の残りしかない。この暑さだ。水がなければ、活動が制限されるだろうからな。これから店内を......」

 ガン!

 不意に足元から、打撃音が響き渡り、ぼくは文字通り飛び上がるほど驚いた。ブラウンアイズが舌打ちした。

 「集まってきたみたいですよ」

 「派手に爆発したからな」

 柿本少尉の言葉で、ぼくは遅まきながら先ほどの襲撃は、指揮車両を破壊することが目的ではないことに気付いた。大きな音でZをここに引き寄せるためだったのだ。

 「......店内を」谷少尉は何事もなかったような態度で続けた。「徹底的に漁れ。商品棚は略奪されているだろうが、バックヤードとかオフィスとか、全部探すんだ。リーフ、アックス、シルクワームで行け」

 3 人のバンド隊員が頷いて足早に店内に散っていった。

 「できるだけのことはしました」ヘッジホッグが立ち上がった。「大尉の容態は安定していますが、できるだけ早く医者に診せたいところです」

 「そうか。緊急医療キットの残りで、状態を維持できるか?」

 「輸液があと1 パックです。この暑さだと脱水症状が心配なので、せめて生理食塩水だけでも補充できれば」

 「塩は探せばあるだろうな」小柄なキトンが周囲を見回した。「やっぱりネックは水か。小便も溜めといた方がいいかもな」

 「どういう方針で行くんだ?」柿本少尉が訊いた。「強行突破して徒歩で脱出するか、籠城して救援を待つか」

 「まだ決断できんな。屋上監視班」谷少尉は屋上で監視を続けているスナイパーに呼びかけた。「Zの様子はどうだ?」

 『集まってきてますよ』レインバードが答えた。『全方位から。すでにざっと200 体が取り囲んでます。まだまだ増えそうです』

 「例の襲撃者は?」

 『今のところ何も』

 「よし。監視を続けろ。水を節約しろよ。何か必要なものはあるか?」

 『ビーチチェアと水着とカクテルの差し入れをお願いします。カクテルにはちゃんとパラソルをつけてくださいね』

 「注文しておく」谷少尉は真面目に答えた。「夜になったら交代を送るからな」

 「200 体か」柿本少尉が唸った。「実弾が足りないな」

 「忘れているかもしれないが」朝松監視員が口を挟んだ。「実弾をむやみやたらに使用することは許可できない」

 「この期に及んで」ブラウンアイズがいきり立った。「そんなこと言ってる場合ですか?Zのあるのかないのかわからない命を守るために、あたしたちが死んでもいいと?」

 朝松監視員はブラウンアイズを無視した。ブラウンアイズの顔に険悪な表情が浮かんだが、谷少尉がその腕をつかんだ。

 「やめんか、バカもん」谷少尉は落ち着いた声で言った。「どちらにせよ、今の装備では心許ないな。せめて周囲の正確な情報を知りたい。何とかソリスト環境を再構築できないものかな」

 「ああ、忘れてた、ちくしょう」サンキストが罵った。「フライボーイが、どっちもまだ飛行中だ。サーバが落ちたらどうなるんだ?」

 その質問が向けられたのは、ぼくと島崎さんが座っている一角だった。島崎さんはすぐに答えた。

 「自動モードなら、バッテリーが尽きるまでそのまま飛行を続けますね。マニュアルモードなら、電波が途絶えた瞬間の状態を維持して飛びます」

 「回収する方法は?」

 「ソリストが起動していないと無理です」

 「では、次にやるべきは、ソリスト環境の再構築だな。最低限、コミュニケーション機能とドローン制御機能だけでも回復させたい。サンキスト、キトン、もう一度、CCV に行って無事なサーバとバッテリー類を回収してこい」

 2 人のバンド隊員が階下に降りていくのを見送ったぼくは、胡桃沢さんに訊いた。

 「サーバが回収できたとして、環境の再構築なんてできるんでしょうか?」

 「わからんな」胡桃沢さんはうちわで顔を扇ぎながら答えた。「最低限、必要なリソースが得られればあるいは」

 「何とかしてください」谷少尉は悲観論を吹き飛ばすように言った。「戦術情報ゼロの状態では、イチかバチか、現在の人員と手持ちの弾薬だけでZの大群を強行突破するしかありません。人員の中には、当然、あなたたちも含まれます」

 ひどい話だ。誰もいなければ大声で泣きわめきたくなるぐらいひどい話だ。しかし他に選択肢はなさそうだ。同じことを考えたらしい胡桃沢さんは、顔をしかめつつも頷いた。

 昔読んだ小説で、圧倒的な危機感をエネルギーに変えることで致死性ウィルスに対抗する話があった。この逆境をエネルギーに変換できるだけの力が、ぼくにも備わっているといいのだが。とにかく危機感だけはジーンズメイトの閉店セールなみに転がっているのだから。

(続)

Comment(3)

コメント

村上

猿の惑星とヒュウガウィルスかな?

ナンジャノ

通常兵器だし、設営地点で待ち伏せていた事から、内通者の可能性が高い。足止めが目的の様だが、何を邪魔したいのだろうか?次の手が見物だ。
ここ、みなとみらい地区には電力とネット接続がありそうなので、そこで拠点を築き助けを呼ぶのはどうだろうか?
高速道路も良い退路になりそうだが…

p

面白くなってまいりました
誰が糸引いてるのかも気になるけど、危機的状況からの脱出はやっぱりわくわくするなあ

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