ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

ハローサマー、グッドバイ(15) Hello, World!

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 プログラマなら誰でも一度は、Hello, World! を書いたことがあるだろう。実行すると、画面にHello, World! と表示して終了するあれだ。なぜHello, World! なのかは知らないが、考えてみるとなかなか示唆に富んだ2 語だと思う。以前、新卒採用した新人にJava を教えたとき、Java 言語に対する宣戦布告みたいなもんですかね、と言われて面食らった記憶がある。理由を訊くと、生意気な新人くんは、

 「これからお前を征服して使いこなしてやるぞ、みたいな?」

 と答えたものだ。

 ぼくがソリストに対してやろうとしているのは、まさに宣戦布告のようなものだ。これまでは、ソースを読むだけだったのが、いよいよ改修するために書き換えを行わなければならない。新人くんと違うのは、手元にAPI リファレンスも、指導してくれる先輩もなく、お行儀のいい方法を選んでいる余裕が時間的にも技術的にもないということだ。ソリスト・システムに意志があれば、ぼくの行為は自分の世界に侵入してくるマルウェアの活動のように映るだろう。

 小清水大佐がオペレーション中止を頑として拒んだため、我々はみなとみらい地区への距離を縮めていた。指揮車両に先行する隊員たちが、Zを発見、あるいはZに発見される頻度も、それに比例して大きくなっている。

 『3 時方向のラーメン屋にZ。3 体だ』

 『第2 分隊で対処する』

 『ドアは破損していない。中に押し込めてベンチで抑えておけば大丈夫だ』

 『フライボーイが距離80 メートルに20 体ほどの群れを発見した』

 『こっちはちょっと手が離せないんだよ』

 『ブラウンアイズ、横の路地に入って、何か音を鳴らせ』

 『じゃトランペットか何か用意しなよ』

 『Amazon でオーダーするか?なけりゃ自前で何とかしな。でっかい屁をこくとかな』

 『うるさい短○野郎』

 素人のぼくが小隊内通信を拾い聞きしているだけでも、バンド隊員たちが休む間もなく、Zへの対処を強いられていることがわかった。綱島街道を進んでいる間は、炎天下ということもあって、こまめに休憩を命令していた臼井大尉だったが、第一京浜に入ってからはそれもままならない。本来ならドローンからのアラートによって、事前に余裕を持って行動できたはずなのに、人間がやらなければならなくなっているからだ。

 「島崎さん」ぼくは所在なげに座っている島崎さんに声をかけた。「通信の方は何とかならないんですか?」

 「チェックはしたんだけどね。データ通信自体は行われているみたいなんだ。ただコンソールからのコマンドが、通信機能を叩けてないみたいなんだよ。余裕あったら、そっちも見てみてくれないかな」

 「......わかりました」

 ぼくは余計な質問を発した自分を呪った。作業を増やしただけだったのだから。

 『大尉』谷少尉が言った。『スナイパーに発砲許可を。せめて、遠距離からZの足を止められると、少しは息をつけるんですがね』

 「少し待て」

 臼井大尉はそう返答すると、朝松監視員を見た。

 「朝松さん、隊員たちがオーバーワーク気味です。このままでは遠からず被害が出ます。スナイパーライフル要員に発砲許可を出したいのですが、よろしいですか?」

 朝松監視員は渋い顔をしたが、バンド隊員たちの苦戦を目の当たりにしていたからか、頭ごなしに却下するようなことはなかった。

 「いいだろう。単射のみ許可しよう」そう言いながら、朝松監視員は臼井大尉を睨んだ。「当然、ライフルのカメラは、こちらでモニタさせてもらう」

 「ありがとうございます。ビーン、グレイベア、単射のみ許可する。低く狙え」

 『了解』

 新たな問題が発生したのは、その直後だった。

 「おい」朝松監視員が怒号した。「ライフルからの映像が入ってこないじゃないか」

 臼井大尉はうんざりしたように振り返ると、ボリスを見た。ボリスは対処を委譲するかのように、顎で島崎さんに合図した。島崎さんはイヤな顔ひとつ見せずに頷くと、朝松監視員に近づいた。

 「見せてもらっていいですか?」

 島崎さんは丁寧に言い、朝松監視員が使っていたコンソールのキーを叩いた。

 「諸元は来てますね。残弾数、銃身サーモデータ、バッテリー残量」

 「映像が来てない。スコープにはカメラがあるはずだろう」

 「あります。ステータスではオンになっているんですが......」島崎さんは臼井大尉を振り返った。「すいません。スナイパーライフルのカメラが物理的にオフになっていないか、確認してもらえますか?」

 『聞こえました』レインバードの声が聞こえた。『オンになってるし、こっちのモニタには映像出てますよ』

 「ありがとう」島崎さんは首を傾げた。「となると、やっぱり通信の問題かな?」

 「何だろうと構わんが、すぐに直してくれ」

 「すぐには、ちょっと。とりあえず、直接のデータではなく、スナイパー要員のヘッドセットサブシステムからの映像を見ていただくのはどうでしょう?」

 「それで見られるのか?」

 「はい。ただし、一度保存されたものの追っかけ再生になるので、何秒かは遅れますが」

 朝松監視員はまたひとしきり文句を言ったが、他に手段がないことを重ねて説明されると、渋々黙り込んだ。

 「鳴海さん」島崎さんは申しわけなさそうな顔で言った。「時間があったら、こっちも見ておいてくれると助かるんだけど」

 「わかりました。後で見ておきます」

 またしても作業が増えた。ぼくは、Z判定ロジックの方に戻ったが、数分後に別の問題が発生した。

 『ちょっとエンジニアの誰か』レインバードのクールな声だった。『これ、ゼロインのオート補正が効いてないよ』

 「すいません」島崎さんが応答した。「確認します」

 『いいけどね。別に使ってないから』レインバードは皮肉っぽく言った。『私は親切だから、一応報告しとこうと思っただけ。じゃ』

 島崎さんは弱った顔でぼくを見た。

 「鳴海さん......」

 「はい、わかりました」ぼくは先に言った。「余裕があったら見ておきます」

 「すまんね」

 TODO リストに追加すべき項目が、また増えた。さすがのボリスも何か釈明が必要だと感じたらしく、臼井大尉の近くに行き、小声で話しかけていた。話をしながら、その視線が、明確な意志をこめて、ぼくに向けられる。これまで問題は増えるばかりで減っていない。伏線を張るだけ張って、回収する前に打ち切りになったドラマみたいだ。1 つでも問題を解決しろ、と言いたいのだろう。ぼくは中指でも立ててやりたい気分になったが、何とかその衝動を抑え込んで、Z判定ロジックの解析を進めた。

 ぼくが解決方法を思いついたのは20 分後だった。

 「赤外線情報を捨てる?」ボリスが驚いた顔で訊き返した。「バカか、お前」

 「それしかないです」ぼくはボリスに向かってというより、臼井大尉に向けて言った。「xml ファイルの情報は、システム起動時にメモリにロードされるから、ファイルを書き換えても反映されません。正確には反映する方法が、今はわかりません」

 「それは通信が回復すれば......」

 「それがわかったとしても、正常に動作するという保証がありません。なぜなら、現在は、旧バージョンの実装でまがりなりにも動作しているので、新バージョンに切り替えた途端に例外吐いて落ちてしまう可能性だってあるじゃないですか。それぐらいだったら、切り離してしまう方が安全ですよ」

 「いや、ちょっと待って」島崎さんが賛成できない、という顔で言った。「赤外線情報って、判定ロジックの中でかなり重要な比率を占めてたんじゃなかった?」

 「確かにそうなんですが、今のところ、邪魔者でしかないです。映像やエコーのロジックで、どんなにいいポイントが付いても、赤外線ロジックで足を引っ張ってしまうわけなんで」

 「やれやれ」ボリスが嘲笑を浮かべた。「そんな間抜けな解決方法しか......」

 「ボリス君」臼井大尉が遮った。「君には代替案があるのか?」

 「い、いえ、私はないですが」ボリスの顔から表情が消えた。「ただ、うちのエンジニアなら、もっとスマートな方法を思いつくんじゃないかと思っただけで......」

 「それは、そのエンジニアと連絡が取れない今言っても無意味だな」臼井大尉はそう切り捨てると、ぼくの方に向き直った。「赤外線情報なしでZの探知ができるのか?」

 「多少、精度は落ちると思いますが」

 「具体的にどうやるんだ?」胡桃沢さんが口を開いた。「ソースの修正とコンパイルはできても、システム停止なしでdeploy する方法はわからんぞ」

 「はい。だから別の方法を使います。裏口というか」

 「裏口?」島崎さんが首を傾げた。「それは、何かのセキュリティホールという意味?」

 「そんなものはない」ボリスが歯を剥き出した。「ないね」

 「そういう意味じゃないんです。赤外線情報のインプットそのものを止めるんです」

 「ああ」島崎さんの顔に理解の色が浮かんだ。「つまり、隊員たちの方から?」

 「そうです。ソースを調べてみたんですが、それぞれの情報のインプットの絶対量があまりにも少ない場合、有意ではないとみなして無視するようなんです。たとえば、赤外線情報なら、インプット数が総端末数の15%を切った場合が該当します。だから全隊員からのデータが送られてこなければ、赤外線情報そのものを無視できます。ドローンの方は、マニュアルで赤外線をオフにできてますから、そのままで」

 「赤外線情報を送らないって、センサーを壊すってこと?」

 「いえ。物理的に壊してしまうと、通信が回復したときに戻すことができなくなるので、ソフトウェア的に無効にするんです」

 「そんなパラメータはないよ」島崎さんが指摘した。

 「知ってます。だから新しいモジュールを作って追加するんです。ソリスト端末はAndroid OS ですから、apk ファイルを作って配布するだけです」

 「そんな怪しいアプリをインストールしろというのか?」ボリスが不愉快そうな顔で言った。「うちのシステムに素人が作ったバイナリファイルなんか紛れ込ませてほしくないね」

 「ミスター・ボリス、それは違う」臼井大尉が進み出た。「ソリストはJSPKF のシステムだ。どのように使うかは、我々が決める」

 「それはそうですが」ボリスは強張った笑みを浮かべた。「私が心配しているのは、新たな機能を組み込むことによって、今現在動作している機能に影響が出ないかということです」

 「それはないと思いますよ」ぼくは可能な限り穏やかに言った。「組み込むのは、サーバ側ではなくて、隊員のみなさんが持ってる端末の方ですから」

 「それこそ、端末の方で何か問題が発生したら......」

 「最初に誰かでテストしてみて、問題が発生したら、アンインストールしてしまえばいいだけのことでしょう」

 「でもなあ......」

 「ミスター・ボリス、1 つ訊きたい」臼井大尉はやや強い口調で言った。「君はこのままソリストが満足に動かない状態で、みなとみらい地区に突入しろと言っているのか?」

 「いえ、そういうわけでは......」

 「鳴海さんの提案以上の妙案を持ち合わせているのか?」

 「......」

 「ここはビジネスの場ではない。下らない縄張り争いに、隊員たちの命をかけるつもりはない。鳴海さん、そのモジュールはどれぐらいでできる?」

 「1 時間......ぐらいですかね」ぼくは考えながら答えた。「必要な割り込み方法は、だいたいわかってるので。いくつかのクラスを組み合わせて、テストしながら順次実行するだけです。後は、パラメータの調整に15 分ぐらい」

 「1 時間でやってくれ」臼井大尉はそう言うと、ヘッドセットに呼びかけた。「ビーン、グレイベア。近くに安全な場所はあるか?1 時間ほど停車できる場所だ。見通しがよくて全周防御できる地点がいい」

 『探してみます』谷少尉の応答が聞こえた。

 「キトン、テンプル」臼井大尉は、次に2 人のポイントマンを呼んだ。「周囲にZの群れは見えるか?」

 『左前方、群れは視認できません』キトンが応答した。『単体のZがいくつか』

 『右前方、2 時方向、50 メートル先に20 体から30 体の群れ』同時にテンプルが報告した。『こちらへ向かってくる様子はありません』

 「サンキスト、ドローンを後方200 メートルに......」

 「大尉」ドライバーズシートのサンキストが緊張した声で臼井大尉の命令を遮った。「ドローンの空撮映像が、9 時方向300 メートルにZの群れを捉えました。4 体ほどですがD 型です。まずいことに、こっちに向かってきてます。ETA は180 秒後」

 「ロックンロール」臼井大尉が短く命じた。「両分隊、ポイントマンを戻せ。アックス、CCV に戻ってRWS を操作しろ。サンキスト、近くの建物に隣接して停車させろ」

 「待て、大尉」朝松監視員が立ち上がった。「火器の使用は......」

 「D 型ですよ」臼井大尉の返答は素っ気なかった。「これはエマージェンシーカテゴリーです」

 「映像を見せてもらおう」朝松氏は食い下がった。

 臼井大尉はうるさそうな顔で、コンソールを操作した。数秒後、モニタの1 つに、ドローンからの空撮映像が映し出された。

 片側2 車線の道路を、4 体ほどのZが移動していた。これまでと違うのは、そいつらがみな走っていることだ。白濁した目に怒りをたたえ、両腕を振り回しながら。1 体が放置された車両に身体の半分を激しくぶつけたが、気にした様子もなく疾走を続けている。

 通常、そのあたりをうろついているR 型と呼ばれるZは、危険な存在ではあるものの、本質的に凶暴ではない。近くに人間を感知すると襲いかかってくるが、少数ならば避けるのは難しくない。群れで行動する傾向があるため、動きも予想しやすい。手と歯が届く範囲に入らなければ、それほど脅威とはいえないのだ。Zの99.9%はR 型だ。

 D 型は、Z戦争の後期に、アメリカでその存在が確認された。凶暴で生者を求めて徘徊し、発見すると全力疾走で襲いかかってくる。身体の半分を失っても、いや頭部だけになっても、攻撃する意欲を失わない。単独か、せいぜい数体でしか行動しないので発見が難しく、気付いたときには接近されていることも多い。ソラニュウム・ウィルスは、比較的変異が少ない「安定した」ウィルスであると言われていたが、攻撃力の高い変異を獲得してしまったようだ。ちなみに、R 型、D 型の呼び名は、それぞれホラー映画の監督から取られているらしい。

 日本ではZ人権保護特別措置法によって、緊急時以外にZを殺害することは禁じられているが、D 型については例外で、シュート・オン・サイト(目撃しだい発砲)が認められている。朝松監視員もそのことは充分に理解しているようで、空撮映像を見てZが疾走していることを確認すると、銃器の使用について、それ以上文句を言おうとはしなかった。

 「心配しなくてもよろしいですよ」臼井大尉は朝松監視員の方を見ずに言った。「最初はレスリーサル弾で対応しますから。別に殺すことが目的ではないので」

 朝松監視員は素っ気なく頷いた。臼井大尉は少し大きな声でドライバーズシートに命じた。

 「サンキスト、ドローンを自動追尾にしろ」

 「さっきから試してるんですが」サンキストは叫び返した。「ダメです。哨戒モードから切り替えできません」

 臼井大尉が咎めるような視線をボリスに向けた。ボリスは首をすくめて島崎さんを見る。島崎さんはすぐに答えた。

 「コントロールを一度マニュアルに切り替えて、すぐオートに戻してみてください。今の設定がリセットされると思うんですが」

 「やったよ。効かなかった」

 「じゃあ、一度、着陸させて再起動するしかないです」

 「おいおい、脳みそにウジでも沸いてんのかよ」サンキストは慎重なハンドルさばきで指揮車両を近くのオフィスビルに接近させながら答えた。「今、DZがオレたちを遅い昼飯にしようとぶっ飛んできてんだぞ。ポイントマンが下がってるから、あいつらを監視する目がなくなっちまう」

 「フライボーイ2 は?」

 「充電中だ」

 「鳴海さん」臼井大尉がモニタの1 つを見つめたまま言った。「すぐにその不具合を修正してくれないか。最優先だ」

 「はい」ぼくは頷いた。「ただ必要なソースが......」

 「わかってる。ミスター・ボリス、胡桃沢さん。彼が必要とする情報を遅滞なく与えてやってくれ。機密がどうの、セキュリティがどうのというご託を並べないように」

 臼井大尉の声には極端なまでに感情がなく、ボリスは何も言わずに頭を上下させた。胡桃沢さんは肩をすくめると、コンソールの1 つに向き直りキーを叩いた。

 「ボリスさん」胡桃沢さんは立ち上がった。「あんたの認証が必要だ」

 ボリスは少しだけ逡巡したものの、臼井大尉の射るような視線を浴びると、慌ててコンソールにかがみ込み、センサーに掌を押し当てた。

 「したよ」

 胡桃沢さんは再びコンソールの前に戻り、さらにいくつかのキーを叩くと、ぼくの方を見て言った。

 「そっちでソースリポジトリを、fff4d0 に切り替えろ。全ソースの参照ができるようになる」

 Download Manager を開き、言われた通りリポジトリを切り替えると、パッケージの一覧が再表示された。これまでよりも数が多い。とりあえず全てをチェックしてダウンロードすることにした。

 「ドローンのコントロール関連のパッケージは、ua800 だと思う。まずそこから調べるんだな」

 ぼくは礼を言うと、Eclipse に切り替え、いましがたダウンロードしたソースをインポートした。コンパイルのプログレスバーが表示されたが数秒で消える。言われた通り、ua800 パッケージを探して、ソースツリーを辿り始めた。

 不意に慌ただしい足音と共にドアが開いたのでギョッとしたが、それは第2 分隊のアックスだった。目が細く笑っているような顔だが、今は緊張を浮かべている。アックスは後部装備格納ユニットのラックにUTS-15J を丁寧な手つきで立てかけると、その隣の壁からコンソールを引っ張り出した。手慣れた操作でスイッチをいくつか叩くと、17 インチぐらいのモノクロモニタが光った。

 「あれは何してるんですか?」ぼくはソースを追いながら、島崎さんに訊いた。

 「屋根のRWS――リモート・ウェポン・システム――の操作をしてるんだよ。ドライバーも操作できるんだけど、のんびりクルージングしてるときならともかく、今は手が足りないからね。それより、そっちはどんな調子?」

 「今、シミュレーション環境を準備してるところです」これはソリスト管理ツールにメニューがあるので待っているだけだ。「それが済んだら実際にドローンのシミュレーションをやってみます」

 「そうか。頼んだよ」

 「大尉、大尉」小清水大佐が心配そうに近寄った。「全員をCCV の防御に当たらせた方がいいんじゃないのかね」

 「Zを殲滅してよろしければそうします。分散配置なら、Zを少しずつ分離させて拘束することができますから」

 「こっちに危険はないのかね」

 臼井大尉は鋭い視線を上官に突き刺した。

 「危険はありますとも。このオペレーションがそもそも危険だと、最初から何度も進言したはずですが。お忘れですか?ソリストがあるから問題ないと却下されましたが」

 「......」

 小清水大佐は味方を探すように、車内の全員の顔を見回したが、誰も何も言わなかったので、顔をそむけて自席に戻った。

 シミュレーション環境構築処理完了のダイアログが表示されたので、ぼくはモニタに視線を戻し、操作メニューからドローンを発進させた。初期設定は哨戒モード。これは指揮車両を中心に半径300 メートルの円を描きながら、地上を撮影して映像を送ってくるモードだ。本来なら、Z判定ロジックが並行処理されるのだが、実際と同じ状況にするために、今は切ってある。モニタに別ウィンドウが開き、ドローンが飛び立つCG が表示された。ピカピカの機体に朝日だか夕日だかがキラリと反射している。きれいなCG だが、こんなところに工数をかけるぐらいなら、システム本体の精度を上げてくれればよかったのに、と思う。

 そんなことをやっている間に、DZの集団は急速に接近していた。

 「第1 分隊」臼井大尉が囁くように命令した。「そっちが先に接触する。2 体が他より先行しているから、まずそいつらを片付けろ」

 『こちらも肉眼で確認』谷少尉の応答が聞こえた。『しばらくデータ通信のみで指揮するので、音声は途絶えますが、ご心配なく』

 「よし。できるだけ殺すな。だが殺さなければいかんときには躊躇うなよ」

 『了解。拘束を優先します』

 「第2 分隊。群れをやり過ごして背後から攻撃しろ。レインバードは距離を取って奴らの足を止めろ。足だぞ。頭じゃなくてな」

 『第2 分隊、了解です。こちらもデータ通信に切り替えます』

 バンド隊員の誰かをモニタして状況を確認したい誘惑を振り切り、ぼくはテスト画面に注意を戻した。ソフトウェアコントローラを起動して、ドローンの飛行モードの切り替えをしてみたが、信号を受信してもドローンはのんびりと哨戒飛行を続けるだけだった。

 「島崎さん」ぼくは、ドローンの空撮映像を表示しているモニタに見入っている島崎さんを呼んだ。「ちょっといいですか?」

 「あ、ああ」

 「これで操作は間違ってないですよね」

 ぼくはソフトウェアコントローラを見せた。島崎さんはモニタを覗き込んだが、すぐに頷いた。

 「間違ってないね。オペレーションログとか出てないかな」

 「見てみます」

 管理メニューから、「View Logs」を選ぶと、100 以上のログ種類がずらりと並んだ。大半のログには、encrypted のサインがついている。ボリスがさっき言ったように暗号化されているようだが、ログの中の「UAV コントロール」にはサインがない。選択すると、幸運にも読めるログが表示された。確かに飛行モードの切り替えが実行されている。

 13:20:30.001 change uav operation mode. [AUTO TRACKING]
 13:20:32.430 change uav operation mode. [AUTO TRACKING]
 13:20:33.218 change uav operation mode. [AUTO TRACKING]
 13:20:33.787 change uav operation mode. [AUTO TRACKING]
 13:20:34.350 change uav operation mode. [AUTO TRACKING]

 「変わってるようですが」

 「うーん」島崎さんは顔をしかめた。「困ったな。そうなると操作方法は合ってるね」

 「......もうちょっと見てみます」

 「お、いかん」アックスがモニタを見ながら言った。「3体ほど分隊から逸れて、こっちに向かってきます。撃っていいですか?」

 「撃て」臼井大尉は即座に命じたが、こう付け加えるのを忘れなかった。「低く狙えよ」

 「は」

 指揮車両の屋根で金属音がガチャッと響き、続けて空気が抜けるようなブシュッという音が1 秒間隔で連続して聞こえてきた。思わず車外モニタを見ると、腕を振り回しながら走ってきたZたちが、次々に膝から崩れ落ちていた。ラバーショット弾が下半身に命中し、その膨大な運動エネルギーの解放によって前進を阻まれているのだ。だがZは痛覚を失っているので、すぐに起き上がって進み始めている。

 「弱装弾じゃ止まりませんね」アックスが他人事のようなのんびり口調で告げた。M2 で蹴散らしたらどうでしょうか」

 「ダメだ。グレイベア、そっちは忙しいか?」

 『いえ、今のところはRZをやり過ごしてるだけです』

 「すまんがCCV に向かってきてる奴らがいる。何とかしてくれ」

 『了解。向かいます。ただ、こっちには位置が入ってこないんですが』

 「ああ、すまん。CCV の左前方20 メートルだ」

 Zの正確な位置が把握できないのは、ドローンが相変わらず指揮車両を中心に半径50 メートルの円をのどかに哨戒しているからだ。すでに20 メートルにまで接近している群れを探知する役には立たない。哨戒半径は10 メートルまで小さくすることができるが、原因不明の理由で50 メートル未満には設定できないようだ。

 「この車には、問題のある装備しか載ってないのか」

 柿本少尉との通信を終えた臼井大尉がつぶやいた。特に誰に向けてということではなかったようだが、ぼくは自分が名指しで非難されたような気分になった。ぼくが設計したわけでも、コーディングしたわけでもないのに。ただ、本来、恐れ入らなければならないはずのボリスが、現在の苦境とは無縁の顔をしている。

 「おい」胡桃沢さんが言った。「エラーログには何が出てる?」

 「あ、そうですね」

 エラーログを表示させると、同じ時刻に例外が出ている。

Exception in thread "soliste" java.lang.UnsupportedOperationException: Method not yet implemented

 「え?」ぼくは思わず声を高くした。「未実装?」

(続)

Comment(17)

コメント

yas

おう、やっぱりダッシュタイプもいるのね。

なん

Dゾンビとか、超こわいんですけど

おっさん

以下の部分
 原文:我々はみなとみらいへ地区への距離を縮めていた。

は、「みなとみらい地区へ」のtypoかと愚考します。

h

ドローンの綺麗なCGで吹いた

おっさんさん、ご指摘ありがとうございます。
まさしくtypo でした。

dai

最初は軍隊ものかー…と毎週月曜の日課をサボっていましたが、
読み始めるといつもの感じになってきて、結局一晩ですべて読んでしまいました。
次回の更新、楽しみにしております。

rabi

ボリスはちゃんと最後にはゾンビに食い荒らされて死ぬんでしょうか?
それだけが心配です

taco

出た!「実装しているはず」!
恐ろしや恐ろしや

行き倒れ

場所からして、前作の会社はアウトだな

サードアイは、、、
横浜駅からは西のイメージだから、
やっぱりアウト?

ゾンビプログラマ

Zの中に渕上さんや箕輪さんがいたらやだな

あまのじゃく

淵上さんなら入っていてもいい、とか
彼の立ち位置はボリスに近そうだな、とか
書き込んだら、場が荒れそうだな。

arem

東海林さんならきっとロスでは日常茶飯事だぜって呟きながらプログラム書いてる

劣等生

この世界には子猫のZとか、人間以外のZはいないのかしら

hoge

自衛隊の野外通信システムっぽいね

オレンジ

やっぱり動きが速いのは脅威だよなぁ。

しかし、隊員達のやりとりがまんまハリウッド映画のノリで面白いね。
こういうのもっと欲しいな。

で、ハリウッド映画だとそろそろ先走る隊員がいそうだけど、はてさて。

イエーガー

Rはロメロ確定としてDは誰だろ?

Z

ダンだと思うよ。

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