変わりゆく世界のなかで「変わらないでいること」なんてできないと気づいた日
こんにちは、第3バイオリンです。
10月に入り、すっかり秋らしくなってきました。わたしが住んでいる地域は北国なので、朝晩は肌寒いくらいです。
わたしにとって秋というのは意味もなく物悲しい気持ちになる季節ですが、ここ数カ月にいろいろな場面で別れを経験し、ちょっと感傷的になっています。
うつろいゆく季節のなかで、変わることと変わらないこと、それぞれについて考えてみました。
■演奏会の余韻を打ち消す突然の別れ
それはわたしが所属する市民オーケストラでのことでした。
6月に演奏会があったのですが、その打ち上げの席で同じパートの友人が突然、「次の演奏会は出ない。しばらく休団することにした」と言いました。仕事が忙しくなり、練習への参加が難しくなったことが休団の理由でした。オーケストラのなかで数少ない同年代の友人で、ずっと一緒に演奏したいと思っていただけに彼の発言はショックでした。
それと同時に、わたし自身とオーケストラとの関係について「このままでいいのか?」という疑問が湧き上がりました。少なくとも今のところ、わたしはオーケストラをずっと続けていきたいと思っています。でも、本当にそんなことできるのだろうか……友人のように仕事が忙しくなったらそうは言っていられない。
そもそも、いい年していつまでも学生オーケストラの延長のような気分で、単純に音楽が好きなだけで続けていていいんだろうか……。いろいろな考えが頭の中を駆け巡りました。なんだか足元が揺らいだような気分でした。半分はお酒のせいもあったでしょうが。
■別れは職場でも
10月に入り、わたしの部署ではメンバーが一度に3名も減ってしまいました。2名が派遣元の会社に戻り、1名が他部署に異動したのです。
この他部署に異動した人はわたしの3年先輩で、新卒で入社した時から評価部署に所属していました。彼は10月から、ある開発チームの開発内テストに携わることになったので、そのチームがある部署に異動することになったのです。これまでに大きなプロジェクトのテストリーダーを務め、課員にとっても精神的な支えであり続けた彼の異動はショックでした。
彼の異動の話をはじめて聞かされたとき、わたし自身のポジションもまた、いつでも変わりうることに気がついてしまいました(プログラマからテストエンジニアに転向した時点で気づけと思われるでしょうが……そのときは深く考える余裕はありませんでした)。
今のわたしは幸いにも尊敬するリーダーのもとで働くことができ、充実した毎日を送っています。開発メンバーからも信頼され、「この人のようになりたい」と思えるリーダーの下で働けることに喜びと誇りを感じています。
しかし、将来的に、わたしやリーダーが他部署に異動したり、転職したりする可能性は0ではありません。極端な話ですが、定年までずっと一緒に働くことは不可能でしょう。ただ漠然と、これからも今の会社で働き、今の部署にいたい、そしてリーダーの元で働きたいと思っていましたが、いつかそれが叶わなくなる日が来るかもしれないと思うと急に得体のしれない恐怖心に襲われました。またもわたしの足元は揺らぎました。今度はお酒のせいでも何でもありません。
■変化を受け入れ、今を生きる
オーケストラも会社も、組織としては変わらず存在し続けていても内部では絶えず人の入れ替わりがあって変わっていきます。自分は変わらない、変わっていないつもりでも周りの環境が変わっていく状況において、本当に「変わらないでいること」なんてできるのでしょうか?
2つの別れを経験したわたしは、それが不可能であるということを認めざるを得ませんでした。
しかし、だからといって変化を恐れるばかりというのは望ましくありません。わたしは変化を受け入れる覚悟をしました。そして「今、この瞬間を大切にする」ことを決めました。
その日から得体のしれない恐怖心は消え、わたしの日常は変わりました。
オーケストラでは、「今の29歳のわたしにしかできない演奏をしたい」と思いながら音楽と向き合うようになりました。初めて演奏する曲はもちろん、過去に演奏したことがある曲も新しい気持ちで取り組んでいます。
また、仕事では尊敬できるリーダーに巡り合い、一緒に働けることを心の底からありがたいと感じるようになりました。そんな今のこの瞬間に感謝し、リーダーから吸収できることは今のうちに吸収したいと思っています。
コメント
はがねのつるぎ
これから先、例えば10年後。
今と何も変わらないとしたらそれでいいのだろうか。
あるいは50年たっても、ずっと同じだとしたら。
そういう問いを自分自身に投げたことがあります。
わたしは、変化という言葉を成長という意味で再定義しました。
お互いに前に進むために必要なことであると。未来へつながる一歩であればと。
次によりよい演奏をするためにも、
今の演奏を大切にしたいですね。
あずK
その昔、イチロー選手が「変わらなきゃ」と言っていた
有名なCMを思い出しました。
詳細は公の場では明かせませんが、
自分の環境でも、今、大きく変わるかもしれない話がありまして。
(…変わらないかもしれないですけど(苦笑))
こういう点に関しては今のまま変わらないほうがいい、という思いもあれば、
この点については変わらなければいけないはず、今のままでいいのか、という思いもあり、
相反する思いに思考と感情が錯綜してしまっていました。
でも、こう感じるときこそ転換期で、変わらないといけないのでしょうね。
自分を成長させる意味でも。
そして、未来のことに不安を感じるときこそ、今を一生懸命生きるべきなのでしょうね。
#今この時を集中するという話は、
#自分のコラムでもメンタルヘルスネタで書いたのに忘れかけていました(苦笑)
なんてことを、晩酌しながら考えていました(笑)
こういうことって、お酒を飲んでいるときの方がかえって考えてしまいますよね。
第3バイオリン
はがねのつるぎさん
コメントありがとうございます。
>わたしは、変化という言葉を成長という意味で再定義しました。
>お互いに前に進むために必要なことであると。未来へつながる一歩であればと。
そうですね。
出会ったことも別れることもお互いの成長のために必要なことだと信じたいです。
>次によりよい演奏をするためにも、
>今の演奏を大切にしたいですね。
学生時代に弾いた曲を社会人になって弾く機会が何度かありました。
最初は「リベンジ」または「青春プレイバック」のつもりでやっていましたが、
よく考えると以前に弾いたときとは違うメンバーでやっているわけだし、
私自身もまた昔と変わっているから前回の続きであるはずはないのです。
長く音楽を続けていると、演奏会のたびに一期一会という言葉を噛みしめるようになりました。
今、この場でコラムを書いたり、コメントをやり取りしたりすることももしかしたら同じなのかもしれません。
第3バイオリン
あずKさん
コメントありがとうございます。
>詳細は公の場では明かせませんが、
>自分の環境でも、今、大きく変わるかもしれない話がありまして。
実は私も昨日、仕事の面で大きな変化があることを知らされました。
(詳細は今後のコラムで語りたいと思います)
コラムで偉そうなことを書いておいておよそ情けない話ですが、心の底から恐ろしくなり、これ以上ないくらいの不安に襲われてしまいました。
覚悟したはずなのに全然ダメです(苦笑)。
>でも、こう感じるときこそ転換期で、変わらないといけないのでしょうね。
>自分を成長させる意味でも。
>そして、未来のことに不安を感じるときこそ、今を一生懸命生きるべきなのでしょうね。
不安に襲われつつも、「それでも生きていく、乗り越えてみせる!」という気持ちには変わりありません。
何も覚悟していなかったよりは多少マシだったのかもしれません。
今までよりも一段高いステージに移行する時期が来たのかなと思うようにしました。
>#今この時を集中するという話は、
>#自分のコラムでもメンタルヘルスネタで書いたのに忘れかけていました(苦笑)
逃げ出したくなるくらいの不安のなかで、「あずKさんのコラムを読み返してみようか」と考えてみました。
>なんてことを、晩酌しながら考えていました(笑)
>こういうことって、お酒を飲んでいるときの方がかえって考えてしまいますよね。
ちょっとカッコ悪い話ですが、昨日の話を聞かされたあとの飲み会
(会社の有志だけでうちの部署の人はゼロ)で、
昔一緒に働いていた後輩の前で不安な気持ちを打ち明けながら泣いてしまい、
後輩に慰められるという一幕がありました。
普通逆ではないかと・・・しっかりした後輩に恵まれて幸せです(苦笑)。
あずK
仕事上での大きな変化…、実は最近、起きました。
#それを受けて、更に大きな変化が会社で起こるかもしれないようで、
#昨日書いたのは、そのことで悩んでいました。
結局自分の中でも、不安というものは大きく、
実際、既に起きた変化を知った日は一日中、仕事になりませんでした(苦笑)。
偶然、その夜にかかってきた実家からの電話で話して冷静になれて、
落ち着いたところでその変化を別の角度から分析したら
「意外と大したことないじゃん!」と思えて、ようやくその悩みは軽くなりました。
不安を受け入れるのに気合も必要ですが、昨日書いた今に集中すること以外に、
冷静になって、変化に対する見方・受け止め方を別の角度からに変えてみると
「思ったほどではないかも」と感じて、すんなりと不安を受け入れられるかもしれません。
#ABC理論のD(反駁)に当たる部分です。
今は自分に起きた変化については書けませんが、
どこかの時期になったらコラムで考察等したいです。
お互い頑張りましょう。
> 後輩に慰められるという一幕がありました。
> 普通逆ではないかと・・・しっかりした後輩に恵まれて幸せです(苦笑)。
後輩さんは、第3バイオリンさんにお世話になって
慕っていたから「力になりたい」と思っただけだと思いますよ。
気にすることではないかと^^
#そういえば、劣等感の話で居酒屋で泣いたときは後輩の人がいました…^^;
組長
こんにちは。
お気持ち、とてもよく分かります。自分もよく不安に思っていましたし、今もどこか不安です。「わたしは変化を受け入れる覚悟が出来てるんだろうか・・・。出来てないかもしれないなぁ」と思いながら読んでいました。
変化していくことを受け入れるということが、精神的に1歩上へ成長することなのかなぁと思います。今の先輩に対して「精神的な支えだ」と感じていることが、いつか自分が後輩から感じてもらえることに繋がっていくんだろうなぁ・・・。
今、わたしは良くも悪くも平和で変化の少ない環境にいるので、変な不安感ではなく良い意味での危機感を保つ必要性をヒシヒシと感じています。変化を前向きにとらえられる心を持っていれば、立ち向かっていけると思います。わたしはまだ何となく、(いい歳して)フワフワしてるというか、ちょっと逃げ気味だなぁ・・・。反省。
第3バイオリン
あずKさん
>不安を受け入れるのに気合も必要ですが、昨日書いた今に集中すること以外に、
>冷静になって、変化に対する見方・受け止め方を別の角度からに変えてみると
>「思ったほどではないかも」と感じて、すんなりと不安を受け入れられるかもしれません。
私の方も数日経ってみて、やっと落ち着きました。
話を初めて聞いたときは動揺しましたが、冷静になってみると
「もっと大きな変化もありうるけど、今回のはそこまでではないな」と思えるようになりました。
>今は自分に起きた変化については書けませんが、
>どこかの時期になったらコラムで考察等したいです。
>お互い頑張りましょう。
ええ、辛いかもしれませんが自分ひとりだけではありません。
荒波の向こうに新しい境地があることを信じていきましょう。
>後輩さんは、第3バイオリンさんにお世話になって
>慕っていたから「力になりたい」と思っただけだと思いますよ。
>気にすることではないかと^^
ここ2年ほど、泣くほど辛いことがあるときに妹や後輩といった
「しっかりした年下の人」の言葉に救われることが多いです。
彼らは優しかったりキツかったりいろいろですが、
本当に私のことを心配してくれているということにおいては共通しています。
改めて、私って支えられて生きてるのね、なんて思ったりしています。
第3バイオリン
組長さん
コメントありがとうございます。
>変化していくことを受け入れるということが、精神的に1歩上へ成長することなのかなぁと思います。今の先輩に対して「精神的な支えだ」と感じていることが、いつか自分が後輩から感じてもらえることに繋がっていくんだろうなぁ・・・。
快適な環境であれば変わってほしくないのが人情ですが、なかなかそうはいきません。
変化の波に乗ってたくましく進む姿や、波に飲まれて傷つきながらも前を向く姿を
見てもらうことで、後輩たちに何か感じてもらえたら・・・と私も思っています。
結局、私は経験したことしか語ることができませんからね。
>今、わたしは良くも悪くも平和で変化の少ない環境にいるので、変な不安感ではなく良い意味での危機感を保つ必要性をヒシヒシと感じています。
そういう風に感じることが大切だと思います。
今の環境が当たり前になってしまって、それが失われてはじめて大慌てしても
取り返しがつかないですからね。
>変化を前向きにとらえられる心を持っていれば、立ち向かっていけると思います。
組長さんはかつて、リストラという大きな変化に立ち向かったことがあるんですよね。
私がまだ学生だった年齢でそれだけの変化を乗り越えたことはたいしたことですよ。
あずKさんへの返信ですでに書いていますが、私も今まさに大きな変化に立ち向かおうとしているところです。
コラムで覚悟すると書いたもののいざその瞬間に立ち会うととんでもなく恐ろしいと感じている自分がいます。
そんな自分をカッコ悪いと思いつつも「これを乗り越えたら何が見えるんだろう?よし、乗り越えるぞ!」という気持ちも同時に持ち合わせています。