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『ラ・ムー』-量子暗号エンジニアの探索- (前編)

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本編は架空世界における架空エンジニアのSF世界のショート物語.Vol2-1です。コヒーブレークのひとときにお読みください。

 研究所全体の電源断が明日に迫ってきている。今回は自家発電および電源車のバックアップはない完全断である。電気設備の点検や交換の類ではなく、機器のあぶり出しである。

 というのも、数か月前に研究所宛てに匿名のメールが一通入った。それは次のようなものであった。

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「貴研究所のバックボーンに接続された機器から量子データリンク層で不正なパケットが毎時午前二時から十三分の間に数十万量子パケットが送信されている。そのデータを解析したところ、輪廻データネットワーク装置がそちらに設置されていることが判明した。その装置を引き取りたい」

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 このメールは研究所の上層部数名のみに共有された。というのも輪廻データネットワーク装置というものがどういったものか見当もつかず、情報漏えいを最小限にとどめるためであった。

 研究所は一九九五年に設立され、今年で創立二百年になる。この研究所は、量子エンジニアリングのなかでも量子暗号化分野において最先端を走っている。

「確かに、午前二時に量子パケットが十パーセントほど増大しているようだ」東條技術管が管理モニターに映るピークラインを見て言った。ピークはデータ内容不明を示す赤色のラインで表示されていた。問題は量子パケットの増大ではなくそのデータ内容である。

 東條は先の匿名のメールを受け取るまで、この謎のデータはどこかの研究室の開発機器から漏れ出した量子ノイズデータだろうと気にしていなかった。

「あのデータを解析しただと、ただのノイズではなかったのか。それに輪廻データネットワーク装置だと? また某国に出し抜かれたのか?」

 東條は内密にインフラ部署に謎の量子パケットを定期的に送出している装置の特定を、量子暗号エンジニアの風間技術士にデータを解析するように指示していた。

 インフラ部署からの報告によると建屋全体から各研究室単位までモニタリングしたが発見できなかったということだった。由々しき事態である。この情報戦争の時代において物理スパム装置を見つけられないとは。インフラ部署には輪廻データネットワーク装置の名を伏せて、物理スパム装置で盗聴器の一種だと伝えてある。盗聴器と聞けば彼らは見つけるまで探し出すだろうと期待してのことだった。

 インフラ部署からは最悪、各研究室の部屋単位で電源を順番に落として特定範囲を狭めるというなんとも前世紀の原始的な方法しかないということだった。当たれば一箇所、最悪は全停電である。もし全停電からの復電に至った場合は量子調和が回復し、正常運用ができるまで十二分もかかる。この間、量子情報戦において後れをとることになる。一分の時間ロスさえこの時代では問題となるのだ。

 この輪廻データネットワーク装置を『ラ・ムー』と名付け、某国に渡さず自ら探し出し解析することを最優先とした。

 風間技術士からの報告によると、AIによる暗号解析の予測進捗率は九十九パーセントまで進んでいるとのこと。ただし楽観的な進捗率ではない。何事も残り一パーセントがそれまでの総仕事量に匹敵するのが昔から世の常であるから。

「『ラ・ムー』ミッションが来週月曜日についに決行ですね」助手のアルベラが言った。

「それまでに解析完了できれば良いのだけれど、どうしても最終キーワードが揺らいで確定できずに想定進捗率九十九パーセントから進まないのだよ。アルベラ、一度イメージの投入をお願いするよ」風間は彼女の吸い込まれそうな天青色の瞳を見つめながら言った。

 アルベラは帝国からの亡命者である。彼女は帝国の量子情報軍事部門に所属していた。というよりも囚われていたと言ったほうが合っている。彼女は特殊な共感覚を持っており、AI解析で結果が得られない問題に(シード)となるイメージデータをAIに投入することで答えを導き出す役目を与えられていた。

 その特殊共感覚は三次元マップに無秩序に投影された多数の光点から意味あるイメージを連想するものである。

 そんな彼女が当研究所のパネラーとして来日した時に亡命を宣言したのである。彼女のような共感覚の持ち主は各国にどれほど存在しているか不明であり、軍事機密とされていた。

 天青色の瞳には金色の無数の光点が映っていた。アルベラが瞬きをした。どれぐらいの時間だろうか一秒、いや数百ミリ秒だろうか。風間は我を意識した。

「これを、投入してみて」アルベラの口元はわずかに微笑んでいる。透明タブレットを風間に渡した。

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「魔方陣のような電子回路だね」風間はそう表現した。魔方陣が描かれた透明タブレットを装置に接続した。

これで明日の『ラ・ムー』ミッション前にはなんとしても解析結果を出さねば。『ラ・ムー』ミッションが始まってたとえ発見されても、電力が供給を絶たれた『ラ・ムー』がどうなるかわからない。

 キーワードは、魔方陣のような電子回路イメージと輪廻データネットワーク装置という言葉である。風間の見込みとして、装置の存在場所もデータの中に埋め込まれていると思っている。

 ロフトの機材倉庫に埋もれた『ラ・ムー』のLEDは今も密かに点滅を繰り返している......

後編▶
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