第1話:リーダーはメンバーの状況を理解しよう(下)
新任グループ・リーダーの明日香は、5人のメンバーに対して、1日にひとりずつざっくばらんに面談をする計画を立ててみた。
(……リーダーになる前から付き合いのある人たちばかりだけど、改めて1対1で話すとなると、何から話せばいいのかなぁ)
話の進め方を考えると、具体的なイメージがまだ湧かない。明日香は、伝えたいこと、伝えるべきこと、確認したいことを洗い出し、書き出してみた。
- 課長から指示されているグループの目標
- 明日香が把握している各メンバーの仕事内容と現状
- 明日香が構想しているメンバーの仕事分担
一通りまとめてみると、あらかじめ調べておくことが確認できて不安がなくなった。この機会にメンバーに直接聞きたいことも明確になった。
(これで安心して面談に臨める!)
明日香は、面談をうまく進められる自信が出てきた。
準備が効を奏したのか、面談は明日香の想定通り順調に進み、1人終えるたびに安堵感と共に爽快な気分を感じた。そして、それぞれのメンバーに自分の思いを十分伝えることができたことも嬉しかった。
(意思疎通ができるっていいなぁ。残るはサイゴウさんだけだわ)
最後に残ったサイゴウは、明日香より5歳年長で、経験も豊富だった。サイゴウとの面談は、最初から少し様子が違っていた。彼は開口一番、二コリともせずに先手を打ってきたのだ。
サイゴウ 「年下のリーダーってさ、微妙だよ」
明日香 「微妙って……?」
サイゴウ 「何となく気持ちがよくない、っていうこと」
明日香 「……」
面喰った明日香は、準備した内容を切り出すタイミングを失い、気がついたときには面談はすっかりサイゴウのペースになっていた。彼の愚痴を一方的に聞いただけで、自分が伝えたかったことを結局言えずじまいだった明日香は、内心がっくりしていた。
ところが意外なことに、サイゴウは面談の終わりに、普段見せないくらいスッキリした表情で言った。
サイゴウ 「まあ、少なくとも僕の身の周りはそんな状況なんですよ。注目のプロジェクトを任せてもらっているのは光栄だけど、負担が僕にばかり集中するのはいいかげん勘弁してほしいと思っています。朝田さんは今まで分かっていなかったかもしれないけど……。でも親身に話を聞いてくれたことには感謝していますよ。これからは、もう少しワークロードが公平になるように、ご配慮よろしく」
明日香 「担当プロジェクトにはやりがいを感じているけど、負担のありかたは見直してほしい、ということですね」
サイゴウ 「その通りです。年下のリーダーは、思い切った話がしやすい、という面もあるということが分かって、きょうは良かった。ありがとうございました」
サイゴウは、面談の最初に比べると笑顔まで見せ、言葉もそれなりに丁寧に変わっていた。
軽く会釈をして部屋を出て行ったサイゴウを見送ると、明日香は、グループ内の負担の見直しという課題を与えられたことに、少し気が重くなった。
(それにしても、さっきのサイゴウさんの、やけに爽やかな表情は印象的だったわ。考えてみたら、他の4人は面談が終わったときにあんな表情をしていたかしら。私は爽快な気分だったけれど、みんなはどんな気分で終わったのだろう?)
急に、別の不安がよぎる……。こんなとき頼りになるのは、誰にでも優しくて面倒見のよい草一郎だ。明日香は、メールで聞いてみることにした。
「草一郎くん、明日香です。草一郎くんはメンバーの人と1対1で面談することが多いと思うんだけど、そういうときに何か気を付けていることってある? 簡単でいいので一言アドバイスをお願いします。明日香」
昼休みが終わる直前に返信が来た。
「草一郎です。1対1のとき、特に気を付けているのは、できるだけメンバーに話してもらうこと。そのために、こちらは意識して問いかけを工夫するね。本人の言葉で話してもらえば、状況も、どう感じているかもよく分かる。でも相手に話させる最大の効果は、話している間にメンバー自身で問題に気付いたり解決策まで出てくることがとても多い、ということだね。以上 草一郎」
(サイゴウさんが一方的に話して私からは何も伝えられなかったけれど、ゆきがかり上とはいえ聞き手に徹したことが結果的には良かった、ということなんだ。面談はどうも、かなり奥が深そう。今回は、まだまだ最初の1歩だわ。とりあえずは、サイゴウさんからの宿題にリーダーとして応えることが次のステップかな)
明日香は、他の4人の面談の記録も開きながら、相手の発言部分の短いメモを丹念にチェックし始めた。夏至が近付き、定時を過ぎても窓の外の空はまだ明るかった。
まとめ:面談をするにあたって注意していることがありますか?
□ 面談前に情報を収集してから臨んでいますか?
□ 面談時はメンバーに話をさせるように意識していますか?
□ 面談終了時に、面談で決まったことを確認していますか?
(原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 池田典子)